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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二部 第五章 快活な笑顔、悶々とする二人
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ちょっとした下ネタが入ります。

御容赦ください。

       ***



 倒れた男をそのまま放置するわけにもいかず、結局マーリンと佐和は周囲の人と協力して男を町医者の診療所に運び込んだ。男はベッドに寝ているが、医者の見立てでは蕁麻疹(じんましん)で倒れるなど意味がわからないとの事だった。


「どうしたんだろうね?この人」

「さあ」


 本来の人の良さのせいかマーリンはこの男を見捨てられず、他の人たちが運んだ後は我関せずと言わんばかりにいなくなるのを見て憤り、男が目を覚ますまではここにいたいと佐和にお願いしてきた。もちろん佐和には男を見捨てる特別な理由も無いので快諾したわけだが。

 マーリンは本当に良い人だなぁ……。

 そっと佐和は床に荷物を下ろした。男を運ぶのに役立たない佐和は男の荷物を運んできたのだ。マーリンの手には包帯が巻かれている。その怪我も彼の優しさの証明だ。

 その時、男の瞼がうっすらと開いた。寝ぼけ眼で何度か瞬きをしている。


「サワ、この人目が覚めた」

「どうわわわあああああああ!!??」


 マーリンの短い報告に突然、男はベッドで飛び上がった。その声に周りの患者が一斉に怪訝な目を向ける。


「ここどこだ!?あれ?俺、道の上にいたはずじゃね!?」

「病院」


 淡々と答えたマーリンの顔を視認した途端、男の顔が輝いた。


「お前はさっきの!!俺を運んでくれたのか!?ありがとな!!」

「え、ああ。うん。俺だけじゃない。他の人も手伝ってくれた」

「そっか!あ!そういやさっきの下敷きになってたやつは大丈夫だったか!?」

「無事。今は奥の治療室にいる」

「そっか。良かった!良かった!」


 なんか底抜けに明るい人だなー。

 佐和はマーリンの後ろから男の様子を観察していた。さっきまでの驚きはもう消え去り、笑顔でベッドに胡坐をかきなおしている。


「もう身体は平気?」

「ああ!悪いな!まあ、持病みたいなもんだから気にすんな!命に別状とかねえから!」

「そうなのか……」

「目を覚ましましたか」


 近寄って来たのはこの診療所の町医者だ。どうやら馬車に下敷きにされていた男性の治療が終わったらしい。


「さっきの男性は大けがですが、まあ命あっての物種ですから」

「おう!その通りだな!ありがとよ、先生!!」


 ベッドに胡坐をかいたまま男がにかっと白い歯を見せて笑った。それを見た医者が一歩進み出る。


「それよりもあなたの症状は一体……蕁麻疹で倒れる等、聞いたこともありませんよ」

「まあ、俺のは特殊な持病みたいなもんだから気にしないでくれ!命に関わるもんじゃないしな!!」

「そうですか……とはいえ」


 そう言って医者は男に手を差し出した。男は束の間その手を不思議そうに見つめていたが、ようやく要領が飲み込めたと言わんばかりの笑顔で医者の手を握り返した。男は楽しそうに医者と握手したが、あからさまに医者の求めていることは違う。


「……診察代を」

「お!わりー!わりー!そうだよな!えっと俺のカバン……あった!」


 佐和が床に置いておいたカバンを漁っていた男がここでもないそこでもないと中身をひっくり返している。


「あっれー?おっかしーなー。……あ!そうだ!俺、金持ってねえんだった!」

「何ですと……!?」

「ええ!?」


 男は一人納得したように手を叩いている。信じられない発言に医者のこめかみがぴくりと痙攣した。


「それで、お代は?」

「いやー、今はム」

「お代は?」


 男が鞄に手を突っ込んだまま固まる。

 その様子を見た部屋の空気も凍った。



       ***



「本当に悪かったな!!」


 すっかり回復した男と三人連れだって佐和たちは通りを歩いていた。前を歩くマーリンに並んだ男が拝み倒している。


「必ず返すっから……えっと」

「マーリン」

「マーリンか!俺はガウェインだ。よろしくな!一緒のお嬢さんは?」

「え?私?サワです」


 お嬢さんなんて呼ばれたこともない。驚いて返事が遅れた佐和を振り返って男が明るく笑った。


「サワ!サワもよろしくな!」


 本当に明るい人なんだなー。彼が話すたび毎回陽が昇るような、花が咲くような明るい笑顔が目に飛び込んでくる。見ているこっちもつられてしまうような笑い方だ。

 まあ。ただ、大雑把ってだけな気もするけど……。お金ないってどういう事よ。


「それで、マーリン。金なんだけど、知り合いに金持ちがいっから、そいつから借りてすぐ返す!そこまで付き合ってもらってもいいか?」

「大丈夫」

「本当に悪いなー!」


 病院の診察代を払えなかった男―――ガウェインをマーリンは見捨てられず、結局マーリンが立て替えることで医者に折り合いをつけた。診察とベッド代だけだからそこまで高額ではないが、奢るわけにはいかない程度には大きなお金なので、ガウェインはすぐに返すと断言したのだ。

