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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 開戦の狼煙
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page.134

【予告】

以前アルビオンを支配していたモーラ大国と、平和を脅かした北の異民族が攻めて来た。その戦争の指揮を執るよう命令されたアーサーは総司令官として戦地に立つ。

しかし、進軍予定の領地が進めず、仕方なく予定ではないルートを通ることに。

そこは暗黒の森と呼ばれる魔法と深い関わりを持つ森だった……。

そして、アーサーの下に新たな騎士が―――!?


第六章開幕です!

       ***


「伝令によりますと、敵は昔国土を狙った北の異民族とモーラ大国の連合軍のようです」


 会議室に集まった騎士達がざわめいた。大きな長方形の机いっぱいに広げられた地図に敵軍勢を示すピンと、北西の海外線に面した領地の軍勢のピンが刺されている。


「気になるのは、なぜ今更攻めて来たのかという事と、奴らが如何にして手を組んだかという事ですね」


 机の奥にはウーサーとアーサー、そして左手にボードウィン、右手にエクター。その後家督や(ほま)れの高い騎士が順に席に着いている。アーサーの騎士であるケイやガウェインは末席に参加していた。


「以前の敗戦から準備が整っただけであろう。それに、我らの武勇に個では立ち向かえぬと徒党を組んだだけの事。気にする必要は無い」


 アーサーの横でウーサーがボードウィンの疑問に威厳ある声で答えた。

 しかし、アーサーもボードウィンと同じ事を疑問に思っていた。


「陛下、私もボードウィン卿と同じ意見です。異民族と大国では使用している言語も異なるはず。その壁を乗り越えてまで、連合を組んだという事は何か意図や策があるのかもしれません」

「例えそうであったとしても、国土を護り、奴らをまた海の彼方へ追い返すだけだ」


 アーサーの進言を受けても考えは変わらぬようで、ウーサーは立ち上がると騎士達を見渡した。


「久しぶりの戦である。皆、心して臨むよう。指揮は私自ら執る。エクター、すぐに軍の編成を」


 どうやらウーサーは自ら戦線に臨むつもりらしい。

 ウーサーの宣言にこっそり、したり顔で満足げにしている騎士がいる事をアーサーは見逃さなかった。

 カリバーンを取り戻したとはいえ、騎士達の忠誠心が戻ったかと問われれば大様に頷く事は難しい。ボードウィンやエクターのように、真の忠誠をウーサーに誓い、信頼できる騎士というのは城にはあまり残っていないのだ。

 戦になれば各騎士、特に領主と兼任している者は兵力を差しだす義務が発生する。しかし、それは期限付きの契約であり、もしも戦いが長引けばこれ幸いにと、ウーサーを見捨てる騎士ばかりだろう。

 この顔ぶれで父上が前線に立てば、良からぬ事を企む者も出てくるはず……何としても止めなければ。

 しかし、ウーサーがアーサーの進言を受け入れるとは思えない。

 どうする。どうすればいい……。


「お待ちください。陛下。一つ、提案がございます」


 悩むアーサーの右手で静かに手を挙げたのはエクター卿だった。普段と変わらない物静かな彼が立ち上がると、途端に他の騎士が注目した。


「何だ?エクター」

「此度の指揮、殿下にお任せしてみてはいかがでしょうか?」


 エクターの提案に騎士がまたざわめき出す。

 それはアーサーも同じで、目を丸くしたまま、一人静かに立ったままの養父を見つめた。


「アーサーを?何故だ、エクター。私に年を取ったとでも言いたいのか?」

「とんでもございません、陛下。しかし、陛下御自(おんみずか)ら戦地へと赴いた場合、危惧されるべき事がいくつか」

「申してみよ」


 長年の付き合いからくる信頼か、珍しくウーサーは座り直しエクターの話を聞き入る態勢を取った。それを確認したエクターが一礼し、話を続ける。


「ありがとうございます。ではまず、私が一番懸念している事は陛下が城を空ける事で良からぬ事を企む者がいるのではないかという事です」


 エクターの鋭い目が何人かの騎士をこっそりと射抜いた。射抜かれた騎士が顔を反らしている。

 アーサーにも見覚えのある、アーサーの生まれをよく揶揄している者達だ。


「私独自の情報網によりますと、ここ最近どうやら怪しげな取引を行い、玉座を狙う不届き者がいるとの噂があります」

「この中に裏切り者がいると言いたいのか?」


 ウーサーの鋭い睨みを受けても、エクターは平然としたままだ。


「ここにいるのは王国創設以来陛下に仕えし古参の騎士達です。この中に裏切り者がいるとは考えたくもありませんが…………そのような噂が流れているという事は何かしら陰謀が蠢いているという事です。この不安定な状況下において王が城を空ける事は望ましくないかと」


