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翌日から本格的な魔術師の捜索が開始された。
マーリンと違って、侍女のサワは留守番だ。いつも通り、門までマーリン達を見送りに来た佐和はこっそりマーリンの顔を盗み見た。
その表情はやっぱり暗い。
「よし、それでは打ち合わせ通りのエリアを担当しろ。とにかく疑わしい者は全て一度城へ送れ。では解散」
アーサーの指示に数人に分かれた兵士や騎士が散り散りに散っていく。アーサーは数人の兵士とマーリンと出かける予定だ。他のメンバーが出立したのを見送ってから出発するようだ。
マーリン……辛そう。
もし、もしマーリン以外の青年魔術師が見つかればなんとかなるのかもしれないと、最初は佐和も軽く考えていた。
でも、良く考えればその人は―――生贄にされてしまうのだ。
しかも、例えば極悪人とかならまだわかる。でも、この世界で罪の経歴は甘味されない。
見つかった青年は魔術師というだけで命を奪われる。例え国家への反逆の意志が無かったとしても。
佐和はマーリンの背中を見つめた。
もし、もし万が一マーリン以外の魔術師が見つかったとしても、その時、この誰よりも優しい魔法使いが何も言わずに堪えられるとは思えない。
「さて、では俺たちの番だな。じゃ、サワお前は……」
「殿下!私も連れてってもらえませんか!」
いつも通り、留守番を命じられる前に佐和は意を決して手を挙げた。驚いたアーサーとマーリンがこちらを見つめている。
「何を言っているんだ、お前は。相手は魔術師だ。危険すぎる。駄目だ」
「お、お願いします!なんでもしますし!邪魔はしません!見学だけでもいいですから!」
佐和は勢いよくアーサーに頭を下げた。
本当はこんな風に我を通すことは嫌いだ。他人に何かをねだることも苦手で、実際今、佐和の心臓は嫌な音を立ててはやっている。
それでも。
それでも、こんなこと。マーリン1人にやらせられないよ……。
もしも、マーリンが良心に抗いきれず魔術師を庇ったら、そのフォローは自分にしかできない。
海音を生き返らせるためにも、マーリンの身の安全のためにも城でじっとしているのは無理だった。
「お願いします!」
「お前がそこまで何かをねだるなんて珍しいな……。さては……サワ、お前」
アーサーの思案する言葉に佐和の背中を冷や汗が流れた。変な風に魔術師との縁を疑われるとまずい。
アーサーは顎に手を当て、佐和をじろじろ見つめると、にやっと笑った。
「そんなに俺と離れたくないか」
はあああああああ!!!!!????
このバカ何言ってるんだ!?
「はい!殿下と一時も離れたくありません!」
「そうか。そうか。どうするかなー」
まんざらでもなさそうなアーサーを心の中で罵倒する。
なんて都合良い頭してるんだ、こいつ。
佐和が同伴を申し出たのは単にマーリンのため、ひいては自分の目的のためだ。
決して傲慢知己な男と一緒にいるためではない。
だがしかし……ここは乗るに限る!
佐和はできる限りのねこなで声を出した。
「殿下のお仕事を一度拝見したかったんです!自分の主の仕事を見て、私も仕える誇りを再認識したいというか!」
「だが、女をこんな任務に連れて行くのは俺のポリシーに反する。駄目だ」
呆気にとられているマーリンの横で佐和はアーサーに畳みかけた。
押してダメなら、引いてみろ、だ!
「でも、殿下。殿下はそんな常識なんかに囚われるお方じゃないですよね?私が仕えてる主は品行方正、公正明大!騎士の中の騎士!女性の願いを無下にするような方じゃ……」
「……当たり前だろう!……わかった。ついて来い。特別に許可する」
引っ込みがつかなくなったアーサーから言質を取った佐和は影でガッツポーズを決めた。ぶつぶつと文句を言うアーサーをしり目に近寄って来たマーリンがささやく。
「……サワ、なんで」
「……なんにもできないかもだけど、見てるって約束したから」
それだけは自分にだってできることだ。
佐和の小さい返事にマーリンが穏やかに笑った。
「……ありがとう」
佐和が笑い返していたところにアーサーが割り込む。
「おい、何をこそこそしている。ほら、始めるぞ!」
「わかりましたー!で、殿下。今日はどこを調べるんですか?」
王都キャメロットは大きく分けて四つのエリアに分かれている。城で働く貴族や騎士の邸宅が多い一番街、市場のある二番街、一般市民が暮らす三番街、そして貧民街だ。
「何を言っている?俺たちはここだ」
「へ?」
アーサーがちょいちょいと後ろの城を指す。呆れ返ったアーサーが城の扉をくぐる。それに数名の兵士が着いて行った。
「え?今日、お城調べるの?」
「サワ……聞いてなかった?」
じゃあ、あんなおべっか使わなくても勝手に隠れてついて回れば良かったんじゃん!!
自分の阿呆っぷりに佐和は溜息をついた。
***
アーサーはまず貴族の私室から捜索を始めた。城で働く貴族や騎士の中には城内部に部屋が与えられている人達がいる。その部屋を捜索するのに一般の兵や貴族では反感を生む。だから、王子であるアーサーが自ら調べるのだと様子を観察していて気が付いた。
実際、アーサーにすらこの人達良い顔してないもんな。
だが、ウーサー王の統治の下で城に魔術師を隠す度胸のある人間はいないだろう。少なくとも佐和とマーリン以外。
「では、邪魔をした。協力に感謝する」
「これで貴族、騎士の部屋は全てですね」
「ああ、次は謁見室を見るぞ。ありえないが、片っ端からひっくり返してでも探せというのが父上の命令だ」
貴族たちが住んでいる部屋から謁見室に移動しようとしたその時、どこかからか鐘の音が鳴り響いた。けたたましい音に佐和は思わず顔をしかめた。
「うるさいねー、マーリン。これなんだろうね?時報?」
「馬鹿か!お前は!これは……異常事態を知らせる警鐘だ!」
呑気に構えていた佐和を怒鳴りつけたアーサーが駆け出す。その後を慌てて佐和たちも追いかけた。見れば廊下を忙しなく兵士や騎士が駆け回っている。
「何があった?!」
「殿下、敵襲です!城に乗り込んできました!」
アーサーが捕まえた兵士の発言にその場にいた全員に緊張が走った。
「どういうことだ!?門番は何をしている!?」
「それが……実は前回侵入してきた少年と同じような黒い不思議な剣を相手が使っていまして、我らの剣が届く前に向こうの斬撃を浴びてしまうようなのです」
前回……まさか、バリンと同じ剣?
「ちっ、行くぞ!マーリン!サワ、お前は俺の部屋にいろ!」
周りにいた兵士をかき集め、アーサーが広場に向かう。その背中を見ながら佐和の胸には嫌な予感がひしめいていた。
バリンと同じ剣。
もし、今回も同じように黒幕があの女―――モルガンなら、狙いはウーサー王か、佐和だ。
「大丈夫。……守る」
震える佐和を見かねたマーリンの言葉に佐和は我に返った。
「マーリン!!私、アーサーの部屋で大人しくしてる!だから絶対!……魔法を使っちゃ駄目」
最後は周囲の人に聞かれないように声をひそめた。もしこんな状況で魔法を使えば、ボーディガンに渡される生贄は間違いなくマーリンになる。
もしかしたら、モルガンの狙いはそこにあるのかもしれない。
「でも……」
「駄目!絶対!約束して!」
「……わかった」
マーリンは佐和の言葉に頷くと、アーサーを追いかけて駆け出した。