 そういうわけで結局甘い物が売っているお店行きは延期となり、佐和達はこのやたら明るい大男について行くことになったわけだ。

 自分に対して屈託なく話すガウェインが新鮮なのかもしれない。どことなくガウェインと話すマーリンは楽しそうだ。その様子を見守りながら、後ろを歩いていた佐和はガウェインが先導していく道のりに既視感を覚えた。

 あれ?この方角って……もしかして……。


「とうちゃーく!!いやー!久しぶりだなー!!」


 佐和の思った通り、ガウェインが佐和たちを連れてきたのはお城だった。事情が呑み込めない佐和たちが呆然と見ている間にもガウェインは足取り軽く城の扉をくぐろうとしている。

 え?ちょ……!


「勝手に入城することは許されていない!何者だ!」


 佐和が止めるよりも早く、門番の槍がガウェインの進行方向を塞いだ。止められたガウェインは不思議そうにしている。


「え?俺の事知らない?もしかして新人?」

「何を言っているんだ!白昼堂々城に侵入しようなど!後ろの方達は殿下の侍従だからお通しできるが、お前は別だ!」

「え!?マーリン達ってアーサーの従者だったのか!?」


 ガウェインが嬉しそうにこちらを振り返る。無視を決め込まれ、完全に頭に血が上った門番が怒鳴り散らした。


「殿下を呼び捨てとは何事だ!!不敬罪で逮捕する!!」

「何の騒ぎだ?」


 凛とした声がその場に割って入った。ぽかんとしたままの佐和たちの後ろに、いつの間にか呆れた顔のアーサーが立っている。どうやら狩から戻って来た所らしい。


「殿下!この男、不敬にも殿下のお名前を呼び捨てに……」

「アーサー!!」


 門番が報告するよりも先にガウェインがアーサーに飛びついた。ぎょっとしたアーサーの首にまとわりつく。


「でっかくなったんじゃね!?なあ!?」

「おい!ガウェイン!止めろ!!」


 何これ……どういうこと?

 佐和だけではない。マーリンも門番も口を開けたまま、ガウェインがアーサーの金髪をぐしゃぐしゃに撫でまわしているのを呆気にとられて見ていた。その中で最初に我に返ったのは佐和だった。


「あ、あの殿下。ガウェインとはどういう……?」

「何だ?お前ら、いつの間に知り合ったんだ?」

「アーサー!!」


 肘でガウェインを押しのけていたアーサーが不思議そうに佐和たちを見比べる。その間にもガウェインはアーサーを撫でまわそうと手を伸ばしている。


「ほんと久しぶりだなー!アーサー!!」

「……ガウェイン……お前は…………いい加減にしろっ!!」


 城前の広場にアーサーの拳骨の音が天高く響き渡った。



       ***



「おい、俺がなぜ殴ったか理解しているか?」


 アーサーの私室の真ん中で正座をさせられているのはガウェインだ。大騒ぎしていたガウェインの脳天に拳骨をお見舞いしたアーサーはそのまま有無を言わさず、ガウェインを私室に引きずりこんだのだ。


「うーん……全然わからん!!」


 明解なガウェインの答えにアーサーはガウェインの頭を思いっきりはたいた。


「公衆の面前で王子の頭を撫でくりまわす馬鹿がいるか!?……全く。お前はいい加減頭で考える事を覚えろ。すぐに感情の赴くままに行動するな」

「へーい」

「なんだ!?その返事は!」


 腕を組んでいたアーサーがもう一度拳に吐息を吐いた。しかし、ガウェインには全く(こた)えていないようでその様子を見て楽しそうに笑っている。


「お前なあ!!」

「殿下、ガウェインは一体?」


 マーリンの質問にアーサーは溜息を思いっきりついた。


「……ガウェイン。こいつらに身分を明かさなかったのか?」

「だって、俺。マーリンとサワがアーサーの従者だなんて知らなかったし」


 もう一度溜息をついたアーサーは床に胡坐をかきなおしたガウェインを親指で指し示した。


「こいつはガウェイン。俺の騎士だ」

「えええ!?」


 じゃあ、アーサーの二人しかいない騎士のもう一人!?

 そういえばケイが、もう一人の騎士は旅に出ていると言っていた。それなら王都に帰って来たタイミングであの道を通りかかったとしても不思議ではない。


「ガウェイン。こっちは俺の新しい従者のマーリンと侍女のサワだ」

「改めて、よろしくな!マーリン!サワ!」


 勢いをつけて立ち上がったガウェインはそのまま駆け寄ってマーリンの腕を取りぶんぶんと音が鳴るほど握手を上下に振った。マーリンは呆気にとられっぱなしで、されるがまま上下に振り回されている。

 でも……良い人そう。

 とても嘘をつけるような、悪意を持っているような人物には見えない。

 佐和も気を取り直して挨拶しようとガウェインに近寄った。


「サワです。よろしく……」

「ぐぬわあああああああああ!!!!」


 佐和は握手をしようと手を差し出した形のまま固まった。佐和が近寄ったことに気付いた途端、ガウェインが奇声をあげて部屋の壁まで高速で後退したのだ。


「…………」


 こ、これは……ちょっとショックだなぁ……。

 さすがにこれだけあからさまな拒絶は心に来るものがある。

 理由がわからないから余計だ。

 私、そんなに見るに()えない顔してるかな……それとも臭いとか……?


