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小豆洗い娘シリーズ

行商人の回想

作者: 塩狸

それは石の街の1角。

店先で商談中。

視界の端に、ふわりと流れたそれに。

「……?」

店の者と話しているのも忘れて振り返ると。

(髪……?)

さらりと揺れるそれは、黒く艶やかで。

「……」

その小さな小さな後ろ姿が目を惹くのは、その黒髪だけでは収まらず。

白い羽織りに腕から伸びた飾り裾、ほんのりオレンジがかった鮮やかな赤色の折り目の付いたスカートと思わしき布が、足首まで隠している。

小さな足には、踵のない頼りない木の履物。

どこの国の子供なのか。

なぜここに、1人なのか、不安そうな様子もなく歩くのは。

その幼子が路地に消えていくのを、足を踏み出し無意識に追いかけそうになり。

店の者の声で、ハッと意識を戻すも、その半分は、あの小さな異国の娘に、囚われてたままだった。

顔馴染みの相手だったため「いつもの」で済んだけれど、そうでなければ危なかった。

久々の四方山話もそこそこに切り上げ、異国の娘が消えた路地に向かうも、姿は見えず。

他の店で、黒髪の変わった格好をした小さな(むすめ)の話題を振ってみるも、どちらかと言うと問屋と夜の店が並ぶ通りでは、芳しい答えもなく。

「……」

いつもならば、他の行商人や旅人の話を聞くために、飲み屋などに入るけれど、酒をメインには出さない食事処や茶屋をふらりと覗き、それでも成果はなく。

(もう、この街から出て行ったか)

それより。

この時刻。

宿の一室にいる方が可能性は高いと、自身が、ほんの一瞬、目に止めただけの異国の娘に執着している自覚すらなく、奇特な作りの街をふらふらしていると。

「……お」

思わず声が出た。

パン屋の、奥の食事スペースへ入っていく小さな黒髪が、開かれたドアから見えた。

自分の運と視力の良さに感謝しながら、自身も適当なパンを買い、男は、食事スペースに足を踏み入れた。

自分の足の弾みっぷりも、胸の高鳴りも、これっぽっちも気づきもせずに。


「……タヌキ?」

異国の娘の隣には、獣がいた。

椅子に人のように座り、異国の娘と共に、テーブルに広げられたパンを真剣に吟味している。

いつか、どこかで、絵で見たきりのその生き物は、核心が持てずに疑問符の言葉が漏れてしまうと、先に男の呟きに反応したのは、そのタヌキの方だった。

毛に覆われかけた耳がピクリと動き、こちらを見ると、それに気づいた異国の娘も顔を上げて、自分をじっと見つめてきた。

(赤い瞳……)

彼女がその身体の半分を纏うオレンジを含んだ布の赤さではなく、純粋な赤みの強さ。

主張の少ない鼻筋に、ふっくらとした艶やな唇。

あどけなくも愛らしい、その幼い眼差しは、警戒心ではなく、怪訝さを向けてくる。

おのれの知っている数少ない、幾つかの言語を口にしてみたけれど、異国の娘は、じっとこちらを見つめ、どの言葉も理解できないと言うように、ゆっくり瞬きするだけ。

灯りにゆらりと反射する艶のある黒髪、汚れもほつれもない異国のドレス。

指先にも剥き出しの靴下?の先も、土埃の1つすらなく。

言葉は通じずとも、文字の読み書きが出来る知識と教養を持ち合わせている可能性は高い。

ここらの文字を書いてみると、異国の娘の赤い瞳は、確かに文字を目で追い、整った眉を微かに寄せ、隣のタヌキを指を差し、こちらの文字での、男の、

「ひとりか」

の問いを否定した。

(おっと……)

