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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第五章 特別な存在
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page.132

       ***



「……良かった。三人とも無事で」


 ブレスレットのガラス玉を通してゴーレムとの闘いを見守っていた佐和はようやく一息つけた気がした。

 ガラス玉は小さく、見辛いかと思いきや、まるでその場にいるような迫力で佐和に森での出来事を見せてくれた。


「バンシー、ありがとう」


 これで置いて行かれても佐和はマーリンとアーサーを見守る事ができる。

 佐和のお礼にバンシーは軽く頷いただけだ。


「そういえば、さっきの話でどうしても気になった事があって。聞いてもいい?」

「はい」

「私に魔術は使えないってどういう事?さっきの言い方だと『私は魔法を使えない』っていうよりも『私に魔法はかけられない』っていう意味のように聞こえたんだけど……」

「おっしゃる通りです。あなたに魔法はかけられません」

「え?でも……今までマーリンに魔法で助けてもらった事だってあるし……」


 カーマーゼンでも、ミルディンを助けに行った戦でも、マーリンは身を隠す魔術を佐和にかけていた。バンシーの発言とは矛盾している。


「それは創世の魔術師だからです。創世の魔術師と湖の乙女ニムエには特別な縁があります。その縁を辿り、互いに影響を及ぼす魔法をかけることはできます。しかし、あなたは代行者です」

「どういう事?」

「湖の乙女とはこの世界の全ての者と等しく縁を結び、運命を循環させる存在の事を指し示します。しかし、あなたは違う。あなたは本来この世界には『無い』はずの者なのです。ですから、あなたとこの世界のありあらゆる事象の間には縁が存在しないのです。縁を結び発動する魔術であっても、結ぶ縁が無ければ話になりません。御心当たりがあるのではないでしょうか」


 バンシーの蒼い瞳を見つめている内に、佐和の中で不思議に思っていた事が蘇ってくる。

 保護施設において佐和にだけ洗脳がかからなかった事。地下牢でモルガンと対峙した際、モルガンの魔法が佐和には効かなかった事。


「あれは避けたり、運が良かったからじゃなく、そもそも私に縁が存在しないから……?」

「もちろん。あなたに危害を加える方法はいくらでもあります。例えば魔術のかかった物でもその物体自体は存在しますから、殴られれば怪我を負いますし、切られれば命を落とします」

「……という事は、私にマーリン以外は直接魔法をかけられないけど、魔法のかかった物なら私に危害を加えたり、影響を与えたりできるって事……?」

「はい」


 何……それ……。

 目の前のバンシーの顔色は一貫して変わらない。そのせいで余計自分の内心がはっきり感じられてしまう。

 夢を見てた。

 もしも、小説みたいな出来事が自分に降って来たらって。

 何か特別な能力が自分にはあって、特別な役割を果たすために生まれてきたなんてことがないかって。

 それはあくまで海音であって、佐和はその代わりでしかない。そうわかってはいたものの、マーリンやアーサーと日々を過ごす内に少しずつ少しずつ、まるで自分にも彼らみたいに果たすべき役割が実はあるんじゃないか、なんて考えて。

 違った。

 特別でもなんでもない。

 私はこの世界にとって、繋がりも意義も存在すらも『無い』存在なんだ……。

 バンシーの忠告の意味がようやくわかった気がした。

 私は物語の脇役どころではない。登場人物ですらないと、それを自覚しろという事なんだ……。

 佐和の立ち位置は物語の中ではない。立つ場所すら無いのだと。

 ああ……。海音を助けると決めて、カーマ―ゼンを目指した時から、そのことはずっと自分でも自身に言い聞かせていたはずなのに。

 他人から指摘されるとこんなにも―――痛い。


 マーリンと、アーサーと笑い合った優しい思い出も色あせていく。

 私は、そうだ。本来なら、『いちゃいけないはずの人間』だったんだ。

 それなのに、こんな幸せな気持ちでいる事がどれほど罪深いのか。

 今さら身に染みるなんて……。



       ***



 どれくらいぼんやりしていたのかわからない。

 扉の開く音に我に返った佐和は部屋に言い合いながら入ってくる三人の顔を呆然としながら見つめた。


「全くお前は本当にその口はどうにかならないのか!?」

「悪かったってー」

「サワ、ただいま」


 ゴーレムを共に倒したマーリン、アーサー、ガウェインの顔は全員晴れやかだ。その笑顔が眩しくて、眩暈がした気がした。


「サワ?」

「おかえりなさい。三人とも。怪我がなかったみたいで良かったです」


 佐和は普段通りの声で三人を出迎えた。佐和の動揺に気付いている様子はない。いつも通りアーサーに命じられるまま鎧を脱がす。


「お疲れ様でした」

「まあな。俺にかかればあんな化け物、一撃だ」

「殿下、結構避けてました」

「余計な報告をするな!マーリン!おい!ガウェイン!脱ぎ散らかすな!!ここはお前の部屋じゃないんだぞ!!それからそういうのは従者にやらせろ!」

「だってめんどくせえし」


 部屋の反対側で鎧を自力で外しては床に放り投げるガウェインにアーサーが小言を言うが、やっぱり(こた)えていない。マーリンが呆れながらガウェインの脱ぎ散らかした鎧を拾い集めていく。その光景を笑いながら佐和の心はずっと遠くにあった。

