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飽和水、池の中  作者: 大林秋斗
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7

いつもと変わりなく……。



あれから淡々と時間ががすぎていく。


マールはおろか、キルコが池の中で暮らす前の時のこと、

人に飼われていたころのことも、彼に聞かなかった。


キルコもわたしが絵理に飼われていた時のことを聞こうとはしなかったけれど。



変わりなくとは思いながらも、どこかにぎくしゃくしたものはぬぐえない。


居心地の悪さを感じながらも、池の中に落ちて漂っている虫を、腹の中に収めた。






そんな時、池の中に大きな音が響いてきた。


その音は池の外からしているようだ。

水がざわざわ騒ぐ。

そのざわめきはさらに大きくうねりだす。


「グラミー、この場所から離れよう!」


キルコが殺気だって言った。


「早く!」



キルコは振り返るころなく、スピードを速めてずんずんと泳ぐ。

わたしは言われるままに後について泳いだ。



言い知れぬ不安がわたしを襲う。


何かが起こっている?



キルコは、わたしの疑問に答えるかのように話しだした。


「どうやら人間が池を新しく作りなおすらしい。

水に響く大きな音は、機械を池に入れている音だ。


とにかくできるだけ、機械のある場所から離れよう、

急いで!」



キルコが言い終わらないうちに、みるみる視界が黄土色になっていく。

池の底の泥と水が互いに混じりあっているのだ。


心なしか息がしにくい。

えらに細かなどろの粒子がこびりつき、呼吸をさまたげているようだ。


そんな水の中で、幾つかの魚の影が逃げ惑っている。


わたしは懸命にとキルコと思しき魚影を追う。


水のうねりが、がつんとわたしにぶつかる。

そのたびに体を持っていかれそうになるのを耐えた。



やがて、視界が少し開け、うねりもなだらかになってきた。

先を泳ぐキルコの姿も微かに確認できるし、息も楽になってきた。


ほっとしたと思った途端、「ちっ」というキルコの声が聞こえた。


「グラミー、こっちに逃げろ!」


キルコは焦って言った。


「バスがいる! 待ち伏せだ!」


魚たちの悲鳴があちこちであがる。


わたしはキルコとともに池の底へと身を潜めた。

上をみると大小の魚影が舞っていた。


小さな魚影に大きな魚影がかぶさるのを認めると体が自然と震えた。

キルコは胸びれでそっとわたしの体に触れた。



「……大丈夫だ、大丈夫だから」




どのくらいたったのだろう。


機械の音が止んでいた。

濁っていた水も澄んできていた。


「……どうやら終わったみたいだな」



わたしたちは用心しながら水の中を泳いだ。



小さな魚の一群が池の底で、何かを突っついている。

近づくとブラックバスの死体がそこにあった。


「……濁った水から逃げ遅れ窒息した奴かな? 

バスも弱いものは他の魚のごちそうって訳だ。」


キルコはぽつりと呟くと、その場所から離れた。



わたしはその後、いつものように、かとうの所へと向かった。

しかし、かとうはいない。



わたしは付近の池の底を何度も泳でみた。

かとうが居たと思われる場所には金属の小さな破片が二つ三つあっただけだ。



「……うそでしょう、そんな居なくなるなんて……、

ずっと友達だって言ったじゃない」



人が機械を入れた場所、

そういえばかとうが居た場所に近かった気がする。


人間がかとうを連れ去ったのだろうか。

そうだとすれば、かとうの望み通りに改造するためなのだろうか。



「水陸両用のマウンテンバイクになって、また戻ってくるわよね。

そうなのでしょう? かとうさん」


わたしは水底に残されていた金属の破片に語りかけた。

けれど、破片は何の返事もない。


水の中に差す光をぴかりと反射するだけだった。

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