表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飽和水、池の中  作者: 大林秋斗
4/10

4

わたしは池の底へと潜った。


池の底は細かな泥だ。

泥に、ビニール、空き缶が埋まっていて、その間に水草が生えている。

わたしは沈んだ気持ちを奮い起こそうと、ずんずん泳ぐ。

やがてきらきら光る大きな物に目が止まった。


見慣れない光る物。


わたしは用心しながら近づいた。


体の中心に細長い棒があり、丸い大きな輪が二つそれについている。

体のほとんどは金属でできているようだ。

所々赤茶けていたが、池の中にさす日の光を反射して銀色にきらりと光っていた。


これは人間の作った機械?




「君、誰?」


そう問う声がした。



わたしはびっくりして辺りを見回す。

しかしそこにはなんの魚の姿もなかった。

もう一度「誰?」と声がした。

わたしは体を強張らせ緊張した。



「ぼくだよ、ぼく。君の近くにいる自転車だよ。そんなに怖がらないで」


目の前にある機械からの声だった。

機械は、ふふふと笑う。


「自転車っていうの? あなたは」


「そうだよ、お魚さん、ぼくを初めて見たの? 

前輪の後ろにある泥除けに名前が書いてあったろう? 

かとうしょういち、それがぼくの名前、いい名でしょう」


かとうと名乗る自転車の屈託のない笑い声が、わたしの頭の中で響く。



人間が作った機械はわたしも少しは知っている。


水槽のろ過装置やガラス、ヒーター。

思いつく限りのものを考えてみたけれど、話ができるものはいなかった。



「ねえ、かとうさんは機械なのに、どうしてお話ができるの?」


「それはぼくにも分らないけど……」


「……ねえ、もしかしてここが池の一番深い場所?」


わたしは恐る恐る尋ねた。

もし、ここが一番深いところなら、わたしはとんでもないことになっているのでは。

二度とは戻れない場所。


キルコの忠告を思い出し、身が竦んだ。


わたしのそんな気持ちに反して、かとうさん自は暢気な声で答えた。


「ううん、まだまだ浅いところ。

へへっ、こうして魚さんと話すの久しぶりだなあ」


かとうは少し照れくさそうに言った。



「ぼくはさ、池に来る前は話しすることもなく、ごくごく普通の自転車だったんだ。

ぼくは人間の男の子『かとうしょういち』くん、ぼくと同じ名前の男の子を乗せていた。

『しょういち』くんはとても元気な子だったなあ。

一緒にびゅんびゅん、風を切って道路を走ったよ。

その時のぼくはとてもかっこいいんだから、魚さんにも見せたかったな」


かとうは懐かしそうに声を弾ませた。



「ここの池での静かな生活も悪くないけどね。

『しょういち』くんを乗せて走る生活もすごく楽しいんだ。

ぼくは、いろんな体験をしてきた、めぐまれた自転車さ」


かとうの体から、微かにコトっという音がした。


「ああ、また体が鳴った。まいったなあ」


かとうは呟いた。


「何の音? お腹が空いた時に鳴る音とか?」


「ううん、違うよ、いくらぼくが話ができる自転車だからって、お腹は空かない。

ぼくの体の金属の部分はたいがい中が空洞なんだ。

そこに池の水が流れて時々音が鳴る。


それと……」



かとうは、ふうっと一息継いだ。

そして再び話はじめる。


「金属は呼吸すると錆びるんだ。

その時にも音が出る」


「えっ?」


「ええと、どう言えばいいかなあ。

水と水の中にある酸素っていうのがぼくの体の金属と結びつくんだ。

魚さんでいうところのえらで酸素を取り入れる、

呼吸するのと同じこと。

金属の呼吸っていうのは錆びることなんだ。


錆はぼくの体を弱く腐らせていく。

赤茶けた錆がいくつか見えるだろう?」


「……ええ」


わたしはかとうの回りをくるりと泳いだ。


「錆びるっていうのは、ぼくが年を取っていくってことなんだ。

あの音はその合図さ。

でもぼくがよぼよぼのおじいさんになるには、

君たち魚よりもずっと時間かかるだろうけどさ。


あ、お迎えが来たみたいだよ」


かとうは明るい声で言った。




「……こんなところに居たんだね。捜したよ」


キルコがするするとわたしの方へ泳いできた。


「……さっきは言い過ぎて悪かった。さあ、一緒に行こう。

ここは見通しがよすぎる。

今は大型の魚の姿はないようだけど、いざとなったら大変だから」


「……わかったわ。

かとうさん、お話して楽しかったわ、どうも、ありがとう」


「ああ、こちらこそ。また、いつでもおいで?

あ、なんなら隠れ場所、僕の体でどう? 最適の場所だと思うんだけどな。」


キルコがかとうの方へ顔を向けた。


「……それは気持ちだけでいいです。かとうさん、お久しぶりです」


「やあ、キルコくん、久しぶりだよね、

全然姿を見なかったからどうしていたのかなと思ったけれど、元気そうだ。

遠慮しなくてもいいから、どうかな?」


「お気持ちだけ受け取ります。

かとうさん、俺たちはここで失礼します」


「おやおや、キルコくん、固い、固いよ、その物言い。

あ、もしかして焼きもち?

だいじょうぶ、彼女取らないしさ、遠慮なくおいでよ。

いつでも大歓迎だからさ」


キルコは返事の代わりに尾びれを振り、


かとうがいる所とは反対の方向へと泳ぎ出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