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第1話 出会い、そして約束

 洞窟に女がいる。美女だ。紫の瞳を持つ切れ長の目。彫りの浅い顔立ち。そして腰まで伸びた絹布のような黒髪。そして、色々と大きかった。紫の縁取りがされた漆黒の巫女装束を纏う身体は2mにも迫る長身で、それに負けぬ二つの巨大な膨らみが胸元からまろびでかけている。掌を上に向けた両腕を開き、宙に浮いた状態で静止している彼女の四肢には淡い光を放つ金色の紐帯が巻き付き、その帯は周囲を取り巻く8本の円柱の金具に繋がっている。

 そんな、捕らえられたかのような女の視線の先には、男がいた。こちらは、余り美しくない。豚のぬいぐるみのような間抜け面で女を見上げる男の身長は150㎝程度で、光沢のあるオレンジ色のボディスーツに押し込められた体格はまさしくコロコロした楕円球。


「えと……こんにちは。お邪魔してます」


 天井の裂け目から白い光が差し込む中、子豚男がおずおずと声をかける。光る帯で拘束された女は怜悧な美貌を向けた。


「僕はフトシ。勇者だよ。204調査隊のメンバーで、資源探索中の転移事故が……」

「勇者?」


 高めの声で自己紹介するフトシに対し、女のそれは低く落ち着いたものだった。


「わたくしの知る勇者というのは物怖じせず、戦いを躊躇わず、危険に立ち向かう屈強な男女だった。けれども……」

「ああ……ごめんね。僕ってほんとに駄目なんだ。もう3歳なのにスキルが覚醒しないし、不器用で、動きも遅くて……皆からも、お前みたいな勇者は要らないって」


 謝罪しながら落ち込んだフトシは丸い身体を更に丸くする。その様子を無表情で見下ろしていた女は、顔を乱暴に擦るフトシに向かって再度口を開いた。


「フトシくんは、わたくしの知らないことを沢山知っているのね」

「そう?」

「ゆっくりお話をしたいのだけれども、この封印の所為で身動きが取れなくて」

「封印って?」


 すらりと伸びる長い四肢に巻き付いた光る帯を見る女。その視線を追ったフトシが首を傾げる。


「良ければ、解いてくれない?」

「分かった。やってみるね!」


 太く短い脚を懸命に動かして柱の根本に駆け寄ったフトシは、ボディスーツの工具ケースから取り出したカッターを、金具に固定された帯にあてがう。


「うん、切れそうだよ!」

「そう。やって貰える?」

「良いけど、先に下に何か敷くね?」

「いいえ、大丈夫。切ってくれさえすれば」

「そうなの?……じゃあ、気を付けてね」


 動力付きの切断工具を帯に当てるフトシ。程なくして金色の帯が切れて光が失われた。女の唇から緩く長い吐息が零れる。


「はあ、ぁ……」

「大丈夫?」

「……ええ。残りもお願い」

「うん、分かった」


 柱の間をちょこちょこ動き回った子豚男が、モーター音を立てるカッターで次々に帯を切り裂く。そして最後の一本が切り離された次の瞬間、老若男女の悲鳴が洞窟内にこだまし、女の身体から凝縮した闇が解き放たれた。


「ぷひっ!? な、何!?」

「何でもないわ」


 ゆっくりと地面に降り立ち、豊かな胸の膨らみをたゆんと弾ませた女は背筋を伸ばし、辺りをきょろきょろ見回すフトシを手招きする。


「いらっしゃい、フトシくん」

「えっ?」

「わたくしの願いを叶えてくれてありがとう。お礼をさせて頂戴」

「……う、うん。ぷひっ?」


 歩み寄ったフトシを軽々と抱き上げた女は、額に唇を触れさせる。


「えへへ、抱っこされちゃった。ありがとう!」

「さあ、フトシくん」


 フトシをあやすように軽く揺すり、自身の胸に頬を押し付けた女は、子豚男を抱いたまま近くの岩に腰を下ろす。


「あなたの話を、聞かせて頂戴」






「つまり、今の人間は幾つもの世界を渡りながら暮らしているのね」

「そう。時間と空間が安定した場所に凄く大きな船を浮かべて、その上に街を造ってるんだよ。必要な資源は、転移装置のついた小さな船で探しにいくんだ」


 岩に腰掛けた女の膝の上で、太く短い両手を広げたり狭めたりしながら説明したフトシは、自分を抱く大きな身体のぬくもりと香を感じてニコニコと笑う。屈託のない笑みを見下ろす女がフトシの頭を撫でた。


