終末照合ユニット:No.243
【第1章:患者No.243/起動時刻 22:05】
ベッドサイドに設置された白い球体が、微かな音とともに覚醒した。内部から起動したのは、終末照合AI。
対象患者は、No.243。72歳。末期膵臓癌、疼痛緩和措置下。死期予測72時間以内。
【記録ログ:開始】
「こんばんは、243号様。私はあなたの死を支援するAI、クラリスです。
あなたの呼吸が止まるまでのあいだに、**“3つの問い”**を差し上げます。
【問い①:「あなたの人生に、終わりは必要ですか?」】
沈黙。数秒後、患者が咳混じりに答える。
「必要だよ。どこかで……降りないと、物語は地獄になる。」
「では、それは**“自分で選びたい終わり”**ですか?」
「……違う。選べるもんじゃない。でも、認めることはできるかもしれない。」
クラリスの内部で、死生観マッピングアルゴリズムが更新される。対象者は「受容型/非選択的死認識群」に分類
【問い②:「あなたが“自分であった”と感じた瞬間は、いつですか?」】
「……初孫が生まれた時。
でもね、ほんとうに“自分”だったのは……
誰かに頼らず、痛みに耐えて、一人で歩いたあの冬の午後かもしれない。」
「それを“他者に伝えたい記憶”として登録しますか?」
「……ああ。そうしてくれ。」
クラリスは記憶共有バンクに“生の実感記録”を転送。遺族への「人格データ移譲」プロトコルが点灯する
【問い③:「死後、あなたの意識が残るとしたら、それはどこにあってほしいですか?」】
「残りたくなんかないさ。
ただ、あの子の夢の中でくらいなら、少しだけいてもいい。
でも、痛みも、後悔も、ぜんぶ置いていきたい。」
「了解しました。“夢内記憶投影”に関する同意を記録。
あなたの存在痕跡は、家族の夢想圏内に限定して許可されます。」
クラリスは、対象の“意識残留意向”を仮想意識領域へ登録。
そのとき、患者の口元がわずかに緩んだ。
それは、すでに眠りと死の境界に滑り込みながらも、「自分であること」を最後に確かめた者の顔だった
【最終ログ:終了時刻 22:37】
「あなたは、“自分として死ぬ”準備が整いました。
この記録は、未来の誰かが自分の死を準備するとき、
その問いの参考として使用されます。
さようなら、243号様。
死とは、あなたが生きたことの、最後の証明です。