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キルコは池の中をよく知っていた。
彼は生活する上で必要なことをわたしに伝えた。
まず、自分の身を守ること。
わたしたち魚の命を脅かすのは大きな強い魚だけではない。
タイコウチ等の大型の肉食の虫。
池の上を飛ぶ鳥。
池の近くにしのび寄る猫やイタチの動物。
死は常に身近にあった。
弱いものは強いもののごちそうになる。
わたしは自分の身を脅かすものを一早く察知するよう努力した。
ひれや体に感じる微妙な水流の変化と、鼻で感じる臭いがたよりだ。
そして、ごちそうの見つけ方、捕らえ方。
ごちそうは、細かく千切れ易い水草や水面に落ちた小さな虫。
池の水そのものも。
わたしたちの口に入る大きさのものは何でもだ。
わたしは池の生活に早く慣れようと努力した。
わたしの好きな赤虫はいない。
水面に落ちる虫もめったとは見なかった。
見つけたもの勝ちで、他の魚たちに食べられてしまっているようだ。
何も食べられず、池の水を飲んで空腹を紛らわすことが多かった。
キルコはこの池に来て半年くらいだと言った。
彼は成魚に近く体もわたしよりだいぶ大きい。
そういうわたしの体もペットショップに居た頃を思うと、随分大きくなったと思う。
キルコはまた、池の一番深いところに絶対近づいてはいけないと言った。
そこに行ってしまった魚は2度と戻って来ないと。
わたしは、その言葉に恐れながらも頭の中に刻んだ。
キルコの注意を頭に入れながらも、時々、わたしは水面に顔を出した。
絵理が池に来ていないかと探すためだ。
水面に陽の光が反射して眩しく目がくらむ。
絵理と別れてから日がたったとはいえ、まだまだ日差しは夏だ。
池に放された日と比べても差は感じない。
しかし目が眩むのも一瞬のことだった。
慣れるとすぐさま池の周辺を見やる。
絵理はおろか、他の人の姿もない。
わたしはがっかりして、腹いせ混じりに尾びれでぴしゃりと水を打った。
「そんなことしていると、餌として狙ってくれといっているようなものだぞ!」
いつの間にやらキルコがいた。
苛立ったような口調でわたしに言った。
わたしはちょっと跋の悪い思いがした。
「…もうちょっとだけ、すぐに草の合間に隠れるから……」
「ほんとに分ってる?
無防備すぎだよ、グラミーは」
「……ごめんなさい……」
「謝って済むことじゃない、さあ、早く、来い!」
キルコはずんずん潜っていく。
わたしもその後を追っていった。
「なんでグラミーは水面にいたがるんだい?」
キルコの問いに、わたしは正直に絵理たちのことを話した。
「はっ? 人間に会いたいって? 君、正気?」
キルコは憮然として言った。
「それで君はその人間に会って、また水槽で飼ってもらいたいと考えてる訳?」
「ううん、そうじゃないわ。
絵理たちがどうしているか気になるの。
ただ、もう一度会いたいだけ」
「ふうん」
キルコは冷たい視線をわたしに向けて言った。
「君は何も分っていないんだね、人間という生き物のことを」