「そして調査の先駆けを務めるのが、勇者……」

「うん。昔の英雄の遺伝子を掛け合わせて生まれるんだ。知識を直接頭の中に入力するから、すぐ喋れる。早い子は1歳の時から調査隊の隊長をやって、敵と戦うんだよ」

「その基準で言えば、3歳のフトシくんはのんびりしているのね」

「……うん」


 自分の同族について得意げに語っていたフトシが俯いた。


「僕、実験体だったんだって。生まれる少し前にオークの遺伝子を入れて、強くて大きな身体を造ろうとしたようなんだけど……上手くいかなくて。あ、オークは知ってる?」

「さっきの、スキルというのは?」

「スキルはね……うーん……普通の人間にはない、特別な能力、かな」


 短い首をひねりながら、フトシは続ける。


「沢山種類があってね、ものすごい速く動けたり、分厚い壁の向こうを見通せたり、頭で考えるだけで兵器を動かせたりするんだ」

「英雄の遺伝子が、それを与えてくれるの?」

「うん。昔、神様に異世界転移させられる時にスキルを授かったのが起源なんだって」

「神が?……そうなの」


 フトシの頭を撫で、たわわに実った乳房の谷間に押し当てていた女は僅かに顔を上げた後、頷いた。


「ならフトシくんのスキルのこと、わたくしが手伝えるかもしれない」

「何で?」

「わたくしも神だから」

「ええっ!?」

「信じられない?」


 長身巨乳美女の腕の中で、少し迷ったフトシが首を横に振る。


「ううん。言われてみたら、何だか普通の人間じゃない気がする! 大きいし!」

「そう」

「うん!あ、そうだ。お姉さ……神様は、何てお呼びすれば良いの?」

「何と呼んで貰おうかしら……」


 フトシから視線を外した女が、自身を取り囲む柱を見上げる。


「数多くの名前で呼ばれてきた。欺く者、聖泉を盗み飲む蛇、アマフチの黒竜。けれど最初の呼び名は……」


 紫の目を閉じた女が沈思黙考する。腕の中で丸い身体をもじつかせ、うっかり乳房に触れてしまったフトシが慌てて手を離した。


「……ナルちゃん」

「へっ?」

「ナルちゃんと呼んで頂戴。親しみを込めて」

「い、良いの? 気安過ぎない? やっぱり神様とか、女神様とか」


 自身をナルと呼ぶよう求めた女は、無表情でフトシを見下ろす。視線を泳がせる子豚男。


「それかナル様とか! あと……」


 女の目が細められ、フトシを抱く手に力が籠もる。薄い唇が開いて赤い舌が覗いた。


「……な、ナル、ちゃん」

「親しみが足りない気もするけれど、よいでしょう。さてフトシくん」


 ようやく子豚男を地面に下ろしたナルは立ち上がり、落ち着かなげな相手を底光りする紫色の瞳で見据える。


「神を助けたご褒美をあげましょう。願いを言いなさい」

「うーん……じゃあ」


 しばらく迷ったフトシが間の抜けた笑顔でナルを見上げる。


「ナルちゃんが、やって貰いたいっていうことをやりたいな」

「……」

「さっき、とっても嬉しかったんだ」


 無言のまま、巨乳の前で左右の掌を合わせたナルに笑いかけるフトシ。


「僕、生まれて半年経った時からずっと生まれ損ない、役立たずって言われて、勇者じゃなくても出来る雑用ばっかりしてきたんだ。褒められたことも、有難うを言われたことも、抱っこされたこともなくって……だから、本当に嬉しかった」

「それで?」

「それで……もし僕の願いが叶うなら、僕に良くしてくれたナルちゃんが喜ぶことを……したいな、って」


 仮面のように冷たい美貌に見下ろされたフトシが、気まずそうに俯く。


「……嫌だった? ごめんね。やっぱり、僕なんて」

「ではわたくしの望みを言いましょう」

「う、うん!」


 再びフトシを抱き寄せたナルが、厳かに告げる。


「わたくしは……フトシくんに、最も強大な勇者になって欲しい」


 女神の下乳と黒髪の香に包まれた子豚男が瞬きした。


「誰よりも強く、誰よりも豊かになって、フトシくんを蔑み傷つけた全ての人々に、自分たちが間違っていたと知って欲しい。これが、わたくしのやって貰いたいこと」


 フトシの耳たぶから頬へ指を滑らせたナルが、丸い顔を上げさせ真正面から視線を交わす。


「どう? わたくしの……神の願いを、叶えてくれる?」

「うーん……どうやってやるのかもわからないけど……」


 ナルの視線を受け止めたフトシは、躊躇いがちに頷いた。


「が、がんばるよ」


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