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「……遅い!ガウェインは何をしているんだ!?」
城門でガウェインを待っていたアーサーが痺れを切らして、足を踏み鳴らした。今朝はガウェインの誘いで狩に行く予定のはずだったが、その肝心のガウェインが一向に来ない。
「おい、サワ。お前が叩き起こして来い。なんなら抱きつけ」
「そんなことしたら、ガウェイン。蕁麻疹出ちゃうじゃないですか」
「むしろ出させろ。俺を待たせた罰だ」
また、無茶な事言って……。
もし本当に佐和が抱きついたらガウェインは気絶してしまうのだから、結局狩には行けないのに、アーサーは完璧に頭に血が上っているようだ。
「わかりましたー。いってきまーす」
とりあえずガウェインの部屋を目指してサワは駆け出した。王宮滞在中はアーサーに用意された客室にいるはずだ。
息を切らしながら上階の貴族客室を目指す。
「ガウェイン卿。失礼いたします」
アーサーの用意した部屋の扉をノックしたが、返事はない。断りを入れてから部屋に入った瞬間、佐和はうっと鼻を押さえ込んだ。
さ……酒くせえええええ!!
むわんとまとわりつくような独特のアルコール臭が鼻につく。それもそのはず、テーブルだけじゃない、床の上も歩く場所が無いほど、酒の空瓶が転がっている。
恐る恐る部屋の中に入ると、奥のベットに足が二つかけられているのを見つけた。
「ガウェイン……?信じられない……」
呆れ返って頭を抱える。ガウェインは足だけベッドの上に乗せた状態で床の上に大の字で寝ていた。
信じらんない……丈夫すぎでしょ……。普通、こんな姿勢で寝たら首とか背中とか痛くなるよ……。
「起きてー、ガウェインー!」
ガウェインが発作を起こさないであろう距離から呼びかけるが、一向に起きる気配がない。
「どうしよ……」
これはもうアーサーの言う通り、抱きつくまでしなくても近付いて起こすしかないかなー。
そうすれば病院の時のように飛び起きてくれるかもしれない。
困り果てうんうん唸っていた佐和の背後で扉が開いた。見知った顔が佐和を発見し楽しそうに笑う。
「あれ?サワー?どうした?」
「あ、ケイ。おはよう。ケイこそ何で、ガウェインの部屋に……って、酒くさ!!」
「あ、やっぱり?」
部屋に入って来たケイの周りから密度の濃いアルコール臭が漂う。まるでアルコールの空気が固まってケイの周りにまとわりついているみたいだ。
こんな酒臭い人初めて見た!
大学のサークルの飲み会でだってここまでなる人はそうそういない。だが、匂いとは裏腹にケイの笑顔はいつも通りだ。
「いやー、ガウェインと夜通し飲んでてさー」
「……ってことは、この空き瓶の山、ケイとガウェインで空けたってこと!?ちょ!!どんだけ酒豪なの!?」
「いやいや、三分の二はガウェインだって」
「三分の一でも相当な量だよ……」
それだけでも5.6人の宴会後ぐらいの量がある。見ればケイはいつも着崩しているジャケットを着てもいない。ワイシャツ一枚のラフな格好で、手には水桶を持っている。完全な宴会後のスタイルだ。
普通、そういうのって従者にやらせるものだけど……ほんとにケイって貴族っぽくないな……。
「というより、ケイとガウェインって仲良かったんだね」
「ま、二人しかいないアーサーの騎士だしな。飲み友達。飲み友達」
二人はおそらく年齢も近いだろうし、気の置けない仲なのかもしれない。意外な組み合わせのようでいて、しっくりくる気もした。
「で、サワはどうしたんだ?」
「あ、アーサーがガウェインと狩に行く予定だったんだけど、一向に来ないから迎えに……」
「ガウェインの奴……すっかり忘れてるな。ちょっと待ってろ。今、起こすから」
そう言ったケイは酒の空瓶を乗り越えて、ガウェインの頭上まで来ると、徐に手に持っていた水桶をひっくり返した。
「起きろー。ガウェイーン」
「ちょ……!ワイルドすぎ!!」