 エクターの言葉に何人かの騎士が眉をひそめた。エクターの牽制を疎ましく思っているのが顔に出ている。

 さすがだ……エクター卿。

 ウーサーに前線に出ない方が良い理由を示しつつ、裏切り者たちにそれとなく自分は見抜いている事を宣言し、牽制をかけている。


「他にも何か理由があるようだな?エクター」

「はい。先日、王族の狩猟場に現れた怪物。まるで我らの目を王都に釘付け、北方からの侵略から目をそらさせるようなタイミングでした。となれば、逆も考えられ、陛下が城を空けた機に魔術師が蜂起する可能性も考慮すべきかと」

「成る程。それで、アーサーか」

「はい。殿下が最も適任です」

「しかし、アーサーは未熟だ。特に、大きな争いの経験が少ない」

「勿論、存じております。しかし、どのような事にも初めてという物は付き物です。良い機会ではないかと」

「……確かに。お前の言う事にも一理ある……」


 しばしウーサーは悩んでいたようだが、渋い顔のままエクターを横目で見た。


「……確かにそうだな。アーサーにとっても良い経験となろう。……良かろう。此度の戦は、アーサー。お前に一任する」


 ウーサーの指示に騎士の顔色が三種類に分かれた。

 戸惑う者、顔をしかめる者、そしてアーサーをまっすぐ見返す者。

 アーサーはゆっくりと立ち上がった。入れ替わるようにエクターが席に着いたのを見たアーサーは胸の内で養父に感謝した。


「光栄です。国王陛下。必ずやこの国を異民族と大国の魔の手から護り抜いてみせます」


 アーサーの一声で会議は締まった。



       ***



「という事で、今回の戦、陣頭指揮は俺が執る事になった。ついてはお前達も戦地へと赴く事となる。二日で兵の支度が整う。それまでに俺と自分達の分の支度を済ませろ」


 私室に戻って来たアーサーから事の経緯を聞いた佐和は、初めて目の当たりにした戦争という言葉に尻込みした。

 そっか……この世界じゃ、普通の事なんだ……。

 実際、アーサーにもマーリンにも戸惑った様子はない。佐和だけが事の大きさに二の足を踏んでいる。

 前回ミルディンを助けに行った時はまだこちらの世界をどこか他人事のように感じていたから平気だったのかもしれないが、今、同じように冷静でいられるかは怪しい。


「おい、サワ。心配するな。戦時に新しい従者を雇えば間者(かんじゃ)を許す事になりかねない。だから、お前らにも来てもらうわけだが、お前を前線に立たす気は無い」

「あ、そうなんですか?」


 てっきりアーサーにくっ付いて行く事になるかと覚悟していた佐和は胸を撫で下ろした。

 特殊な技術も、ましてや普通の運動すら苦手な自分が戦場などに行けば運命は一つ。死あるのみだ。行かなくて済むならこれ以上の事はない。


「戦争中は後衛に設置する拠点で、看護や雑事を手伝えばいい。マーリン。今回はお前もだ」

「俺も……?」

「今までとは訳が違う。本格的な軍事訓練を積んでいないお前を前線に連れては行けないからな。後衛とはいえ、戦場という事に変わりはない。サワをしっかり守れ」


 珍しいアーサーの気遣いに佐和は首を捻った。


「なんか……今日は優しいですね?アーサー」

「いつもの事だろうが」

「いつもではないと断言できる」

「マーリン……おまえなぁ!……本当に時々忘れているようだが、サワ。自分の性別ぐらい把握しておけ!」

「あぁ……」


 そこまで言われれば納得する。戦争に女性を連れて行くなど本当はアーサーの本望ではないのだろう。

 そういうところは紳士だよなぁ……。


「……言われるまでもない。サワは俺が守ります」


 頬を膨らませ、不服そうなマーリンの表情に佐和だけでなく、アーサーも動きを止めた。

 そ、その顔は……反則でしょ!マーリン!

