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ネタ箱  作者: 千鵺
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宵闇に魔女は笑う

今日は、月の出が遅い。


空を見上げ、ふとそんなことを思った。

中秋の名月を過ぎたころ、空に月が出ていない夜の闇を、宵闇というのだとか。

誰に聞いたのかも思い出せない雑学を、何故かこんな場所で思い出すとは。

止まっていた足をまた進めながら、ふと自嘲気味に笑う。

かつての記憶を辿れば、二度と戻れないという事実に胸を焦がされると知っていても、尚。

忘れたくても、忘れられない。

痛みを覚えても、自身の中のもう一人が、忘れたくないと泣くように。


「まったく、馬鹿ね」


誰に言うでもなく、独り言を落とす。

傍らに願った温もりは、今はもうない。

応えてくれる誰かも持たず、けれど無言でいられるわけもなく、ただ呟いた。

家に帰れない。

家族に、大事な人に会えない。

その事実が、今はひどく痛い。

戻れないとわかってから幾年月が過ぎた。

もう慣れたと思っていたが、それは気のせいだったようだ。


だって、今。


こんなにも、まだ、苦しい。


頬の上を温かい何かが滑り落ちる。

風が吹くと、そこが冷たくてたまらない。

ついに歩くこともままならなくなり、その場に立ち止まって空を仰いだ。


「泣き虫は卒業したと思ったんだけどなぁ」


はぁ、と大きくため息を吐く。

泣くのはもうやめた、そう決めた時期があった。

涙も枯れたと、そう思ったときもある。

けれど己の弱さゆえか、未だに自身が変わらない事を知る。

痛くて苦しくて、寂しくて悲しくて。


「感傷的になりすぎよね。まったく、本当に馬鹿なんだから」


自分に向けて罵倒する。

己が愚かである事は百も承知。

これから為そうとしていることすら、愚か極まりないとあの人なら詰るだろう。

けれど、かつて私を諌めてくれた彼女はもはや側に居ない。

止めてくれていた人が居なくなったせいで、私はまた破壊を望むようになる。

誰かのせいにしなければ、生きてはいけない。

そんなくだらない言い訳をしながら、己で止めようとは終ぞ思わなかった。


『あんたの力は、そんなことのために使うんじゃない、もったいないでしょう』


そんなことを言われたのを、ふと思い出す。

そのようなことを言われたのは初めてで、今まではむしろどんどん使っていけと言われていた。

その為だけにお前はあるのだと、そう言われて、そう思い込んで。

わかってる、何がもったいないとか何のためにあるのだとか、そんなことは後付の理由だ。

結局のところ私が人外に堕ちた事実に変わりはなく、その発散方法が限られているせいでもあった。

力は生命エネルギーの一種で、生きているだけで日々生み出されるもの。

定期的に消費しなくては、いずれ身のうちに溜まり破裂するしかない未来だ。

しかもそのときは、己の体は無傷のまま、周囲を滅ぼす地獄となるだろう。

そんな危険なもの、人が放置するわけもない。

利用するか抹消するかの二択だった。

そして選ばれたのは、そのどちらでもなく、追放。

人望も力もある恩師が、その命と引き換えに生かす道を遺したのだ。

そんなもの要らない、と言ってしまうことは簡単だった。

命は要らず、誰かの犠牲で成り立つ生を喜ぶ趣味もなく、ましてや相手が己の大事なものであるのなら、尚のこと。

それでも、人は恩師の意思を汲んだ。

主張した声は、誰にも届くことなく、結果、今こうして独り歩いている。

心中を様々な感情が渦巻く中、ただひたすら足を運んだ。

目的地などない。

ただ、かの地を離れるためだけに。


止まってしまった足元を見下ろし、乾いた笑いが溢れた。


「あなたが居たから生きていけたんですよ、馬鹿師匠」


ぼろぼろと零れる嗚咽と怨み言。

そんなものなど全てなかったことにして、無理矢理笑った。

それはひどく歪に空へと消えていった。

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