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飽和水、池の中  作者: 大林秋斗
2/10

2

キルコは池の中をよく知っていた。

彼は生活する上で必要なことをわたしに伝えた。



まず、自分の身を守ること。

わたしたち魚の命を脅かすのは大きな強い魚だけではない。

タイコウチ等の大型の肉食の虫。

池の上を飛ぶ鳥。

池の近くにしのび寄る猫やイタチの動物。



死は常に身近にあった。


弱いものは強いもののごちそうになる。


わたしは自分の身を脅かすものを一早く察知するよう努力した。

ひれや体に感じる微妙な水流の変化と、鼻で感じる臭いがたよりだ。



そして、ごちそうの見つけ方、捕らえ方。

ごちそうは、細かく千切れ易い水草や水面に落ちた小さな虫。

池の水そのものも。

わたしたちの口に入る大きさのものは何でもだ。


わたしは池の生活に早く慣れようと努力した。


わたしの好きな赤虫はいない。

水面に落ちる虫もめったとは見なかった。

見つけたもの勝ちで、他の魚たちに食べられてしまっているようだ。

何も食べられず、池の水を飲んで空腹を紛らわすことが多かった。



キルコはこの池に来て半年くらいだと言った。


彼は成魚に近く体もわたしよりだいぶ大きい。

そういうわたしの体もペットショップに居た頃を思うと、随分大きくなったと思う。



キルコはまた、池の一番深いところに絶対近づいてはいけないと言った。

そこに行ってしまった魚は2度と戻って来ないと。

わたしは、その言葉に恐れながらも頭の中に刻んだ。



キルコの注意を頭に入れながらも、時々、わたしは水面に顔を出した。


絵理が池に来ていないかと探すためだ。


水面に陽の光が反射して眩しく目がくらむ。

絵理と別れてから日がたったとはいえ、まだまだ日差しは夏だ。

池に放された日と比べても差は感じない。


しかし目が眩むのも一瞬のことだった。

慣れるとすぐさま池の周辺を見やる。

絵理はおろか、他の人の姿もない。

わたしはがっかりして、腹いせ混じりに尾びれでぴしゃりと水を打った。



「そんなことしていると、餌として狙ってくれといっているようなものだぞ!」


いつの間にやらキルコがいた。

苛立ったような口調でわたしに言った。


わたしはちょっと跋の悪い思いがした。


「…もうちょっとだけ、すぐに草の合間に隠れるから……」


「ほんとに分ってる?

無防備すぎだよ、グラミーは」


「……ごめんなさい……」


「謝って済むことじゃない、さあ、早く、来い!」


キルコはずんずん潜っていく。

わたしもその後を追っていった。



「なんでグラミーは水面にいたがるんだい?」


キルコの問いに、わたしは正直に絵理たちのことを話した。


「はっ? 人間に会いたいって? 君、正気?」


キルコは憮然として言った。


「それで君はその人間に会って、また水槽で飼ってもらいたいと考えてる訳?」


「ううん、そうじゃないわ。

絵理たちがどうしているか気になるの。

ただ、もう一度会いたいだけ」


「ふうん」


キルコは冷たい視線をわたしに向けて言った。


「君は何も分っていないんだね、人間という生き物のことを」

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