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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 道化師の背中
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page.137

       ***



 納屋にいる全員が驚き、動きを止めた。吹き飛んで来た扉の上で、外で佐和達を囲んでいたリエンスの部下がのびている。

 何……これ……どうなってるの?

 扉の無くなった入口から穏やかな午後の陽射しが差し込む。光に淡く照らされて立つ人物の顔は逆光でもすぐにわかった。

 ……ケイだ。本当に来た……。

 納屋の中を真顔で見渡していたケイがアーサーを見つけ、いつものへらっとした笑い方に顔を崩した。そのまま納屋に踏み込んで来る。突然の笑顔の乱入者に、誰も彼もが呆気に取られてしまい、動けずにいる。


「……な、なんだお前は!?外には部下がいたはずだぞ!」

「あぁ、結構いたなー。意外と人望あるんだな」


 ケイの言葉にリエンスは顔を真っ赤にした。馬鹿にされたと思ったようで相当頭にきている。

 リエンスが何か追撃の言葉をかけようとした瞬間、ケイが左手で引きずっていた物をリエンスの前に放り出した。さっき佐和達を襲ったうちの一人だ。苦しそうに呻きうずくまっている。

 本当に全員やっつけて来ちゃったって事……?!


「なっ……!お前!よくも!」

「な?諦めて、投降しろって」

「ふざけるな!俺は騎士だぞ!その俺になんて口をきく!お前、何様のつもりだ!」

「騎士、ねぇ……」


 その時、ケイの瞳がリエンスの横でうずくまり震える女性を捉えた。涙で濡れた顔でしゃくりあげ、ケイに救いを求めている。

 その瞬間、ケイの目つきが変わった。

 その目の鋭さと冷たさに佐和の背筋も凍る。

 あれは、前にも見た事がある……カンペネットがアーサーを侮辱した時に見せた絶対零度の瞳。


「お前、一体何者なんだ!?」

「俺?俺は、ただの通りすがりの騎士だよ」


 答える声に気負いも温度もない。

 ケイは右手に剣を持ったまま、リエンスに近付いて行く。

 自分の権力に屈する様子の無いケイに怯み、後ずさったリエンスは足元の女性を無理矢理立たせ、抱えて剣を突きつけた。


「いやぁぁ……!」

「おい!止まれ!こいつがどうなってもいいのか!?」


 その姿を見たケイの眼が鋭くリエンスを射抜く。その視線にリエンスは動揺し、剣を何度も女性に近付ける。その度に女性が悲鳴を上げ、恐怖に震えている。


「……一度だけ勧告する。本当に騎士ならその女性を放せ」

「ふざけるな!俺の功績も知らず!俺にはこの村を好きにするだけの行いがあるんだ!なんせ異民族から国を守ったんだからな!」

「……」

「何とか言えええ!!」


 無言を貫いていたケイが突然、動いた。

 あっという間にリエンスの目前まで移動し、女性を抱えていた腕を斬りつけた。


「ぐわああ!!!」


 突然の斬撃にリエンスがよろける。衝撃でリエンスに突き飛ばされた女性を、ケイは空いていた手で抱き留め、そのままリエンスに切っ先を向け直した。

 左肩から腕をばっさりと斬られたリエンスは床にうずくまり、ひぃひぃと荒く呼吸を繰り返していたが、やがてその悲鳴も弱々しくなっていく。

 リエンスが抵抗できない事を確認したケイが、ゆっくりと抱えていた女性を床に座らせた。

 女性は涙に濡れた顔で自分の身体を抱きしめたままケイを呆然と見上げている。

 ケイはそんな女性を脅えさせないようにゆっくりと片膝を着き、自分の着ていた騎士服の上着を脱いで、女性の肩にそっとかけた。

 うわっ……!!気障(きざ)ぁ……!!

 見ているこっちが見惚れてしまう。映画のワンシーンみたいだ。

 された女性もケイを見つめていた目が熱っぽく潤みはじめ、頬を染めて(うつむ)いた。


「あ……ありがとうございます……騎士様……」

「助けが間に合わず申し訳ありませんでした」


 優しいケイの微笑みに女性は完全に見惚れている。もうさっきまで感じていた恐怖はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。


「ソフィア!!」

「お母さん……」


 女性に駆け寄って来たのは恐らく母親だろう。娘の肩を抱きケイに何度も頭を下げる。


「本当にありがとうございます騎士様!どのようにお礼申し上げれば良いのか……!」

「お気になさらず。民を助けるのは騎士の務めです」

「しかし!このような高価な御着物いただけません!」

「いいえ、どうかそれで隠してください。未婚の女性がこれ以上肌を(さら)すわけにはいかないでしょう。それに、この村の状態は見ています。復興に資金も必要になるでしょうから。この服の装飾品を売ればその額には充分届くはずです」

