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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第五章 特別な存在
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page.128

       ***



 医者に手当をしてもらい松葉杖を借りた佐和とマーリンがアーサーの私室に戻ると、アーサーとボードウィンが難しい顔をして書物を漁っていた。ガウェインだけソファに座り、顔に本を載せて寝ている。


「殿下、只今戻りました」

「あぁ」


 ボードウィンがいるので、アーサーに気軽に「何してるんですか?」とは聞きづらい。


「何をしてるんですか?」


 おおう、マーリン。ぶっこむな……。

 尻込みした佐和と違い、マーリンは同じようにテーブルを囲んだ。


「あの怪物の正体を探っている。ボードウィン卿にあの怪物について記述のありそうな書物をいくつか持って来てもらったのだが、中々見つからなくてな」

「手伝います」


 マーリンは机に積んであった書物を取り、調べ物に参加するつもりらしい。普通の騎士なら従者のこのような振る舞いには腹を立てるものだが、やはりボードウィン卿は気にならないようで、自分の持っている書物を夢中で調べている。


「サワ、お前も字の読み書きができるなら手伝え」

「えっと、私簡単な文しかできなくて」

「なら関連性のありそうな単語はマーリンに教えてもらえ。それを拾うだけならお前でもできるだろう」

「あの……ガウェイン卿は……」

「……そいつはほっとけ。文字を見た途端、爆睡するんだ」


 佐和は呆れて横目でガウェインを見ながら机に近付いた。

 アーサーの言う事は最もだ。微力でも自分も手伝える事は手伝いたい。

 佐和はそこらへんに転がっていたペンと紙をマーリンに差し出した。


「じゃあマーリン。ゴーレムって単語の綴り教えてー」


 紙を差し出されたマーリンが佐和を見たまま固まっている。部屋の異常な空気を感じて、恐る恐る顔を横に向けるとアーサーもボードウィンも佐和を注視していた。


「え!すみません!何か変な事言いましたか?」

「お前ゴーレムって何だ?」

「何って多分あの怪物ゴーレムですよね?」

「お前あの怪物の正体を知っているのか!?なぜ進言しなかった!」


 アーサーに詰め寄られて佐和は取り乱した。


「す、すみません!言うタイミングが無かったっていうか。そもそも、合ってるかもわからないですし!」

「それよりもなぜお前がそんな事を知っている?」

「私の国の神話とか……書物に架空の化け物として出てくるんです!そのゴーレムって怪物の特徴と森の怪物がそっくりだったので思わずそれだと思い込んでしまって!」

「ボードウィン卿、どうだ!?」

「今の侍女の発言で思い出しました。殿下こちらです」


 ボードウィンが机の上に広げた本のページには、森で見たゴーレムに似た絵と少ない説明文が載っている。


「ゴーレム、その全身は土でできており、非常に強力な力を持つ。魔術によって産まれし怪物……」


 ボードウィンが読み上げた最後の一文に部屋の温度が下がった。アーサーが厳しい顔つきでゴーレムの挿絵を睨んでいる。


「魔術師がキャメロットに仇なそうと造った怪物というわけか……なら、その術者を探し出し刑に処すれば解決するのか?」

「どうやら……それでは解決されぬようですね。最後の方に『なお、一度造られたゴーレムは魔術師の死後も活動を続ける』と書かれております。難しいかと」

「……ならば、術者の捜索は後回しだ。まずは市民に被害が出ぬようゴーレムの対策に趣を置く。その上で、この怪物が魔術師の罠という線も考慮し、捜索、警戒できる体制を整える」


