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ネタ箱  作者: 千鵺
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ある時のお話

かちこちと時を刻む音を頭の片隅で聞きながら、ぼんやりとする思考を持て余す。


そうし始めてからどれくらいの時が経ったのだろう。


全てが終わり、この世界での己の役割もまた終了した―――そう実感した途端、体から力が抜けた。


やることもやらねばならぬことも終わったのだから、次の仕事にかかれば良い。


次から次へと尽きることなく仕事は湧き出てくるのだ。


本来ならすぐに切り替えて取りかからなければならない。


現に、強烈に『呼ばれている』感覚があの日からずっと付きまとっている。


それなのに何もやる気が起きない、むしろ動きたくないと思ってしまっていることを否定出来ない自分が居た。


むしろ、次などいらない、ここを動きたくない、どうか放っておいて欲しいとまで願う。


自身の内で思考し続けつつ、表にはただぼんやりと壁を見詰めたまま、時間を浪費し続けた。


その行為自体にどれ程の意味もないと知っていても、体は動いてはくれなかった。




こつん、寄りかかっていた壁が小さく振動する。


振動元へのろのろと視線を移動させると、そこには見知った男が1人立っていた。

壁に右手をつけているところを見るとその手で軽く壁を叩いて自分の存在を知らせたらしい。

ぼんやり眺めるだけで反応を返さないでいると、男は軽く眉を顰め溜息を吐く。

相当目に余る様に見えるのだろうか、と他人事のように思った。

緩慢な動きで目線を相手から外し、再び床を見つめる。

何も考えたくない、考えられない状況で、誰かを相手に出来るとも思わなかった。

男が眉を顰めたままこちらを見ているのがわかっていたが、それきり反応することはなかった。




「主は再起不能らしい」


そんな言葉を吐きながら戻ってきた男に眼をやり、難しい顔をする。

全てが終わってしまったことがかの人にそんなにも影響を与えるとは思わなかった。

己が主はこの世界で深く関係者に関わり過ぎたらしい。


「・・そう、しばらく無理そうね」


1人部屋に居た女は軽く頷きながら、それもわからないでもないと思う。

いつもは既に始まっている宿命に途中から組み込まれてゆく。

対し、今回は主をもう一度生まれ直させてまで関わらせるよう仕組まれていた。

主は彼女の側で一緒に成長をしてきたのだ。

その中で見てきたものも、以前の世界でのようなものと比べようもない。

親友として、幼馴染として生きた16年をすぐに割り切ることは出来ないだろう。

それをわずかでも肌で感じていた為に、主を諭すことも説得することも出来ない自分がいた。


「無理と言われようが、次がもう始まってんだ。

 本来ならすぐにでも行かなきゃならねぇ。

 だが、今の主を無理やり連れて行っても無駄足だ。

 世界が崩壊していくのをぼんやり見てるだけになっちまう。

 ・・・俺らでどうにかしなくちゃな」


苦虫を噛み潰したような顔で、男が呟く。

自分たちの手に負えるものならいいのだが、そうでない場合のほうが圧倒的に多いことを嫌というほど知っていた。

主は見掛け10代後半の少女だが、その身に内包する力は計り知れないものがある。

世界の戒律を守るために存在する人々の中で頂点に立つのは、彼らの主その人だった。

おかげで、必然的に他の人よりも難しい事例に当たることになり、毎回主は苦しむ羽目に陥るのだ。

主のことを思えば、いい加減にしろと憤りを抑えられなくなる。

今回のことも上が主の意思をないがしろにして生まれ変わらせ、関わりを故意に深くさせたのが問題だった。

ただでさえ心やさしい主のこと、この世界のキーパーソンである少女に入れ込むようになるのは想像に難くないことで。

成長する少女と共に生きた年月の分、人々の闇を覗くことになり、いつもより主の消耗は酷かったように見える。

意識の全てを少女に向かわせたと思ってもいいほど、主は己の身を犠牲にして少女を守ろうとしていた。

宿命に僅かでも触れそうになるだけで、主の身体は傷ついて行くのだ。

それを厭うこともなく、ただ少女に幸あれと進んでぼろぼろになっていく様は見ていられなかった。

そんなことがようやく終わったというのに――――――。


「近く、次のキーパーソンの命が危険に曝されるはずよ。

 それまでにどうにか主の意識を次に向けなくてはね。

 そうでなくても、こちらの世界での役割は終わったのだもの。

 このままここに居ては主の体が損なわれるだけ。

 本当なら今すぐにでもここから出て、例えそれが僅かな時でも、休ませて差し上げたいわ」


「同感だ。

 アイラ、俺は先に行ってなんとか最悪の事態だけは避けるよう食い止めとく。

 もし主がギリギリになって、どうしても動かねぇようなら無理にでも連れてこい。

 居残れば居残るだけ主の体に悪いだろう。

 ここに居ても何のメリットはねぇ」


アイラと呼ばれた女が男へと目線を向ける。


「わかってる。

 ・・あちらはこちらと違って既に戦が始まっているわ。

 出来るだけ早く、私も向うへ行けるようにする。

 それまではくれぐれも気をつけて・・・、アキ」


「言われるまでもねぇな」


心配そうな相方に、アキは一笑して背を向けると、何の変哲もない壁に向かって歩きだした。

やがて数歩も行かないうちにアキの姿は唐突に掻き消えてしまった。

アイラはその後ろ姿を暫し見つめた後、目線を外し重い溜息を吐いた。


世界の闇はどれ程の時が経とうとも、晴れそうにない。










「・・・アイラ、アキはどうした?」


未だ壁に凭れかかる主の背を見つめ、為す術もなく立ちつくしていると、唐突に問われる。

その言葉に一瞬身を震わせるも、アイラは息をゆっくり吐いて、答えた。


「アキは・・用事があると言って、先にこちらの世界を経ちました。

 次の世界で合流予定です」


「・・・・・そう」


アイラの言葉に数瞬の間を置き、小さく呟く。

主が何処まで理解して、把握しているのかを、アイラは図りかねていた。

傍目にはただ何も考えずぼんやりしているだけのように見える。

けれど、これでも主は見た目通りの年齢でもなく。

齢数千をとうに経た、神に等しい存在だ。

心は人と同義であっても、得た経験から主を人ならざるものに変えていたのだ。

きっと、世界の動く様を主は感じ取っていて、どこにアキが居るのかを知っている。

知っていて、アイラに問うたのだろう。

問いかける意味などないことも、理解していて、尚。

自分の心を持て余したまま、主は世界の動きを着実に追っている。

どれ程心を砕かれようと、彼女は管理者だ。

それは既に身に染みていて、無意識にでも身体が反応するのだろう。

だがそれ故に、主の心は尚置いてけぼりになることも多い。

アイラはどう反応すればよいのか迷ったまま、主の背を見守った。


彼女が幸せになれば良いのに。


アイラ達側仕えのものが願うのは、主の幸せ、ただそれだけだ。

例えそれが人であろうと化物であろうと。

主が主であることを変えることは誰にも出来ない。

本人が任を解かない限り。


アイラは一つ溜息を吐いた。

重苦しくなる空気に耐えかねたのか、悲しみに心が負けそうになったのか。

それを認めるには、アイラはそれほど素直にはなれなかった。

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