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はじめまして。雪次さなえと申します。
初投稿です。
よろしくお願いします。
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世の中の人間は二種類に分かれていると思う。
主役になれる人間と、脇役で終わる人間。
私の妹は異世界の救世主になる―――はずだった。
けれど、妹は死んだ。
私のせいで。
これは脇役たる私が、主人公たる人達をただただ傍観した物語。
***
その日、私は四年間に渡る片思いに終止符を打った。
「今日はサンキュな。佐和」
「お礼にここのパフェ代は、そっち持ちねー」
目の前で両手を合わせ、彼が「もち」と笑う。同い年で彼ももう社会人のはずなのに、笑うと途端に幼く見えるのは昔から変わらない。
この喫茶店のパフェはネットの口コミでもおいしいと評判のもので、今も入口には行列ができている。新宿駅の駅ビルだというのに、店内は大理石でできたみたいに白く、日曜日の店内はびっしり席が埋まっていても忙しい雰囲気は全くなかった。
「今回の買い物、気合い入ってたねー」
「おう。ま、ちょっとな」
佐和の微妙なジャブに気づいているのかいないのか。
このタイミングで運ばれてきた特大パフェに気を取られている彼の曖昧な返事からは何も読み取れなかった。
「ほんとにでけぇな……」
「ありがたく。いただきまーす」
恨みがましくこちらを見てくる視線の前に、わざとパフェをちらつかせながら食べると「くそお」という声が漏れてくる。
ざまあみろと思いながら佐和は最初の一口をほおばった。
手持ちの関係だろう。パフェを頼んだのは佐和だけで、彼はコーヒーのみの寂しい注文だ。
「ま、今日買い物付き合ってくれてマジ感謝してるしな」
金曜の夜、突然彼から日曜日の予定を聞かれ、買い物に付き合ってほしいと頼まれた。帰りがけそのお礼として、パフェを奢るという話になったのだ。
「そのわりには恨みがましくパフェ見てるねえー」
「くそ、俺も食いてえー」
昔から甘党な彼のことだ。実は佐和よりも食べたいに違いない。
佐和は一瞬考え込んでからスプーンでパフェの上のアイスをすくった。
「はい、一口」
「マジ!?」
「私だってそこまで鬼じゃないし」
お礼とはいえ、これはおごってもらっている物で、佐和はおごられている側だ。
そこまでいじわるじゃないし、第一、パフェを見る彼の落胆した目に勝てるはずもない。
「さんきゅ!」
そう言いながら彼は腰を少し浮かせて、佐和の出したスプーンをそのまま頬張った。
「うまー」
ちょ、ちょ、ちょっと……!
心の中で盛大に悲鳴を上げたが、たぶん、佐和の動揺に彼はこれっぽっちも気付いていない。
幸せそうな顔で一口を味わっている。
こんな、これじゃまるで恋人同士がやる「あーん」的な……!
「佐和?」
「え、ああっと……そういや、今日のプレゼント選び、結局私の好みで決めちゃったけどよかったの?相手の好みとかわからなかったし」
なんとか動揺を押し殺して話題を探した佐和の上ずった声にもやっぱり彼は感づいていない。普段となんら変わらない顔でコーヒーを飲むとにっこりと笑った。
「大丈夫。佐和とおんなじ趣味だから」
「へー」
生返事、と自分でも思うが仕方ない。
ちくりと痛んだ胸に気が付かないフリをした。
周りを見れば、ぎっちり埋まったカフェの席は大半がカップルで溢れ返っている。
他人から見れば自分たちもそう見えるのかもしれないと思うと、気が付かないフリをした胸がまた疼いた。
実際には違う。彼と佐和は単なる幼馴染だ。
どうしても大切な買い物があるから付き合ってほしいと頼まれた。そのお礼の食事。
だから、これは決してデートなどではないし、自分たちはカップルでもない。
……好きなのは、私の方だけ。
その証拠にコーヒーをすする彼の隣には佐和が選んだ女性用ブレスレットが置いてある。
「……もしかしなくとも、かのじょお?」
おどけた佐和のセリフに彼は飲んでいたコーヒーをむせ返した。
「な!違うって!!……でも」
優しい目つき。そっと彼は窓の外に目をやった。
「今週の金曜、告白しようかと思って」
そっか。
「……ふられたら笑い飛ばしてあげるー!」
「そこは慰めろよ!!」
「ええー」
佐和も窓の外に目をやった。
駅ビルだからか、外にはたくさんの人が行き交っている。
その光景を見ていると不思議な気分になる。
こんなに、こんなにたくさんの人間がいるのに。
一体この中で何人の人が自分の運命の相手に巡り会えるんだろう。
きっとそんな物語のような心ときめく出会いは、自分を磨いて、自分を好きでいて、他人のことも大好きで他人からも愛されるそういう人達に降り注ぐもの。
……そんな奇跡が自分に降って降りてくる気は、しない。
別に自分がすごく嫌いだとか。どうしようもないほどの欠陥を抱えているなんてコンプレックスは持っていないけれど。
それでも、こんな自分を好きになってくれる誰かと出会うなんて、そんな奇跡的な確立のおとぎ話は存在しないんじゃないんだろうか。
そんな考えが人混みを見ながら浮かんでは消えて行く。
―――だって、目の前の好きな人さえ、どうにもできないのに。
「俺、がんばってくるわ!」
目の前の彼がくしゃりと笑う。
大好きだった笑顔。
彼の頑張りの結果がどうなろうとも、その笑顔がもう遠い場所に行ってしまうんだと思うと、抑え込んだはずの鈍い痛みがもう一度胸を突いた。
「……応援してる」
こうして佐和の四年にわたる片思いは終わった。