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飽和水、池の中  作者: 大林秋斗
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それからどれだけ時がたっていったのだろう。


何度も何度も夢を見た。

ともすれば夢の中に沈み込む意識を、うつつへと戻したのはキルコがわたしを呼ぶ声だった。



時の移りとともに、わたしたちをとりまく水も変わる。


何の感覚もなかった体が、しびれを感じ出した。

しびれはやがて痛みに代わった。


その痛みもしばらくすると緩んでいった。


水が温みを取り戻している。


澄んだ水は、よくよく目を凝らせば、白の薄い色がついていた。



わたしはその水を口に含み飲み込む。

かすかだけれど、ほんのり甘い。


何度も繰り返して飲み込むうちに、かちこちに固まっていた体も解けてきた。

ぎくしゃくした感覚は拭えないものの、体が動かせる。


わたしは傍らにいるキルコを見た。

やせて色の落ちた体に変化はなかった。

けれど目にほんの少しだけれど力が出てきている、そんな感じがした。


「……もう少し、もう少しの辛抱だ」


そうわたしに言いながら、キルコも水をごくりと飲み込んだ。





水の中にある目に見えない小さなごちそう、それを何度も飲み込みお腹に収めたせいか、わたしの体に力が湧く。


ごちそうが豊富にある場所を目指し泳げるようになる頃には、水もだいぶ温かくなった。


水温の上昇に比例して、池の底に新しく藻や水草が生え出す。

わたしたちの食欲も増した。

痩せた体に肉が付く。


同時に他の魚たちも動き出していた。



わたしたちをごちそうにと狙う魚を警戒しながら暮らす日々が戻ってきた。





わたしは久しぶりに水面まで上がった。

水面の水はまだ少し冷たい。

ひんやりした水に体が一瞬縮こまったけれど、かまわず池の周辺を見た。


黄緑色した葉が茂る木々に青い空。

絵理はやっぱりいない。



チチと鳴く鳥の声に驚いて、あわてて池の底へと泳いだ。


もう会うことはないのだろう。

それでもさびしい気持ちは依然より薄れていた。

絵理は絵理の在る所で生きるのだろう。


わたしは……。


わたしの在る所は……。





「グラミー、また俺から離れて、外を見にいっていたのかい?」


わたしを見つけたキルコが怒気を含んだ声で言った。


冬の間、げっそりやつれ痩せていた体も、今では元以上に精悍な体つきになっている。

鱗も水面から差す日の光を受けきらきら光り、喉を中心に体色がこれまで見たことのない色、鮮やかなオレンジ色になっていた。


オレンジはわたしの体にはない色だ。

わたしは変わらず黄土色に近い色をしている。

変化といえばお腹がぷっくりと膨らんでいることくらいだ。



それにしてもキルコの体色はきれいな色だ。

目が奪われてしまう。



わたしは思わずじっとキルコを見てしまっていた。





「……ほんとに君は……、そんな目で見つめられると……」


キルコの苦笑交じりの言葉に、わたしは我に返った。

跋の悪い思いがして言い訳混じりにキルコに聞いた。


「ええとキルコの体の色が不思議で……、どうしてそんな色に?」


「これかい? これは俺がオスである証し。

理由は……、そうだね、ゆっくり教えてあげる」




さあ、こちらへ。


キルコが艶を含んだ声でささやき誘う。





後でキルコの体色のオレンジは、パールグラミーが繁殖期に入った時オスのみに現れる色、婚姻色だと知った。

そしてわたしのお腹の膨らみが卵であることを。



キルコが作った泡巣の下で、わたしは幾つも卵を産んだ。

下へと沈む卵をキルコが口に受け、泡巣へと運ぶ。


わたしは産卵で疲れた体を休めながら、泡巣を行ったり来たりするキルコを眺めていた。





わたしもキルコも1度目の冬は越すことができた。

けれど、2度目、3度目を越すことができるかどうかはわからない。


冬の前に、大型の魚に襲われ命を亡くすかもしれない。



卵も全て育つとは思わない。

全滅する可能性もある。


それが自然の中、池の世界だから、どんなことが起こっても不思議ではない。



それでも生きる。

慈しみ育む。

命の続く限り。


ここがわたしの在る所。



泡巣からキルコが満足げにわたしを見る。

すべての卵を巣に移し安堵したのか、ぷくりと彼はあぶくを吹いた。(終)


拙い物語を読んでいただきありがとうございました。

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