BEAT UP あいちゃん
ROUND1
「あいちゃん、オーディション落ちちゃったのよぉ。背がちょっぴり足りなかったみたいなのよぉ」
お気に入りのアイドルっぽい青のチェックのギャザークロップドブラウスと短めのマーメイドスカートのフリルをフリフリさせながら、るんるん気分で通勤してきたのに、この一言であたしは地獄に落とされた。
タレント事務所「チェリーエンジェルプロ」のオカマの社長”ゴンザレス大蔵”が発した一言だった。
あたしのコンプレックスは足りない身長。それをカバーしようと短いスカートを履いて足を強調しているのに、所詮156センチじゃ、スラットしたアイドルになるのは無理なのかなと現実にうちひさがれている所に、もう一人の所属タレント未明がやってきた。
未明はスラットしたスタイルで、シックなフレアスカートのワンピがよく似合っていた。こんな服を着こなせるなんて、私にとっては羨ましい限り。神様は何て不公平なんだ。でもシックな色しか着ないところが、引っ込み思案を表していて、華やかな芸能界を目指すのなら、もっと華やかな色にすればいいのにと、余計なことを思ってしまう。
そんな未明なのだが、最近スマホを見て、暗い顔をすることがある。そんな姿を見ると、あいちゃん的にはモヤモヤが100%に膨らんじゃうんだ。思い切って後ろからスマホ見ちゃえ
「みあっ!何見てるの?」
ある日、事務所の更衣室で、ロッカーの戸を陰に隠れて、ヒソヒソ、スマホを見て、暗い顔をしている未明に、そっと近づいて後ろからスマホの画面を見てやった。
見られたことに狼狽える未明。あたしはスマホを未明から取り上げて、しっかり見てやろうとした。
スマホの画面の中には、
「君が昨日、公園にいたのを見たよ。僕は遠くから見守っていたんだ。」とか「ジムで君に近づいた男は全て僕がボコボコにしてやったから」とかの気持ち悪い文章がタイムラインを埋め尽くしていた。
「きっもーっ、これストーカーじゃん」
あたしは思わず声を上げてしまった。
未明の方を向くと、目尻に涙を溜めて、あたしを睨んでいた。
「未明…」
未明はスタイルがいいからそりゃストーカーくらい・・・って茶化してやろうと思ったのに、未明の真剣な眼差しを見たら、罪悪感を抱いてしまった。
社長には内緒にするという条件で、ストーカーのことを未明が話し始めた
「私が通っている、ボクシングジムに内藤っていうトレーナーがいて、その人がストーカーなんじゃないかと思っているんだけど、確証が持てなくて。」
「ボクシングジムに通ってるのぉ?」
格闘技なんて、おしとやかな未明から想像がつかなくて、大声をあげてしまった。
「しっ、声が大きい、社長にはまだ言っていないの」
清純派のお嬢様で未明を売り出そうとしている社長には、言い出せないという。
未明が通っているのは、ビートアップボクシングジムという最近人気のおしゃれなジムだ
「まぁ、ダイエットとか、色々あるのよ」
「そんなにスラットしてるのにダイエット?」
なんか本心をはぐらかされているのを未明から感じた。もうちょっと根掘り葉掘り聞きたかったけど、今はストーカーに苦しんでいる未明に聞ける雰囲気でもなかった。
突然未明が、咳を切ったように言葉を出した。
「あいちゃん、助けて」
その言葉を発した途端、未明は涙を溢れさせた。
そのストーカー絶対許せない。あたしの中で激しい炎がメラメラと燃え始めた
更衣室の未明の打ち明けから数日後、ゴンザレス社長があたしに仕事を振ってきた
「あいちゃんにピッタリの仕事をとってきたわよぉ」
もしかして、ドラマのラブロマンスとか、アイドルの仕事とかいつもときめきを感じちゃんのだが、そんなロマンスを打ち砕く仕事の内容は、特撮ものの女幹部の話だった。
「私は悪の女幹部ヘビウーマン。ヘビー級に強いんだぞぉ。私に怖気付いて出てこられないのか、サンダーサナ。早く出てきて私と戦え!」
あたしに振られるのは、なんで仕事ばっかりなのだろう。その原因はうちの社長。この仕事を持ってきたプロデューサーがイケメンで美筋肉で社長のタイプなんだよなぁ。
あたしの後ろに並ぶ、女幹部の部下はスラットした美女。ならんで立っているあたしは惨めた。でも惨めに思っている暇はない、次のシーンは、正義のヒロイン”サンダーサナ”とのアクションシーンだ。アクションなんてあたしにできるんだろうか?でもこのヘビウーマンのコスチューム、頭にかぶるヘビを象徴するヘッドギア、アマゾネスみたいなトップスとローマ剣士のようなスカートパンツ。これを着ていると、なんだかすごく強くなったような気がする。もうアクションなんかやぶれかぶれだ。
「サンダーサナ参上!」
勢いよくこちらに向かってくるスーパーヒロイン。その姿は、あたしよりちっちゃい。
そうかちっちゃくても、主役を張れるんだ!もしかしたらサンダーサナは私の夢を体現しているのかもしれない。
「サンダーサナ、あたしに希望の光を与えてくれて、ありがとう」
あたしは感謝の気持ちで、サンダーサナに向かっていった。でも、隙だらけだったのだろう。
サンダーサナの
「この一発で、地獄に行っとく?」の決め台詞と共に、鋭いパンチをボディに喰らってしまった。
「じ・・じごくに・・いきましたぁ・・」
ヘビウーマンはヘビー級に強いはずなのに、一発で悶絶してしまった。
特撮ドラマの監督はカンカンになって、私を怒鳴りつけ、メガホンを投げつけてきた。
お腹を抱えて絶賛悶絶中のあたしは、背中に、メガホンが当たるのを感じても、動くこともできない。
「ヘビー級に強いヘビウーマンが一発でやられてどおする。ここではサナの必殺パンチが効かなくて、サナをピンチに陥れるシーンなんだぞ、もっと体を鍛えてこい!ヘボ役者」
あたしを怒鳴りつける監督から守ってくれたのはゴンザレス社長だった。こういう時の社長は迫力がある。心は女なのに体格は立派な男で、その肉体の上にふわふわの毛皮を羽織るだけのファッションで、たくましい胸元を見せつけているような感じだ。
「うちのタレントに、ヘボ役者ってなんなのよぉ。あいちゃんは真剣に仕事に挑んでいるのよ。」
「ヘボにヘボって言って何が悪い!」
どっちも引かない間に入ったのは、あの社長がタイプのイケメンプロデューサーだった。
「まぁまぁ、どちらも喧嘩しないで、私の知り合いのボクシングジムがあるので、そこであいちゃんに特訓してもらうってのはどうでしょう。」
げっ、あたしボクシングしなくちゃいけないの?可憐なアイドルをやりたいのに、でも、プロデューサーが渡してくれたボクシングジムのチラシを見て、やってやろうじゃんという気持ちに切り替わった。
チラシにはビートアップボクシングジムの名前があった。
ROUND2
「あいちゃん、可愛くなって新登場!」
今日の私のコーデは、ノースリーブのパーカーにドルフィンパンツの上下ハート迷走柄で
可愛く決めたので、こんなセリフを履いてしまった。
あの監督にヘボと言われた次の日、あたしとゴンザレス社長は、例のビートアップボクシングジムにいた。
「私好みのイケメンあーんど筋肉美がいっぱいいるわぁ」
