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キャメロットの街は三方を深い森に囲まれている。その中でも城の背後を中心とした部分は王族専用の狩場として一般市民の立ち入りは禁じられている。
佐和も初めて足を踏み入れる森に緊張していた。
森は薄暗く、かなり木立が密集している。大きな木の根が地面のほとんどを覆い、緑の苔があちこちに蔓延っている。だが、不思議と不気味な感じはしない。それは所々漏れてくる陽の光のせいかもしれない。おどろおどろしいというよりは単純に野生の森のありのままの姿を見た気がした。
「サワ、足元気をつけて」
「ありがと、マーリン」
サワ以外の三人の足取りは慣れた物だ。静かにだが着実に森を進んでいく。
一回、一回足場の悪い所でマーリンがエスコートしてくれるのに、照れたりしないよう平静を装うのにいっぱいいっぱいだ。
「アーサー、昨日のリベンジだぜ!どっちがすごいのを狩れるか勝負な!」
「望む所だ」
一方、そんな佐和にはお構い無しでガウェインとアーサーは楽しげに森を進んで行く。
手にはボウガン、腰に剣のアーサーに対してガウェインの武装は一本の槍だけだ。
勝負に……なるのかな?これ。
「サワ、カバルを放て」
「あ、はい」
アーサーの命令で佐和はカバルの紐を取り外した。カバルは紐を外された瞬間、軽やかに走りだし、辺りの匂いをしきりに嗅いでいる。
「さて、競うのは数にするか?それとも獲物の凄さか?」
「もちろん凄さだな!」
ルールを確認したアーサーとガウェインは楽しそうに笑った。
***
「おかしい……これは一体どういう事だ」
森に入ってから大分時間が経っていたが、勝負どころではなく、まず獲物となる動物が一匹も見つかっていなかった。
「一昨日、父上と来た時にはこのような事は無かったのだが……」
「この前と同じ、傭兵の行いか?」
マーリンの推察にアーサーは首を捻った。
「いや、王都に現れた傭兵はあらかた捕らえたはずだ。今も残っているとは考えにくいな」
「どうでもいいけど、獲物がいねぇと勝負になんねぇよー」
ガウェインは完全に暇を持て余し、持っていた槍を肩に担いだりして唇を尖らせている。
これだと勝負は引き分けに終わりそうだ。
まぁ、私は生き物殺す所なんて好き好んで見たいわけじゃないし、いいけど。
だが、それにしても初めて入った森はどうも静かすぎる気がした。
木の葉が掠れ合う音が時々聞こえてくるだけで、生き物の動く気配どころか小鳥のさえずりさえ聞こえないなんて。
「マーリン、この森っていつもこんなに静かなの?」
「いや……普段はもっと生き物の気配がするんだけど……おかしいな……」
その時、先頭をきって地面の匂いを嗅いでいたカバルが突然顔をあげた。その鼻をしきりに動かし、空中の匂いを嗅いでいる。
「カバル?どうした?」
異変に気付いたアーサーがカバルに声をかけると、カバルは四肢に力を込め直し、前方の木立に向かって唸り声をあげた。
「なんだ?獲物か?」
「いや……カバルの様子が変だ。全員静かにしろ」
のんびり槍を構え直したガウェインと違い、アーサーはボウガンを隙なく構え、しゃがみこんだ。アーサーの合図に戸惑いながら、佐和もマーリンも同じように姿勢を低くする。
静かすぎる時間はすぐに終わった。
少しずつ、少しずつではあるが、ドシン、ドシンと地面が微かに規則的に揺れ始める。
「なんだ?やけにでかい獲物の足音だな」
「……」
小声で楽しそうに呟いたガウェインとは違い、アーサーの顔には緊張が走っている。
揺れはどんどん大きくなっていく。その時、佐和の袖をマーリンがこっそり引いた。
「マーリン?」
「サワ、たぶん……まずいのが来る」
マーリンの指すやばい物など種類が決まっている。
佐和の顔が青ざめるよりも早くカバルが吠え出した。そして、木立を押し倒してこの揺れの正体が姿を現した。
見上げるほどの大きさの黄土色の岩が積み重なった身体。だが、形は人間に似ている。
佐和にはゲームや小説で馴染のあるいわゆる―――ゴーレムだ。
目だと考えられる黒い部分が佐和たちを捉えた。
「逃げろ!!」
アーサーの短い号令で一斉に駆け出す。よく見れば後ろにもう二体いる。どれもゆっくりとだが、着実にこちらを追いかけて来る。
歩幅違いすぎ!!
ゴーレムは歩いているだけのつもりかもしれないが、なんせその身体は一階建ての家より大きい。一歩だけであっという間に佐和達との距離を縮められる。
ていうか、皆、早い……!!
みるみるうちにマーリン達から佐和は置いていかれる。運動神経抜群の三人と違って佐和は鈍足だ。
「ま、待って……」
その瞬間、地面が一際大きく揺れた。その反動に足を取られ、窪みに足を取られてしまう。
「ぎゃ!!」
「サワ!!」
前方を走っていた三人が振り返る。
やばっ!最近運動なんてしてないから……!!でも、とにもかくにも逃げなきゃ!
