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うおー!生シャンデリア!初めて見た!!
高い天井にかかった豪華なシャンデリアにいくつもの蝋燭が灯され、広間を明るく照らしている。祝宴用のこの大広間には長テーブルがコの字型に置かれ、貴族たちが座り、談笑していた。
佐和はその合間をドリンクを持って行き来しながらこっそり宴を楽しんでいた。
ザ・王道ファンタジー!貴族の祝宴!
もちろん、佐和は参加する側ではない。アーサーの従者であろうと今回のように人手が足りない時はこういった公の業務も手伝うらしい。今日の佐和の仕事はひたすらドリンクをテーブルに置いてまわったり、グラスを回収したりする事だ。
なんかウェイターのバイトみたいだなー。やったことないけど。
悲しいかな。このメイド姿にも慣れてきてしまっている。今年24になる女がコスプレして給仕しているかと思うと背筋がぞっとするが、この国ではこの恰好の方が目立たないので、今じゃこっちの方が落ち着くぐらいだ。
「おい、飲み物を」
「あ、はい」
声をかけられ、佐和は営業スマイルでトレーに乗せていたドリンクを差し出した。その相手に思わずげっと呻きそうになる。
カンペネット卿……!?
向こうも佐和に気付いたようだ。思い切り顔をしかめていたが、侍女を気にかけている仕草を他の貴族に見られまいという意地か。ドリンクを取るだけで済んだ。
なんか、嫌味言われるかと思った。良かった。めんどくさく無くて。
忍び足でそのテーブルから遠ざかる。
せめてものアーサーへの普段の嫌がらせの仕返しにあそこのテーブルにはドリンクを持っていく回数を減らすことを心の中で誓う。
「……サワ?何かあった?」
「マーリン。大丈夫。なんにもないよ」
サワの異変にすぐに気付いたマーリンが駆け寄ってきてくれた。今日はマーリンもいつものシャツ姿ではない。配給された綺麗な白いシャツに黒いベスト。そして黒の長ズボン。こちらもザ・王道の執事スタイルだ。
「マーリン。かっこいいねえー。やっぱイケメンが着ると絵になるねー」
「いけ、いけめん?」
聞き慣れない言葉をオウムみたいにぎこちなく繰り返していたマーリンの言葉を遮るように、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
広間の奥に設置された長テーブルにウーサーとアーサーが登場したのだ。
立ち上がった貴族の賞賛を浴びて、ウーサーは満足げに片手を挙げている。アーサーは普段とは違い、凛々しい顔つきでウーサーの横に立っていた。
佐和とマーリンは事前に説明されていた通り、目立たないように側の壁に寄り添う。
おおう……やっぱり、あちらもイケメンで。
支度していた時も思ったが、マーリンもさることながらアーサーもやはり顔の造詣が良い。
アーサーのペンドラゴン家の紋章に使われているらしい真っ赤なローブに真っ赤なジャケット。佐和が磨きまくった上着のボタンも黄金に輝いている。
うーん。こうしてみると王子様だなー。そして、私はボタン磨き頑張って良かったな。
これだけ完成された状態で出て来られると、なんだか自分も誇らしい。裏方の醍醐味ってやつは嫌いではない。
「皆の者、本日は愚弟のために集まってもらい、感謝する。長らく余とボーディガンはすれ違いを繰り返してきた。しかし、今日ここに兄弟の新たな絆を結べることを喜ぶ。皆もそれを分かち合ってくれ」
ウーサーが盃を掲げ、近くに座っていたボーディガンに掲げた。ボーディガンも杯を取り、微笑む。
「乾杯」
「乾杯!」
ウーサーの音頭で宴が開始する。貴族たちも皆着席すると思い思いに、談笑や食事を楽しみ始めた。ウーサーも大様に笑い、食事を始めている。
「さて、私達も仕事だね」
「うん」
ウーサーの挨拶が終わったら、佐和たちにはめまぐるしい給仕の仕事が待っている。マーリンと二人、続々と運ばれてくる料理を運んだり、ばたばたしている内にあっという間に宴は盛り上がって行った。
***
宴がそろそろ幕引きに近づきそうになった頃、ボーディガンがおもむろに席を立つと、ウーサーの前まで足を進めた。それに気付いた貴族たちから談笑が波のように引いていく。
空気の違いを感じ取った佐和はデザートを運びながら、こっそりその様子を観察した。向かい側ではマーリンが同じように事の成り行きを見守っている。
「陛下――――いえ、兄上。お話しが」
「どうした?弟よ」
ウーサーは酔っているのか機嫌よくボーディガンを見返した。
「これまで兄上には大変なご迷惑をおかけしてしまいました。まずはそのお詫びを」
ボーディガンが深々と頭を下げるのを他の貴族たちは固唾をのんで見守っている。しかし、謝られたウーサーはとくに気にした様子もなく笑った。
「もう良い。過去の事は水に流そうではないか」
「いえ、それでは示しがつきません。私は昔、兄上から罰せられることを恐れるあまり……してはならない事をいたしました。どうか。本日はそれを払拭する機会をいただきたく思うのです」
その言葉に今まで無表情だったアーサーの片眉が上がった。ウーサーが見つめる中、ボーディガンは合図をすると自分の従者を呼び出し、何かを持って来させた。真紅の布に包まれたそれをボーディガンは持ち上げるとウーサーの前でその布を取った。
中から出てきたのは―――剣だった。綺麗な黄金の柄、刀身がシャンデリアの炎を反射してちらちらと光り輝いている。美しい刃だった。
「……それは…………カリバーン!」
え?あの王様しか抜けない剣?