ゴンザレス社長はボクシングの練習生に瞳がハートマークになっている。あたし一人じゃ心配だからと付き添いできたけど、本当の目的は…と疑いの目を向けたくなってしまう。どこに売っているんだか金色のサウナースーツを身につけ、練習にかこつけて、練習生に絡むのが見え見えなんですけどぉ…
ボクシングジムって言ったら、暗くて、男臭くって、女子を寄せ付けないイメージだったけど、ビートアップボクシングジムに一歩足を踏み入れたら、おっしゃれという言葉を思わず履いてしまった。黒い天井には、色とりどりのネオン管が嵌め込まれて、サイバーパンクな空間を演出している。壁は白を基調にしていて、床はフローリングだ。
興奮しているあたしの目の前に現れた男が営業スマイルで、
「ビートアップボクシングジムへようこそ。今度こちらに通われる。アイドルの火乃華あいさんですね。」
と言ってきた。
男は、上半身裸で、いかにも筋肉見せつけていますっみたいな感じだ。しかも、私のコンプレックスを増幅させる羨ましいくらいの長身!下は横にラインが入った、ジャージのようなスポーツタイプのイージーパンツ。
「私があいさんのトレーナーをつとめる内藤です。」
内藤だとぉぉぉぉ。コイツが未明のストーカーなのかぁ。そんなことを思っていると、横からゴンザレス社長が、
「まぁ、私のタイプぅ」
社長の目のハートマークが炸裂。社長のこういうところ、すごくストレスが溜まる。おかげで、私にはろくな仕事が来ないし。あー考えただけでイライラMAX。そんなあたしの気持ちを見透かしてか知らないが、内藤が私に、
「パンチ打つとすごくストレス発散になるよ。」
「本当ですか?きゃは!」
「僕のお腹を殴ってみてごらん」
これはチャンス。今ここで内藤を懲らしめることができるかもしれない。グローブを借りて手にはめて、なんとなくのファイティングポーズを決め内藤の腹の前に立つ。
思いっきり渾身の力を込めて、内藤のボディを殴った。その時私の中に、ものすごい感覚が芽生えた。
お腹を殴るって、ものすごくエクスタシィー、気持ちいいーっ
目覚めてしまったら仕方がない、私は殴る快楽を求めて、何発ものパンチを内藤の腹にぶち込んだ。
「ちょっと、あいちゃんやりすぎよぉ」
社長の一言で、体が止まった。目の前の内藤は白目を剥く寸前で、激しく息を切らせていた。
内藤は一瞬恨みがましい目をこちらに向けた。
もし、未明のストーカーなら、一矢報いたわけだ。でもここでは確証を掴むため、何も知らないアイドルを装って…
「すいませーんやりすぎちゃいました。でもスカッとしました。ありがとうございました。」
「すごくいいパンチでしたよ。」
内藤は苦笑い。ゴングの音が響き、私は音のする方を向いた。
奥にはリングがあり、そこで、二人の練習生が殴り合いを始めた。
ボディへの鋭いパンチで、悶絶している姿を見たあたしは、
「あれ、やりたい」
と、リングを指差し、社長に言ってみた。
社長がリングを見ると、今度は顔をボコボコに殴られていた。
「あんなのはダメ!アイドルは顔が命でしょ。」
と思いっきり顔を近づけてきて、唾があたしにかかるんじゃないかってくらいの勢いで
怒鳴ってきた。
でも、あたしのお腹を殴りたいというエクスタシーの渇望は抑えることができず、
「やりたい、やりたい、やりたぁーい」
と駄々をこねてみた。
それを見かねた内藤が、
「1ラウンドスパーをやらせてみたら、どうでしょう?」
「スパーって何?」
あたしは好奇心満々で聞いた。
「スパーとは、さっきリングで、練習生が戦ってたでしょ?あれがスパー」
「あいちゃん、顔を殴られて、アイドルできなくなるかもしれないにヨォ」
社長が心配そうにしていると、
「大丈夫、私はパンチを出しませんから、TVの撮影でアイドルが来て、スパーをやるっていうのも、結構あるんですよ。それに、今回あいさんはアクションを身につけるために特訓に来たと聞いています。やっぱり実戦の感覚を掴まないと。」
「大丈夫かしら?」
とまだまだ心配そうな社長。
「大丈夫、私に任せてください。」
「イケメンに悪い人はいないっていうものねぇ」
と社長は完全に内藤を信頼している。
社長がこんなだから、いつもイケメンの言いなりでロクでもない仕事をとってくるんだぁ。でもいい、リングで、内藤をぶっ飛ばして、思いっきりエクスタシーを感じるんだぁ。
リングに上がってみると、オーディションの舞台に上がったようで、体の中に緊張と興奮が同時に巻き起こってくる。
相手の内藤は、先ほどより、さらに大きく見える。でも相手が強そうに見えると、なぜだか闘争心が湧いてくる。さっきのお腹殴ると感じるエクスタシーといい、もしかして、あたしは狩猟民族の血筋?
サンダーサナだって、小さくても勝てるんだ。もしかしたら私だって。
中央で拳を交えた。あたしの身長の小ささのせいで、グローブを上に突き出す形になってしまった。内藤は不的な笑みを浮かべる。そしてあたしに体を近づけ、耳元で
「さっきはやってくれたな。小さいお前に本気の俺を倒せるかな。」と囁いた。
「こいつぅ!小さいとか言ったなぁ!むかつくぅ!」
あたしン中のマグマは溢れ出さんばかりになっていった。
「絶対ぶっ倒してやる。」
ついにゴングが鳴った。
ROUND3
「全く、あの内藤ってやつは、ムカつくぅ」
ジムに初めて行った次の日の夕方、あたしは未明と一緒に帰途に着いていた時に、昨日の内藤との一件のことを話していた。
あの日、あたしはリングに内藤と向かい合ったんだ。トレーナーとかやってても、私のパンチに、ゼーゼー言って、白目を剥きそうだから、大したことないだろうと思っていたのが大間違い。
あたしはボディを打ちまくれると思ったが、内藤は長い腕でパンチをビュンビュン鞭のように繰り出してくるから、近づけやしない。スパーを始める前に”パンチは出さない”って約束したのに、大嘘つきだ!おそらく私にパンチを浴びせられたから、仕返しの機会を狙っていたんだろう。こんな卑怯なやつは絶対未明のストーカーだ。
「逃げてるだけじゃぁ、アクションの特訓にならないよぉ」
と嫌味ったらしく内藤が嗾けてくる。
ムカついて、パンチを出そうとするが、屁っ放り腰になったままだから思うようにいかない。そうこうしているうちにコーナーに追い詰められてしまう。それでも執拗に威嚇のようなパンチを繰り出してくるから、
「顔だけは当てないで」
と思いっきり恐怖の叫び声をあげてしまった。
グローブで、顔を覆って、固まっていたので、内藤があたしのボディにパンチを入れてきた。
むかつくやつではあるが、ボクシングのトレーナーをしてるだけあって、パンチはものすごい効く。おかげで一発で悶絶。あたしはお腹を抱えながら背中を丸め、膝を折り、そのままマットに沈んだ。
サンダーサナといい、内藤といい、どうしてこんなにあっけなく、あたしはやられるんだ。悔しくてたまらなくて涙すら出てきた。
マットに沈むあたしをみて、社長が、ものすごい勢いでリングに上がってきた。
「ちょっと、パンチ出さないって約束したじゃない。」
「すいません、ついうっかり出てしまいまして。」
「うっかりじゃないわよ。うちのアイドルに何してくれんのよぉ。」
あたしは社長にをリングから引きづり出され、
「もう、こんなジムには通わせません。あいちゃん帰るわよ。」
