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しばらく笑い合った後、ゆっくりと立ち上がった佐和達は山を下ることにした。
「今回のボーディガンの事件の真相を話せばお前が無実な事は証明されるだろう。父上もお前を罰する事はしないはずだ。安心しろ」
アーサーの言葉にマーリンがゆっくりと静かに頷いた。
それでいいと佐和も思う。
いつか、マーリンの正体をアーサーに明かさなければならない時は必ず来る。
だが、それまではまず「アーサー」と「マーリン」個人の関係を育てることが大切になるだろう。
だから、今はまだ。
「さて、出発するぞ。一刻も早くキャメロットに戻り、父上に事の次第を報告しなければ」
「あの……殿下」
アーサーに佐和は決心を決めておずおずと近付いた。そのしおらしい様子にアーサーが不思議そうにしている。
本当はこのままハッピーエンドの空気で帰れればそれが一番良い。だが、佐和には言わなければならない事がある。
それが、心苦しい。
「すみませんでした……。私のせいで……カリバーンが」
本当ならカリバーンさえ持ち帰ればアーサーはすぐにでも王に成れる。
そうすればアーサーが諸侯に悩まされ、正しい事を成すことを邪魔されることもなくなり、魔術師への不当な弾圧も終わりを迎えたかもしれない。そして、マーリンもそれを手伝い、新しい時代が到来し、海音も生き返ったかもしれない。
その可能性は全て佐和のせいで水泡に帰した。
「あの……」
「気にするな。といってもお前は気に病むだろうな」
アーサーの顔を見上げる勇気が出ず、佐和は近寄ってきたアーサーの胸元を見つめた。
アーサーは本当は優しい。もうそれを佐和も知っている。だからこそ余計に、その道を自分が邪魔してしまった事が申し訳なかった。
「よし、お前に罰を与える」
国宝を失くしたのだ。それぐらい当たり前だった。
「はい……」
「……お前も非公式の場では俺の事を名で呼べ」
驚いた佐和が顔を上げる前にアーサーは背中を向けてしまった。
「……へ?」
今、このわがままだった王子はなんと言った?
「二度は言わん。そんな物覚えの悪いやつを俺は侍女にした覚えはないからな」
殿下、と言おうとして佐和は言葉を飲み込んだ。
言葉にならないたくさんの気持ちが溢れてくる。
それがどうかこの優しい王に伝わればいい。
そんな気持ちをこめて佐和は声を発した。
「―――はい、アーサー」
佐和に呼ばれたアーサーは振り返ると思いっきり笑った。
王子としてではない。同年代の青年らしい明るい笑顔だ。
「……そもそも、サワが気に病む必要は無いみたいだ」
近寄って来たマーリンがそう言って優しく微笑む。言葉の真意がわからず小首を傾げた佐和はマーリンの目線の先の光景に息を飲んだ。
マーリンの視線の先にはさっきまで佐和がぶら下がっていた協会の縁がある。その縁ギリギリの所にかろうじてカリバーンの刺さっていた祭壇が残っている。
そして、信じられないことに、何事も無かったかのように聖剣カリバーンがその台座に鎮座していた。
「どういう事だ?確かに俺は投げつけたはず……」
「王がカリバーンの元に向かうのではなく、王の元にカリバーンがあるのかもしれません」
マーリンはそう言うと、驚くアーサーに頷いて見せた。
「抜いてください。――――アーサー。お前にふさわしい剣だ」
アーサーはマーリン、そして佐和の顔を一人ずつ確認した。佐和も信じられない光景に感激しながらアーサーの目を見返して頷いた。
「……わかった」
アーサーが確かな足取りで祭壇に向かう。壊れた屋根から注ぎ込む青空の光が全てカリバーンに注ぎ込まれ、淡く刀身が光り輝いている。
アーサーは祭壇に足をかけ、しかとその黄金の柄を握りしめた。
今度はカリバーンはアーサーの手に吸い付くようにその刀身を台座からすらりと浮かせた。
アーサーがカリバーンを掲げる。
廃墟となった協会の暗闇の中で、光を一身に受けるカリバーンの刀身がまるで流れ星のように一度だけ瞬いた。