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ネタ箱  作者: 千鵺
19/29

ビスクドール4

とんとんとん、とんとんとん、


聞こえてきた単調で軽快なリズムに揺さぶられ、意識が浮上する。

・・・なんだろう、この音。

理由はわからないけれど、なんとなく、落ち着く。

そんなことを思いながらも、目が開かないことに一瞬戸惑い、ぼんやりその理由を思い出した。

重たい腕をゆっくり持ち上げると、目のあたりに軽く触れ、眠る前のことが夢ではなかったのだと再認識する。

男性と女性、2人の会話の内容。

自身の現状。

それから、誰かわからないままの、男の人の声。

思い出したところで、わからないことだらけだ。

唯一確かなのは、自分が大怪我をしていて、1人では何も出来そうにないということだけ。

今も視界は相変わらず包帯に覆われているせいで、何も見えない。

けれど、音は途切れることなく続いている。


とんとんとん、とんとんとん、


小さな音だが、決して聞こえないというほどではない。

現実世界で言うなら包丁の音に類似しているだろうか。

それもあまり聞いた例はないけれど。


こん、こつんこつ、ことん


さっさっさ、さささっ ちゃぷん


しばらく聞いていると音が変わり、何か軽いもので床を掃くような音とかすかな水音が聞こえてくる。

この部屋に簡易なキッチンでもあって、そこで料理をしてるのかもしれない。

何故そんな思考に至ったのかは自分でもわからないが、なんとなく当たっていたら嬉しいなと思った。


「あら、目が覚めたの?」


そんなことを夢想していると、軽やかに弾む女の人の声がして、側に気配が寄ってくる。

これは聞いたことがある。

アンナマリー。


「おはよう主。よく眠っていたわね。

 どこか痛むところはないかしら?