と、ジムを後にすることになったんだ。
「えっ、あいちゃんジム通えないのぉ?」
あたしたちが歩いてる横を通り過ぎる車のヘッドライトで、一瞬明るくなった未明の表情が、ショックを隠せないでいた。
「あいちゃんと通えたら心強いと思ってたのに…」
未明がジムに通う理由うが、ダイエット以外にあると踏んだあたしは
「未明、本当はダイエット目的じゃないんじゃない?ダイエットだったら、社長に言っても問題ないと思うんだけど…」
「私…」
未明が辿々しい感じで、言葉を押し出すように話し始めた。
「アクションができる女優になりたいんだぁ。」
「未明、アクションスターになりたいの?」
未明アクション目指していたなんて、ものすごいびっくりだった。
「あいちゃん、ハニー柴って知ってる?」
「あの国際的な日本人アクション女優でしょ。」
「私、すごく憧れていて、ハニー柴みたいにかっこよくなりたいとずっと思っていたの。」
「それ社長に言ったの?」
「言えるわけないじゃないの!私を清純派で売り出そうとしているのに。そのハニー柴が女子ボクサーのアクション映画を作るというので、オーディションがあるのよ。」
「それで、ボクシングジムかぁ」
「で、やり始めたんだけど、全然上達しなくて。しかもストーカーにも会うようになるし、これはやらない方がいいという、何かの警告かなと思ってしまうんだよね。」
「私はその夢応援するよ。失敗してもいいからやってみなよ。」
あたしはいつも引っ込み思案のような感じがする未明に、こんなに強い意志を感じて、感動していた。そのためにも、未明を守ろう!そう決意した。
「私もジムに通うようにする。」
「でも社長に通ってはダメって言われてるんじゃ!」
「気にしないよ。どんどん挑戦していくのがアイドルでしょ。それに特撮ものの仕事で、アクションを身につけなくちゃならないんだし。でも一番の目標は、あの内藤を思いっきりぶちのめす事」
あたしは、思いっきり拳を突き出した。
「あいちゃん、ありがとう」
未明も拳を突き出し、私の拳に合わせてきた。
「私、実はこの後ジムに行くんだぁ」
未明がおもむろに口を開いた。よく見ると未明の肩には、タイガー柄のフリルのついた、ちょっと挑戦的な大きめのショルダーバックから、フィットネスウェアっぽいものと、グローブが見えていた。
私服で着ている、シックなサーキュラースカートワンピとは対照的な感じがした。
あたしといえば、半袖のパーカーに先っぽがフリルの短めのスカートパンツを履いている。春先で、まだ寒いかなと思うが、ファッションは気合いだから。この私服で、ボクシングができないこともないが。
「あたしはジムに行くってわけで用意してたわけじゃないけど、ジャーン」
あたしはショルダーバックから、例のヘビウーマンの衣装を取り出した。
「それ撮影のじゃない?」
「これ着ると、気合い入るから、アクションの練習する時にって、今は使っていない前のものをもらったんだぁ」
「それでジム行くって勇気あるよね」
未明は引きつりながらの笑顔だった。
ビートアップボクシングの前にきた時、あたしのスマホが鳴り響いた。着信画面の名前はゴンザレス社長だった。あたしが電話に出るといきなり社長の声で
「あいちゃん、あのジムにいるでしょ!あそこは言っちゃダメよ。」
なんでわかったんだ!テレパシーか?透視能力か?
「あんなところで、ボコボコにされたら、もうアイドルはできないのよ!」
もうこうなったら、やぶれかぶれだ。
「社長!あたし、アクション女優になります。ここにいる未明と一緒にハニー柴の女子ボクサー映画のオーディションに出ます。」
「えっ」
未明は驚きで、声にならない声をあげていた。
「未明もここのジムに通っているので、私も一緒に通わせてください。」
「あいちゃん、ひどい!社長には内緒にしているって言ったのにぃ」
未明が電話をしている私の隣で涙ながらに訴えてきた
なりたい夢もあるので、その前でウジウジしている未明にイラっときたあたしは、電話から顔を離して、未明に対して
「アクション女優になりたいでしょ。どうやって夢叶えるつもりだったの?」
あたしの言葉に未明は一言も言えずにただ黙っていた。
受話器の向こうからは社長が
「アクション女優になるって、どういうこと?」
社長の電話を思いっきり無視して、未明に対して、あたしは啖呵を切った
「夢を叶えるには、それをぶちまける勇気が必要なんだ!芸能界で夢叶えるんだよ。いっぱい周りを巻き込んで、ウェーブを巻き起こすんだよ。」
あたしと未明の言い合いを、電話越しに聞いていたゴンザレス社長が、
「ちょっとぉ!未明がそこにいるの?未明を電話に出しなさい」
あたしは、未明の目の前に、スマホの着信画面を近づけて、
「どうする?」と迫ってみた。
「ここでアクション女優になりたいという夢を宣言できるのは、ある意味チャンスなんじゃない?」
電話越しでは、待ちきれなくて、パニックを起こしている社長が
「早く未明を出しなさい。」
未明はそっと手を出して
「あいちゃんスマホ貸して」
あたしは未明に電話を渡した。未明は大きく深呼吸して、ゆっくりとスマホを耳に充てる。
「社長、今まで言い出せなくってごめんなさい。私、ハニー柴に憧れていて、アクション女優になるのが夢だったんです。女子ボクサー映画のオーディションを受けてみたいです。」
未明の決意が真に迫っていたのか、社長の声は真剣になって
「本気なのね。未明…」
「はい」
「あなたは、清楚な役が似合うと思って、仕事を振っていたけど、やる役やる役輝きがなかったのよ。」
「私輝いてなかった…」
「人は本当にやりたいことでなきゃ輝かないのよ。」
「私、アクション女優として輝いて見せます。」
未明は、泣きながら電話で決意を表明していた。あたしも、もらい泣きしそうになったくらい、胸に迫るものがある涙だった。
「未明、夢叶いそうで良かったじゃん」
未明が通話ボタンをOFFにすると、スマホのホーム画面が出てきた。それをみて未明が
「あっ」と何かに気づいた。
「このアプリのアイコン。私のスマホにも知らない間に入っていたんだけど…」
未明からスマホを受け取ると、未明その不気味な笑いを浮かべたデザインのアイコンを指さした。
あたしは、わけがわからないものは、イライラして嫌いなので、押しちゃえ!ってそのアプリのアイコンを押したら、スマホ画面がいきなり地図になった。
「これ、ここら辺の地図じゃない?」
未明が地図を見ながらビートアップボクシングジムという文字を指差す。そしてその上には、丸で囲まれたあたしの写真のマークが乗っかっていて、”あいを追跡中”の文字が。
「これ、追跡アプリ?私が追跡されているってこと?社長が勝手に入れたんだなぁ。だからここの居場所がわかったんだぁ」
「ってことは未明のスマホは、ストーカーに追跡されてるってこと?」
未明は青ざめて、固まってしまった。
ROUND4
「あれ、私のお気に入りのコロンがない!いつもロッカーに入れて置くのに」
ビートアップボクシングジムの更衣室で、背後から未明の驚く声がした。振り向いたら未明が唖然とした感じで立ちすくんでいた。
