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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第二部 第五章 快活な笑顔、悶々とする二人
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ようやく意思を交わし始めたマーリンとアーサー。

その元に伝説の円卓の騎士が集い始め、魔女モルガンの暗躍が加速する。そしてマーリンと佐和の関係にも変化が……?

本日より、『創世の傍観者とマーリン』第二部開幕です!

       ***



「おー、ようやく見えて来たー!!」


 男は眩しい日差しに手をかざし、視界を確保して彼方に見える街に目を凝らした。

 以前旅立った時となんら変わらない荘厳なキャメロットの城が朝日を反射して輝いている。早朝の森には男以外に人影はなく、朝露に濡れた植物だけが起きている。


「よっしゃ、あともういっちょだな!」


 男は横にいた馬の手綱を引き、勢いよく跨ると馬をもう一度走らせた。

 数年ぶりに帰るキャメロットを目指して。



       ***



 王を選ぶと言われる聖剣カリバーンをアーサーが引き抜き、国家転覆を図っていたウーサー王の弟ボーディガンを倒してから数日が経ち、城の中は完全に日常の状態に戻りつつあった。


「うう……。今度こそ……!これでどうですか!殿下!」


 必死の形相で磨いていた洋服のボタンを佐和はアーサーの眼前に突き出した。ペンドラゴン家のシンボルカラーである真紅のジャケットについた黄金のボタンを磨き始めてかれこれ30分。いい加減に合格点をもらいたかった。


「……駄目だな」

「そんなあー」


 佐和の仕事ぶりを横目で確認したアーサーは持っていた書類に目を戻した。

 アーサーの部屋はあらゆる洋服で散らかっていた。どれもこれも佐和が手入れをした物だ。

 佐和達がエリス山から帰ってきてから数日間、キャメロットでは国宝カリバーンの奪還を祝う宴と祭りが開かれ続けた。そこでウーサーは城のバルコニーで聖剣を民の前で掲げて見せ、王都の熱気は最高潮に高まった。

 もちろんその式典全てにアーサーは同席した。この洋服の山はその後片付けの最中というわけだ。

 で、使った洋服のボタンを磨けって……どれだけ黄金色に輝かせれば合格点もらえるわけ!?

 佐和は手にしたジャケットのボタンを穴が開くほど見つめた。これ以上磨きようがないほど光り輝いている。

 なんか、仲良くなれたっていうか、距離が縮まったって感じてたのはこっちだけなのかなぁ……。

 目の前のアーサーは相変わらず大量の書類を読んでいてこちらをちらりとも見ない。

 エリス山の闘いでアーサーはマーリンの命を救うためカリバーンを抜き、佐和の命を救うため惜しげもなく国宝を投げ捨てた。

 あの時、何もかも終わって一緒に寝転がって青空を見た時は近寄れたと思ったのにな……。

 どうやら元来のわがままな性格は治っていないらしい。佐和は内心で舌を突き出した。


「サワ」

「はい!なんでしょう!」


 見透かされた気がして慌てた佐和をアーサーは不思議そうに睨んだが、すぐに書類に目を戻した。


「お前、何が駄目かわかっていないだろう?」

「え?ボタンじゃないんですか?」


 そこまで言って佐和はアーサーの様子にようやく気付いた。気のないふりをしているが、どこかそわそわしている。


「そうじゃない。もう一回言え」

「は?えっと、これでどうですか、殿下?」


 その時「殿下」という言葉にアーサーの眉がぴくりと動いたのを佐和は見逃さなかった。

 そこにこめられた意思に思わずにやけてしまう。


「……何をにやけている」

「……やだなぁ、名前で呼んでほしいならそう言ってくださいよぉー。アー・サー」

「何だ!その呼び方は!ふざけるな!!もっと敬意をこめて呼べ!!」


 アーサーは怒鳴り散らしているがその耳が赤い。どうやら近付けたと思っていたのは佐和だけではなかったらしい。

 なんだ、意外と可愛い所もあるんじゃん。


「では、アーサー!これでどうでしょう!」

「……まあまあだな。早くしまえ」


 今度こそ自信満々にジャケットを掲げた佐和をアーサーは見ようともしない。

 そうならそうと早く言ってくれればいいのに。


「おい!お前!その顔はやめろ!!」

「えー、なんですかぁ?もう一回言ってください、アー・サー」

「お前な!!」


 その時、扉からもう一人の従者―――マーリンが入って来た。じゃれ合う佐和とアーサーの様子を静かに観察していた彼は状況が理解できなかったのか入口に突っ立ったまま動こうとしない。