すぐに立ち上がろうと足に力を込めた途端、激痛が右足首に走った。
やばい!捻った……!?
だが、どうにかして立ち上がらなければ佐和などすぐに踏みつけられてしまう。痛みを堪え、歯を食いしばって立ち上がろうとするが全く足が動かない。
そのすぐ背後までゴーレムが迫る。
間に合わない。潰される……!
「サワ!」
マーリンがこっちに駆け寄って来てくれるのが見えるが間に合わない。
自分の上からゴーレムの影が覆いかぶさった。
「くそ……!!何だ!?」
駆け寄るマーリンの横から弾丸のような黒い影が飛び出した。
***
マーリンの横から飛び出して来たのはカバルだ。弾丸のようなスピードでマーリンを追い抜くと、佐和とゴーレムの間に立ちはだかって甲高く吠え、ゴーレムを牽制してくれている。
ゴーレムは突然飛び出してきたカバルに驚いたのか、歩みを止めると首を傾げるような動作でカバルを見つめている。
知性があるの……?
その間にマーリンが佐和の横に跪いた。
「サワ、走れる!?」
「ごめ、マーリン、足が、私」
佐和の途切れ途切れの説明でもすぐに事情がわかったらしい。マーリンが佐和の足元を確認するとくるりと背を向けた。
「俺がおぶって……」
その瞬間、ゴーレムの意識がカバルから佐和たちに向けられたのを肌で感じた。
このままでは2人とも潰されてしまう。
「ま、マーリン!逃げて!」
「大丈夫!」
ここで魔法を使って佐和を助ければアーサーとガウェインにマーリンの正体がばれてしまう。
しかし、佐和の予想と違い、マーリンは杖を出す事なく、素早く周囲に目を走らせていた。その目が地面に蔓延る蔦に止まる。その鳶色の瞳に鋭い力がこもった気がした。
意志魔術……?
マーリンの魔術を受けた蔦が生きた蛇のように地面を滑り、ゴーレムの片足に絡みつく。その事に気付かず足をあげようとしたゴーレムがバランスを崩し、後ろに倒れた。倒れた衝撃でゴーレムがバラバラに砕け散る。
「す、すごい」
だが、ゴーレムはまだ後二体もいる。
「ガウェイン!!」
「わかってる!!」
その時、離れた所にいるアーサーの命令を受けてガウェインが槍を掲げ直すのが見えた。右側のゴーレムに狙いを定めている。
槍を持つ手に力を込めると、異常なオーラがガウェインの右腕から放たれた。不思議な力強さが迸っている。
「せいやあ!!」
ガウェインの掛け声とともに槍が放たれる。通常の人間が放ったとは思えないほどのスピードで右側にいたゴーレムの胴体に槍が突き刺さった。
「よっしゃああ!あと一体……?」
ガッツポーズを決めたガウェインの目が白黒している。その様子に不自然さを感じた佐和とマーリンも振り返った。
マーリンによって転ばされたゴーレムと、ガウェインの槍が突き刺さったままのゴーレムが再び起き上がり、再生している。
信じられない生命力だ。
「不死身……!?」
「くそっ!ガウェイン!」
「わかってるって!!」
アーサーが焦った声でガウェインに叫ぶ。ガウェインは傍の大木をいきなり両腕で抱きかかえた。みしみしと耳を塞ぐほどの音を出し、大木が持ち上がっていく。
「う、ウソー!?」
佐和は思わず叫んだ。力持ちだとは思っていたが、これは最早人間業を超えている。
ガウェインは大木を両腕で抱え上げたまま不適に笑った。
「マーリン!サワ!伏せろよおお!!」
マーリンがサワの上に覆いかぶさるようにして身体をできるだけくぼみに埋める。
大木が飛んでいく風を切る音が頭上すぐ近くを走る。
ガウェインがぶん投げた大木がゴーレム三体にまとめてぶつかり、三体が一気に倒れると地面が跳ね上がった。
「無事か!?サワ!マーリン!」
その隙にアーサーが駆け寄って来て、佐和の横にしゃがみこんだ。その間にも背後でゴーレムが再生し始めている。
「逃げるぞ!走れるか!?」
「アーサー、サワの足が」
「ご、ごめんなさ」
「全く!!」
「え、ええ!?あ、アーサー!?」
アーサーは手にしていたボウガンをマーリンに放り投げると佐和の膝裏と肩に手を回し、颯爽と抱き上げた。
いわゆる―――お姫様抱っこだ。
「どうえ!!アーサー!恥ずかしいいい!」
「煩い!振り落とされないように首に手を回せ!行くぞ!マーリン!」
佐和を抱き上げたアーサーが駆け出す。マーリンも慌ててその後を追ってくる。
いやいや!うそうそ!まさかのお姫様抱っこって!ていうか、アーサー、顔、近っ!
だが、こうしている間にもゴーレムが立ち上がり始めている。
アーサーは動けない佐和を庇ってくれているのだ。それなのに恥ずかしいとかそんな悠長な事を言っている場合ではない。
「ああ、もう!!」
観念してアーサーの首に手を回す。その途端、アーサーが加速した。
「お前ら全員無事かあ!?逃げるぞおお!!」
ガウェインの号令で全員駆け出した。