さっきまで、未明はフィットネスウエアに着替えながら、"honey shiba fight"とデザインされたトップスが、ハニー柴のプレミアムTシャツなんだって楽しそうに自慢していた。ハッピーな気持ちは一転して、コロンがないことに全て打ち消されてしまった。
「私、ジムに来た時と、帰る時にコロンをスプレーするの、最初と最後にしておけば、汗の匂いが完全に抑えられると思って、」
あたしはピンと閃いて、
「きっと、内藤が持っていったんだよ。トレーナーだったらこの更衣室のロッカーキーのスペアとか管理してそうだもん。きっと夜な夜なコロンを嗅いで、未明のことを思っているんだよ。」
「ヤダァ 気持ち悪い!」
「もしかしたら、コロンの容器を舐めたり、どんな変態行為をしているかわかったもんじゃんない。」
というあたしの言葉は、未明にものすごくおぞましいものを想像させてしまったらしい。
女の敵!と感じたあたしは、
「内藤絶対に許せない!」
と怒りエネルギーを体の中から爆発させ、その勢いで、更衣室を飛び出しトレーニングルームに走り出した。内藤を叩き潰してやりたかった。だがトレーニングルームのに入ったとき、リング上で、誰かがすでに内藤をノックアウトしていた。突き上げられた左手が内藤のボディに突き刺さり、内藤は手をだらんと下げていた。しかもノックアウトしたのは、女の子であたしより小さい。褐色の肌をしていて、アフリカ系に見えなくもないが国籍不明といった感じだ。
女の子は左手を引くと、内藤はマネキン人形のように、だらんとマットに沈んだ。
「ワタシはキラってんだ、今度ワタシん事をちびって呼んだら、容赦しないからな」
マットに沈んだ内藤に対して、その女の子は啖呵を切っていた。
ちっちゃくても、内藤を倒せるんだぁ。今リングの中で繰り広げられたのは、あたしに
とって希望の光だった。泡を吹いて倒れている内藤を見て、あたしも倒せるようになりたいと思い。
「あたしにも、内藤を倒す方法を教えてほしい」
とリングに上がり、小さい女の子キラに頼んでいた。次の瞬間、あたしのボディを鋭いパンチが貫いた。
「このパンチを教えて欲しいのかぃ?」
内藤にもらったパンチよりも、鋭くて効く!でもこのパンチ以前にも食らったような。悶絶寸前のあたしは、頭の中で過去を探り始めた。
「こいつ、サンダーサナっ!」
「そうさっ!ヘビウーマンのおばさん」
特撮の撮影の時は、仮面をしていたのでわからなかったけど、こいつがサンダーサナの中身なんだ。23歳のアイドルのあたしに対しておばさんはムカつくけど、それどころではない、あたしては、またしても悶絶しながら、マットに崩れた。
「あんた、内藤より強いかもよ」
「えっ」
「内藤はワタシのパンチ喰らって、病院送りになるみたい。」
倒れたままの内藤の周りに何人かの人だかりができ、そのうちの一人が
「救急車!」と叫んでいる
「あんたは2度あのパンチを喰らったのに、病院送りになっていない。」
あたしのボディは内藤より頑丈なんだ。鍛えればもっと頑丈になって、あいつを倒せる可能性がある。そう思うと、希望の光がますます強くなってくる。でもお腹の苦しみはじわじわ効いてきて、あたしは、リングで崩れたまま動けない。そんな苦しみの中にいる。あたしに、キラは顔を近づけて、
「あんた、内藤にリングの上でやられたろ!」
キラは内藤とグローブを交えた時のあたしを見ていたんだ。
「ワタシも内藤がムカつくんだよ。だからボロボロにしてやりたい。」
そこはあたしも強く共感する。
「もしも、あんたみたいに、ちっちゃくて弱い素人女子に内藤が負けたら、内藤のプライドがギタギタになると思わないか?」
内藤をギタギタにしたい。あたしは死ぬほど思った。自分が死にかけているのに関わらず。
「だからワタシがあんたを鍛えてやるよ。二人で内藤をギタギタにしてやろうぜ!」
「お、おねがい、します…」
「だったら、悶絶してる暇はないぜ、すぐにヘッドギアつけろ、スパーで実戦を積む」
キラはあたしの頭にヘッドギアを投げつけた。ヘッドギアをつけるってことは、顔面
への攻撃の特訓もあるってこと?いやあたしはアイドルあいちゃんじゃない。アクション女優あいちゃんなんだ。顔の傷だって勲章になるってもんだ。
キラは立ち上がって、上から目線で悶絶しているあたしを見下ろし。
「二人で内藤を地獄に送ってやろうぜ!」
と放った。
壁に設置してある、デジタルのリングタイマーが、試合の始まりの音を告げた。
あたしとグローブを交えるのはキラだ。ここから内藤を倒すための特訓が始まるのだ。
「実践で、内藤を倒せる技をキラから盗んでやる。」
そう思いリングに立ったあたしだったが、あたしに向かってくるキラはものすごく早い。
その動きに、恐怖を感じるのだった。
ROUND5
その日は朝からSNS動画「あいちゃんねる」の撮影が入っていた。あたしはインフルエンサーなのだ。でも、登録数も再生数もいいねの数も圧倒的に少ない。知っている人の方がレアな動画だ。知らない人はいないくらいのチャンネルになりたいよぉ
今日は生ライブ配信。早速来たコメントには「あいちゃん、目の周りのアザは、どうしたんですか」と
そう、あのキラにやられたんだ。リングでのキラはものすごい早い動きで、あたしの懐に入り、鋭いパンチで、あたしのボディを滅多刺しにした。あたしは耐えきれずに、顔のガードをおろしてしまった、そこに顔を目掛けてパンチが飛んできた。その結果がこのアザ。内藤を倒すために、致し方ないが、芸能界を目指すものとして、このアザは痛いなぁしかも、今日はネットで晒してしまうことになったんだから。
そうだ、またあいちゃんのひらめき、このアザを使って宣言をしちゃおう。そうしたら登録者数増えるかも。
「今日も見てくれてありがとう、あいちゃんだよ。みんなに重大発表があります。アイドルを目指していたあいちゃんは、この度、路線変更をして、アクションスターになります。」
あはは、宣言してしまった。どんなコメントが流れてくるのか、楽しみに待っていると。
「えーっアイドルのあいちゃんの方がよかった」
「体鍛えて、ムキムキになるの?そんなあいちゃん見たくない」
やばい、少ない登録者数がますます減っていくぅ、編集でなんとかなるわけないか、生ライブだし。宣言無かったことにはならないよなぁ。
でも「あいちゃんのアクション見たいかも」って嬉しいコメントも、アクションやって変わったら、新たなファンが増えるかも。
「さて、今日はアクション女優になるあいちゃんに相応しく、忍者屋敷アトラクションに来ました。なんとこの街、南北方町は、町おこしのため、町全体をアミューズメントパークにするという動きがあり、その中にあるこの忍者屋敷サスケing で、あいちゃん、忍者として暴れ回りまぁーす。」
忍者屋敷に相応しく、あたしの衣装もセクシークノイチの格好で、襟元にかっこよく赤いラインが入っている、黒を基調としたデザインだ。手甲、脚絆もつけて、自分で言うのもなんだけど、バッチリ決まっている。忍者みたいに素早く動けそうだ。ヘビウーマンの衣装といい、忍者といい、あたしは着る衣装に、影響されやすくなるんだろうか。