異国の娘には、タヌキは立派な同行者らしい。

しかし興味は尽きず、むしろ増し、文字でなら意志疎通ができる喜びも相まって、立て続けに問い掛けてしまったものの。

ここは、あまり話に適した場所ではない。

パンを選りすぐっているということは、食事もこれからだろう。

下手なジェスチャーで食事を奢ると誘うと、異国の娘は、ちらと隣のタヌキに視線を向けてから、パンを小さな鞄にぎゅむぎゅむ詰めると、自分に付いてきた。


しかし。

このタヌキと言う生き物は。

こんなにも、他の獣とは一線を画すのかと、心底驚く。

人と同じように座り、前足でコップを持ち、メニューに描かれた絵も理解しており、自分はこれがいいと前足でタシタシアピールしてくる。

異国の娘もタヌキも、小さな身体の割りに、しっかり大人の一人前は食べる。

その異国の娘に話したことは、半分は本当で半分は、言葉のあや。

馬に乗った旅人と話をしたり、持ちつ持たれつで助け合ったりはするけれど、馬車の隣に人を乗せることなど、自分に関しては、ほとんどない。

そして、この小さな異国の娘は。

獣を連れているとは言え、いざという時に人を守る狼でもなく、助けを呼ぶ鳥でもない。

もさりとして、何が出来るかもわからないタヌキと、どうやら、たった1人と1匹で、旅をしているらしい。

異国の貴族の娘辺りかと思ったけれど、運ばれてきたサンドイッチを、躊躇なく両手で掴み、口を開き目一杯に頬張る姿を見ると、お嬢様ではなさそうだ。

ぺろりと食べきっているため、おかわりを促せば、気前がいいなと言う顔をし、何を頼もうかと、タヌキと一緒にメニューを覗き込む、その伏し目がちな瞳の睫毛すら、灯りに反射を見せている。

今も強く感じる周囲の好奇心の眼差しなど、空気程にも感じていない、いっそ慣れ過ぎて、それが当たり前になっているような自然な振る舞い。

こちらの一通り書いた言葉に、自分の馬車に君たちを乗せようと伝えたその誘いに。

異国の娘は、小さな、そして傷の一つもない手の平を見せ、ペンを貸せと促してきた。

そして。

「はなしはできない」

と、お手本のような綺麗な字を見せてきた。

(あぁ……)

そんなもの、とうに承知。

そして更に。

異国の娘からの問い掛けは、酷く意外なものだった。

『ひはだせるか』

と。

(ひ、火?)

むしろ、この異国の娘は出せないのかと驚く。

彼女の国では、子供には魔法を使わせないしきたりでもあるのだろうか。

聞きたいことがまた増えるけれど、それでも、今は言うままに、別に珍しいのでもないけれど、火を出してやれば。

その可憐な赤い瞳をぱちりと開き、果実のような唇を微かに尖らせ。

そんな彼女からは、確かに、

「おのれに付いて行こう」

そんな承諾の意は通じ。

驚く程に、胸は、弾み。

自分が、

「浮かれている」

と言う自覚すらなく、店の前で娘と別れた。

タヌキがこちらをちらと振り返り、付いて来くるなの意思は読み取り、男は、肩を竦め了解の意を見せ、大人しく宿に帰った。


翌朝。

あるのは高揚感と、一抹の不安。

昨夜にしたのは口約束だけ。

目覚めてからも落ち着かず、それでも3人分の食料をたんまりと買い込み、馬車のチェックも念入りにしていると、

「……」

ふと、荷台置き場、馬舎の並ぶ街の入り口の空気がふっと変わる。

それは、毛先まで艶やかな黒髪を靡かせ、一風どころではすまない、あの不思議な服を纏い、大きな布に包まれた、持ち手のある円筒形の箱のようなものに、こちらで見るものとは少し違う浅いザルを手にしている。

タヌキの方も、背中に革の箱形のリュックを背負っている。

彼女は、男に気づいても、特に笑うことも、眉を寄せることもなく、その異国の娘は、ただじっと、無感動に自分を見上げてきた。



ーーー


だいぶ。

そう、しばらくして。

この小さな彼女が、たった1人と1匹で旅をできている理由が解った。

失礼ながら、従獣のタヌキが彼女の守りにおいて(ひい)でているわけではなく。

ただ娘が、異常な程、

「強い」

特に、腕と指先。

確かに、タヌキの俊敏さにも驚いたけれど、娘自身も、その身体の小ささ軽さを十分に知り尽くしており。

走り、助走を付けて飛べば驚く程の高さと飛距離を出す。

この(むすめ)の魔法は、人の持つ5大魔法ではなく、手の平やザルから深い赤茶色の豆を出す魔法と、豆よりも小さく白い、微かな甘味のある「こめ」を言う食べ物が出る箱を持っている。