「サワ、気にするな。こいつは女が駄目なだけだ」

「アーサー!誤解を招く言い方はやめろ!女性は好きだぞ!!女性に触れないだけだ!」

「同じ事だろうが……」


 涙目になりかけていた佐和はアーサーの説明に胸を撫で下ろした。

 良かった……私だから、ダメとかいうわけじゃないのか……。


「実際!サワの事もすっごく好きだ!アーサーの侍女やってるぐらいだ!優しいに決まってるし、それにさっきも優しかったし!かわいいし!」

「へ!?」


 あまりにもストレートに好意を示され佐和はうろたえた。ガウェインにお世辞で言っているような様子はない。


「本当なら近寄って握手したいぐらいだぞ!むしろどれぐらい佐和に近寄っても良いと思ってるかっていうと、なんならこの場でヤれ……」

「お前は口を慎め!!!!」


 多少佐和に近付いて、人差し指を立てて弁明していたガウェインの後頭部をアーサーが思いっきり丸めた書類で叩いた。その衝撃でガウェインの言葉が止まる。


「何だよー?アーサー」

「何だよ、じゃない!お前はさっき俺が何と言ったか覚えていないのか!?この鳥頭!考えてから話せ!!」


 言い合う二人の横で完全にマーリンは凍りついている。三者三様の反応がおかしくて佐和は口元を必死に抑えた。

 何これ?コント?


「あの、殿下。ガウェイン……卿の女性に触れないってどういうことですか?」


 必死に笑いを堪えた佐和の質問にアーサーは顔をあげた。


「そのままの意味だ。こいつは女性に()れられると体中に発疹(ほっしん)が出る。それから余りにも長く触れると気絶する」

「そんな病気聞いたこともない……」

「だから、言ったろ?特殊な持病みたいなもんだ」


 マーリンの呟きに、大して気にした様子もなくガウェインは軽い調子でそう答えた。

 それでさっき馬車の下敷きになった人の奥さんに手を握られて気絶しちゃったんだ……。

 馬車を一人で持ち上げるほどの猛々しさを持った男性かと思いきや、女性に近寄れないとは……キャラ濃すぎじゃない……?


「そもそも、帰城(きじょう)する前には連絡しろと言っているだろうが。そうすれば先程みたいな門番との不和が起こる事も無かったんだからな」

「わりー、わりー」


 ガウェインが片手でアーサーを拝む。アーサーはその笑顔に眉間を押さえた。全く反省している様子のないガウェインに、これ以上何を言っても無駄だと思っているのがよくわかる。


「で、何でマーリン達と会ってから城に来たんだ?ガウェイン」

「お、そうだった。アーサー。金貸してくれ」

「……俺はお前を後何度殴ればいいんだ?」


 アーサーが笑顔を引くつかせたまま、拳を握り直した。慌ててガウェインが両手を合わせる。


「さっき女性に触られて倒れちまって……!マーリンが病院代立て替えてくれたんだ!だから頼む!金貸してくれ!んで、マーリンに渡してくれ!」

「主人が侍従に金を返すなんて意味の分からない行動を俺にしろと?!第一、お前の金はどうした!?」

「わかんねえけど、いつの間にか消えた!!」

「そういうのは失くしたと言うんだ!!」


 もう何度目かわからない拳骨を落としたアーサーはしぶしぶ自分の机の引き出しからマーリンにお金を渡した。それを受け取ったマーリンも静かに懐にお金を仕舞う。

 これでとりあえず一段落、かな。


「おい、ガウェイン。お前父上に挨拶はしに行ったんだろうな?」

「まだ」

「まだ、じゃないだろう!!普通、国王への帰城挨拶は最初に済ますべき事だろうが!」

「だって、アーサーが俺を有無を言わさずここに連れて来たんじゃねえか」

「ああ言えばこう言う!!」


 佐和はまだまだ揉めそうな二人から離れてマーリンの横にそっと立った。


「なんか、物珍しい光景だよね……」

「うん。ちょっとスカッとする」


 普段はわがままに振る舞い、周りを困らせる側のアーサーが、ガウェインには振り回されっぱなしだ。佐和とマーリンの立場からすれば見ていて痛快な物がある。


「わかった!じゃ、今からちょっくら挨拶してくるわ!」

「待て!お前その恰好で行く気じゃないだろうな!!国王の前に行くのにそのぼろぼろの旅装のまま行くな!この馬鹿!!」


 今にも部屋を飛び出そうとしたガウェインの首根っこを摑まえたアーサーは、マーリンに家令にガウェインの洋服を用意させ、支度を整えさせてからここに連れてくるように命じた。




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