「……あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」


 しきりに頭を下げる母親の謝礼を受け流したケイは佐和達に近寄ると、アーサーとマーリンの縄を切った。


「遅い」

「悪かったってー。本当に意外と人数いたんだよ」


 もういつも通りのケイだ。へらへらと笑ってアーサーの文句を聞き流している。マーリンが縄から抜けると佐和の縄を外してくれた。


「ありがと、マーリン」

「皆の者、安心してほしい。私とこの者は王国から正式に認められし騎士だ」


 アーサーの説明に村人たちが初めて安堵した様子を見せた。少しずつだが恐怖から解放され、縄を解きあったり、盗られていた食糧を回収し始める。

 縄が外れ、手首を回していた佐和は、突然床にうずくまっていたリエンスが立ち上がったのに驚いて悲鳴をあげた。


「ぎゃ!立った!!」

「くそ!!」


 佐和に気付かれたリエンスが舌打ちをし、切られた腕を抱え納屋から逃げ出す。それを楽しそうにケイは見送っている。


「おー、あの怪我でよく走れるなー」

「何を感心している!?逃がしているんじゃない!この馬鹿が!」


 ケイを怒鳴りつけたアーサーがリエンスを追う。それを見たマーリンもアーサーを追い、慌てて佐和も後を追った。

 相変わらず足、はやっ……!!

 付いてくる必要はなかったかもしれない。村の入口に向かって必死に逃げるリエンスにアーサーはすぐに追いつくだろう。

 だが、間の悪い事に村の入口に一人の女性が背を向けて立っている。その女性を見つけた途端、リエンスが加速した。


「しめたああ!!」

「あ!くそ!奴め!また人質を取るつもりだな!!」


 さすがにアーサーの俊足でも間に合わない。リエンスが女性に手を伸ばした。


「おんなああ!!こっちに来…………」


 狂乱したリエンスの言葉がそこで途切れた。

 佐和の距離からでは振り返った女性がリエンスと向かい合っているようにしか見えない。しかし、次の瞬間リエンスが驚愕の表情に固まったまま後ろ向きに倒れた。


「ぐわああああ!!!」


 倒れたリエンスの向こう側では女性が剣を突き出していた。

 長い水色の一房の髪が風になびいている。

 地面を這って逃げようともがいているリエンスの喉元に女性は改めて剣を突きつけた。


「ひい!!」

「貴様が我が領地と民を荒らしまわっていた騎士を名乗る恥知らずだな。アルビオン王国法及びアストラト領地法により、貴様を捕縛する」


 無様に地を這うリエンスの身体からは血が流れ出している。

 その様子を立ち止まって見守るアーサー、マーリンに追いつき、佐和もリエンスの状態がようやくわかった。鎧の隙間の全てから血が流れ出す。相当な数の手傷を負ったのだ。

 あの一瞬で、こんなに切ったって事……!?

 ようやく諦めたのか力なくリエンスが伏せたタイミングでアーサーが女性に一歩近付いた。女性は露を払い、剣を鞘に収めている。その横顔は凛々しい。


「相変わらず二つ名にふさわしい神速の剣筋だな。イウェイン」

「で、殿下!?」


 アーサーに声をかけられた女性は驚愕していたが、すぐに真面目な顔つきでアーサーに膝を着こうとした。


「正式な礼はいい。突然訪ねたのはこちらだ」

「はあ……しかし、殿下。なぜこのような所に?ご連絡いただければお迎えに上がりましたのに」


 アーサーの後ろから佐和は、アーサーと会話を交わす女性を観察した。

 美人だなぁー……。

 水色の一房にまとめた長い髪、ライトグリーンの瞳、幻想的な色の組み合わせに凛とした表情。動きや態度も清廉されていて礼儀正しい。かっちりとした印象だ。

 上半身は女性らしいブラウスに最低限の胸当てを身に着けている。下半身はこちらの世界では珍しい女性のズボン姿だ。長ズボンを長いブーツに仕舞い込んでいる。しかし、凛とした彼女にこの男装はとてもよく似合っていた。

