サンタは居る。
ずっとサンタクロースは居ないと思っていた。
心の底から。
そういう存在は、遊び心なのか信仰心なのか、はたまた現実に辟易しているのか、何なのかは分からないが人間が嘘で作ったものに過ぎない、と子どもの時から思っていた。なのにこの俺ときたら対、人となると、めっぽう信じやすくなる。おかげで、お金絡みでは相当酷い目にあった。所謂よくある「これだけ振り込んだら、これだけの額になりますよ」といった典型的な詐欺に引っかかった。騙されたと分かって尚も、そのお金を取り返すべく、消費者金融にカードローン、危うく闇金にまでコンタクトを取り金策に翻弄していた。結局、どこからも借りれはしなかったのだが。それもこれも薄々どっかでは分かっていた事だった。だが試さずにはいられなかったのだ。「闇金からは借りるな!」「ブラックリストに入れば、どこからも借りれない」それこそが嘘や思い込みで、実際は意外と優しかったり、審査に抜け道があったりするのではないか?経験してみる事で初めて、その説が立証される、そう思わずにはいられなかった。何より試している間は、これからの自分の立場や状況が好転する可能性が少なからず残されている、シュレーディンガーの猫でもある訳なので、不安や不満が幾許か軽減される錯覚にも陥っていた。だが当然、結果は違った。そこでやはり現実の冷たさと厳しさが骨身に沁みるほど理解させられた。そして思った。何故人は、どうだっていい取るに足らない、如何にもハッピーめいた事はでっち上げたままにするくせに、本当にあって欲しい事には「それはない!」と現実を突きつけてくるのだろう。嘘にしたい事と本当にしたい事とのバランスが、とてつもなく気持ち悪い。でも結果、人を守るために警鐘を鳴らしてくれている、それが優しさからくるものだって分かってもいる。俺が思ったのは所詮、ご都合主義の甘ったるい所感に過ぎない事なんだって。
ここ最近、床については窓の外の街灯から漏れる光で、暗い中であっても認知できる天井を眺め、このどうしようもない負の思考を繰り返していた
時だった。
時間にして一瞬、身体は硬直し、指先を動かそうにも動かせない。何だコレ!…金縛り?…なのか?くそ、動かせない。(というのは感覚としてある。言ってしまえば感覚だけ。何だコレ!金縛り?なのか?くそ、動かせない、といったシーニュは機能していない。つまり、言語脳が働いておらず、言葉たちの形や概念、意味内容は知覚していないため言葉すら発せないどころか、分かっていないという苦しい状態に陥っている)間、十秒弱。
何とか指先を動かし、その通りになった。脳からの伝達がきちんと行われた事を認識した上で、よし、回復した。と、言葉に出来た。何だったんだ、今の、気味が悪いな、よっぽど疲れているのか。
突如だった。
現れた気配のした窓の方を見る。
目を疑った。
そこに居たのは、漆黒と朱赤の入り混じったような外套を身に纏い、顔の上半分はフードで隠されていて見て呉れは完全に人だった。そして目を疑った、というのが、ここに起因するのだが宙に浮かんでいたのだ。
ん?は?当然の事ながら最初に浮かんだ疑問は、夢か?である。ほんの数秒前には考え事をしていたら急に金縛りにあった訳で…ただ、すぐに夢じゃない、と思えたのは、起こったことが断続的ではなく、継続的で然も、こうもはっきりと理解できている事だった。試しに、つねってみる。微かに、分類するなら鋭さのある痛みがある。べたに目を擦ってみる。やはり"なにか"は(この時の心情を明確に再現しているため、なにか、でこれからも通します)居る。今となっては、こうも身体を動かせていた事が不思議なくらいである。訳が分からなかったのは確かだが、そんな状況であっても、不思議と怖くはなかった。或いは、怖いのかどうかの感情が目前の信じ難い事実によって、バカになっていたのだろう。やがて"なにか"は右手を挙げ「やあ」と言った。
快活な声だった。得体の知れなさ具合が最上級に達している中、そのイメージから察せられるのとは、まるっきり逆の声音と態度に、面食らった。よって暫し沈黙したのち、「どうも」と答えた。普通なら会話とは呼ばないが、互いの声を交換し合い、これから重ねるであろう遣り取りの事を思うと、改めて、これが現実である、と認めると同時に、今までにない妙な気持ちを抱いていた。"なにか"は、ンフ、と神秘的な笑みを浮かべた後、いきなり本題に入った。
「君、欲しい物は、あるかい?」
色々、聞きたい事はあった。
先ず、誰で、何でそんな芸当が出来て、何処から来てエトセトラ…では終われない程、膨大に。
でも、何だか直感的に、質問に答えるべきだと、そう思った。だから、真っ先に浮かんだものを口にした。
「お金です」
お金。そう。結局は全て。全てだ。
いいえ、お金以外にも大事なものはあるでしょ?お金が無くても…#/&@!%°(ノイズ)。
黙れ。ほざけ。そんな塵芥みたいな事を抜かしてる奴あ、結局お金を大量に持っているから、んな事を言えるんだ。バッカバカしい。所詮分かり合えないんだ。持っている奴と持っていない人なんて。
とある詩を投稿するサイトに
心待ちにしている いつかの予報 金時雨
と、本心で投稿したくらいだ。
俺が、今の俺が、一文無しの俺が、今一番欲しているもの。そうだ。お金だ。これで良かったんだ。
お金です、と答えてから俺はありったけの想いと願いを込めて、一切の瞬きをすることも無く"なにか"をじっと見つめ続けた。
「了解」相も変わらず明朗な声で言った。続け様に
「では」とだけ言って、今度は左手を挙げた。
気が付くと朝だった。再び混乱した。昨日の事は寸分たりとも忘れていない、夢でないことも確か、では、そう言って左手を挙げた。俺からすれば一秒も経っていない、次の瞬間には…はぁ?だが今は朝だ、つまりまた何かをされたって訳だ、それだけが分かった。マジで何だったんだ、考えても分からない事はある。それから俺は、あの一夜を待った。来る日も来る日も待った。口座は三つあるのだが、その全部を、逐一、一日に何回もチェックした。それでも変わらなかった。あの夜は来なかった。"なにか"は現れなかった。一年は待った。あの日の事は正確に覚えていたから、この日に来なかったら、お金を手にする事が出来なかったら、もう今度こそ諦めよう。決めてから、あの日と同じように、あの日と同じような思考回路で、あの日と同じような姿勢で、何もかもが、あの日と同じになるように、あの日を追いかけた。
気付けば窓ばかり見ていた。思えば涼しい時期だったから窓は開けていたよな、そんな事を思った。俺は天井に目を戻すと、窓の外の街灯から漏れる光が、今度は必要のない程、空が明るさを取り戻しつつある事に気が付いた。そこではじめて悟った。
ああ、またか。
翌日、少ない睡眠から、無理矢理からだを起こした。
テレビを点ける。久々のめざましテレビ。うん、朝はやっぱコレだな、そう言って歯を磨く。洗顔まで終えて、机に向かう。もう何ヶ月も触ってないノートを開く。タイトルどうしようかな、ほんの少し考えて、いや最後にするか、俺は決意し、筆を走らせた。




