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ネタ箱  作者: 千鵺
18/29

ビスクドール3

ーーーー気がつけば、暗い闇の中にぽつんと一人。

触れてくれる温もりも、話しかけてくる声もない。

でもそんなの要らない。

欲しいのはただひとり。


・・・・・お母さん。



おねがい、おねがいおかあさん。


わたしをみて。


ここにいるよ。


わたしの名前をよんで。


おかあさん。


おかあさん。


・・・側にいて。







「・・・泣いているわ。かわいそうに」


夢現に、女の人の声がする。

汗ばんだ額に触れる手がある。

熱があるのか、ひんやりして気持ちいい。

さっきの人とは違う、細い手。

さっきの?

・・・なんだっけ。

まだ頭がぼんやりしていて、まともに考えられそうにない。


「こんな大けがをしているんだ。

 苦しいのは当たり前だろう」


男の人の声。

あぁこの声もさっき聞いたものと違う。

さっき。さっきって、いつ?


「どうして小さい子がこんな目に遭うのかしらね。

 まったく、この子を喚んだあの人はいったいどこに行ったの?」


喚んだ?

あの人?

どういうこと?


「さぁな。対象が違うとわかった瞬間にとんずらだ。

 召還に巻き込まれた娘はぼろぼろだが今も生きている。

 死ななかった以上俺たちの主は決定されたも同然だ。

 元の世界に帰るも、ここに残るも、すべてはこの娘が元気になってからだが」


対象が違う。とんずら。召還。主。

それぞれの意味を理解できても、わけがわからない単語たち。

私は本当に、どうなってしまったの?

これから一体、どうなってしまうの?


「ねぇ、この子の目は、」


細い手が私の目の上に手を軽く充てられる。

沈痛そうな声が言葉少なに問いかける。

私の目。私の目、どうなるの。


「・・・まだわからん。一番損傷が激しかったんだ。

 他はヒビが入ったり皮膚の損傷だけで済んだ。

 が、最悪視えなくなる可能性も捨てきれない」


わたし、めがみえなくなるかもしれないの?


何故かそのことは、すんなり頭の中に入ってきた。

彼らの会話を聞きながら、私は自身の未来を思う。

目が見えなくなったら、生活はきっととても大変だ。

現実世界は体が不自由な人間に厳しく出来ている。

点字や施設をきちんと備えてくれているところもある。

心ある人も居るだろう。

けれど、そんな人や場所だけではない。

当然厳しい対応をする人だっている。

母もその部類だ。

母は完璧に固執するせいで、健常者以外を視界に入れようとはしない。

迫害しない代わりに、存在そのものを認めない。

私はそれに耐えられるのだろうか。

ぼんやりとそんなことを思いながら、私は無意識に手を握り締めようとした。


「っあ」


「あ?」


ぴくり、動いた手に反応したのだろう。

甲高い声が少し大きめに響く。

どうしてかその声が嬉しそうに弾んでいるように聞こえて、何故か戸惑った。


「意識が戻ったみたいね。

 ねぇ、声が聞こえる?」


興奮を抑えきれないかのように、けれどこちらを気遣うような声色で、問いかけてくる女の人。

どう応えればいいだろう。

声を出そうとしてようやく気づいたことがある。

ずっと寝ていた時のように、声がすごく出しづらい。

おまけに首に包帯を巻かれているので肯くことも辛い。

よって、ゆっくりながら声がしたほうをに顔を向け、口をぱくぱく開閉することで、聞こえていることを暗に示すことにした。


「あら、声がでないの?

 あぁごめんなさい、ちょっと待ってね」


ぱたぱた、かたん、こぽこぽ


そんな声が聞こえてすぐ、軽い動作音と、液体を注ぐ音。

水を用意してくれているのだろうか。


「頭、起こすからね。ゆっくりだから大丈夫よ。

 はいこれお水、少しずつ飲んで」


するりと枕と首の間に手が入ってきて、無理のないよう少しずつ持ち上げてくれる。

首と頭を支える手が、大きく力強い。

きっとこれは男の人。

黙って助けてくれる。

唇に冷たい陶器のような感触した。

恐る恐る口をつけ、入っている水を少しずつ飲み下す。

喉を通る冷たい水に癒される。

思ったよりも乾いていたようだった。

けれどあまり多くを飲まないうちに満足してしまい、口を外して意志を伝える。

コップが側のテーブルに置かれたようで、ゆっくり枕に戻された。


「・・・声は出せるかしら?」


「・・・ぁ、い・・・」


声をずっと出していなかったみたいに、掠れてしまった。

きっと本当にしばらく寝付いていたんだろう。

話し方を忘れてしまったようにうまく喋ることが難しい。

それでも、声は出る。

喉は無事だということに、泣きたいくらい嬉しかった。


「ずっと眠っていたのだもの、無理に話をしようとしなくてもいいわ。

 まずは元気になってもらわなくちゃね」


柔らかい、慈しむような声。

こんな風に話しかけられたことなんて、あっただろうか。

物心ついた頃からの記憶を掘り起こしてみても、そんなものに心当たりはなく、悲しいけれど妙に納得もできた。

黙っているうちに、そっと目のあたりに大きな手が触れてくる。


「・・・おまえの怪我は重傷で、体はボロボロだ。

 急ごうと思うな。ゆっくり治せば治らないことはない。

 俺たちがついている」


少しまごつきながらも、励まそうとしてくれる気持ちが伝わってくるような気がした。

大丈夫、一人じゃない。

不思議とそう思えた。

かつての私はそんなこと思ったことはない。

怪我は不運だったが、悪いことばかりではないのだと思う私は、きっととても楽天的になっていた。


「私はマリー。アンナマリーよ。あなたの盾。

 何かあったら、私の名を呼んで。必ず守る」


細い手が頬をするりと撫でたあと、何か柔らかい感触を感じた。


「俺はルード。ルードリアスだ。おまえの剣。

 おまえを害するものは俺が排除してやる」


大きな暖かい手が額に置かれ、そこにまたなにかが押しつけられる。

彼らがなにをしたのかは感触でしか知ることは出来なかったが、それでも自分を害するものではないことがわかった。

彼らが名乗ってくれたのなら、それに応えなければ。


「・・・わ、わたし、は、さや」


掠れる声を必死に繰り、名乗りをした。

名前を言い終えたところで噎せてしまったが、それでも彼らには伝わったのだろう。

触れてくる手が、優しく労るように額や頬を撫でてくれる。

その温もりに促されるように、やがて意識も闇に引きづられていく。


「サヤ。我らが主。あなたの願いは、我らが願い。

 どうか心安らかに」


何かを願い乞うような優しい二重奏を子守歌に、私はことりと眠ってしまった。

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