「あ、マーリン。お帰り」

「ちょうどいい。マーリン。お前もサワの仕事を手伝え。ついでにこいつがふざけた事を抜かさないようにしろ」


 話についていけていないマーリンが疑問符を浮かべたまま佐和に近寄ってくる。アーサーの洋服を拾い集める佐和と同じようにマーリンも服をかき集め始めた。


「何があったんだ?」

「アーサーが名前で呼んでほしくてそわそわしてたから、出血大サービスしてただけ」

「サワ!!」


 アーサーは怒鳴っているが、照れ隠しだとわかっているので別段怖くもなんともない。

 佐和はアーサーを無視して洋服をタンスにしまった。


「全く……お前、そんな性格だったか?」


 呆れ果てたアーサーが髪を掻きあげる。佐和はマーリンが集めてくれた洋服を受け取ってそれもタンスにしまい込んだ。


「私、人見知りするタイプなんで」


 逆に慣れれば佐和は軽口を叩くのは好きな方だ。

 いじっても大丈夫な人かどうか見極めるまでは慎重にするが、大丈夫だとわかれば遠慮はしない。

 実際、既にケイなんかは佐和の中で完璧に大丈夫な人に分類されている。

 本当なら自分の上司にこんな口を聞くことはしない。だが、アーサーとは出会った時の因縁があるし。あの協会での出来事以来どちらかといえば友達、会社の同期のような感覚に近い。


「全く……本当にお前は賢しい女だな。まあ、良い。おい。二人ともこちらへ来い。手を出せ」


 洋服をしまい終えた二人をアーサーが手招きする。並んでアーサーの前に立った佐和達にアーサーは片手にぎりぎり乗るぐらいの大きさの巾着袋を一人ずつ配った。かなりの重みが手にかかる。


「何ですか?これ」

「今までの給金だ」


 尋ねたマーリンに対するアーサーの短い返事に佐和は浮足立った。王宮に勤め始めてから初めてのお給料だ。


「見てもいいですか?」

「構わない」


 佐和は麻でできた巾着の中を覗き込んだ。ぎっしりと銅貨がたくさん。それから数枚の銀貨が入っている。


「これからは月の終わりに家令から手渡される。良く考えて使えよ」


 お小遣いをくれるおじいちゃんみたいなセリフだが、それは置いておく事にした。

 初めてのお給料……!

 この感覚は久しぶりだ。社会人になって最初の給料が振り込まれた時のことを思い出す。

 でも、あの時よりもなんか嬉しいかもしれない。

 あの時ははっきり言って、勤める事自体にいっぱいいっぱいで、働いているという実感もないまま受け取ったお金だが、今回は違う。

 佐和が自分の意志でここにいる事を選び、アーサーに仕える喜びを知ってその上でもらったお金はなんだか温かい気がした。


「なんで、次の月からは家令にもらうのに今回はアーサーからなんですか?」


 マーリンの素朴な疑問にアーサーの眼が彷徨った。あからさまに聞かれたくない様子だが、マーリンにそういった類の事は通じない。じっとアーサーの回答を待っている。


「……今回はお前らが俺の従者になって初めての給金だからな。それだけだ!」


 マーリンはアーサーの説明に納得がいかないのか首をかしげているが、佐和にはその光景がおかしくてしょうがない。

 つまり、マーリン。アーサーはあなたの働きを直接ねぎらってくれてるんだよ。

 この二人の意思が微妙にすれ違っている様子が面白くて、佐和はこっそり口元を押さえた。


「それから、俺は明日、久しぶりに父上と狩に出かける事になった」

「そうなんですか」

「ああ、ボーディガンのせいで出没していた傭兵の強盗騒ぎも一段落したしな。明日は早朝から午後ぐらいまでは出かけている」


 狩という事は公務ではない。その証拠にどことなくアーサーは嬉しそうだ。

 つまり父親と遊んで来るってことなのかな。

 表向きにはカリバーンはウーサーが取り戻した事になっている。しかし、その功績をウーサーはアーサーにしっかり感謝しているようで、以前よりもアーサーに対するウーサーの態度が軟化しているように感じた。そして、それに比例するようにアーサーが柔らかい表情を浮かべることも、確実に増えてきている。

 なんだか、いい感じになってきたなあ。

 カリバーンを取り戻してから、確実に流れは良い方向に向かっている。


「明日の狩には父上の侍従が供に来るからお前らは必要ない。そこでだ。半日は好きにしていろ」

「え?それって……」

「休み、ってことですか」


 マーリンの確認にアーサーが頷いた。王宮で働き始めて、初めての休日だ。

 やばい!!これも嬉しいかも!!

 佐和はもらったばかりのお給料を抱いて胸を弾ませた。



       ***



 その夜、佐和は自分の部屋に戻ってお給料の入った巾着を見ていた。

 明日、半日のお休み、どうしようかなー。

 こちらの世界に来てから初めての自由な時間だ。言われた瞬間は社会人の悲しい性で喜んでしまったが、良く考えれば、こっちの世界で佐和の趣味も暇つぶしもできたものじゃない。

 だけど、半日寝てるのも無理あるしなー。うーん。困った……。

 腕を組んでいた佐和はふと壁にかけておいた海音のコートに目をやった。

 そうだ。生活必需品を買いがてら城下町を歩いてみようかな。

 地理に明るくなっておけば、いざという時にも役に立つかもしれない。

 そうと決めたら洋服だよなー。

 佐和はベッドの上で腕を組みながら明日着ていく服を想像した。といっても佐和の手持ちの服はこちらの世界に来た時に着ていたカーディガンとスカートとシャツ。それから王宮で支給されたメイド服ぐらいだ。下着は保護施設で支給されたものを拝借してきたので不自由はないが……。