 男の人がふてくされて可愛く見えるってどういうことだ!

 突然のマーリンの異論に固まったままの佐和の横で、先に我を取り戻したアーサーが意地の悪い笑みを浮かべた。


「何だ?マーリン、まるで、サワを守る騎士(ナイト)気取りだな?ん?」

「そういうつもりで言った」


 からかうつもりのはずの言葉に頷かれて、アーサーも面を食らっている。

 マーリン、ストレートすぎ……!

 佐和からすればこの状態は居たたまれないし、気恥ずかしい。

 だが、マーリンは佐和の様子に構わず強い眼差しで宣言する。


「サワは俺が必ず守る。お前に言われるまでもない」

「……やはり、サワを前線に連れて行くかな……俺の雄姿を目に焼き付ければもしかしたら、本物の騎士の恰好良さに惚れ惚れしてしまうかもなぁ?」


 やばい。売り言葉に買い言葉。

 完全にアーサーとマーリンが言い合う体勢に移行した。

 アーサー、こいつ!わかってて煽ってるな!

 目を三角にしかけた佐和の前で、マーリンとアーサーが至近距離で睨み合う。


「切られろ。無様に」

「お前!それが主人に対する物言いか!?」

「三人の時は無礼講だと言った」

「名前に関してだけだろうが!このド阿呆!」

「はーい!!ストーップ!!」


 間に割って入った佐和は近づいていた二人を両腕で引き離した。

 これ以上続けられるのは佐和の心臓に悪い。


「邪魔をするな、サワ。今日こそこいつに主従関係を叩き込んでやる」

「我儘っていうのは殴れば治るのか?」

「何だと!?」


 言い合いを再開しようとした二人に呆れかえり、佐和は息を吸うと、自分の中で出せる限りの低い声で宣言した。


「早く支度しろ。ガキか、お前ら」


 佐和の絶対零度の声色にマーリンもアーサーも固まったまま、動かなくなった。



       ***



 佐和とマーリンがアーサーの支度に明け暮れる間、アーサーもかなり忙しかったようで軍議や指示出し、様々な場面でリーダーシップを取る様子が見受けられた。

 忙しなく動き回るうちに準備期間である二日はあっという間に過ぎ、出発の朝を迎えた。


 こうやって見ると壮大だなー。

 キャメロットを出発する軍勢の列の長さと兵の多さに佐和は口を開けたまま目を凝らした。

 自分は列中央付近の馬車に乗って行くことになっている。皮の屋根付きの馬車の荷台から顔を出すと、遠く先頭の方にアーサーの背中が小さく見えた。


「サワ、準備平気?」

「うん。マーリンこそ平気?」


 マーリンは自分の胸ポケットを小さく叩いた。

 そこには創世の魔術師の杖が入っているはずだ。

 確かにそれさえ持っとけば、オッケーかもね。

 その仕草がおかしくて佐和はこっそり笑った。移動中佐和はただ馬車の荷台に乗っているだけだが、マーリンはこの馬車の馬を操る予定になっている。


「お、いたいた」


 軽い声にマーリンと佐和は同時に振り返った。馬に乗ったケイがこちらに近寄って来る。


「ケイ。隊列の所にいなくていいの?」


 確か隊列の位置は細かく決められていたはずだ。もうすぐ出発だというのに持ち場を離れて良いものなのだろうか。


「すぐに戻るから平気、平気。どう?マーリン、サワー。緊張してる?」

「いや、別に」

「ちょっとだけ……」


 明解なマーリンの答えと違い、佐和は着てきた海音のコートの裾をこっそり握りしめた。

 全く緊張していないと言えば嘘になる。

 なんせ佐和にとって戦争など、一生関わる事なんて無いと思っていたものだ。

 それはテレビの向こう、遠い国の出来事であって、まさか自分がその場を経験する事になるとは夢にも思わなかった。

 どうやらケイに佐和の緊張は伝わったらしい。苦笑している。


「今から緊張してたら、持たないぞー。大丈夫。しばらくは単なる旅行みたいなもんだから」

「そうなの?」

「ああ、まずはここ、王都を出発して、隣のエクター領、ま、俺の家の領地を通る。そこで一泊して、今度は北にあるカメリアド領を目指す。そこを越えてようやく戦地だ。カメリアドの領主は陛下と親しい騎士だし、そこまでは単純な旅行みたいなもんだよ」

