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「父上、ボーディガン卿の言葉を鵜のみにされるおつもりですか?」
「アーサー。いくらお前とはいえ、余の弟にそのような口を聞くことは許さぬ」
宴が終わり、解散した後も人々はざわついている。それもそのはずだ。あのような交渉、見たことも聞いたこともない。
アーサーは前を歩く父を追いかけながら必死の説得を繰り返した。
「申し訳ありません。しかし、ボーディガン卿の要求は見返りとしては不十分すぎます。何か意図があるのかもしれません」
可能性を示唆しながらも、アーサーの中でそれはほとんど確信に近かった。宴の席でウーサーの機嫌と心理を巧みに操り、交渉をしていたことは間違いない。あれほどまでに思慮深い男がただの色事を一国の王に条件として提示するわけがない。
「余もボーディガンが魔術師に肩入れしようとしているなら止める。しかし、お前も聞いたであろう。ボーディガンの要求はしごく正当な物だ。疑うべくもない」
「しかし……!」
「いいか、アーサー」
振り返ったウーサーは厳しい顔でアーサーを睨みつけると周囲に人がいないことを確認し、アーサーの胸を指で指した。
「お前に前回の失敗を払拭する機会を与える。ボーディガンの望む青年魔術師を見つけてくるのだ。そうすればこの国から忌むべき魔術師がまた1人消えることにもなり、国の安定にも繋がる。重要な責務だ。やれるな?」
その言葉に言外に含まれた意味を感じ取り、アーサーは押し黙った。
「……はい。陛下」
アーサーの返事に満足げに頷いたウーサーの背中を見送る。その背を見送りながらアーサーは己の拳を強く握った。
また、か。
つまりはアーサーが本当にウーサーの息子であるならば、魔術師の味方をせずに探し出し、ボーディガンに差し出せるはずだ。と父は言いたいのだ。
自分に選択肢はない。それにその魔術師もおそらく国家転覆を図っているに違いないのだ。
「あ、殿下」
廊下から追いかけて来たもう聞き慣れた佐和の声にアーサーは振り返った。その後ろにはマーリンもいる。
「戻ってきたか。……マーリン、お前、なんだか顔色が優れないな」
無表情な従者ではあるが、これだけ長く共にいれば多少はマーリンの表情の変化がアーサーにもわかるようになってきていた。それに今のマーリンはアーサーでもわかるほど血色が悪い。
「え、そ、そうなんです!マーリン、具合が悪いみたいで!!」
なぜか聞かれた本人ではなく、佐和が慌てて答える。
不思議に思ったが、自分よりもこの女はマーリンと付き合いが長い。おそらく休憩を言い出せないマーリンの代わりに佐和がアーサーに休憩を求めに来たのだろう。
「そうか。さっきの話は聞いていたな。魔術師の捜索は俺に一任された。明日から大々的に捜索を開始する。忙しくなる。今日はもう休め」
佐和はともかく、マーリンは色々な所を連れまわす事になる。体力がなくては足手まといだ。
「……殿下」
「何だ。マーリン」
珍しいマーリンからの呼びかけにアーサーは体を向きなおした。その間で相変わらず何を考えているかわからない佐和があわあわと慌てている。
「どうしてボーディガン卿は魔術師を求めているんですか。それも青年限定で」
驚いた。
正直、マーリンが自分に何かを訪ねてくるとは思わなかった。
マーリンがアーサーに歯向かったのはバリンの件の時だけだ。それ以外は自分がどんなに理不尽な要求をしようと文句を言いつつも着実にこなしている。その時、マーリンは命じられた仕事に意義を求めた事はない。
それは従者として正しい在り方だった。しかし、同時にアーサーがマーリンを心から信頼できない原因でも。
ただの従者なら裏切る可能性はいくらでもある。
でも……今、こいつは自分の意志で、俺のしようとしていることを見据えようとしているのか。
本来なら従者のこんな質問、「お前に話す必要はない」と突っぱねれば良いだけだ。
……だが。
「……俺にも真意はわからない。先程、ボーディガン卿に尋ねた所、返された答えはあったがな」
「なんて言われたんですか?」
「ボーディガン卿がエリス山から退いた後、築こうとしている城が建築途中に崩れてしまうらしい。その原因を探らせた所、その土地の伝承で、その土地に城を築くためには国に反逆の意図をなした魔術師の青年の血を捧げる必要があるというものが残っていてな。青年さえ手に入り、次の居城が建てばエリス山から撤退できるのにそれができないから、陛下に協力してもらいたいとの言い分だった」
筋は通っている。通ってはいるが、納得はできなかった。
「本当にそんな理由なんでしょうか」
自分と同じ考えをマーリンが呟いた事が信じられなくて、アーサーは目を丸くした。
「……殿下、魔術師を探すのは止めてください。お願いします」
「マーリン。何か根拠があって言っているんだろうな」
そうでなければ一国の主の命令を反故にすることなどできない。だが、心の中ではアーサーも同じ事を考えていた。
「……根拠はない……です。でも、嫌な予感がします」
「お前の感を信じるわけにはいかないだろう」
「信じてください」
「マーリン、何をふざけて……」
そこまで言ったアーサーは、マーリンの真剣な表情に言葉を失った。
今まで仕えられてきたどの従者もアーサーの顔をこんな真正面から真摯に見つめてきた事はない。
それは不敬罪にもなりかねない行為でもあるが、ちゃんとマーリンがアーサーに向き合っている行為でもあった。
「信じてください」
「……なぜ、お前を俺が信じられる。お前は従者だ。俺に命を懸ける必要も、義理もない。そんなお前をどうして俺が信じられる」
アーサーの問いにマーリンは答えない。しばしの沈黙の後、アーサーは結論を出した。
「……とにかく、今は陛下の命に背く事は許されない。明日からお前も俺と一緒に魔術師の捜索だ。今日はもう休め」
心の片隅に感じていた後ろめたさから逃げるようにアーサーはその場を離れた。