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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第五章 特別な存在
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page.127

       ***



「ま、マーリン。もう下ろしていいよ。肩だけ貸してくれれば自分で歩くし」

「駄目」


 城に常駐している医師の元へ向かう最中もマーリンは決して佐和を下ろそうとはしなかった。

 すれ違う侍従達が何事か遠巻きに見ているのが恥ずかしい。


「もう着く」

「まだけっこうあるって!階段もあるし!」


 佐和は精一杯マーリンの背中を掴んで揺すぶった。必死になるあまり揺さぶられたマーリンの首ががくがく揺れる。その激しさに、さすがに諦めたのかマーリンが佐和をゆっくりと下ろす。

 た、助かった……。

 正直、さっきまでの状態は心臓に悪すぎる。なんせ普段は意識しないようにしているが、マーリンはすごく……かっこいいのだ。

 クラスや会社にいるレベルではない。それこそアイドルのような顔立ちの男性におぶられて平常心でいられる程、佐和は男慣れしていない。

 ほっとした佐和の横にマーリンは立ち直した。肩を貸すはずなら同じ方向を向けば良い。それなのにマーリンの身体はこちらを向いている。


「マーリン?何し、って!何しようとしてるの!?」


 マーリンは(おもむろ)に佐和の膝裏に手を差し込み、先程のアーサーと同じように佐和を抱き上げようとしたのだ。

 慌てて片足だけで飛び跳ねマーリンから二、三歩距離を取る。


「背負うより、抱きかかえる方が良いのかと」

「はぁ!?いやいや!そういう問題じゃないから!」


 佐和に拒絶されたマーリンがみるみる萎んでいくのが分かる。

 もしかしたら、触られる事自体を嫌がられたと誤解させてしまったのかもしれない。


「違うからね!マーリンに触られるのが嫌だっていう話じゃなくて、抱きかかえられるのは心臓に悪いの!」

「でも、アーサーは抱きかかえた」

「それは、非常事態だったからだって!」

「俺は……何もできなかったから……」


 珍しいマーリンの落ち込んだ様子に佐和は驚いた。今までこんなマーリンを見た事がない。

 ……マーリンが、しょげてる。

 反則だ。

 しょげているというか、拗ねているというかその様子は普段のギャップとあいまって……破壊力が高い。

 か……可愛いって男の人に思うの失礼だよね。

 けれど、今のマーリンは完全に叱られた子犬のようにしか見えない。尻尾と耳が垂れ下がっている。


「だから、せめて医者の所まで抱えようかと」

「そこに帰結するの?マーリン、可笑しいっ……!」


 佐和は思わず笑ってしまった。

 そんな事を気にしていたのか。


「何もできなかったって、何言ってんの。一番最初に駆けつけてくれたじゃん」

「最初に駆け付けたのはカバルだ」

「犬の弾丸ダッシュと人間の脚力は比べちゃダメだって」


 これは、とことん拗ねている。

 佐和は笑みを抑えて、なるべく優しい声を出そうと努めた。


「でも、マーリンはすぐに気付いて駆け寄って来てくれたし。それに、最初の奴を転ばせたのマーリンでしょ?あれが無かったら私はぺしゃんこだったよ。ありがとね」

「……俺はあれぐらいしか……。アーサーもガウェインも……すごかったのに」

「そもそもあの二人がいなかったら、マーリンが魔法でかっこよく助けてくれてるもん。前提が違う」


 少しは納得できたらしいが、まだ憮然としたままのマーリンは佐和の顔をちら見した。


「サワは……アーサーと俺、どっちの方がいい?」


 質問の意図がわからん。

 何を比べて良いとしているのか、口下手のマーリンの言い方ではよくわからない。

 これは……もしかして……ヤキモチ妬いてる……?

 頭が沸騰してしまうかと思った。

 もし、もしもそうなのだとしたら、こちらを伏せて見てきている目を見返す事などできなくなってしまう。

 でも、そんな事は有り得ないはずだ。これほどまでに素敵な人物が惹かれる理由が自分には見当たらない。でも、その仮定で考えれば、ここ最近のマーリンの行動全てに納得できる。

 どう答えるのが一番良いか一瞬悩んだが、佐和は疑念を振り払い、真実だけを告げることにした。 


「断然、マーリン。アーサーなんて最悪じゃん!特に初めて会った時なんてさー!私、実は殴っちゃったんだから」


 声は思ったよりもすっぱりと答えを出した。務めて雑談のように笑いながら言葉を続ける。

 ここで変に照れたり、言い淀めばマーリンとの関係が崩れる可能性だってある。何も気付かないふり。単なる雑談として軽く答えるのが一番だ。

 それに、マーリンとアーサーどちらが佐和にとって心を許しているか聞かれればマーリンであることは間違いない。当たり前だ。

 もちろん本当は自分の立ち位置と役割を鑑みれば二人には平等でなくてはならないけれど、アーサーよりもマーリンの方が共にいる時間も密度も濃い。

 それにアーサーとの出会い方は最悪すぎた。

 あまり根に持つタイプの方ではないが、出会い頭、ぺしゃパイを鼻で笑われた雪辱はそう簡単に忘れる事はできない。


「……じゃあ、ガウェインは?」

「なんで、そこでガウェイン?」


 アーサーならまだわかる。だが、突然出てきたガウェインの名に佐和は目を丸くした。


「……サワ、ガウェインを見る時、時々懐かしそうな目をしてる」


 予想外の指摘に口をぽかんと開けてしまった。その顔を見たマーリンがたじろぐ。


「悪い。間違った?」

「ううん……マーリンの観察眼にびっくりしただけ」


 まさか、マーリンに勘付かれているとは思わなかった。

 これも変にごまかせばマーリンは傷つくだろう。

 佐和はゆっくりと言葉を探した。


「……なんていうかね、ガウェインの笑った顔が、私の知り合いにすごく似てるんだぁ」


 こちらの世界に来てから海音が死んで、わけのわからないままマーリンを探し、がむしゃらに動き続けている間、「彼」の事を思い出す余裕は無かった。

 大好きだった彼の笑顔。ガウェインの笑顔はその温かさを思い出させる。笑うと幼く見えるところや、周りの空気が柔らかくなったように感じるところ。それを思い出していたことをマーリンは見抜いていたのかもしれない。

 本当ならきっと失恋の痛みに今でも胸を焦がしてた……。

 でも、こちらに来てそんな余裕も時間も想いも吹っ飛んでしまったというのが本音だ。

 それなのに、忘れていられたのに。ふいに「彼」を思い出させる笑顔に出会って、不意を突かれた。


「その笑顔見るとね、こうあったかーい気持ちにさせてくれるような人だったもんで。懐かしくなっちゃうんだよね」

「それって……男?」


 驚く程今日のマーリンは鋭い。だが、ここも返答に窮した方が意味深に見られる。何でも無いように答えるべきだ。


「うん、そう」

「恋……人とか?」

「違う、違う。幼馴染。マーリンで言う所のミルディンみたいな」

「それならわかる」


 どうやらマーリンは納得してくれたようだ。

 今、マーリンに語った言葉に嘘はない。だが、言っていない事があるのも確かだ。

 私は「彼」が好きだった。

 でも、それをわざわざマーリンに言う必要はない。

 海音が彼の告白に何て返事をしたのかはわからない。それでも、「彼」のためにも海音の命を救わなければいけない。

 例え……私がどうなっても……。


「なら……いい」


 ようやく佐和の答えに納得したマーリンの顔はどこか晴れやかで、嬉しそうに見えた。




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