今日のロケにはサスケingのスタッフ真田さんは忍者衣装を着こなしている。さすがは忍者のプロ?案内役をやってくれる。あたしはチャンネル視聴者に真田さんを紹介した。
「真田さん、サスケingは、忍者屋敷を攻略するアクションゲームがいろいろあるのですが、第一の関門ゲームはなんですか?」
「第一の関門は、巨大忍者ロボ”ぶん回しくん”を突破せよ!です。」
2メートルくらいある、図体のでかい忍者の格好をしたロボットが、腕をぶん回している。
「この腕のぶん回し攻撃を避けて、ぶん回しくんのお腹にあるボタンを押して、ぶん回し君を停止できたら、ミッションクリアです。」
「真田さんの説明で、ぶん回しくんのミッション内容わかったかなぁ。じゃぁ、あいちゃんVSぶん回しくん、始めるよぉ。」
スタートの法螺貝の合図があると、いよいよぶん回しくんが動き出し、巨大な腕をブンブン振り回し始める。
「パンチは迫力ありそう…」
と思いながら怯みたくなったが、カメラも回っていることだし、ここは、かっこいいあいちゃんを見せないと、新たなアクションファンができない!そう思い、半ば痩せ我慢的にファイティングポーズを構え、ぶん回しくんに向かっていった。
実際近づいて、ぶん回しくんのパンチをスレスレで受けたら、やっぱり怖いという恐怖が芽生えて、逃げてしまった。その時あたし頭の中で特訓してくれたキラの声が、響いた。
「背の高い奴がパンチを繰り出してくる時は、パンチが届かないところまで屈むんだ。足を使ってパンチを避けながら、隙を見つけて、相手の懐に潜り込む。そうしたら、相手の長い腕のリーチを殺せるから、こちらからボディブローを叩き込む。」
足を自由に使えるようになるために、ジャンプスクワッド1000回、ニーアップ1000回をやったんだ。絶対ミッションクリアしてやると、決意した瞬間、ぶん回しくんのパンチへ恐怖が薄らいだ。今だ!と思った。相手の動きをよく見れば、キラよりは遅い。これはいけると思った。
パンチが大ぶりだから、ギリギリまで引き寄せて、当たるという瞬間に、背をかがめれば隙を見つけられる。そう思いパンチがきた瞬間に素早く、忍者みたいに低姿勢になった。ぶん回しくんの腕は思い切り、あたしの頭の上を通過して振り抜いたので、腕がこちらに戻ってくるまでにボディはガラ空きだ。走りまくって、お腹の前まできた。ボタンは目の前にある。そこへ右ストレートパンチを放った。キラとの特訓で、パンチ力が増したのか、ボタンとともに、ぶん回し君の体を貫いてしまった。ぶん回し君は煙を出して爆発してしまった。
ぶん回しくんゲームの担当者が、あたしのところにすっ飛んできて、
「なんてことしてくれたんだぁ!これ作成するのに何千万もかかったんだぞ。」
とんでもないことをしてしまったが、この経験で、あたし内藤倒せるかもしれないという思いが確信に変わっていった。
ROUND6
あたしはキラにしごいてもらい、鍛え上げて、ボディも強くなっていった。
「これで内藤のへなちょこパンチなんて怖くない!」
その証拠に、ヘビウーマンのアクションの撮影の時、サンダーサナに扮するキラのボディパンチを受けても、平然としていられてセリフやポーズを決めることもできたのだ。監督はびっくりするやら、感心するやらで、あたしの女優魂を褒め称えてくれた。
私のお腹は立派なシックスパックになっていた。そこにスマホを挟んでスタンドにできるくらいだ。寝っ転がって、スピーカーで話すのには都合がいい。
「おっはよー」
あたしはアクション女優になりきるため、ストリートファッションで決めていた。ノースリーブの黒のパーカーに、蛇柄のショートパンツ。ヘビウーマンをやってから蛇とか爬虫類が好きになってしまったのかもしれない。数日前なんか、散歩していた時。ペットショップのウインドウに出ていたトカゲ、サラマンダーを買ってみたいという衝動が抑えきれなかったことがあった。
そんな自分に”カッコイイぃぃ”と酔いながら、意気揚々と出勤した。
朝早すぎたから、誰もいない…はずだった。
事務所の奥から、女のすすり泣く声がした。
一瞬、ユーレイ?と背筋が凍りつく思いをしたが、その声の主は、未明だった。
「未明!どうしたの…」
「あいちゃん。私、もうダメかも?」
例のストーカーの件だなとピンと来たあたしは、社長が来る前に、未明を近くのカフェ邂逅舎に連れ出した。
カフェラテのストローを加えているあたしに、向かいに座っている未明は自分のスマホの画面を私に見せてきた。
「これ、ストーカーが送ってきたの。」
「これ未明のマンションの部屋じゃん。」
「私怖くて、昨日は家に帰れず事務所に泊まったの。」
道理で未明の服装が昨日と同じだと思った。昨日、いつも清楚なワンピの未明には珍しく、パンツスタイルだった。アクション女優を意識してか動きやすいカッコにしたのかなと思ったのを、あたしは覚えていた。
「そういえば、病院送りになった内藤がそろそろ退院したんじゃないかと思って、警戒はしていたんだ。」
午後からは仕事がないので、あたしはジムに顔を出していた。まだ内藤はあの病院送りの一件からジムには顔を出してないらしい。
目の前にいるキラに、未明のことを話し、なんとか早く内藤を倒したいことを伝えた。
「内藤のパンチを素早くかわす、最終特訓に行くか」
「最終特訓?」
「ヘビウーマンのおばさんは、内藤を気絶寸前まで行かせるパンチ力を持っている。だから、内藤のパンチを掻い潜り、懐の潜り込むところに、勝利のカギがある。そこまでいけば、得意のパンチ力で、思いっきり内藤を殴ってやったらいい。あいつはボディが弱いから、すぐ根を上げる。」
おばさん呼ばわりはむかつくが、キラの言うことは、納得できる。
「死ぬかもしれんぞ」
「死ぬ?」
あたしは、全身から冷や汗が吹き出しそうになるくらいビビったが、今までキラについてきたんだ、とことん最後まで行ってやるぜという気持ちでいた。
キラとあたしは、ジムを出て街を歩いていった。どこに行くんだろうと思っていたら、バッティングセンターだった。
「ホームベースの後ろに立て。」
バットを構えて、バッターボックスに立つのではなく、キャッチャーの位置に立てという。キラはネット横のコインを入れるところに、500円を入れてスタートボタンを押した。すると私目掛けて、豪速球が飛んできた。あたしは一目散に逃げた。
「逃げるな!ボクシングのディフェンスでよけろ。ボールをパンチだと思え!」
キラの怒声が飛んでくる。
「マジで?」
あたしは、ホームベースの後ろで、半身のファイティングポーズを取った。
「ボールをギリギリまで引きつけ避ける。」
そんな無茶なぁという恐怖の叫びと、やってやろうじゃんという向かってく気持ちが入り混じっているあたしに、第2球目が刻一刻と迫ってくる。我慢できなくなりへっぴりごしで、後ろに逃げてしまう。
「違う!頭を下げながら体ごと前へ突き出し、次の攻撃に備えるんだ。」
キラの言葉から、イライラしているのが感じ取れる。なんとかものにしなくてはと焦るあたしに、ボールは容赦なく飛んでくる。勇気を出して、前に出るようにする。そして打球が頭上を通過した瞬間、ワンツーを繰り出す。慣れてきて感覚を掴めてくると、気持ちが前に出ているのか、いつの間にかホームベースの前に立って、そこでディフェンスをしてた。