その彼女の手の平から出る豆は、指先で弾けば恐ろしい程の早さと硬度で飛び。

ものの一撃で巨大な獲物を、難なく葬る。

呆気なく命を落とした獣の前に佇み、こちらを振り返り、風に黒髪を靡かせる、その凛とした姿は、いつ見ても。

「……」

いや。

言葉にするのは、それそこ野暮というものだ。


彼女のいた場所には、彼女と似たような魔法を持つ人間がいるのかと聞いてみたけれど。

少なくとも彼女がいる間は、仲間は一度も見つからなかったと。

更に、

「そもそも、お主らの様な魔法自体が御伽噺であるの」

とも言われた。

この彼女は、

「お主等の持つその魔法が欲しい」

と、それを探すために、旅をしているらしい。

小さな身体1つで。

そんな彼女を抱き上げれば、存外に大人しくしがみついてくる。

高くなった視線で辺りを見回し、飽きればぽてりと凭れてくる。

そう。

とても大人びているかと思えば、両手を伸ばし踵を上げ、抱っこ抱っことねだってくるのだ。

その身体は、小さくどこまでも柔らかく温かく甘く。

とても、愛おしい。


そんな彼女と、言葉が通じた時。

驚きつつも、どこかで必然な気がしていた。

目を真ん丸にして驚く顔は、いっそう可愛らしかった。

言葉が通じる前からだけれど、言葉が通じれば、もっと愛しく、感じるものだ。

そして。

薄々とは感じてはいたけれど。

彼女は、身体(しんたい)の成長を見せなかった。

ほんの僅かに髪が爪が伸びる程度。

それも、

「こちらに来てお主のご飯を食べるようになってからの」

話し動き食べる、まるで意思を持つ人形。

そんな彼女が住んでいた場所は。

「山……?」

山の集落的な場所だろうか。

「山の」

「フーン」

彼女曰く、狸“擬き”が同意する。

「洞窟の」

洞窟?

まるで獣ではないか。

「……」

こちらの怪訝かつ不可解な顔に、くふふとおかしそうに笑う。

「こやつは、隣の森に住んでたの」

「フーン♪」

そして勝手に付いてきたと。

「フンッ!?」

「の?

『わたくしめは主様に選ばれし従獣です』

との?