 あの、アーサーが魔術師より市民の安全を優先した……。

 きっとウーサーならゴーレムが魔術師によって造られた物と聞いた途端、魔術師の捜索にしゃかりきになるだろう。以前のアーサーも同じようにしたはずだ。

 けれど、今は違う。何が最良の選択か。悩みながらも考え抜いている。


 マーリン、これはあなたの力だよ。


 驚きながらアーサーの顔を見つめているマーリンの横顔を佐和は盗み見た。

 あなたがアーサーは正しいと声を上げたから。正しくあってほしいと望んだから。

 アーサーはこうして背筋を伸ばして歩き出せたのだと思う。


「そちらの施策はエクター卿も含め考えたい。ボードウィン卿、他に何か記述はあるか?」

「高い腕力と頑丈さを持ち合わせた怪物である事。まるで不死身のような再生力を持つ事が触れられていますが、それ以外の記述は見当たりませんね」


 ボードウィンが読み上げた文にアーサーは顔をしかめた。


「弱点や、対処法は?」

「全く記述がありません。こちらの書物は伝説上の生き物を簡単に紹介しただけのもの。そこまでは触れられていません」

「とすると、あの再生力をいかに攻略するか、対策を立てなければならないか……」


 倒れてバラバラになっても、槍に貫かれても再生した化け物をどう倒せば良いのか見当もつかない。


「サワ、お前の国では何か伝承は無いのか?」

「はい……弱点とかまでは私も聞いた事が無いです……」

「……どうにかして調べなければ……書記室にでも向かってみるか」


 書記室というのは、佐和の感覚でいう所の図書室の事だ。城内をメイド頭に説明された時に場所だけは聞いていたが、侍女は立ち入り禁止とされていたので、中は見たことが無い。


「殿下、恐れながら魔術による怪物であれば、その手の書物は書記室には存在しない確率の方が高いかと」

「何でだよー。あそこ、ものすごい量の本あるだろ。それぐらい置いてあるんじゃねぇの?」


 ようやく起きたガウェインが顔の上の本を持ち上げた。

 ボードウィンに対しても彼の態度は変わらないらしい。大きく欠伸をしている。


「魔術に関する書物は魔術師静粛の際、全て焼き払われました。現存している物は無いかと」


 ほ、本を焼いただとぉ!?

 読書好き、ファンタジー好きの佐和からすれば信じられない冒涜(ぼうとく)だ。そもそも、国家の政策で本を焼く、つまり焚書(ふんしょ)を起こすという事はあってはならない事態だ。焚書が起こる国というのは思想を軽んじているとしか思えない。思想を軽んじるということはつまるところ民の事など歯牙にもかけていないということだ。

 信じらんない!!


「なら、ボードウィン卿のこの本は何で無事だったんだー?」

「こちらは魔術ではなく神話や伝説に関連した書物です。該当図書ではありませんでしたから」

「もしかしたら、ボードウィン卿の本と同じように該当図書とはならず、関連の高い本に記述が残っている可能性に賭けるしかないな……とにかく行くぞ。ボードウィン卿、貴殿はエクター卿に今までわかった事の報告を。私が警備体制などについて相談を望んでいる事も合わせて伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

「ガウェイン、マーリン、サワ、お前らは俺と共に書記室だ」


 「えぇー」と、不満の声を鳴らしたガウェインの横で佐和は腕を組んで気合いを入れ直した。


「わかりました……!!」


 本を焼くなど……絶対許すまじ……!!

 元々あまり好きではなかったウーサーの地位が佐和の中で屑という人種に分類される。

 その怒りを全身から立ち上らせ、佐和は身体に力を込めた。

 本を焼くなんて、あのくそ野郎……!!見てろ……絶対、見返してやる……!そして、反省させてやる……!


「……なんか、サワ。怖くね?」

「ガウェイン、この馬鹿!怒っている時の女に関わるとロクな事などあるものか!気付かないフリをしろ!」

「……凛々しい」

「マーリン、やはりお前の目はどこかおかしいんじゃないか?」


 思い思いの感想を三人から(いだ)かれているとは気付かず、佐和は誰よりも先に部屋を勇んで出て行った。



       ***



 書記室に感動した佐和は内心で盛大に黄色い歓声をあげた。

 本当におっきい図書室……!!