ウーサーだけではない。アーサーも、貴族も皆驚いて言葉を失っている。立ち上がりかけたウーサーはなんとか気をとりなおし、席に座り直した。
「どういう事だ?ボーディガン」
その声にさっきまでの陽気さはない。完全に王としての威厳ある声だった。
「お察しの通り、これはカリバーン。王になるべく者が持つ剣です。私は兄上からの叱責を恐れるあまり、この伝説にすがりエリス山に籠りました。しかし、やはりこの剣は王にこそふさわしい。――――――兄上が持つべき剣です」
ボーディガンが剣を持ち、ウーサーに近づく。ウーサーはその剣の輝きに魅せられるように腰を浮つかせた。
しかし、笑ったボーディガンからウーサーが剣を受け取ろうとした瞬間、ボーディガンは剣をウーサーの手の届かない所に下げた。
「しかし、兄上。これを兄上にお返しする前に……お約束していただきたい事が」
「……なんだ。申してみよ」
目の前の剣を取れなかった悔しさか、ウーサーの機嫌がみるみる悪くなる。内心はらはらしながら佐和は事の成り行きを見守った。
「私の罪をお許しくださるとお誓いいただけなければ、さすがの私も……お返しすることは難しいです」
「無論だ。そもそもカリバーンの事などなくとも余はそなたを許すつもりであった」
なんちゅう本音と建て前。
もしかしたら本当にウーサーはカリバーンのことがなくてもボーディガンを許すつもりだったのかもしれないが、もう違う。どう見ても今はカリバーン欲しさから言っているセリフだ。
「そうですか……。良かった。しかし陛下。私と陛下は兄弟とはいえ、国王と領主。口約束だけの行動は慎むべきです」
「……まあ、そなたの言う通りだな」
ウーサーは完全に焦れている。佐和は内心でウーサーのわかりやすさを嘲笑った。
完全に交渉はボーディガンのペースだ。
「けれど、兄上。国王と領主といえど、私達は兄弟なのです。そこで面倒な手続きは後回しにして。私の望みを兄上が一つ叶えてくだされば。私はカリバーンを兄上にお返しするとお誓いしましょう」
「何だ?申してみよ」
「お待ちください。父上。こういった話は改めた席で!」
まずい。と横にいるアーサーの顔が物語っている。ウーサーは完全にボーディガンの要求をなんの躊躇もなく飲み込もうとしている。
「お前はしばし静かにしておれ!アーサー!」
アーサーの仲裁もウーサーには届かない。一喝されたアーサーはしぶしぶ引き下がった。
「で、何だ?ボーディガンよ。何が望みだ?土地か?それとも地位か?安全か?」
「いいえ。兄上、私が欲しいのは―――――青年です」
ボーディガンの意外な要求に広間が静まりかえった。ウーサーもアーサーもぽかんとしている。
「今、なんと?」
「ですから、青年を。と申しました陛下」
「……そなたの趣味嗜好に口を出す気はないが……。本当にそんな物で良いのか?」
「はい」
爽やかな笑顔のボーディガンの言っている事がようやく佐和にも理解できて、衝撃でトレーを落としそうになる。
せ、青年を所望って……え!?何!?ボーディガンって男色家って事!?嘘!?衝撃展開すぎるんですけど!!
いやいや、そういや昔の貴族は結構そういうのが主流だったと聞いたことがない気がしなくもないような。
「といってもただの青年では駄目です。しかし、陛下なら難しい条件ではないでしょう。私のお願いを聞き入れていただけますか?」
「……あ。ああ。構わん。して、どのような者を所望している?」
呆気にとられたままウーサーが快諾すると、ボーディガンの笑みが怪しく深まった。
「兄上もお喜びになって探されるかと思います。私が所望するのは――――――魔術師の青年です」
衝撃的な言葉に佐和は反対側に立っていたマーリンを思わず見ていた。こちらを見返しているマーリンの顔は珍しく真っ青になっていた。