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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 開戦の狼煙
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page.136

       ***



 アストラト領に向けて出発した軍勢は、エクター領とアストラト領の境界線付近に拠点を構えた。

 通常ならここから伝令を送り、進軍の許可が(くだ)り次第進むのが一般的な方法なのだが……。


「え?アーサーが直接行くんですか?」


 佐和とマーリンに命じられたのはアーサーの支度だ。

 どうやら直接アストラト領主の元にアーサー自ら出向くらしい。


「あぁ、俺が行く。アストラトの領主とは何度か顔を合わせた事があるが、かなり疑い深い人物で、伝令では返答まで時間を要してしまう可能性が高い。俺が直接行けば直ぐに許可が下りるだろう」

「じゃあ、軍はどうするんだ?」

「一時は信頼できる古参の騎士に委任する。マーリン、サワ。お前らも俺と供に来るんだ。旅装し旅人を装って城の近くまで進む。その後正装して入城するぞ」

「身分を隠して?騎士も連れないで、ですか?」


 今や将軍のアーサーを一人で行かせて良いのだろうか。少人数で行くにしても佐和とマーリンでなく、騎士と行けばいいはずだ。


「あぁ、進軍の許可が下りない限り軍事力である騎士を表だって連れて行く事はできない。少し後から護衛としてケイだけは付けさすが、基本的にはこの三人だ。面倒事を避けるためにも道中は王子の身分を隠して行く。だから俺の名を大声で呼んだりするなよ」


 わぁ、めんどくさい手順がいっぱいだなぁー。

 佐和はアーサーの必要最低限の荷物を纏めながら他人事のように感じていた。

 どこでも政治や土地が絡むと手順が複雑になるのは同じらしい。


「まずはエクター領との境界から最も近い村を目指す。行くぞ」


 こうして佐和達は旅人のフリをし、アストラト家の城を目指す事となった。



       ***



 アストラト領内の最初の村までは何事もなく辿り着く事ができた。

 小さな農村はカーマーゼンと同じような規模だ。広場のような場所がやたらと広く、それを囲むようにぽつぽつと家が点在している。


「家畜を主に育てているようだな」


 村の外に馬を繋いだ三人は一度村で休憩を取るべく、足を踏み入れた。

 家の面積よりその横に置かれた牧場の方が広い。幾つもある柵の中では鶏や豚が歩き回り、鳴いている。

 少し進んだ所で唐突にアーサーとマーリンが足を止めた。


「おかしい……」

「マーリン、お前にしては良い感をしているな」


 アーサーが腰から剣を抜き、マーリンも同じように剣を取る。佐和ですらこの村の異常さは一歩足を踏み入れた途端感じていた。二人に寄り添い周囲を見渡す。

 ……動物はいるのに、人が一人もいない。

 剣を構えながら歩くアーサーに続き、村の中央へと進んで行く。

 静寂の中、突然雄叫びが四方から飛び交った。


「サワ!離れるな!」


 物影から次々と男たちが飛び出して来る。身なりはぼろぼろだが、全員武装している。


「盗賊……!」


 マーリンも剣を構え、男たちと切り結んだ。その間にもアーサーが相手を蹴散らして行く。

 すごい……!アーサーだけじゃなくてマーリンもちゃんと戦えてる。

 元々スペックの高い人だとは思っていたが、どうやらアーサーのいびり鍛錬の成果で、ある程度なら男たちとマーリンも剣で渡り合えるようだ。

 これなら……なんとかなるんじゃ。


「おっと、そこまでにしてもらおうか」


 戦闘している輪の外から一人、男が近付いて来た。他の男たちよりも武装のランクが上だ。多少こぎれいにしている。


「貴様が親玉か。わかりやすい。ここで何をしている」

「おいおい、お前何様だよ。まるで貴族みたいな喋り方だな。俺は騎士リエンス卿だぞ。一般人がそんな口をきいて良いと思っているのか」


 これが、騎士……?

 とてもじゃないがそうは見えない。素行も横暴だし、身なりも整っていない。

 一方、身なりは旅装だが、本物の騎士であるアーサーからは気品が滲み出ている。比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 いや、まあ、そもそも顔がね……。


「貴様が騎士だと、笑わせるな」

「本当だとも。さぁ、旅人風情が抵抗するな。こうなりたくなければな」


 リエンスと名乗った男が地面に引きずって来たのは女性だった。長い茶色の髪を鷲掴みにされ、その顔は暴行を受けて腫れ上がっている。着ている服もぼろぼろで、瞳から涙が次から次へと溢れていた。

 その様子を見たアーサーの雰囲気が一変する。

 ……めちゃくちゃ、怒ってる……。

 顔つきが変わった。厳しい目がリエンスを捉える。


「貴様……騎士を名乗っておきながら、女性に暴行を加えるなど……!」

「剣を捨てろ。そうしなければ、この女を切る」


 自称騎士のリエンスは女性の髪を乱暴に掴んで剣をその喉元に突きつけた。憤っているアーサーの顔が悔しげに歪む。見兼ねたマーリンがアーサーに囁いた。


「アーサー、ここは聞かないと……」

「……わかっている」


 しぶしぶ二人は剣を投げ捨てた。

 多勢に無勢。しかも向こうには人質の女性がいる。誰かの眼がある限りマーリンも魔法を使うわけにはいかない。


「くそっ……!」

「……今は従おう」


 まさか、アストラトに入ってこんな事件に巻き込まれるなんて……。

 周りを取り囲んでいた手下たちに佐和達は組み伏せられた。



       ***



 捕まった佐和達は村の中でも一番大きな納屋に押し込められた。納屋の中には他にも村人と思わしき人々が集められている。

 抵抗したのか怪我をしている人もいる。男性は皆縛られ、女性や子供は身体を寄せ合い震え上がっていた。


「お前らもここで大人しくしておけ」


 乱暴に村人の横に佐和達も座らせられる。マーリンとアーサーは縛りあげられ、念入りに柱に繋げられた。佐和も予防のためか後ろ手に縛られたが、柱には繋がれずマーリン達の横に座らされた。