 円形の塔の壁全てが図書だ。しかも見上げても終わりが見えないほどの高さがある。一体何階分なのか見当もつかない。

 入口の通路に司書のカウンターのような机があり、そこにいたおじいさんがアーサーを見て一礼した。


「これは……殿下。御久しゅうございます……」

「久しいな。今日は調べものがあって来た。こちらの者達は私の騎士と従者だ。彼らにも調べ物を手伝わせる。しばらくは特別に入室できるよう取り計らってくれ」

「畏まりました。ええっと……許可証は……」


 のんびりとした動きをするおじいさんだ。白く長いひげに小さなメガネをかけている。佐和はおじいさんとやりとりをするアーサーの背後でマーリンに声をかけた。


「あの人って司書さん?」

「ししょさん?」

「私の国で図書を管理する職業の人を司書って言うの。あの人もそう?」


 おじいさんは細かに身体を震わせながら取り出した書類にハンコを押している。

 この世界で言えばかなり長生きの老人だ。


「多分、紋章官だ」

「紋章官?」

「王家に古くから仕える役職で、貴族の家系とかを管理したり、記録したりしてるって。広義では佐和の国のししょ?と変わらない役職だと思う」

「へー」


 あいかわらずマーリンは博識だ。その間に手続きは終わったらしい。アーサーから佐和たちに一枚ずつ紙が配られた。


「本来、従者は書記室には入室禁止だが、今回の調べ物は迅速に行う必要がある。それはお前らが入室できることを証明した証明書だ。失くすなよ」

「わかりました」


 証明書を丁寧に折りたたみメイド服のポケットにしまった。例外を作ってでも解決しようとするアーサーの姿勢に佐和は明るい気持ちになった。

 本当に良い感じになってきたな。アーサー。


「さて、では役割を振る。マーリン、とにかくお前は片っ端から調べろ。サワ、あの怪物に関連のありそうな単語をマーリンに確認次第お前も手伝え。お前の場合は疑いのある書物かそうでないかの判別をするだけで構わない。疑わしい物はマーリンに手渡せ、マーリンはそれを精読しろ」

「はい」

「わかりましたー」


 アーサーの割り振りは理に適っている。少しでも時間を短縮するために読む本を絞るのは的確な措置だ。


「それからガウェイン」

「げ!俺、文字見ると眠たくなるんだけど……」


 今にも書記室から逃走しそうなガウェインをアーサーは睨みつけた。


「そんな事は知っている。だから、お前は部屋中からタイトルだけで関係ありそうな本を抱えてサワとマーリンの所に持ってくるだけでいい。後はサワが見てわからない言葉などがあったら教えてやれ。文字を見るのはその時だけだ」

「おおう!それなら俺でもできるわ!!」


 書記室はかなり広い。力持ちで体力のあるガウェインが走り回って本を持ってきて、サワが振るい落とし、マーリンが精査する。これ以上ないスタイルだ。

 やっぱ、こういう時はリーダーって感じだよね。

 それにきっとこの采配は足を痛めている佐和が無理をしない配慮も含まれている。そういうところは素直に尊敬に値する部分だ。


「わかったな。なら、後は頼んだぞ」

「え?」

「は?」

「はあ!?」


 佐和、マーリン、ガウェインが戸惑っているのを余所に、他人事のようにアーサーは書記室から立ち去ろうとする。


「ちょっと待て!アーサーはどうするんだよ!!」

「俺は会議や警備がある。公務もだ。お前たちで何とかしろ!いいか!キャメロットの命運はお前らに掛かっているんだからな!光栄に思ってとにかく目を皿にしろ!」


 それだけ言ったアーサーはさっさと部屋から立ち去った。取り残された三人でアーサーの消えた通路を睨む。


「あいつ……面倒な事を押し付けただけだな……」


 久しぶりに発揮されたわがまま王子の言動に、マーリンはひどいしかめっ面で通路をしばらく睨みつけていた。



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