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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第四章 投げつけられた聖剣
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       ***


 短剣を振りかざしていたボーディガンの歓喜の表情が―――歪んだ。

 後ろから追いついたアーサーがボーディガンの顔を思い切り殴った。

 まるでスローモーションのように見えていた映像が一気に現実の時間軸に戻る感覚に、佐和は腰を抜かした。

 た、助かった……。

 横っ飛びに飛んで行ったボーディガンから守るようにすぐにアーサーが佐和達の前に立ってくれる。殴り飛ばされたボーディガンは唇の端から血を流し、恨めし気な視線でアーサーを睨みつけた。


「サワ!マーリンを!」

「は、はい!!マーリン!大丈夫!?」


 倒れ込んだマーリンに肩を貸す。ぐったりとしているが、薄く開いた目が微かに頷いた。


「大丈夫……」

「あなた」


 それまで戦闘を傍観していたモルガンがボーディガンに何かを投げつけた。投げたそれはゆっくりと宙を飛び、ボーディガンの手元に収まる。

 漆黒の袋から取り出されたのはカラドスやバリンが持っていたのと同じ黒い剣だ。鞘から抜いた剣を掲げ直したボーディガンが切っ先をアーサーに向ける。


「形勢逆転ですね、殿下」

「……」


 アーサーは丸腰だ。それに対して相手はあの魔法の剣。一太刀でも浴びれば死の呪が襲う。状況は絶望的に不利だ。アーサーの顔にも焦燥が滲み出ている。


「で、殿下……」

「……サワ……マーリン……」


 アーサーは佐和達の方をちらりと見るとボーディガンに向きなおった。


「……安心しろ。お前らは必ず守ってやる」


 信じられない言葉に佐和もマーリンも目を見開いた。

 アーサーは長く息を吐き出すと対人格闘のための構えを取り直した。


「……愚かですね、殿下。剣も持たず私に勝とうなど。後ろの侍従達を置いて逃げれば、あなただけは助かるでしょうに」

「あいにくだが、俺は騎士だ。守るべきものがある限り、敵に背を向けたりなどしない」

「ご立派な矜持ですね。ですが、無駄ですよ。あなたは何も守ることなどできない。あなたはここで死に、後ろの侍従は私が王になる(にえ)となるのです」

「誰かを犠牲にしなければ創れない王国など存在する意義はない!!」


 アーサーの怒声にボーディガンのこめかみがひくついた。


「それは綺麗事だ。何の犠牲も無しに国が運営できるはずがない!実際、多くの戦では敗者が生まれ、勝者が世界を掴む。それを是としないのは決断力が脆弱なだけだ!犠牲を乗り越え、多くの屍を越えてもなお、世界を廻す者が王だ!それを―――奴らはわかっていない!!発想が貧困な者たちは結果だけをただ無責任に詰る事しかしない!誰のおかげで異民族を排除できたと思っている!それなのに、奴らは!」


 ボーディガンの様子が一変する。唾を飛ばし、怒り狂っている。


「望まれて、ようやく王になれたと思った。しかし、実際には民は異民族を排除し終わった俺を用済みだと判断し、不当に追放した!誰のおかげでこの国が助かったと思っている!その感謝も忘れ!傭兵が土地を荒らした事だけを責め立て、国を守った事は取沙汰にもしない!愚かな奴らばかりだ!!」


 佐和はケイやアーサーに聞いた話を思い返していた。そういえばボーディガンが追放されたきっかけは異民族が攻め込んで来た時に大量の傭兵を雇い、勝利したは良かったものの、その傭兵が今度は土地を荒らしたからだと言っていた。


「兄上たちも愚かだ!俺は正しい事をしたのだ!それなのに誰も理解しようとしない!あの愚か者達に見せつけてやるのだ!俺がどれだけ王にふさわしい人間かを!」


 ボーディガンの言葉をアーサーは静かに聞いていた。その口元がゆっくりと開く。


「お前は……」

「お前は王様になんかふさわしくない」


 アーサーの言葉に、静かなマーリンの言葉が重なった。息も絶え絶えだが、マーリンの瞳は真っ直ぐボーディガンを見据えている。

 一拍遅れてボーディガンの顔に朱が走った。


「王族でもないお前に何がわかる!?国を治めることの何もわからない人間が軽々しく口を出すな!!もしも、お前が俺の立場だったらどうだ!俺以上の事ができたとでも言うのか!!」