「次のボールから、パーリングだ。来たボールを手で弾いてみろ!」
手で弾けなかったら、顔に直撃するってことか。
ボールが来た瞬間、手で弾くより、逃げてしまった。
「恐怖心を克服するんだ。内藤を倒すんだろ?」
そうだボールは内藤のパンチだ。あの鞭のように伸びてくるパンチを払ってやるんだぁ
次に来たボールに対して、ものすごく憎しみの感情が生まれた。すると思いっきり見てやるって気持ちが生まれて、ボールを睨みつけた、そして私の左手の拳あたりに来た時に、ジャブで払い落としてやった。
「できたぁ」
次のボールも、手で払おうと思ったら、腰の上あたりに来て、構えた手で払うことは不可能だった。もうこうなったらやぶれかぶれだ、あたしのシックスパックの威力をみてみろ!と腹に思いっきり力を入れ、私の全細胞を集中させ、腹でボールを受けた。今まで食らったボディのどんなものよりも、耐え難かったが。キラも、尋常でない状況に動揺を隠せないでいた。
「だ、大丈夫か?」
キラは慌てて、ピッチングマシーンを止めた。
あたしの膝はガクンと落ちた。もう精も根も尽き果てた。
「未明をストーカーから守るために、もっと鍛えなきゃ。」
あたしは崩れ落ちながら、悔し涙を流した。拳はグラウンドの土を思いっきり握りしめていた。
どうやら、立ち上がってジムに帰る頃には、夕方になっていた。キラに支えてもらいながら、あたしはなんとかジムに帰ってきた。
ジムの入り口には、未明が立って待っていた。
「あいちゃん。どうしたの?」
身も心もボロボロのあたしをみて、未明が心配してきた。
「もう、私のために、無茶な特訓するのやめて」
「なんだ、知ってたのか?」
キラとの特訓のことは、未明には言わずにやってきた。でも、密かにみられていたとは
うっかりだった。
「それより、未明、ストーカーから連絡があった?」
部屋にまで入ってきたストーカーだ、猶予はならないと思っていたので、あたしはメールが気になっていたのだ。未明は、あたしの目の前に。スマホのストーカーからのメッセージ画面を出した。そこには、”みあちゃんが、いつも梅の木公園でシャドーボクシングをしているのを知ってるよ。僕も参加しちゃおうかな」というストーカーの、思わずきもって叫びたくなる一文があった。
「未明、そこに返信して。”今夜、一緒にシャドーするの楽しみ”って」
「えっ?」
あたしは決意するように言った。
「今夜、その公演が決戦場所だ!絶対あいつに地獄を味わせてやる。」
ROUND7
梅の木公園夜8時、ここは未明のマンションからの近くの公園で、広さ的にも、そんなに広いわけではないが、遊具が何個かあって、余計狭い感じがする公園だ。電灯が、以前はいくつもあって、夜も明るかったのだが、最近は全てをLED電球の電灯に変えるため、工事のよって、すべての電灯が取り払われている。なので公園の中は月明かり以外は周りに立っている4階建てのマンションの窓灯りがちらほらあるだけだ。闇に紛れたら、誰がいるのかもわからない。
「みあちゃん、みーつけた!」黒いパーカーのフードを深く被って顔がわからないようにしていた、男が抱きついたのは、未明と入れ替わった、あたしだった。
あたしも黒のノースリーブのパーカーを被っていて、しかも闇に紛れるように、出ている肌に、黒のレギンスを着ていたので、誰だかわからなかったのだろう。後ろを振り向き
フードを脱いで
「ざーんねーん、あいちゃんでしたぁ」
と正体を明かし、男の間抜けづらをみてやろうと思った、
やっぱり、ストーカーは内藤だった。これで未明の不確かな思いは。確証になったわけだ。それにしても闇に紛れてたとはいえ、あたしと未明じゃ、身長差があるだろう。体つきで、違いがわからなかったのか?このバカ男は未明の顔だけしか見ていなかったと言うことか。どうりで未明から借りたスマホで、あたしが打ったメッセージにも関わらず、未明だと思いまんまと誘い出されるわけだ。
「やっぱり、お前か、誘い出すために、スマホも変えて、入れ替わってったんだ…」
もっと、こいつのバカっぷりをいっぱい言ってやろうと思ったのだが、あたしがセリフを言い終わる前に、頭に血が上った内藤は、私のボディ、しかも急所であるレバーにボディアッパーを入れてきた。かなり不覚だったので、私のシックスパックに力が入ってなく、モロにダメージを喰らった。
息ができない苦しみに、お腹を抑えてうずくまるしかなかった。
「今度は顔を殴ってやろうか」
うずくまっているあたしのポニーテイルを鷲掴みにして、持ち上げ
「今度は、顔を殴ってやる。ボコボコにしてアイドルなんて、できないようにしてやるよ。」
あたしは、口の中から内藤の顔に唾を吐いた。
「うわっ、汚ねぇ
あたしのポニーテイルから手を離した内藤は顔についた唾をぬぐい始めた。地面に落ちたあたしに対して、怒り心頭になった内藤は、足であたしの腹を蹴った、呻き声を上げるしかなかったその時、あたしの背後から声がした。
「あなたの、狙いは私でしょ。あいちゃんを放しなさい。」
未明の声だ。
「未明なんで、ここに来たんだ。危険だから来るなって言ったのに。」
と息も絶え絶え私は叫んでしまった。
「だって、あいちゃん一人でなんて、心配だったから。」
未明を見つけた、内藤は顔がだらけてしまって、
「ミアちゃーん!」と
未明の方に走っていった。未明は、最初はファイティングポーズを構えていて、パンチを繰り出そうとしていたが、内藤が迫ってくるにつれて、「きゃあ」と悲鳴をあげて逃げていった。それを追う内藤、その状況で未明を助けられない自分が歯痒い。
「くそーっ」
内藤が、未明の腕を掴んだのが、あたしの視界に入った時、あたしはシックスパックに力を入れ、身体中の細胞に”立ち上がれー”と命令して、なんとかファイティングポーズを取ることができた。
「お前の相手は未明じゃない。あたしだ」
内藤が、あたしの声に気付き、こちらを向いた
「みあちゃーん、待っててね、こいつをぶっ倒してから、一緒にシャドーやろう」
内藤がこちらに向かってきた。
「本当に腹たつちびだなぁ」
内藤は本気になったのか、いきなりパーカーのジッパーをおろし、脱ぎ始め、上半身裸になった。内藤の筋肉はキモい以外の何者にも見えなかった。というよりあの腹にパンチをぶち込んだら、エクスタシーが得られるかもしれないと思ったら、私の魂が震え上がった。
「変なもの見せつけやがってこの変態!そのボディぐちゃぐちゃにしてやるぅ。」
自慢の筋肉をけなされたと思ったのか、あたしのセリフが内藤の怒りに火をつけたらしい。容赦無く内藤の鞭のようなジャブ、フック、アッパー、ストレートがあたし目掛けて飛んでくる。最初のうちは、体をかがめたり、翻したりしながら、パンチをかわせたんだが、怒りのパワーが倍増したせいか、スピードが早くなっていき、体を折り曲げ、手で上半身をガードするしかなくなってきた。この状態では相手のパンチは見れない。あたしのガードの上からパンチの雨が竜巻を伴いながら縦横無尽に襲ってくる。その勢いで、体が後ろ押されていく。
