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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第四章 道なりは誠か
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       ***



 従者は人ではない。

 それは昔、王宮に来てから叩き込まれた王族としての矜恃の在り方だった。

 彼らは主人に対して賃金以上の感情は持ち合わせておらず、主人もまた労働力以上の物を従者には求めない。

 それがあるべき姿だと。

 それを疑ったことはない。そうやってただ淡々と仕事をこなす従者にアーサーはいつも無理難題をふっかけた。

 予想通り、次々と従者は辞めた。労働力と賃金が見合わなかったからだ。

 だが、それでよかった。

 彼らの視線はアーサーにとって不愉快極まりないものだった。

 彼らは自分を王子として扱う立場の人間だ。

 そうしなければ不敬罪に当たる事もわかっている。

 わかってはいたが、王宮に来て以来、王子という肩書きが苦しくて苦しくてたまらない時がある。

 けれど、捨てることはできない。それはアーサーの一部であり、根幹でもあるのだ。

 妥協をすれば楽になれるとは知っていた。だが、王子として、国を治める者として適当な事はしたくなかった。

 しかし、正しくあればあろうとするほど、王子という肩書きが自分を邪魔する。

 正しい事をしようとすればするほど足元が崩れていく。

 目に見えない息苦しさが行く手を阻む。

 そんな中、疲弊し部屋に戻れば俺を王子として扱う従者がへらへらと俺の機嫌を伺う。

 中にはあからさまに他の貴族に俺の情報を売るために仕えている者もいた。

 もう充分だ……。

 もうたくさんだ……。

 でも、諦めることもできない。

 王子であることを辞めて、自分に何が残る。



       ***



 僅かな月明かりのもと、アーサーは夜空を見上げた。

 エクター家の領地よりは少ないが、キャメロットの都の夜空にも星は輝いている。

 その星を見ながらアーサーはへんてこな二人の従者と出会った時の事を思い出していた。

 出会っていきなり王子である自分の頭を叩き、(さか)しい言葉でアーサーの非を打ち鳴らした女。

 アーサーの一挙一動に怒り、憤り、戸惑い、真っ直ぐに自分と向かい合い、アーサーは正しいと声を張り上げた男。

 およそ従者とは思えない行動と言動は、だが、確かに心地よく、久しぶりに自分が自分であるような気がした。

 だが、彼らは所詮、従者だ。

 賃金と労働力で結ばれた関係。

 本当に俺は愚かだ。

 そんな基本的な事を忘れて心を乱すなんて。

 アーサーは目的地である馬小屋に着くと、愛馬の前に立った。白い毛並みは暗闇の中でも輝いている。その肩を二、三度叩いた。

 横に置いてある馬具を取り上げ、付けている最中に感じた背後の気配に、腰の剣を抜いた。

 こんな夜中に馬小屋に近づく人間などいるはずがない。

 今夜の巡回もこの時間はこちらを回ってはいないはずだ。

 息を殺し、馬小屋の中から飛び出したアーサーはそこにいた人物に目を丸くした。


「……サワ」


 馬小屋の前にいたのはさっきまで思い返していた侍女だった。

 飛び出して来たアーサーに驚いて後ずさっている。よく見れば初めて会った時に着ていたベージュのコートをメイド服の上に羽織っていた。


「こんな時間に何をしている。早く休め」


 アーサーは剣を腰に戻し、佐和を無視して馬小屋に戻った。だが、佐和が立ち去る気配はない。


「……おい、さっさと」

「殿下、私も行きます」


 痺れを切らしたアーサーの言葉を佐和はそう遮った。彼女の言葉が飲み込めずアーサーは言葉を失った。

 今、こいつは何と言った?


「マーリンを、助けに行くんですよね。私も連れてってください」


 佐和はアーサーの返事も聞かず、馬小屋に入るとアーサーの馬の準備に取り掛かった。その手つきは働き始めた時よりも確かな物だ。


「……おい、何を言って」

「私もマーリンを助けに行くって言いました」


 佐和はアーサーの方を振り返ると、普段と変わらない様子で準備を進めて行く。


「なんで……俺がマーリンを助けに行くと思っているんだ。ただの気晴らしの遠乗りかもしれないだろうが」

「武装してですか?」


 この女はやはり賢しい。アーサーの格好は完全に戦闘態勢だ。


「私も行きます。殿下」

「……駄目だ」

「どうしてですか?あ、もちろん戦闘になれば毛ほどの役にも立たないことは自覚済みですので、ご安心を!すぐに逃げて隠れます」

「あのなぁ、サワ。そんな事を言っても……」

「お願いします」


 佐和の目は真剣だった。


「私は、見守らなきゃいけないんです。マーリンとあなたを」

「まるで母親だな」

「どう思ってもらってもいいです。でも、私はマーリンと殿下。二人が創る新しい世界を、たぶん、一番心待ちにしてるんです」


 俺とマーリンが?

 王子である自分に対してその気持ちを抱く理由はわかる。だが、一介の従者であるマーリンに世界を変えることなど不可能だ。


「お願いします」


 けれど、目の前の侍女は自分の言葉に全く迷いを持っていないようだった。

 その真摯な瞳を直視できず、アーサーは顔を背けた。


「殿下……」

「……早く、支度しろ」


 アーサーの短い命令に、佐和の顔が輝く。

 すぐにアーサーの愛馬と自分の馬の支度に取り掛かった。


「言っておくが、付いて来られなければ置いて行くからな」


 馬の支度を終えた佐和が手綱を持ち、アーサーの後ろについた。

 その顔が不敵に微笑む。


「大丈夫です。誰に鍛えられたと思ってるんですか」


 アーサーに仕えてから毎日、辞めさせるつもりで佐和には乗馬を厳しく仕込んだ。

 遠回しな嫌味がなぜか可笑しくて、アーサーも挑発的に笑った。


「なら、その成果を見せてみろ」


 今から自分は確かめに行くのだ。

 それが何かはわからない。だが、行かなければならないという事だけは確実に胸にあった。

 マーリンに会う。

 そうしなければ、何も始まらない。




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