「だから、お前は王にふさわしくないのだ。ボーディガン」


 座り込んだ佐和達を庇うようにアーサーがしっかりと立った。その背中が広い。


「ボーディガン、貴様は今、マーリンと佐和を何もわからない人間だと一蹴したな。だが、この世界の多くはそういった政治のことなどわからない民ばかりだ。しかし、国を創っているのはその民なのだ。ボーディガン。国を守るべく動いた貴殿の働きの全てを、私は否定する気はない。確かに貴様はその時、最良の選択をしたのかもしれない。だが、貴様の考えには穴があった。それを誰も指摘しなかったのか?異議を唱えなかったのか?したはずだ。それに耳を傾けず、自分こそは正しいと自分の価値観だけを押し付けた結果が今だ」


 アーサーは真っ向からボーディガンを見つめ直した。


「王なくして民が在りえないのではない。民なくして王は在りえないのだ。そして王とは―――独りでできる事ではない。1人の考えには限界がある。それを多角的に見分し、多くの人が様々な志と思惑を持ち寄りながらも、社会的地位や記号を排除し、より良い世界を目指す指揮を取る人間こそが王だ。だから――――」


 アーサーはボーディガンに向かい直った。


「サワに、マーリンに……私の民に手は出させない!」

「…………殿下」


 マーリンの呟きに佐和の胸も詰まった。

 これが真の王の姿。

 不思議。

 状況は絶望的なはずなのに、どうにかなる気さえしてくる。

 ついて行きたいと思わせる背中。

 これが―――王の素質。


「残念だけれど、それは成されないわ」


 アーサーが動くよりも先にマーリンに凄まじい勢いで鎖が迫る。アーサーと佐和の間を縫った鎖がマーリンを捕え、ボーディガンの足元までマーリンを引きずっていく。


「「マーリン!!」」

「残念だけれど、光の王よ。この者はここで新たなる世界のための人柱と成るのよ。邪魔はさせないわ」


 いつの間にかモルガンがボーディガンの横に立っている。その目が佐和に勝ち誇った視線をよこした。

 私、横にいたのに何にもできなかった……!