 置いて行かれるような気持ち。

 この暖かくて輝いている人たちの輪の中に―――私はいない。

 久しぶりに味わう疎外感に、自分の脳がしびれていくような気がした。



       ***



 今日はもうあがって構わないとアーサーに言われた佐和とマーリンは二人で城の裏手に行く事にした。

 誘って来たのはマーリンだ。

 マーリンにはまだバンシーからもらった透視できる真珠の事を伝えていないので事の経緯を話してくれるつもりらしい。佐和もマーリンに伝えておきたかったのでちょうど良い。

 そうは思いつつも、気乗りはしなかった。

 以前行った墓地の手前にちょっとした草むらがあり、ほとんど人は来ない。そこに佐和とマーリンは連れ立って座った。


「マーリン、実は今日の事なんだけど、森での出来事、私見てたよ」

「どういうこと?」

「実は、バンシーが私の所に来たの。それで、私が離れてても何が起きているのか理解できるようにって、透視できる真珠をくれて、マーリンのブレスレットと合体してくれたんだ」


 他にも言われた事はたくさんあったが、それをマーリンにぶつける必要性はない。必要事項だけを伝えようと佐和はなるべく普段通りの表情を保った。


「おかげで、ゴーレムとの闘いも見れた。お疲れ様、マーリン」

「俺は結局何もしてない」

「そんな事ないよ。魔術痕を見つけたのは全部マーリンだったし、それに最初の一匹やっつけたのマーリンでしょ?兵士の人達の命を救ったのは間違いなくマーリンだよ」


 佐和の言葉にマーリンが嬉しそうに目を細めた。

 彼は褒められるということに慣れていないし、彼の活躍の場はいつも日陰だ。それを知っているからこそ、佐和だけは彼の功績を褒めてあげたかった。

 マーリン、あなたは本当にすごいんだよ。

 ……いてもいなくても変わらない。本当ならいるはずもない私なんかと違って。


「サワ?」

「何?」

「何か、あった?」


 マーリンに顔を覗き込まれて佐和は言葉を失った。

 表情には出していなかったはずなのに、マーリンは佐和の感情の変化を読み取ったようで心配そうに見つめてきている。


「そう?そう見える?」

「表情は変わらないけど……なんか、感じる」

「感じる?言葉とか、雰囲気とかかな?」


 だとすれば、修行不足だ。

 本当に落ち込んだ時、それを他人に悟られないようにするのは佐和の特技の一つだ。顔に出さず、言葉に表さず、表情を崩さずにいる事は容易い。

 それは小さい頃からの無意識の癖で、一向に治る気配はない。親しい友達でも佐和の落ち込みに気付ける人はほとんどいない。

 だって、嫌なんだもん……目の前の優しい人が一緒に苦しむのは。たかが私の悩みなんかで。

 佐和の悩みを聞いて、マーリンが心を砕くなんてそんなのは嫌だ。

 マーリンにはやらなければならない事がある。

 それをただの傍観者の、部外者の自分が阻害する事は避けたかった。


「そういうのでもないと、思う。でも、感じる。自分でもわからないけど、サワは―――特別なんだと思う」


 マーリンの一言に佐和は小さく息をのんだ。

 『特別』?

 私が、こんな私が、マーリンの『特別』……?


「ずっと、どうして魔術師なんかに生まれてきたんだろうって、悩んでた。だけど、サワに出会って、ミルディンに思いを託されて、先生の本当の事を知って、アーサーに憤って、そうしてるうちにすごく、世界が優しくて、輝いて見えてきた。今も、そうだ。サワと一緒に見る夕焼けっていっつも綺麗だ」


 確かに暮れてきた陽の橙色は優しく草原を染め上げている。けれど、それは佐和とは関係ない。


「夕焼けが普通に綺麗なだけだよ」

「違うと思う。うまく言葉にできないけど、感じるんだ。サワとの間に何か―――あって、だから、一緒にいると嬉しいんだって」


 橙色の夕焼けにマーリンの微笑が優しくにじむ。


「……サワ?」


 涙がこぼれそうになった。


 そうだ。バンシ―の言う通り、私は本当はこの世界にいちゃいけない人間だ。いないはずの人間だ。

 だけどもう、ここにいてしまっている。関わってしまっている。

 それを無かったことにして、責任を放棄することはできない。

 もちろん自分の存在の異端さを、果たすべき役割を思い上がったりなんてしない。


 だけど、私は一人ぼっちじゃない。

 マーリンがいる。マーリンだけが私と繋がってくれている。

 バンシーも言った。湖の乙女は創世の魔術師とのみ特別な縁を持つと。

 私は仲間外れなんかじゃない。

 仲間外れなんかじゃないんだ。

 マーリンがいる限り。


「マーリン、ありがとう……私、マーリンがいてくれて良かった」


 精一杯の感謝の気持ちを込めた佐和のお礼を聞いたマーリンの顔が一瞬、固まった気がした。

 けれど、すぐにその目が細められる。


「ううん……俺こそ、ありがとう。やっとわかった気がする」

「何が?」


 通常運転に戻った佐和の問いかけに、マーリンは初めて青年らしいいたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「内緒」


 その時のマーリンの笑顔にこめられた気持ちに佐和は動けなくなった。


「城に戻ろう」

「う……うん」


 マーリンの後ろを歩きながら、佐和はその背を見つめた。

 うっすらと感じ、膨らんでいた疑念が確信に変わっていく。

 マーリン。

 やっぱり、もしかして、マーリンは私の事……。

 佐和は自分の顔が熱くなるのを感じ、両手で頬を包み込んだ。


 思い違いかもしれない。それでも、今はマーリンの優しい笑顔が佐和の心をいっぱいにしてくれていた。




明日、第五章完結。第六章開始予定です。

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