「なんだ。じゃあ、そこまでは気、抜いてても平気なんだね」

「ま、ごろつきとかも出るだろうけど、ここは隊列の中央っつー1番安全な場所だし。物資を運ぶこの馬車を守る騎士にガウェインも任命されてる。今は見え辛いかもしれないけど、近くにいるから何かあったらすぐに呼べるから」


 そう言われると安心する。隊列のほとんどは佐和の知らない騎士とその従者、兵士で構成されている。見知った顔が近くにあると聞くだけで、心持ちが全然違う。


「ありがと。ケイ」

「それをわざわざ言いに来たのか?」

「いや、もう一つ。サワーにちょっとね」

「私?」


 ケイは馬から華麗に降りると馬車に乗っていた佐和に近寄った。周りに聞こえぬよう小声でマーリンと佐和に語りかける。


「サワー。これから先はどこへ行くにも何をするにも、必ずマーリンか、俺。次いでガウェイン。誰かと行動するんだ。最悪この三人誰も捕まらなかった場合は騎士の傍にいて。最初の休憩の時にどの騎士なら良いか教えるから」

「なんで?」

「うーん。まあ、察してくれれば嬉しいんだけどなぁ。戦争中です。野営もします。男だらけのむさくるしい集団に女性がいます。はい、どんな危険がある?」


 ケイの説明に佐和は青ざめた。

 何を言いたいのかわかった。ケイは佐和の貞操を心配してくれているのだ。

 今さらアーサーの「自分の性別を把握しろ」の意味がわかった。

 そっか……アーサーもそのことを心配してくれていたんだ……。


「そんな事をする奴がいるのか?」

「まあ、今回はメンツがちょっとね。兵士もいるし。騎士は基本的に女性には礼を振る舞うべき存在だけど、全ての騎士が騎士道精神を持ち合わせた騎士かどうか……もうわかってるだろ?」


 ケイの意味ありげな視線が誰を指しているのかすぐにわかった。今回連れ立つ騎士の名を聞いた時、佐和もマーリンもそこにカンペネットの名がある事に顔をしかめたのだ。

 それだけじゃない。私が知らないだけで、たぶん他にもアーサーの生まれを揶揄していた人達もいるんだ。

 そういった人種の人間が女性に払うべき敬意を持ち合わせた人物なのかどうかは疑わしい。


「でも、他にも女性いたよね?少なかったけど」

「それは最終手段だ。その女性が仕えてる主を考えると、ちょっと安全は保障し難いなー」

「ふざけてる」


 佐和よりもマーリンの方が憤っている。ケイは苦笑するとマーリンの肩を軽く叩いた。


「だから、なるべくならマーリン。側にいてくれな。俺やガウェイン、ましてアーサーは今回立場があるから」

「わかった」


 マーリンが力強く頷いたことを確認したケイはひらりとした身のこなしで馬に飛び乗り、隊列に戻るのだろう。馬の手綱を引いた。


「ま、びびり過ぎず。でも頭入れといてなー」

「ありがと。ケイ」


 佐和は馬車の中で居住まいを正した。その様子を見たマーリンが気遣わしげに見つめてきてくれる。


「サワ、大丈夫。必ず守るから」

「ありがと、マーリン」


 遠くから出立の合図が鳴り響く。

 マーリンが馬車の前に座り手綱を取った。少しずつ列が前進していく。

 馬車に揺られながら、佐和は天幕の影から後ろに続く列を隠れ見た。

 ケイに聞かされた忠告に多少は驚いたが、戦地に女性がいればありえない話ではない。


 それよりも佐和が気にかかったのは……。

 アーサーは異民族と大国だけじゃない。身の内に巣食う敵にも油断せず戦わなきゃいけないんだ……。

 出発前、遠くに見えたアーサーの真っ直ぐな背中を思い出す。


 どうか早く、あの誠実な王子様に一人でも多くの味方ができますように。

 佐和は出発を祝福してくれているような青空に胸の内で祈った。




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