「こいつにはこんなパワーがあったのかっ!、あたし、耐え切れるだろうか」
そんな弱気なことが頭をよぎった。その時、後ろにある右足の踵に、何か固いものが当たった。
あたしは鉄棒を背にしてしまったのだ。これではコーナーに追い詰められたようなものだった。
ROUND8
「ほら!追い詰められたぞ!そのガードもいつまで保つか楽しみだな。ガードが落ちたら、俺のパンチが顔面に炸裂するぜ。」
内藤の憎ったらしい声が、あたしのガードの向こうから容赦ないパンチと共に聞こえてくる。
息が上がってきて、体がいつまで保つかわからなかった。体を丸めてのガードだから、肘でボディを守っていたが、その肘をすり抜けて、ボディジャブが入ってくる。一発一発はそれほど効きはしないが、じわじわとあたしのボディを攻め立てる。くそぉーどおすりゃいい?あたしは心の叫びをあげた。
無数のパンチを打っている内藤は、疲れを見せていないようだ。トレーナーやってるだけあって、あたしみたいな小娘に対してだったらスタミナで負けないのだろう。あたしは、キラとの特訓をして、前よりは体力がついたが、このデケェ筋肉お化けには、勝てないのだろうか。そんな弱気なことを考えていたら、神様はいるのを実感した。頭の中に突然閃光の如くすごいアイディアが降りてきた。
鉄棒はリングのロープじゃない。ロープだったら、4本のロープ貼られているから体の逃げ場はないが、鉄棒は上にバーが一本あるだけだ。つまり下はガラ空きということだ。一か八かやってみるか。あたしはガードを下げるフリをして、内藤のパンチを誘った。
案の定内藤は右ストレートを放ってきた。あたしは内藤のパンチを顔の前スレスレまで誘った。
あの、バッティングセンターでのギリギリまでボールを待って避ける訓練が役に立った。ボールより内藤のパンチは早くない。だから怖くない。
顔の2-3センチ手前まで、パンチがきたところで、あたしは、膝が地面につくかつかないかぐらい姿勢で、バーのよりも頭を下に持ってきた。この時内藤のパンチは私の頭上を飛んでった。
あたしは前足で大地を蹴って体を後ろ側に動かし、バーの下に体を滑り込ませ、鉄棒の後ろに立った。
内藤の拳は軌道修正できないまま、すごい勢いでバーに激突した。
「いてぇーっ」
内藤はものすごい叫び声をあげた、骨でも折れたんじゃないか?手を思いっきり振り、なんとか痛みを取ろうとする内藤に対し。あたしは公園の細かい土を掴んで、内藤の顔目掛けて、思いっきり投げつけた。
内藤の目に大量の砂が入ったのだろう、目を押え喘いでいた。あたしが次の攻撃に何を仕掛けてくるか。わからなくて怯んだのだろう。中腰になって、後ろにヨタヨタと下がっていった。
だが、下がった先が良くなかった。内藤の股間の下には、シーソーの下がった方があった。そして、上がった方には未明がいた。未明はシーソーの上がってる方を、足で思いっきり踏んで下げた、すると内藤の股間下にある。シーソが上がり、内藤の股間を直撃!きっと内藤は、拳に、目、そして股間、自分の痛みで、パニックになっているだろう。体をディフェンスで防御するどころではなく、隙だらけになっていた。
「ナイス!未明!」
未明が与えてくれたチャンスを逃してなるものかと感じたあたしは、ダッシュで内藤の懐に踏み込んだ。
そして、サンダーサナから頂いたというか、パクった決め台詞「この一発で、地獄に行っとく?」を叫びながら、左のボディストレートを放った。パンチは内藤のレバーをえぐった。
あたしは、またとてつもないエクスタシーを感じた。
内藤と最初に会った時に放ったあたしのパンチは、内藤を気絶寸前に追い込んだが、今の私のパンチはさらに磨きがかかっている。それに伴って、エクスタシーも以前の何倍も気持ちいい。あたしは結構なドSなんだなと、自覚せざるおえなかった。
さあ地獄の苦しみを味わえ!内藤!さっきのお返しを何倍にもして返してやった。
「この一発で、地獄に行っとく?」という決め台詞をいった以上、一発で決めた方が、無敵のヒロインぽくってカッコいいのだけど。あたしの中のエクスタシーを求める欲望が止まらず、もう何発でも殴っていいかなぁと、内藤の腹に連打を入れ続けた。一発打つたびに、私のエクスタシーがたまらんという風になるので止められないと思っていると。
「あいちゃん、もうやめて、内藤死んじゃう」
という未明の言葉があたしを止めた。
あたしが、パンチを引いて、ファイティングポーズに構え、ステップを前後踏んでいると、内藤が崩れ落ちた。
「一応、救急車呼んだ方がいいんじゃない?私、一応呼ぶね」
と未明がスマホをかけてしまった。
救急車が到着した時、付き添いに誰か来てくださいと言われたが、私と未明は、通りすがりで、倒れている人を見つけただけなんで、と言って、その場を逃げた。プライドの高い内藤だから、死んでもあたしにやられたとは、言わないだろう。
あたしのボディストレート、ハニー柴に見てもらいたかったなぁ。そしたら、オーディション受かったかも。とそんなことを考えうっとりとしていた。
未明は、あの公園での一件以来、あたしの前にも、事務所にも姿を見せなくなった。
FINAL ROUND
内藤を病院送りにしたい!という夢が叶ってから、あれから未明には事務所でもジムでも会っていない。マンションにも尋ねてみたが、いないようだ。内藤は、すぐ退院したらしいが、あたしに負けているようじゃ、ジムにも顔を出せないのでいるのではないか。
あたしは、例のハニー柴の女子ボクサーオーディションに向けて、トレーニングに励んでいる日々を送っていたのだが、久しぶりに未明からスマホにショートメッセージがあった。
ジムで待っているとのことなので、久々に未明に会えると、喜びいっぱいでジムに行ったわけだが。そこで未明と衝撃の出会いをすることになる。なんとリングの上には未明が立っていた。しかも今までセミロングだった髪型を女子ボクサーのようにトレッドヘアにして、ウェアもタイガー柄のターザンのようなトップスとボクシングスカート。清楚な感じから、ワイルドウーマンに変貌したような感じだ。
タイガー柄なのは、ハニー柴の映画の主役の女子ボクサーがタイガーミサキというキャラが、虎のような獰猛でありながら気高いファイターという設定なので、そこからきているようだ。役になりきってる。
「さあ、狩りの時間だ。」
未明はタイガーミサキの決め台詞を吐いて、ファイティングポーズをとった。
隙がない構えと、ぶれていない体感はどこから打ち込んでも強力なカウンターを喰らってしまうんではないかと思えるほど。こんな未明を相手にしたら相手は震えが止まらないだろうな。公園で「きゃあ」と悲鳴をあげて、逃げていった未明とは別人に見えた。
そして哀れな、未明の対戦相手は、内藤だった。
未明がメッセージで、”一緒にリングで戦いませんか”とハートマーク付きで内藤に送ったら、ホイホイ出てきたらしい。内藤も未明のあまりの変貌ぶりに、驚きを隠せないでいる。しかも、未明も悪女だ。”私に勝ったら付き合ってあげる。”とメッセージの最後に書き込んだらしい。絶対内藤と付き合う気はないから。勝てると見込んでいるんだろう。でもどうして、強くなった?