何を言う、我の出発に合わせてお主が勝手にやってきて、おにぎり目当てに図々しく付いてきただけであろうの」

娘のスンと冷めた視線に。

「フンフンフーンッ!?」

主の言葉に飛び上がり、4つ足をジダジダと、今は荷台の床に叩き付け不満を訴えるタヌキは、この彼女の事をとても慕っており、いつでも気に掛けている。

従獣。

人も獣も問わずの彼女の通訳も兼ね、乗り物にもなり、足の早さは、大抵の追っ手からは逃げきれる素早さと判断力を持ち合わせていると言う。

今は彼女のおにぎりと言う食べ物のお陰で、速度はそのままで無尽蔵に走れる力もあると。

相当に優秀な従獣であると思うのだけれど、彼女には、その優秀さは、あまり伝わっていないらしい。

「ただ飯食らいの穀潰し」

(うそぶ)いては、従獣を憤慨させている。

その彼女自身は、その身一つで悠々と旅を出来るのだから、それも仕方ないことか。

そんな彼女が、自分に付いてきた。

のちのち。

それは、だいぶ先の話だったけれど。

「我はどうやら、お主の顔を好んでいるらしいの」

まじまじと見つめられ、そんな答えが貰えた。

「無論、今は顔だけでないの。身体も、動きも、声も、我に触れる手も、抱っこする腕も、匂いも体温も、全てが好きの」

彼女は、言葉を、はっきりと伝えてくる。

「それはお主もの」

彼女は言うけれど。

「君ほどじゃないさ」

頬を包めば、じっと見つめてくる赤い瞳。

指の腹で唇をなぞれば、くすぐったそうにはにかみ、目を伏せ、手の平に頬を寄せてくる。

そんな表情も、何よりも愛おしく。

「おいで」

小さな小さな身体。

成長しない彼女の、その命は、永遠だと。

「……」

彼女を残して、先に逝くことだけはしたくない。

そう思ったのは、いつだったか。


ーーー


記憶は巻き戻る。

父親が倒れたと手紙が届いた時。

そうか、もうそんな年になっていたかと大きく動揺しつつも、半分は、この()をなんと言って家族に会わせようかと模索していた。

けれど。

「我のことは置いていくの」

その言葉は、彼女が思っているより遥かに、自分に衝撃を与えたことを、彼女は知らない。

突き放された気分で、実際、突き放され、父親のことすらも頭から掻き消えた。

ただ、待っているの言葉で、凄まじい安堵が生まれた。

感情があそこまで急降下することは、初めてだったかもしれないし、二度と御免でもある。

そんな彼女と離れることは苦渋の決断だったけれど、彼女に突き放されたお陰で、父親の最期も看取れた。

家族には、しばらくは帰れそうにないと告げてきた。

行商人の仕事を始めた時から、母親も弟も、いつ会えなくなってもおかしくないと、覚悟は決めてくれたらしい。

けれど。

「……」

いつか、会えるだろうか。

小さな彼女を連れて。

「フーン」

彼女の従獣も連れて。

帰れる日が、来るだろうか。


ーーー


「狸擬き曰くの」

彼女は言う。

「我の血は、いきなり与えるにはだいぶ危険どころか、お主の命をその場で絶ってしまう猛毒らしいの」

「お……?」

「けれどの、我の一部の小豆でゆっくり馴染み、唾液を与えと段階を踏んだため、昏倒程度で済んだとのことの」

3日3晩寝ていたけれど。

「普通はそのまま永遠の眠りに就くらしいからの」

「う……」

くふふ、と彼女は小気味良く笑う。


人間より遥かに鋭い獣たちは、彼女に対し、警戒を越え、恐怖を抱くことも多い。

一方。

この従獣の様に、彼女に敬意を抱くものも珍しくない。

その差はなんだろう。

『知性、知能の劣った者程、主様(あるじさま)の力を見誤る』

「……」

主様(あるじさま)は、人間をも獣をも越えた存在』

「……君は、なぜ彼女がこの世界に来たと考える」

彼女の従獣は、ほんの僅かな間の後。

『わたくしめが森の(ぬし)に選ばれたように、主様(あるじさま)も、これと言った理由などなく、気まぐれにあの山へ現れたのでしょう』

彼女自身は、飛ばされた的な表現をするけれど、彼女の従獣は、彼女の意思で、この世界に現れた様な表現をする。

『では、わたくしめは再び主様(あるじさま)を探しに向かう』

彼女が濁流に流された時。

この彼は、男のいる山の上に戻らずとも、ひたすら主人を探し続けることも出来た。

けれど、そうはせず、まめに姿を現しては、

『この雨で新しく川が出来た』

『地形が変わる』

主様(あるじさま)の気配はまだ読み取れない』

主様(あるじさま)が目を覚ますのを待つけれど、より早く、主様(あるじさま)の許へ辿り着けるように地形を把握することにした』

そんな報告をしてくれた。

情けない程に動けなかった自分に、

『わたくしめの主様(あるじさま)は死ぬことはない。お前は、主様(あるじさま)が帰るまでの間、山を越える旅人を捕まえ、言葉を覚えろ。先の国へ向かった時、主様(あるじさま)が何一つの不自由をも覚えない様にしておけ』

