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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第五章 特別な存在
131/398

page.130

       ***



「というわけで、調べた所、ゴーレムの身体のどこかに刻まれた魔術痕を壊せばゴーレムを倒せるようです」

「よく調べた。マーリン」


 珍しくアーサーがマーリンの功績を素直に褒めた。アーサーの私室に集まり直した佐和たちに、明日ゴーレムの討伐に向かう事が告げられる。アーサーに付いて行くのはもちろんマーリンとガウェイン、それからケイだ。佐和は足手まといにしかならない。無事を祈るのみだ。

 バンシーが指し示していたのはこの事なのかもしれない。

 明日に向けて士気を高め合うアーサーとガウェイン、そして、それを見守るマーリンを見ていると自分が輪の外の人間なんだという事を再認識させられるようだった。



       ***



 アーサーの部屋を退室し、侍従部屋に帰る最中、佐和は人がいないことを確認してからマーリンに話を切り出した。


「マーリン、今回の事件。モルガンは関係あると思う?」


 それならモルガンの狙いは佐和とアーサーの命、そして何らかの目的でマーリンだ。この三人が揃って森に行った時にゴーレムが出現したというのが佐和には引っ掛かっていた。


「……無くはないと思う。でも、俺は違うと思う」


 マーリンは少し考え込んでいたがぽつぽつと根拠を語り出した。


「モルガン・ル・フェイの一番の正確な目的はよくわからないけど……あの日、地下牢でモルガンが話した事が一番モルガンの本心だった気がする」

「ウーサーに裁きを下すって話だったね」

「それなら前日にアーサーとウーサーが森に入ってるんだ。その時を狙った方が俺も佐和もいなかったんだからモルガンにとっては都合が良かったはず。それにモルガンの魔法は……もっとこう、粘着質な感じがするんだ」