 外出する洋服持ってないなー。

 元の世界の服はやはりこちらの世界では浮く。海音のコートを羽織ってしまえばある程度隠れるので何とかなっていたが、これからは暖かくなる。外出する際に着られるこちらの世界の服は必要かもしれない。

 明日はメイド服で買い物に行こう。

 アーサーのお使いで何度か街に買い物に行った事があるが、その時、町の人間は王宮の侍女の恰好をしている佐和に対してかなり親切だった。王宮の下働きが町に買い出しに来ることはさして珍しくないようなので、元の世界の恰好で行くよりも目立たないだろう。

 このお金でどのくらいの物買えるんだろー。って……待って!私、こっちの世界の物価どころか、お金の数え方もわかってない!!

 買い物をする自分を想像して初めて問題に気付いた佐和は一人で頭を抱えた。

 保護施設では全てが無償なのでお金の計算方法は教わらなかったのだ。

 どど、どうしよう……。マーリン、一緒に来てくれないかなー。

 そこまで考えて佐和は頭を振った。

 最近、私すぐマーリンを頼ろうとしてる……。ダメダメ。マーリンにはマーリンの事情があるんだから。

 人見知りの激しい自分だが、出会い方のせいか、マーリンに対してだけは素直でいられる。でも、それは度が過ぎればあの優しい魔術師の重荷になるかもしれない。

 これぐらい自分でなんとかしなくちゃ……。


「サワ、いいか」


 扉のノックとマーリンの静かな呼び声に、佐和は驚いて扉を開けた。ついさっきまで佐和の脳裏を支配していたマーリンが部屋の前に突っ立っている。


「マーリン。どうしたの?」

「……明日」

「明日?」


 マーリンは言いづらそうに視線を少しだけ彷徨わしてから佐和はそっと見つめた。


「明日、サワは……予定は」

「私の予定?買い物に行こうかと思ってるんだけど……生活必需品とか服とか揃えに」


 あ、そうだ。このタイミングでお金の事聞いちゃおうかな……。

 それなら明日一人でもなんとかなるだろう。本音で言えばついて来てもらうのが一番安心だが、それは甘えすぎというものである。


「マー」

「サワ、明日一緒に街に……行こう?」


 佐和の言葉を遮り、一気に言い終えたマーリンはまるで大会の順位発表を待つ選手のような緊張した顔もちで佐和の返事を待っている。呆気にとられていた佐和だが、ようやくマーリンの言いたいことが飲み込めて急いで頷いた。


「ほんと?ほんとに!?良かったぁ……実は、私、お金の計算とか単位とかわからなくて。マーリンが付き合ってくれるならすごい安心するー」


 佐和の安堵した様子を見てマーリンもほっと一息を付いている。今まで人と深く関わらないようにしていた彼からすれば誰かに誘いをかけること自体ハードルが高かったのかもしれない。

 その気持ちは同じ人見知りとしてよくわかる。

 佐和はマーリンを安心させたくてめいいっぱいの笑顔で笑った。


「すっごく嬉しい!あ、でも。私、服とかも買おうかと思ってたんだけど……それは時間かかっちゃうし……」

「付き合う」

「いいの?」


 女性の買い物に付き合うのが苦痛という男性は多い。マーリンもその手のタイプに見える。


「悩むから、長いよ?」

「大丈夫。付き合う」

「ありがと」


 細かい待ち合わせを決めたマーリンはなぜかとても嬉しそうに自分の部屋へ戻って行った。その背中を見送ってから佐和も自室に戻り、ベッドに座り込んだ。

 あー、これで明日は一安心だなー。マーリンがいれば変なぼったくりとかにも合わなくて済むだろうし。

 それにしても今までずっと二人で行動を共にしてきたが、純粋な外出というのは初めてかもしれない。

 そもそも私、男友達と一対一で出かけるっていうのもあんまり無いしなー。

 そこまで考えて、佐和の脳裏に別れる前のマーリンの優しい横顔が蘇った。

 え……、ちょっと待って……。

 マーリンの緊張した様子。快諾した途端見せた安堵の表情。約束を取り付けた後の嬉しそうな顔。

 も、もしかして…………これってデートになるの!?

 そう考えて佐和は枕を思いっきりベッドに叩きつけた。

 ないないない!!思い上がるな!彼氏いない歴イコール年齢23歳独り身女!!

 あ、あれだよ。マーリンもきっと買い物がしたかったんだよ。それで、そういえばサワはこっちの世界のお金とかわからないだろうなー、一緒に行ってあげよーみたいな感じになったんだよ!そうだ、そうに違いない!

 だが、その仮説ではマーリンの笑顔の理由に説明はつかない。断られなくて安堵した笑顔かと思っていたが、あの笑い方は……よく考えれば違う気がする。

 ベッドに叩きつけていた枕を佐和は抱きしめた。

 や、やっぱりデー……!!

 いや!ない!あんなカッコイイ人が私?ありえん!ありえん!!

 その後は何度もその考えが頭をぐるぐる回ってしまって、よく眠れなかった。




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