 再び捕えられ、地面に横たえられたマーリンの頭をボーディガンが踏みつけた。


「あなた、儀式を。ここでも十分ですわ」

「ああ」

「止めろ!!」


 アーサーが叫ぶが、こちらは丸腰だ。どうにかできるわけがない。その焦燥した様子にボーディガンが嬉しそうに刃を下に向けた。


「理想論ばかり語る愚か者よ。現実を知るがいい」

「させるか!!」


 アーサーはそう言うと横にあったカリバーンに手をかけた。渾身の力を籠め、刀身を台座から引き抜こうとする。


「くっ……!!」


 その姿にボーディガンもモルガンもしばし固唾をのんでいたが、剣がぴくりとも動かないことを確認すると失笑した。


「どうやら貴様も王の器ではないようだな!」

「なぜ抜けない!!俺は王にふさわしくないのか!?」


 アーサーがカリバーンを抜けば形成は逆転する。しかし、王を選ぶ剣はアーサーに沈黙を守ったままだ。


「これは愉快だ!まさか殿下が王にふさわしくないことが証明される場に居合わせることができるとは!この上ない光栄ですよ!」

「く!抜けろ!抜けろ!」


 アーサーは両手でカリバーンに力を込めた。しかし、変わらず剣は静かに美しく輝いたままだ。


「抜けろ!どうしてだ!俺は――――守るために!頼む!抜けてくれ!!」

「……殿下」


 必至に汗を流すアーサーの姿をマーリンの瞳が見つめている。その目が瞬くと鋭い光がアーサーを見返した。


「……切れ」

「マーリン、何を言っている!?」

「切れ、切るんだ……こいつを……こいつなんかふさわしくない。なるんだ。お前が……王に!―――――――――アーサー!」


 叫んだマーリンの頭上でわざとらしく気品溢れる仕草で一礼したボーディガンが剣を構え直し、一気に振り下ろした。


「それでは殿下、新たなる時代の到来に、この者の血で―――乾杯といきましょう」

「―――――マーリン!!くそっ!抜けろおおおおお!!!!!!」


 その時、カリバーンが眩いほど黄金に輝き出した。



       ***



 不思議な事に佐和の眼にはまるで手に取るように今何が起きているのかがわかった。

 眩いほど刀身から黄金の光を放つカリバーンが少しずつ少しずつ台座から浮き上がる。その感触に驚くアーサーの顔が照らし出される。

 これが、伝説の王様の(つるぎ)……。

 優しくて、あったかい。

 黄金の光はその場にいた全員を包み込んで行く。まるで日向にいるような心地よさが全身を包み込む。

 その中でアーサーだけがしっかりとした目つきでカリバーンを見つめ、手に力をもう一度込めた。今度はすんなりと()の剣はアーサーの手に従う。

 アーサーが構えなおした瞬間、黄金の光がはじけ飛んだ。その手には眩しい黄金の柄と輝く刀身をしたカリバーンが握られている。


「……なぜだ……。なぜ貴様に抜ける……?ただの理想論者に……」


 いつの間にかモルガンの姿が消え、一人きりとなったボーディガンは茫然としたまま、だらりと剣を持った手を垂らしている。足元のマーリンに傷はない。

 問われたアーサーも手にしたカリバーンを呆然と見つめていたが、やがてその柄を握り直した。


「ボーディガン。貴様をキャメロットの掟により斬る。覚悟しろ」

「く……!」


 ボーディガンが剣を構えなおすより速くアーサーが踏み込んだ。それを見たボーディガンも剣に命令を飛ばす。


「あの男を殺せ!!」


 ボーディガンの命令に従い、黒い剣の靄がアーサーに向かって鋭く飛んでいく。それをアーサーはカリバーンで真っ二つに切り裂いた。切られた霧が塵となって空気に溶けるように消えて行く。カリバーンの美しい刀身が斬撃の軌跡を輝かせる。


「……効かない?」


 唖然とするボーディガンの剣をアーサーは弾き飛ばした。黒い剣は宙を舞うと遥か彼方の床に突き刺さる。そして、ゆっくりと霧が晴れるようにその形を失った。


「王手だ。ボーディガン」


 アーサーはボーディガンを切りつけた。その身体がゆっくりと倒れる。


「俺は……王に……なるはずの……」


 倒れたボーディガンは小さくそう呟くと、動かなくなった。

 倒れたその身体の横にアーサーが跪き、見開かれていた両目を手で閉じた。


「……殿下」

「無事か?マーリン?」


 アーサーがマーリンを助け起こす。今度はマーリンを縛っていた鎖はカリバーンによってあっさりと斬ることができた。解放され、立ち上がろうとするマーリンだが、その体にはまだうまく力が入らないようだ。

 その様子を見ていたアーサーが溜息をつくと手をつっけんどんに突き出した。


「……殿下?」

「お前、どさくさに紛れて俺を呼び捨てていただろう。聞こえていたからな」

「はあ……」


 マーリンは突き出された手の意味がわからずきょとんとしている。その様子に焦れたアーサーがもう一度手を突き出した。


「ん」

「何ですか?これ」

「……この俺が手を貸してやると言っているんだぞ!察しろ!そして、早くしろ!」


 マーリンの眼に一瞬、膜が張られたように喜びが浮かび上がる。しかし、すぐにアーサーから顔をそらしてしまった。


「でも……俺は……」

「……お前が魔術師かどうか等、俺は知らん」


 アーサーの堂々とした発言にマーリンがうつむいていた顔をゆっくりとあげた。


「そもそも生贄を用意するためにボーディガンが全てを仕組んでいたとしか思えないしな。第一、お前が魔術師なら俺の従者等やる必要もないし。自力でどうにかできただろう。こんな愚直な男が魔術師とは到底思えん。どうせ、何かの間違いだろう。災難だったな」

「……殿下」

「……面倒くさい。ここにいる三人の時は名前で良い。公式の場では控えろよ」


 アーサーがもう一度差し出した手を、マーリンがそっと取った。

 二人で立ち上がる姿を、佐和は座り込んだまま見つめていた。


 良かった……。

 お互いを見るマーリンとアーサーの顔に今までの曇りは見当たらない。

 もし、歴史の転換点というのが存在するならば今がまさにそうだ。

 ここから、始まる。

 新たなる伝説の王と、それを導く創世の魔術師の物語が。


 本当に良かった……。


 佐和の眼から一粒、涙がこぼれた。




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