記憶持ちのオートマータ
私は、オートマトンである。
からくり、機械人形、自動人形など様々な意味を含むらしいが、結局のところ私は動く人形であるということだ。
見た目は白い肌に黒い肩までの艶やかな髪、青い瞳を持ち、齢16~18の頃の娘である。
そう、私は見た目だけならば人と見紛う容姿を与えられている。
おまけに言うならば、作り物であるせいか、大変整ったものである。
加えて、食事や睡眠や瞬きなど、人が生きる上で必要な機能もついている。
これでも高性能を謳われたタイプなのだ、必要でなくとも、それをすることが可能という点では他のタイプとは一線を画しているといえるだろう。
そんな私は、かつて人として生きた記憶を持っている。
データとして既にインプットされているものかと疑われてもおかしくはない。
しかし、こちらの世界とかつて生きていた世界はどことなく似通っていはいるが、とある観点からみれば全く違うものであり、もしこの記憶をデータとして入れていたのならそれは技術者の妄想としてしか片づけられない代物だ。
かつての世界は、機械や化学が発展した世界だった。
こちらの世界は、それに加えて魔法と呼ばれる術が使われている世界である。
そして私は、魔法が使えるオートマトン、プロトタイプ01号として世に生み出された。
もちろんそれは、一般家庭で家事をするためでも、何かの助けになるためでもない。
つまるところ戦闘用の自動人形というわけだ。
現在、大陸に存在する国々のうち、大国と呼ばれる2つの国が戦争している。
周りの小さな国を巻き込んで、それは世界大戦と呼ばれるに相応しく被害を拡大させており、2大国も後に引けないほど物事は進んでしまっていた。
一進一退の攻防はどちらも徐々に国力を殺ぎ、このままの状態が続けば、両方が共倒れとなり、最悪世界を巻き込んで滅んでしまいかねないと各々が戦々恐々としていたらしい。
そんな中、大国の片割れに所属する、とある機械魔法学を専攻している一つのチームは、従来の殺戮人形では現状打破には程遠いと考えた。
戦争用として、自動人形は大量生成されていたが、それぞれの技術力にそう大差はなかった。
殺し殺され、壊し壊され、それでも状況が動くことはない。
その停滞した現状に一石投じようとチームが命を削り作り上げたのが、この私である。
従来の殺戮人形の能力に加え、魔石を心臓部とすることで魔法が使えるようになり、その魔石に魔力を注入すれば半永久的に戦い続けることが出来、もちろんデータをインプットすれば家事も完璧にこなせる万能型だ。
見た目はほぼ人と変わらず、人の中に紛れることも可能。
多勢が相手でも、広範囲の魔法攻撃を有する上、近接攻撃も得意だ。
そして壊しても、取り換えられる部品がある。
人間たちにとって、これほど使い勝手の良い駒はないだろう。
そんなオートマトンに、何故私が入っているのか?
それを語るには、私の記憶があまりにも断片的故、説明が出来ない。
では、どうして私が『人』であったことを『知って』居るのか?
それは、目の前にその元凶がいるからである。
「イチ、茶」
「・・・」
こちらに目線をやるでもなく、声だけで指示を出す男の命令に、黙って従う。
男の好みは熱すぎず温過ぎない少し薄めの紅茶である。
私は流れるような動作で茶を淹れ、男の目の前のテーブルに静かに置いた。
それをまた見ることもなく、男は茶を淹れたカップを片手にとると、無表情で啜る。
美味いのか不味いのか、そんな一言を望むほうが愚かしいというもの。
既にそれに慣れきってしまった私は、また黙って定位置に戻る。
「イチ、飯」
「・・・」
続けざまに飛んできた命令に、すぐさま用意しておいた軽食を小さな籠ごと手渡す。
手のひらほどのプチパンはおやつ代わりにもなるので大量に焼いて常備しておくのだ。
しかし、このような子供だましでいくらも持つわけではない。
この男は見た目が細い技術畑の人間そのものなのに、異様なほどよく食べる。
ちなみに今は昼時から一時間ほど経った頃合いだ。
パンで時間稼ぎをする間に、私は部屋に備え付けのキッチンへ向かうと、おもむろに冷蔵庫を開けた。
そこには作り置きをしておいた食べ物たちが所狭しと並べられている。
小腹が空くスピードが速い男は、菓子などでは到底誤魔化されてくれない。
腹に溜まりそうな食べ物をいくつか取り出すと、レンジにつっこんで温める。
すぐにでも食べられるよう準備して部屋へ取って返すと、男の手元にあったパンは最後のひとつとなっていた。
それを確認し、私はまたすばやく皿をテーブルに並べていく。
最後にカトラリーをいくつか並べると、また定位置へ戻るべく男に背を向けた。
「イチ」
まだ何かあるのか、と思っても顔には出ない。
一応表情も浮かべられるのだが、この男相手にそれをしようとはかけらも思わない。
「イチ、まだ怒ってるのか」
手元の書類から片時も目を外さなかったくせに、こういうときだけちろりと上目使いでこちらを見やる。
そんなことをされたところで絆される私ではないことは知っているはずなのだが。
言葉の先を無言で促す私に、男は諦めたように目線を外し、溜息を吐いた。
それをしたいのはこちらであるというのに。
「君をこちらの世界に連れてきて悪かったと思ってるよ。
だからこうして体も用意したんじゃないか。
その体に不具合はないだろう?」
だって僕が用意したんだからね!
そんなことをほざいてドヤ顔を披露してくる男を冷たく一瞥して、私は止まっていた足を動かした。
元居たところへ戻ると、可動を一時休止する。
そんな私を見て、男はまた大きなため息を吐いた。
そのまま幸せ全部逃がしてしまえばよいものを。
私は目を見開いたまま、思考を飛ばすことにした。
いつか続きを…