相当な量の水がガウェインの顔面を直撃すると、さすがに驚いたガウェインが跳ね起きた。
「うおおおおお!!!敵襲かあああああ!!!???」
「違うぞー」
臨戦態勢で腰を落としたガウェインにのんびり声をかけたケイはテーブルに水桶を置き直した。振り返ったガウェインに慌てて佐和は駆け寄る。
「あの、ガウェイン。アーサーが……」
「ぬおおおおお!!!!だあああ!!!いてえええ!!」
予想以上に佐和の立ち位置が近すぎたらしい。ガウェインは後ろに凄まじい勢いで後ずさった後、自分の大声が響いたのか頭を押さえている。完全な二日酔いの症状だ。
「は!?サワか!悪い!!つい!!」
「いえ……別に」
女性が駄目だとわかっていても、ここまで拒絶反応されると少し傷つく。まるでサワの顔が怪物に見えたようなリアクションだ。
「ガウェイン。お前、アーサーと約束してたんじゃないのか?アーサー、しびれ切らしてるみたいで、サワーが迎えに来てくれたんだよ」
「やべえ!!忘れてた!!悪い!サワ!今すぐ準備っすから!!」
「はあ……」
ばたばたと慌ただしく着替え始めたガウェインがズボンに手をかけるのを見て、佐和は慌てて部屋から退出した。
***
「どぅわー、頭いてえー」
「何が、頭が痛いだ!この大馬鹿者が!!」
「痛!いてえって、アーサー!頭に響く!」
城門にようやく到着したガウェインと佐和を待っていたのはしびれを切らしきったアーサーだった。到着するなり謝ることもせず二日酔いの頭を抱えたガウェインをアーサーがどつく。
「お前と違って俺には予定があるんだ!大体、狩を提案してきたのはお前だろうが!!」
「細けえ事気にすんなよ」
「細かくないわ!!」
「愉快、痛快」
「マーリン!聞こえているからな!」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人の横でマーリンが呟いた言葉を目敏く聞きつけたアーサーがそれにも喚く。
昨日も思ったが本当にこの三人が揃うとコントにしか見えない。
「とにかく!行くぞ!!わかったな!!」
「へいへーい!」
荒い足取りのアーサーに続いてガウェイン、マーリンも出発する。佐和はお留守番だ。最後尾のマーリンがこちらを気にかけて振り返っている。安心させようと佐和は笑顔で手を振った。その途端、マーリンも花が咲いたように嬉しそうに手を振りかえしてきてくれた。
その笑顔を見て、ガウェインの登場ですっかり横に置いておいた疑念を思い出してしまう。
ま、マーリン。普段笑わない人が笑うと破壊力高いんだって!お願いだから、そういうのも覚えようか!
内心悲鳴をあげていたが、どうせこの後佐和は1人になれる。落ち着く時間はたっぷりあるだろう。
ところが、数歩も進まない内にアーサーが突然こちらを振り返ると、佐和を手招きした。
「……おい、サワ。たまにはお前も来い」
「え?私が狩ですか?」
予想外の提案に戸惑いながらも三人に合流する。以前から狩は男の楽しみとアーサーに言われ、佐和はいつも留守番だったのだ。
「別にお前がやる必要はない。ただ、滅多に見られるものじゃないからな。見ておくといい。……ガウェインの狩を」
「はあ……そんなにすごいんですか?」
今の所、佐和の中のガウェインのイメージは大酒のみで大雑把で不躾で女性恐怖症という愉快な人物だ。
「見てのお楽しみだ。手持ち無沙汰もなんだろう。お前はこいつを持っていろ」
意地悪そうな笑顔になったアーサーに手渡されたのは紐だ。その先には紐に繋がれたアーサーの猟犬カバルが良い子でお座りをして佐和を見上げている。
わあ、可愛い。これコリーだっけ?シェットランドシープドッグだっけ?
牧羊犬でよく見る犬種だ。ふさふさの白いしっぽを揺らしている。
「では、行くか」
アーサーの掛け声に佐和はなんだかわくわくしつつ、横を歩くマーリンを意識してそわそわもしつつ、初めて立ち入るキャメロットの森へと足を向けた。