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第7話 事情

ラス前です。

 魔法使いの家に着いたのは午後3時すぎ。

 何度か追っ手を交わすため、街道から逸れたこともありかなり時間がかかってしまった。伯爵と騎士団、宮廷魔法師たちの足止めに数人が残って罠を仕掛けているが、どれくらい時間が稼げるかわからない。


 ここに着いたのは僕と町長、町長の配下が3人。

 迷惑を掛けたくはないが、そんなことを言っていられる場合ではない。僕はリリィの家のドアをかなり乱暴に叩いた。


 ドンドンドン


「リリィさん、いますか。開けて下さい」

「ちょっと待って………って、お父さん!」

「リリィ、済まない。伯爵に追われているんだ」

「わかった。………入って。皆さんも」


 彼女は理由も聞かず僕たちを家に入れた。

 部屋は以前と違い片付けられていた。錬金釜や水晶といったものは残っていたが、リリィが作成した魔道具が所狭しと並べられていた机は撤去されていた。壁には薄い木ぼりのフクロウの面がある以外は装飾らしいものは何もなかった。

 町での顛末を彼女はうんうん言いながら最後まで聞いた後、ため息をついた。


「厳しいわね。伯爵の手下だけなら結界を張っていれば破られることはないんだけど……」

「問題はセザールか」


 町長がそう言うとリリィの顔色が曇る。

 言いにくいことがあるのかも知れないがここは隠し事はなしだ。あえて僕は彼女に尋ねることにした。


「どう言うことです?」

「私を養子にするように勧めたのはセザールなのよ。私もバカだったわ」


 最初は魔法使いとして王都に来ないか、と言われたらしい。リリィはこの町では魔法使いとしてそこそこやれる自信はあったもののどこからも声が掛かることはなかった。初めて認められたような気がして、その申し出に一も二もなく乗ってしまったそうだ。

 ところが王都に行くにはそれなりの格が必要だと言われ、連日、馬車が横付けされ、魔法の修行と称して伯爵邸で貴族相手に魔法を披露させられたそうだ。

 そしてその頃からだんだん近所の評判は悪くなっていたという。

 バンデル伯爵には悪い評判があり、近所の人からはいずれ悪いことが起きると言ってくれたのに、町長親子は耳を貸さなかった。毎日馬車で迎えが来てパールミューゼルで高価なドレスや宝石を買い与えられた。リリィは変だとは思ったものの宮廷筆頭魔法師セザールから直々に魔法の指導もしてくれたことからすっかり信じていたらしい。


「当時私は町長に推薦されていたが、最初はバンデル伯爵が首を縦に振らなかった。ところがその伯爵が手のひらを返したように協力的になったんだ。リリィも宮廷魔法師になれるしセザールとは和解できたと思っていたんだ」

「私も父さんが認められて嬉しかったし、自分も魔術師として一人前になれるという高揚感に浮かれていたから伯爵の言いなりになってたの」


 そして、伯爵はある日突然「リリィを養子にする。すでに隣国の王子との婚姻も決まっている」と言い出す。

 リリィが断ると伯爵は町長の座を剥奪すると言ってきたらしい。


「私は町長の地位などいらないと言ったが、養子にする話を伯爵は取り下げはしなかった」

「そこで私は伝手を頼ってあの町から逃げ出したの。でも父さんのそばを離れたくなかった。幸いここは以前から結界で隠されていた家だったから、無理を言って買い取らせてもらったの。街道は二手に分かれているのだけれど、認識阻害をかけているので普通は誰もここに来ることはできなかったの」

「なるほど。町から4時間は近いとは言えないけれど、長い間伯爵の魔の手から逃れることができていたのはそういう理由だったからなんですね」


 そこで、壁のフクロウの像の目が突然光り「ホウホウ」と2度鳴いた。


「どうやら伯爵の騎士とセザール派の魔法師が、認識阻害を破ってこっちに向かっているみたい」

「ああ、やはりこうなったか。あの時、私が町長の座を欲しかったりせず、伯爵に反対する声を耳を傾けていれば……」

「そんな……父さんのせいじゃないわ。でも私だってそういう人たちの言うことを無視していたのよ。父さんには町長になって欲しかったし……着飾って浮かれていたのも確かだもの」


 それを聞いて僕は百合香さんのことを思い出していた。近所の人たちに背を向けて、連日着飾り迎えの車で出かけていく。車と馬車の違いだけで、まるで同じ状況ではないか、と。