 佐和には感じ取れない、恐らく創世の魔術師の感というものかもしれない。そういう第六感の類は馬鹿にできるものじゃない。


「今回のゴーレムは違うの?」

「単純な破壊衝動のような物を感じた」

「へー、そういうのも感じられるんだぁ……」


 モルガンが関係ないというだけで、少し佐和の心が軽くなった。あの魔女に協会で睨まれた時の目はしばらく忘れられそうにない。

 憎悪という感情に形があるならあの眼の陰りと鋭さがそれだ。

 どこまでもきっとあの魔女はマーリンを、アーサーを、ウーサーを、そして佐和を狙う。そんな気がしている。そして、そのためには手段を選ばないような気も。


「モルガンが関係してなさそうとはいえ、気をつけてね、マーリン」

「うん」


 部屋に着いた佐和はマーリンと別れ、自分の部屋の扉を閉めた。

 無事を祈ることしかできない自分。

 逃げることすらまともにできない自分。

 バンシーの悲しげなブルーの瞳がちらつく。


 わかってる。

 わかってるよ。


 自分の器の大きさぐらい、自覚している。

 佐和は閉じた扉におでこをつけ、目をしっかりと閉じた。



       ***



 翌朝、アーサーの支度を佐和が手伝い、マーリンがガウェインの支度を済ませ城門で合流を果たした。

 城前の広場には陣頭指揮を採っていたエクター卿も武装してアーサーを待ち構えている。


「殿下、準備は完了しております」

「助かる。エクター卿。貴殿の活躍を期待している」


 前列に騎士が並び、後列には兵士が並んでいる。その中でこの状況に似つかわしくないへらへらした笑顔でこちらに手を振っている人物に佐和もこっそり手を振り返した。

 相変わらずどこでもケイはケイだなー。

 佐和はやはり留守番だ。アーサーの激励に応え、雄たけびを上げた軍勢が出発するのを見送る。

 どうか、怪我とかしませんように。

 佐和は城門をくぐるマーリンとアーサーの背中を見えなくなるまで見つめ続けた。



       ***



 アーサーの私室に一人戻って来た佐和は箒を片手に溜息をついた。

 アーサー達がいない間にやっておけと言われた仕事は山ほどある。休んでいる時間はない。だが、身が入るわけがなかった。

 皆……どうしてるんだろう。大丈夫かな……。

 佐和が付いていった所で邪魔になるだけだと頭では理解している。自分は勇者でもないし、魔法使いでもない。

 バンシーが言いたかった事はこういう事なのかな……。

 己の力量を計り間違えるなと。役不足であることを自覚しろと。


「そういったつもりで言ったのではありません」

「ぎゃああああ!!」


 背後から答えた声に佐和は飛び上がった。アーサーの私室だと言うのにいつの間にかバンシーが背後に立っている。


「バ、バンシー?」

「はい。湖の乙女、その代行者」

「な、なんで?だってここ、書記室じゃ……」

「別段、出歩く事が不可能なわけではないのです。ただ、魔に通ずる物を無差別に虐げる者がこの城にはいますから。なるべくなら表には出ないようにしているだけです」

「そ……そうなんだ……。そ、それでどうしたの?マーリンなら、今ちょっと出かけてて……」

「存じております。私はペンドラゴン家のバンシー。ペンドラゴン家の者の事ならば見通す事ができます。総じて、近しき者も」

「つまり……アーサーと一緒にいるならマーリンの事も見えるってこと?」

「はい」


 だとすれば余計に彼女がここに来た理由がわからない。今、城には彼女が守るべきアーサーも、魔術師であるマーリンもいないのだから。


「私は、あなたと話をしに来たのです。代行者」

「私?」


 書記室で扉が閉まる直前、悲しげな瞳が直接脳裏に伝えてきた言葉は今も佐和の胸に重く確かにある。その事に触れられるのかと思うと気が滅入った。


「確かに私はあなたに己の立場の自覚を促しました。しかし、それはあなたの能力を低く見積もっているからではありません」

「……そうなの?」

「ええ、私はあくまでペンドラゴン家の繁栄を至上としています。そのためにはあなたが必要不可欠です。しかし、あなたはあくまで代行者。選択を誤ればその道はいとも容易く消え去るでしょう。ですから、あなたには常にその自覚と目的達成の意志を持ち続けていただきたいのです」

「……それは代行者になった時から覚悟はしてたけど……。一つ、聞いてもいい?どうしてバンシーは私が……偽物だってわかったの?」


 バンシーの語った内容は海音を生き返らせると決めたあの瞬間から、いつも佐和の胸の中にある。だが、ここ最近マーリンやアーサーと過ごす日々に楽しみを見い出し、心を弾ませてしまっていたのも事実だ。浮かれるな、と言われるのは当然だと思う。

 それよりも、モルガンすら気付かなかった事をどうしてバンシーが知っているのか、佐和にはそれが不思議だった。


「あなたが書記室のあの部屋の扉を見る事しかできなかったからです」

「どういう事?」


 もしかして何か特別な力が自分にもあるんじゃないかと思わせたきっかけに触れられて佐和は内心ドキリとした。

 それが特別な事なのか、それともあまり喜ばしくない事なのかは実は知りたい所だ。


「あの部屋の扉は湖の乙女にしか開けられぬよう、魔法をかけられていました。しかし、あなたは見る事はできても開ける事は叶わなかった。その時点であなたが代行者であることに確信を持ちました」

「でも、部屋には開ける仕掛けもあったけど……」

「あの部屋を創った魔術師は思慮深い人間でした。万が一に備え予備策も用意していたのでしょう」


 なるほど。それなら佐和はその可能性まで考慮してくれていた魔術師に感謝するしかない。

 そこまで聞いて、佐和は一向にこの妖精が部屋を出て行こうとしないことに気付いた。バンシーは私に話をしに来たと言った。どうやらまだ続きがあるようだ。


「他にも、私が知るべき事はある?」

「はい。そのために私はここにやって来ました」


 近寄って来たバンシーの手に小さな真珠が一粒載っている。促されるままそれを手に取った、


「これは?」

「私の涙でできた真珠です。ペンドラゴン家の者が危機的状況に身を置いた場合、この真珠を通し、その光景を透視することができます」

「私でも使えるの?」


 佐和に魔法は使えない。バンシーは小さく頷いて、もう一度佐和から真珠を受け取り佐和の左手をそっと持ち上げた。


「本来、あなたに魔術を行使する事はできません。しかし、創世の魔術師が創りしこの魔法具に縁を結ぶことで解決できましょう」


 私に魔術を使う事はできない?

 バンシーの一言に引っ掛かりを覚えたが、聞く間もなくバンシーがブレスレットに真珠を近付ける。

 バンシーの手はひんやりと冷たいが不快な気持ちは一切しなかった。清流に浸したように触られた部分が気持ちいい。

 近付けられた真珠は蛍のような淡い輝きを放ちながら、ブレスレットに溶け込むように消えて行く。それを見届けた佐和はブレスレットを掲げ直した。

 特別、変化しているようには見えない。


「これでペンドラゴン家の者とその周囲の状況が見えるはずです。あなたは代行者とはいえ、湖の乙女。いえ、代行者だからこそ、選択を誤らぬよう、全てを見届けるべきです」


 天井に掲げたブレスレットのピンクのガラス玉が透き通る。その瞬間、ガラスの表面に森を突き進むアーサーとその後ろを歩くマーリンの姿が、はっきりと佐和の眼に映り込んだきた。




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