と、男が出来ることを指示してから、駆けて行った。

それでも、夜はまんじりとせずに過ごし。

彼がたまに戻って来たのは、今思えば、大型の獣の気配も探ってくれていたのだろう。

そして、彼に教えられた通り、男は、朝早くから山を登ってきた旅人や行商人を掴まえ、言葉を教わった。

それしかすることがないから、ではなく、言葉を文字を覚えることに集中して、彼女が不在と言う事実から目を逸らしたかった。

彼女を助けられなかった、自責の念からも。

行商人が手を振って山を降りるのを見送ると、彼が戻ってきた。

『……何かおかしい、主様の気配はあるのに、辿り着けない』

そう呟いて、遠くの山を見つめる。

「向こう岸に渡れないなどの単純な話ではないのか?」

『自分には敵わない力を感じる』

力。

「君は彼女の、あの彼女の力を備えている、それでもか」

『阻害、拒絶、撹乱、興味、干渉、どれも感じるし、そのそれぞれの力も、どれも強大』

彼女同様の力がある何かか。

では、自分が何か出来ることはないかと彼に訊ねると、

「♪」

吸血鬼の従獣と思われる蝙蝠が、パタパタと飛んで来るのが見えた。


「お山が、ちょっと悪さをしていたらしいの」

お山も退屈であったのであろうのと、さらりとそんな返事をする彼女は。

「……ん?」

「こやつを一人立ちさせろと依頼を受けたの」

「……んん?」

狼男と呼ばれる、大きな土産を携えて、男の許へ帰ってきた。


ーーー


いつか、どこか、岩山の道。


「何を、見ている?」

「の」

対岸の崖の割れ目辺りに、小さな手の、小さな指を向けられるけれど。

「?」

「黒い(もや)の」

黒い靄。

「稀に自然発生する白い靄と違い、あれは、どこか遠い場所と、なにやら繋がっておるの」

遠い場所。

「君がいた場所とは、また違うのか」

「違うの。もう少し常世の気配の」

浮世は人の世、常世は死んだ者の世界だと、彼女は教えてくれる。

その黒い靄は、自分には滅多に見えることはない。

「フーン」

「そうの」

彼女は、自分と繋いでいない右手を大きく動かすことなく、指先で小豆と言われる豆を、結構な距離のある対岸のその崖の割れ目にまで飛ばし、

「ふぬ。平気そうの」

あっさりと消したらしい。

ほんの小さな、豆を1粒飛ばしただけで。

「豆に力を込めたからの」

さらりと黒髪が風に流れる。

「浄化など、そんな大層なものではないの。ただ、あれよりも少しばかり強いらしい我の力で、力業で消滅させているだけの」

彼女は、だけ、と言うけれど。

「ふぬ。我に出来るのは、せいぜい、この目に留まった禍々しいものを、消し去ることくらいであるからの」

なぜ。

「ぬ?」

「君は、以前は、あまり気にしていなかった」

自分には関係ないことだと。

「ふぬ」

そうの、と、彼女は少し考える様に遠くを見ていたけれど。

「我を受け入れてくれたこの世界への、些細な礼であるかの」

そんな返事が来た。

「君を、受け入れる?」

「そうの」

彼女は山で暮らしていたと言うけれど、それより以前は、

「別の世界」

にいたと言う。

「我は、初めは浮き島とやらに乗せられてやって来たのかとも思ったのだけれどの。浮き島の出現と、我が、あのお山にいた時期は全く重ならぬからの」

謎のままであり、彼女自身、なぜ自分がここに来たのか分からないと。

そう言うけれど。

「わからないのか」

「とんとの」

なんの、お主には分かるのかの?

と訝しげに首を傾られ。

「勿論分かる」

「のの?」

ぱちりと開かれる瞳。

そう。

それは勿論。

「俺の許に来るためだろうな」

それしかない。

「……」

小さな彼女が固まるのは珍しい。

そして、困惑と呆れ、少しの羞恥と動揺をも混ぜ込んだ表情を見せてくる。

「ん?」

違うのか?

と彼女を抱き上げれば、

「ののん」

首にぎゅうとしがみつき。

「……そうの」

小さく息を吐き出した後。

「我は、お主に会うために、ここに来たのの」

とても満足そうに、男の頬に額を擦り付けてくる。

「フーン♪」

膝下をぶんぶん振って嬉しそうな彼女に、彼女の従獣も、もふりと男の足許に寄り添って来た。

「フンフン」

「のの?

『わたくしめも主様に出会うためにあの森にいました』

との?」

「フンッ」

誇らしげに胸を張る彼女の従獣。

「くふふ、お主も大概に調子がいいの」

そんな彼女は。

これからも、あの黒い靄は見つけ次第、積極的に屠って行くと言う。

彼女は、自分は変わらないと言うけれど、変わっている。

それを口にはしないけれど。

「の、次はどんな国かの」

「あぁ、また山を越えるけれど」

「楽しみの」

「フーン」

「そうだな」


先へ、先へ。


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