 でもリリィには理由があった。そう考えると、もしかしたら百合香さんにも何か事情があったのかも知れない。あの時僕にできることがあったのではないか。

 だが、今はそれを考えている暇はない。問題はバンデルの配下の騎士たちとセザール派の魔術師をどう防ぐか、だ。あの時ではなく今できることを考えなければならないのだ。


 となれば百合香さんにできなかったことを僕はリリィにしてあげたいと思う。


「なあ。僕に一つ案があるんだけど」

「どうするの?」

「連中が近づいたところで全力の『ファイアーボール』を撃つ」

「ダメよ。当たるわけないわ。第一、コントロールできないじゃない」


 確かに僕の『ファイアーボール』は軌道が定まっていない。

 それに元々この魔法はスピードがなく、威嚇には適するが敵を撃退するには不向きなのだ。追っ手には魔法師が多数含まれているし、とても『ファイアーボール』で怯む連中ではない。

 だが、今回は使い方が違うのだ。


「いや、今回は全力で撃つ。方向は真上。軌道の心配はない」

「全力で? 無理よ。あなたの魔力で撃ったら逃げきれないわ。死ぬ気なの?」

「いや、あの小屋を使う。撃ったら小屋に逃げ込んでドアを閉める」


 僕は魔力量だけは人一倍多いのだ。

 だからこそ『ファイアーブリット』を完成させることができたのだ。魔力を使って火を絞り込み火力をアップさせ、本来あるはずのない貫通力を火球に与える。それを『ファイアーボール』に応用する。魔力を使って火を絞り込む代わりにひたすら拡大させる。巨大な火球にはスピードはないが軌道がブレることもない。


「小屋というのは隣にある小さなあばら屋のことか? とても巨大な火球に耐えられるとは思えないが」

「いえ、あの小屋は特別なのよ。この家を買った時に任されたんだけど、見た目のボロさからは考えられない不思議な丈夫さを持っているの。以前、魔物ツーヘッドビッグボアが街道に紛れ込んだの。あの小屋に体当たりしたのだけど、びくともせず昏倒したのは魔物の方だったわ」

「それほどなのか。しかし……」

「ええ、流石にそれだけの火力にあの小屋が耐え切れるかわからないわ」


 リリィと町長は決断しきれずにいたが、僕は家の周りに人影が集まってきているのに気づいた。

 僕は確信していた。この小屋は僕の隣の家の壊せなかった一階奥左にある部屋と同じなのだ、と。


「大丈夫。あの小屋は火の玉ぐらいでどうにかなることはないよ。それにもう時間がないみたいだ」


 僕は家の外に飛び出した。

 あっけに取られる騎士の前を横切り、遠巻きに囲もうとしている魔法師を尻目に小屋の前に辿り着く。


「リリィ。結界で家を守ってくれ。『ファイアーボール』をぶちかます」

「わかったわ。無事でいてね」


 リリィの家は強固な結界に包まれる。

 魔法師はそれを解除するため呪文の詠唱を始めていた。

 それに構わず火の玉の呪文を叫ぶ。僕の魔法に長い詠唱はいらないのだ。


「『ファイアーボール』」


 ゴオオオオォォォ!


 通常の3倍はあろうかという巨大な火の玉は、そのまま空中で成長を続けていく。

 4倍、5倍と膨れていく巨大な炎に魔術師たちは唱えていた呪文を中断する。


「あれを止めろ!」

「ダメです、伯爵。今、あの火球がコントロールを失ったらここにいる誰も生き残れません」

「引け、引けぇぇえーーーー」


 セザールは魔法障壁を唱えるように魔術師たちに命じたが、彼らはそれに応じなかった。身体強化をかけて猛スピードでこの場から立ち去っていく。


「こらっ、逃げるな。ここでこいつを逃すわけにはいかん」

「ならば僕を捕まえてみますか。流石に……もう……コントロールの限界……です。行っけぇぇぇぇ」

「ヒーーーー、撤退。撤退!!」


 限界まで火の球を成長させてから真上に打ち出した。通常の10倍近い火の玉は地上30m付近にまで打ち上げられている。強烈な熱を周りに撒き散らしているそれは、落下してその熱量を周りに撒き散らすのみ。

 僕はギリギリまで待ち、小屋に駆け込むとドアを閉めた。


 外に今まで聞いたことがないような轟音が鳴り響き、小屋が激しく揺れた。

 その瞬間、僕は猛烈な眠気に襲われた。

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