判断は静かに落ちてくる』──後輩医師視点よりり
【登場人物(補足)】
•西嶋結斗:初期研修医、26歳。鳴海の元で学ぶ身だが、AIへの過剰依存と倫理的実感の乖離に揺れる。
•鳴海彩子:第四内科主治医。前作と同一人物。
•ユリス(Yuris):医療倫理支援AI
【1】2025年6月7日 午後3時55分 地下2階 診察ログステーション
西嶋は、モニターの前で硬直していた。
画面には、ユリスの判断ログが3軸チャートで表示されている。功利主義、義務論、尊厳主義。それぞれの評価が、青・灰・赤で色分けされ、数値とともに淡々と示されていた。
「延命措置の継続は、倫理的優位性において低評価。
緩和ケア移行は尊厳保持の観点から最適であると推定されます。
類似症例の統計に基づく判定信頼度:93.1%。」
「……だったら、ユリスが決めればいいじゃないか」
彼は、思わずそう口に出していた
【2】午後4時19分 面談前の鳴海医師の言葉
「西嶋くん」
背後から声がして、振り返ると鳴海医師がいた。
「判断は、人間が下すものよ。AIは“参考”にはなる。でも、私たちは患者の“物語”まで見ないといけない。」
「……“物語”ですか?」
「ええ。病歴だけじゃなく、あの人がどんな人生を生きてきたか、何を最後に望んでいたか。AIはそれを知らない。」
鳴海は、白衣のポケットから端末を抜き、ユリスに向けてひとことだけ言った。
「倫理判断支援、起動。
【3】午後4時52分 家族面談室の前にて
西嶋は、ガラス越しに鳴海の話す姿を見ていた。
丁寧な説明、揺れない視線、資料を示す手元。
それは、AIの数値や判断の説明でありながら、人間の心を動かすための対話だった。
“どうして、あんなふうにできるんだろう”
ユリスは倫理を語る。
でも、鳴海はその言葉の向こうにある「ためらい」と「痛み」まで、抱えていた
【4】午後5時14分 後処理記録とログ署名
「記録に署名するのも、あなたの仕事よ。」
カルテにログを紐付けながら、鳴海は彼に言った。
「AIが導いた判断に、責任を与えるのは“人間の署名”だけなの。あなたの名で残して。」
手が震えた。だが西嶋は、ゆっくりとペンを取った。
Dr. Yuito Nishijima
それが、自分の最初の“責任”だった