「強盗か?」

「そのような物だ」


 マーリンとアーサーが小声で交わす会話に佐和も耳を傾けた。

 自称騎士の男たちはこちらの会話には気が付いていない。


「以前の大戦で功績をあげ、騎士に任命された者も多数いる。だが、領主に選ばれず名だけの騎士となり、その称号を返還せずにこのように強奪を行う者がいると聞いた事がある。その(たぐい)の奴らだろう」


 どうしよう……早くアストラト家の城に行かなきゃいけないのに……。

 アーサーの不在が長引けば、これ幸いにと指揮権を奪おうとする騎士も現れるかもしれない。最悪、奪われなかったとしてもアーサーへの信頼が薄まる可能性は高い。

 剣を取り上げられ縛られていてはさすがのアーサーにも打つ手がない。マーリンが魔法を使って何とかしようにも、マーリンとアーサーの位置が近すぎる。これではマーリンが魔術を使った途端、アーサーにも呪文が聞こえてしまう。意志魔術ではさすがに複雑に結ばれた縄は解けないだろう。

 しかし、意外にも当のアーサーは冷静だ。静かに納屋の中を観察している。


「どうするんですか?このままここに捕まってたら、行くの遅くなっちゃいますよ」

「心配するな。時期解決する」

「どういう事だ?」


 リエンス達は納屋の奥で麻袋を数えている。どうやら食料を強奪する算段らしい。


「だって、私達縛られちゃってるんですよ?どうやって解決するんですか?」

「ケイが来る」


 アーサーの短い返答はまるで今日の天気の話でもしているように気負いがない。

 確かに護衛のためにケイは伝令を装い、きちんとした騎士の恰好で佐和達の後から来ているはずだ。だが。


「いくらケイでも、一人であの人数は……」


 言い淀むマーリンと佐和も同意見だ。さっき囲まれた時に見ただけでも相手は相当な人数がいた。一人で勝てるとは思えない。


「……お前ら、俺に騎士道を説いたのが誰か忘れたのか?」

「エクター卿、ですよね?」


 幼いアーサーを預かり、騎士とは、王とは何かを説いたのはエクター卿のはず。

 佐和の回答にアーサーは微かに口角を上げた。


「無論、そうだ。だが、俺が見て学んだ背は一つではない」

「やめてくれ!それだけは!それは村人が生き残るために必要最低限の貯蓄なんだ!」


 突然、男たちが持っていた麻袋に老人が飛びかかった。リエンスたちから食料を奪い返そうと必死に抱えこんでいる。


「このくそジジイ!殺すぞ!」

「まぁ、待て」


 いきり立った部下を宥め、リエンスが前に進み出る。老人の前でしゃがみ込むとその顔を覗き込んだ。


「じいさん。あのな。あんたが間違っているところを教えてやろう」


 その瞬間、老人の目が見開いた。

 抱えていた麻袋の横、老人の腹部にリエンスの剣が深々と突き刺さる。


「あんたらは義務を果たすために存在してるんだ。俺たち騎士を養うことは国を守ること。だから、あんたらは国民でいられる。それができないなら別の国に亡命でも何でもすりゃあいい。だが、ここにいる以上はルールに従わなきゃな。ルールは大事だ。一緒に暮らす上で。もしも騎士に礼を尽くさない民がいたとしたらルール違反だ。違反者は罰せられて当然だよな?」

「く……かはっ……」

「お前ら、早く残り探して来い。まだどっかに隠してるはずだ」


 刺された老人が倒れた。抱えていた麻袋が引き剥がされる。

 その行為に慈悲も何もない。相手の命を奪ったことにすら何も感じていない。

 その証拠にリエンスは倒れた老人を振り返る事もなく、部下に淡々と命令を下している。部下たちも切られた老人を気にかけず全員納屋を出て行った。

 ……最低だ……!


「おい!貴様!何をしている!?ふざけるな!」

「本当にお前、何様だよ?黙っていろ」


 アーサーの叫びに冷ややかな一瞥をくれると、リエンスは村人の輪の中から一人、女性を強引に前に連れ出した。


「や!おやめください!!どうか……!」

「うるさい!女が指図するな!」

「いやぁ!」


 リエンスは女性の頬を殴り、そのまま引きずった。女性の頬は痛々しく晴れ上がり、涙が溢れ、恐怖に歪んでいる。


「おい!止めろ!何をする気だ!」

「偉そうな事ばかり言ってるな。まあ、そこで見ていろ。気が向けばお(こぼ)れにあずかれるかもしれないぞ?」

「いやああ!」


 下卑た笑みが考えている事など見え透いている。アーサーが助けようともがくが、縄はほどけそうにない。震える女性に近寄ったリエンスが女性の服を乱暴に引きちぎった瞬間、


 納屋の扉が吹き飛んだ。




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