 今、薬を作っていたところなのよ。

 苦しいところはある?包帯も代えなくちゃね。

 あぁそれに、体を拭いたり着替えも大事だわ。

 人間は清潔にしていないと弱ってしまうものね」


声がすると思われる方へ頭を向け、矢継ぎ早に言われた言葉を反芻する。

なんだ、料理じゃなくて薬を作っていたのかとほんの少しがっかりしてしまった。

しかしよくよく考えれば、患者の側で料理をする可能性は低く、薬を作っていたと考える方が妥当である。

よって、どうでもよい思考は捨て去り、すぐに自身の体へと意識を向かわせて現状把握に努めることにした。

私は子供だけれど、現状でただ誰かの世話になることしか出来ないなら、せめて自分に可能な範囲で最善を尽くすべきだということくらいは知っているつもりだ。


まずは、手。

眠る前に試したときよりも、曲がる範囲が広がり、スムーズに動くようになっている気がする。

なんとなくの範囲だが、じくじくと疼いていた熱も少し冷めたように思う。

足と背。

曲がらないものは仕方がないが、感覚が戻ってきているのか、支えの感触がよりはっきりわかる。

背も動かせば未だ痛みを感じるが、それでも寝返りくらいは打てそうなくらい回復していた。


・・・あんなに痛かったのに。


かつて感じた痛みを思い出し、言葉もなく感動する。

丈夫な体を誇ったことはないけれど、健康体であるということをこれほど嬉しいと思ったことはなかった。

そこだけは両親に感謝してもいいかもしれない、なんて頭の片隅で思うほどには感激していた。

そして頭と首、顔。

少しばかり思うように動く手を使って、慎重に触れていく。

布で覆われている部分の変化はわからない。

頬に走っていた傷は体液が乾いてかさぶたになったのか、堅い感触になっている。痛みもない。

これならきっと遠からず治るだろうし、きっと痕も残らないと思う。

最後に、目。

触れただけでは、わからない。当然だ。

私は少し勉強ができるだけのただの子供であり、医療の知識はない。

この目が見えるか見えなくなるかは、完治した後、目を開けて初めてわかることなのだから。

そんなことを思いながらも、しばしすりすりと目の上の包帯を撫でさする。

少なくとも今、形だけでも自分の目があるということにじんわりと喜びが溢れてくる。

こうして大怪我をすることにより、私は初めて自分の身が愛おしく感じられたのだった。


「・・・大丈夫、そうかしら?」


こちらの挙動を黙って見守ってくれていたマリーが、静かに声をかけてくる。

目に触れていた手を下ろし、改めて声のほうへ顔を向け、ほんの少し肯いた。

首に巻かれた包帯に阻まれ、肯きづらい。

声は出そうと思えば出るけれど、今は無理をすべきではないと思ったのだ。

首のほうは多少動かしづらくはあっても、痛みは今それほどでもなかった。

そうこうしているうちに、また1人、別の声が会話に参加してきた。


「・・・大丈夫かどうかはまだわからんだろう。

 マリー、あまりうるさくするな。傷に障る。

 それと、薬ができたからそこを退け」


「あら。ごめんなさいね」


マリーが居る方角から、また一つ別の気配を感じる。

この声も知っている。

確か、ルードリアス。

さっきの音の主は彼かと合点がいく。

ルードは今の今まで気配を消していたかのように、その存在を認識できなかった。

2人のやりとりを聞きながら、ふと、実はルードは忍なのではないか?なんて、バカなことを思う。

怪我をしてから、なんだか思考が緩くなっているのかもしれない。


「主。少し触れるぞ」


考えごとをしている間に、ルードによる触診を受けた。

痛くないように触れる手に、黙って身を任せる。

手指や関節を曲げたりする他、肌にも触れているようだが、大半が包帯に覆われている為によくわからない。

ただ、何故か触れられたと思われるところからほんわり温もりを感じた。


「・・・そうだな、少しは回復している。

 まだ起きあがれるほどじゃあないが。

 主、薬湯を作った。飲めるか?」


触診を終えたルードの言葉に、反応が遅れる。

薬は嫌いだ。

反射的に顔をしかめそうになってしまった。

たやすく声が出せるわけではないのに、そんなもの飲みたくないという言葉が瞬間的に喉まできた。

無理をしないと決めたことも前言撤回したいくらいだ。

しかしここでわがままを言える身ではない為、こっくり、ほんの少しの怯えを滲ませながら肯く。

早く治さなくてはという思いと、常日頃身に付いた優等生としての振る舞いのせいで、否応なく。

その返答を受けてか、ルードの大きな腕が頭の下に潜り込み、少しだけ起こされると口に椀をつけられた。

粉もイヤだけど液体なのか、と内心で泣きながら思い切って飲み込んだ。


しかしちょっとここで、もう一度言っておこう。

誰が否と言っても、大事なことなのであえて何度でも言わせてもらいたい。


薬は、嫌いだ。


大嫌いだ。


「ぐ、げっほげほげほげほごほ!おうえっ」


「きゃあ、主!しっかり!!」


「おい、主。大丈夫か」



結果から言えば、一口目で大変な目に遭った。

案の定、気管に入り盛大に噎せる羽目になったのだ。

液体に加えて顆粒状態の何かが混じっていた。

これか、刻んでいたものは。

希望を聞いてもらえるなら、せめてもっと粉微塵にするか磨り潰して頂きたかった。

おまけにひどくまずい。

包帯が滲むくらいには涙が出ている。

未だかつて、こんなに不味いものを口にしたことはなかった。

全力で、喉が、体がこれを飲むことを拒否している。

良薬口に苦しとは言うが、よくぞここまでの代物が出来た、と逆に関心したくなるほどに。

続けざまの苦しい咳に無意識で耐えようとしてか、負傷している体を折り曲げ、今度はそこから痛みが襲ってくるのに悶絶する。

意図せず七転八倒することになった。

今までも、元々体は丈夫ではあったのだが、まれに体調を崩すことがたびたびあった。

しかし何故か薬は昔から上手く飲めず、母を苦い顔にさせたものだった。

錠剤が飲めるようになってからは、液体や粉を出来るだけ避けることでそんなに苦労することもなかったのだが・・・ここでそのしっぺ返しがくるのか。


苦しさと痛みに苛まれながら、マリーに背をさすられ、ルードに呆れられつつ、そんなことを思うのだった。

そろそろ別でまとめたほうがいいかと思いつつ、まだ完結出来るほどの構想はないのでここに。

連載中のぶつ、先に進めなくては...

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