その答えがやってきた、キラが入ってきたのだ。
「未明を1ヶ月、ワタシの秘密特訓ジムで鍛えたんダァ」
「えっ?秘密特訓ジム?あたしにも、そんなの教えてくれなかったじゃない。」
「あんたには、内緒で鍛えたいっていうもんだからさぁ。泊まりがけで彼女、特訓を受けたの。」
「なんでまたぁ、あたしに内緒なの?」
「なんでも、あんたが公園で、内藤を倒しちゃう姿が、ものすごくカッコよくて羨ましかったんだってぇ」
「いや、それほどでも…」
あたしは、いつも未明のスタイルを羨ましいと思っていたから、そんな未明から羨ましがられるなんて、思わずニヤけてしまいそうだった。
「で、未明は内藤から逃げてしまったんだろ。その格差がとても悔しかったらしく、このままではハニー柴のオーディションはあんたに負けてしまうって思ったらしかったから、死ぬ気で特訓しようと思ったらしい。」
「へぇーあたしが、未明に火をつけたんだ。」
「でも彼女、あんたよりボクシングの才能あるんだわ」
あたしはさっきまでの天にも昇る気持ちだったのに、その言葉で一気に落とされた。
「ワタシのこのアザ見てぇ。」
よくみると、キラの目には青アザができていた。
「どうしたの?」
「未明にスパーでやられた。まあノックアウト寸前まで追い込まれたんだけどね。」
「あたしだって、スパーの時にキラにパンチを当てたことないのに、しかもあたしより特訓期間が短い、1ヶ月で、キラをKO?」
「今まで、その才能が発揮できなかったのは、独学でやっていたか、トレーナーが悪かったからか。教え方一つで人は才能を発揮し始めるんだよ。」
キラの未明の変貌の秘密を聞いて驚いている瞬間に、未明のボディストレートが決まって、内藤がロープにもたれかかってダウン寸前だった。そこへ、未明のラッシュが内藤を襲う。
「狩って!たのしーい」
未明は、笑いながら、上下のパンチのラッシュで、内藤を追い詰めていく。
あたしの同類で、未明にも狩猟民族の血が流れているのかも、それともエクスタシーを感じているのか?
「あんた、私からコロン盗んだでしょ?」
未明から、暴露発言が出た時、内藤の動きが一瞬止まった。やばいバレたという感じだった。
「どうせ、私を思って、コロンをスプレーして嗅いだり、私の手垢がついているからスプレー缶を舐め回したりしたんでしょ?この変態」
変態発言で内藤は顔を赤らめた。こんなところで暴露されるなんて公開処刑だ。
「コロンはあんたにあげる。私はファイティングしている自分の汗の匂いが好きになっちゃったから、もうコロンで汗の匂いおさえる必要もないから。その代わり、私のファイティングな汗をいっぱい出すために、思いっきり地獄を味わってもらうわよ。」
内藤も、あたしに続いて、未明にまでやられるんだから、女子に次々にやられて、プライドはズタズタだろう。そのイライラからくる内藤のパンチは、未明に全て見切れていて、後ろ足を動かすか動かさないかの微かなバックステップとスウェーでギリギリでよけ、近い距離から長い腕で思いっきりのカウンターを繰り出すから、強烈なのが決まる決まる。
「まだKOされないでね。あたしは狩りで相手を弄ぶのが好きなの」
という未明のセリフ通り、内藤の入らない攻撃から、強烈なカウンターを出しちゃぁ、回り込んだり、かがみ込んだりして、内藤の目の届かないところに行ったと思ったら、目の前に飛び出してきて、フェイントを素早く連続で出し、内藤をそちらに気を逸させ、見えない位置から、強烈なボディを入れたりしている。長い足を前後左右自由に動かして、本当に弄びながら確実にパンチを入れて、じわじわ地獄に陥れているところが、オソロシイ。勝つというよりは、ストーカーの件で怖がらせた復讐をここで執行しているようだ。内藤はもう息も絶え絶えで、ガードすらあげられない状態。それに対して未明はちょっと不満そうに
「ざーんねん、もっと、地獄を見せてあげようと思ったのに、しょうがない、マットに沈めてあげるね。」
ガードがだらんと下がって膝が折れそうになり、前のめりになっている内藤に対して、未明は左フックでボディを突き上げ、さらに右アッパーで顎を突き上げ、その頭を上からの左のオーバハンドフックで突き落とした。
ドン!という音ともに、内藤は頭から崩れた。
未明は、弄ぶのに飽きた猛獣のように、マットに沈んだ内藤を見向きもせずにロープまで歩いて、リングを降りてしまった。
「キラに次いで、あたし、未明、3人の女に病院送りにされて、もう内藤ボクシングやめるかもしれないなぁ。」そんなことを思っていたら。いきなり
「カット」という聞き覚えのある声が。
その声の主はハニー柴だったのだ。
「未明さんのファイト、良かった!狩を行うタイガーミサキのイメージにピッタリ。」
そして彼女の横にはカメラマンと社長がいた。
「社長、これは…」
あたしは、ハニー柴と社長のつながりが分からなくて、絶句するしかなかった。
「ハニー柴は、私が、昔、役者を目指していた時の同期でね。」
「同期?」
「未明が、アクション女優になるのに真剣だったから、ワタシが呼び寄せたの。そしたら、二人が通っているジムで、スパーのカメラテストをしたいというので、未明に話したら、決着をつけたい人がいるから、その人とのスパーをやります。って言ってきたの」
「ちょっと待って、社長は、未明がいなくなった時、特訓をしていたのを知っていたの?」
「もちろん、でも、未明があいちゃんには黙っててというから、知らないふりをしていたのよぉ。ごめんね、あいちゃん」
「あたしだけが、知らなかっただけ?そんなぁ」
未明は、親友で、なんでも知っている仲だと思っていたのに、裏切られたというか、悲しい気持ちになっているあたしに、ハニー柴が声をかけた。
「あなたも、ボクシングやってるの?」
ハニー柴に声をかけられるなんて、チャンス。未明と同じ道を歩もうと決めてから、ハニー柴はあたしの憧れの存在になっていた。
「はい!あたしもタイガーミサキのオーディションを受けたいと思っています。」
「あなたのボクシングコスチューム、スネークライクデザインでかっこいいわ」
”スネークライクデザイン”ヘビのようなデザインのコスチュームとは、ヘビーウーマンのコスチュームだ。あたしはボクシングをする時はいつも、これでトレーニングしている。
「あなた名前は」
「あいです。」
「あいさん?素敵な名前ね。タイガーミサキはリング上では狩りをする猛獣になるけど、愛にも溢れたキャラクターでもあるの!そうだ、未明さんとあいさんで、リングで闘ってみて。WINになった方を主役、負けた方をライバル役にするってのはどうかしら。」
「あたしにもチャンスがあるってことですか?」
「チャンスは、みんなにあるわ、それをモノにできるかどうかはその人次第」
「あたし、やります。」
「あいちゃん、負けないわよ」
いつの間にか、あたしの横に立っていた、未明が、私に挑戦状を叩きつけてきた。
10分後、リング上、コーナーに立つあたしの向かいには、未明がいた。
中央で向かい合い、グローブを重ねた。
「あの、公園の一件から、あいちゃんと闘いたいと思っていた。私は内藤への復讐心より、オーディションに受かりたいという気持ちより、あいちゃんと闘いたいという気持ちを一番に抱いて、特訓してきたから。」
「その望みを叶えてあげて良かったと思うけど、あたしとグローブを交えたことを後悔することになるよ。」
「さあ、狩りの時間だ。」
「あたしの一発で、地獄に行くことになるよ。」
ボクシングタイマーが、試合スタートの合図を告げた。
End