 その時、アーサー越しに女性と目が合った。慌てて佐和は一礼する。


「殿下、こちらの方々は?」

「ああ、イウェイン。紹介する。俺の侍従のマーリンと侍女のサワだ」


 佐和の横でマーリンも軽く頭を下げた。

 アーサーと会話を交わすということは恐らくこの女性もそれなりの身分の人のはずだ。だが、他の貴族と違い、女性は佐和達にもしっかりと礼をした。


「初めまして、サワ殿、マーリン殿。アストラト家が子女、イウェイン・アストラトと申します。以後、お見知りおきを」

「イウェイン、村人は奥の納屋に全員閉じ込められている。怪我人も多い。兵を向かわせてくれ」

「かしこまりました」


 アーサーの助言にイウェインが手早く背後に控えていた兵に指示を飛ばした。指示を受けた兵士達が納屋に向かう。

 アストラト家の子女……っていうことは、アーサーがこれから進軍をお願いしに行く予定だった家の娘って事だよね。

 じゃあ……この人、やっぱり貴族なんだ。


「このような御見苦しい所を。大変申し訳ございませんでした。殿下」

「気にするな、ここはアストラトの城からも遠いだろう」

「殿下がこの者達を成敗してくださったのですよね?父に代わり改めてお礼申し上げます」


 イウェインがアーサーに頭を下げたが、アーサーは困ったように眉を寄せた。


「いや……この盗賊を壊滅させたのは私ではない」

「では、どなたが?ぜひ、その騎士にお礼を直接」


 アーサー?

 なぜかアーサーは話を逸らしたがっているように視線を彷徨わせている。不思議そうにイウェインが小首を傾げた瞬間、佐和の背後から軽い声が飛んできた。


「あ、やっぱり来たー。おーい。ぷりぷりー!」

「ぷっ!?」


 ぷりぷり!?

 手を振って笑顔で近付いて来たのはケイだ。一体何事か唖然とする佐和とマーリンの横をイウェインが風のように駆け抜けた。


「久しぶりだなー。ぷりぷ……」

「そのあだ名で呼ぶなと何度言えばわかるんだ!?貴様ぁ!!」

「うわっ!」


 イウェインが腰の剣を抜き、ケイの顔面に突きを繰り出した。慌てながらも紙一重でケイがその一撃を避ける。


「相変わらずぷりぷりしてるなー。ぷりぷりー」

「貴様ぁ!!今日こそ斬ってやる!決闘だ!!」

「え?じゃあ、二つ名の方が良かった?神速の獅子ー!」

「ふざけるなっ!!」

「……アーサー、何、あれ?」

「気にするな。あいつら昔からすこぶる仲が悪いんだ」

「斬り合うほどにか」


 アーサーは慣れているらしく呆れてはいるが、楽しそうにイウェインから逃げ回るケイと、剣を抜いてケイを追いかけまわすイウェインをただ見ているだけだ。マーリンは不思議そうにこの光景を見ている。


「騎士学校時代の同期らしい。まあ、その前から仲は悪いんだがな」

「仲悪いっていうか……」


 むしろ、あれって仲が良いんじゃない?

 追いかけまわしているイウェインは完全に怒りに我を忘れて剣を振り回しているが、逃げ回っているケイの方は輝かしい笑顔でイウェインを煽っている。

 どう見ても楽しんでいるとしか思えない。


「……イウェイン。済まないが、話を進めても構わないか?」


 アーサーの一言で、ぜいぜい肩で息をしていたイウェインが振り返った。その顔が一瞬で朱に染まる。


「申し訳ございません!殿下!殿下を決して(ないがし)ろにしたわけでは……!」


 イウェインは恥ずかしそうに目を伏せている。

 どうやらあのバーサク状態はケイに対してだけらしい。しおらしい様子はさっきまでとはギャップが激しく、貴族女性らしい可憐さがにじみ出ていた。

 おお……こうして見ると可愛い。

 変な感想を抱いている佐和の様子に気付かず、アーサーは話を進めた。


「今回、このようにアストラトを訪ねたのには理由(わけ)がある。北西部の争いの事は聞き及んでいるな?」

「はい」


 イウェインも真面目な顔で頷いた。既に仕事モードに切り替えたようだ。


「そこでアストラト領ブロセリアンドの森を進軍し北上したい。進軍の許可を領主殿に得に、私自ら出向いたというわけだ」

「……事情はわかりました。どうぞこちらの村までは進軍ください。イウェイン・アストラトの名において、この地まで殿下の軍の進軍を許可いたします」

「感謝する。イウェイン」

「次いで父ですが、必ずや殿下のお役に立てるよう尽力いたしましょう。先に私から伝令を城に飛ばします。進軍の許可が下り次第、城へ軍をお進めください。殿下は一足先に私が城までご案内させていただきます」

「助かる」


 どうやら話のわかる人物のようだ。流れるように議題が解決していく。

 てきぱきと指示を飛ばしているイウェインの横で、アーサーもケイを呼びつけた。


「ケイ、お前は軍に戻りこの事を報告し、この村まで進軍させろ。その後は伝令を待ち、軍を率いてアストラトの城で合流だ」

「了解ー」


 全ての指示を出し終えたイウェインとアーサーに続いて、マーリンと佐和も馬に(またが)り、ケイと別れてアストラトの城を目指して再出発した。




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