page.117
***
ああ……帰って来られた。
もう見慣れてしまったキャメロットのお城。その門まで来た佐和は不思議な感慨に見舞われていた。
変なの……私にはこの世界に帰れる場所なんてないって思ってたのに……ちゃんと帰って来たって感じるんだもんな。
横に並ぶアーサーも、マーリンも、佐和もぼろぼろだ。それでも三人ともその顔は晴れやかだった。アーサーの腰には抜き身のカリバーンが刺さっている。
アーサーの姿を目視した門番が慌てて駆け寄って来た。アーサーは二言三言何か言い交わすとそのまま歩き出す。
どうやらこのままウーサーに事の経緯を説明しに行くようだ。
その背中について歩きながら佐和の胸は確実に高まっていた。
ようやく、ようやくだ。
海音―――あなたを助けられる。
カリバーンをウーサーに見せ、アーサーが諸侯に認められればアーサーの時代が幕を開ける。
あともう少し。
もう謁見室はすぐそこだ。
アーサーが謁見室の門番に敬礼され、開かれた扉をくぐった。その先に玉座に一人、腰掛けうなだれているウーサーがいた。謁見室に入って来たアーサーを見るなり、ウーサーははじかれたように立ち上がった。
「アーサー!!一体今までどこに!?なぜそのように傷だらけなのだ!?」
アーサーに駆け寄ろうとしたウーサーはそこで初めてマーリンに気付いたようだった。途端に表情が険しくなる。
「アーサー!どう言う事だ!?この者は悪しき魔術師!ボーディガンに差し出した者ではないか!衛兵!!」
「お待ちください。父上」
ウーサーの号令で端に控えていた兵士がマーリンを取り押さえようとしたが、アーサーの静かな言葉に動きを止めた。
決して声を荒げたわけではない。だが、今のアーサーの声は人に影響を与えるには十分すぎるほどの力をまとっていた。
「兵は下がれ。私は陛下と話がある」
戸惑いながらも兵士が下がった事を確認したアーサーはウーサーに話を切り出した。
「この者は無実です。罪人はボーディガンだったのです。陛下。ボーディガン卿。いや、逆賊ボーディガンは国家転覆を図っていたのです」
「どういう事だ?」
アーサーが今までの事の経緯をウーサーに説明した。話を聞いている内にみるみるウーサーの顔に冷や汗が流れはじめる。
「では……この剣は……」
ウーサーが腰からボーディガンに渡されたカリバーンを抜いて取った。本物を見てしまった佐和からすれば綺麗な剣ではあるが、本物には存在する不思議な空気がその剣には宿っていない。
「偽物です。父上。こちらが本物のカリバーンです」
アーサーが腰から抜いた本物のカリバーンをウーサーに見せた。ウーサーの顔は完全に固まっている。
「……アーサー、これはお前が……抜いたのか?」
これでアーサーの時代が幕を開ける。佐和はその瞬間を心待ちにしていた。
「はい」
「では……アーサー……お前が……次の……」
「いえ、父上。これは父上がお納めください」
は?
戸惑うウーサーや佐和を尻目にアーサーは片膝をついてウーサーにカリバーンを差し出した。
「確かに、私は台座よりカリバーンを引き抜きました。しかし、今はまだ未熟な身。これから学ぶことも多い若輩者です。どうか陛下がお納めください」
は?え、ちょっと待って。
何言ってるんだ、アーサー!!
叫びだしたい佐和と違ってアーサーの顔は晴れやかだ。
「……そして、いつか。私を後継者として……息子として認めていただけたなら、私にその剣をいただきたい。その時は必ず陛下の名とこの聖剣にふさわしき国を創ることをお約束いたします」
……アーサー。
その瞳に迷いはない。彼はもう魔術師をただ恨み、周囲の悪意に振り回され、やさぐれていたわがままな王子ではなくなったのだ。
って、ここで政権奪っちゃえば私の願いは叶うのにぃぃ!!
叫びだしたい気分の佐和は横に立っていたマーリンの顔を盗み見た。
アーサーのこの行動を彼が誇りに思っているのはすぐに横顔からわかった。その幸せそうな表情を見ている内に佐和の興奮も収まってくる。
……まあ、いいか。
まだまだかかる道のりだが、必ずこの二人は新しい世界を創るだろう。
アーサーが指し出した剣をウーサーが受け取る。その姿とそれを見守る創世の魔術師の優しい瞳を佐和は目に焼き付けた。
誰もが幸せを目指し、もがく世界。
その努力が報われる新しい日々を彼らが創る。
伝説となる若きアーサー王と、創世の魔術師マーリン。
それを見守る傍観者の物語もまた、本当の意味でここから幕が上がるのだ。
第一部完結となります。
第二部は明日より開幕です!
引き続きよろしくお願いします。