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「外に出るなら言ってくれればいいのに。雪遊びでもしたかったのかな。」
乱れた髪を直され、抵抗する間もなく横抱きにされる。
「元気なのは喜ばしいことだよ。でも、こういう怪我をされると悲しくなる。これ以上歩くのも難しいでしょう。帰ろう。私たちの家に。」
帰りたくなんてない。帰るべきでない。私が帰りたいのはそっちの家じゃない。
「帰るよね。そうでしょう。だってこの傷を心配するような人、元の家にはいないい。」
「そんなこと……」
「よく考えて。でも早く決めて。この足はこれからもっと痛むと思うよ。」
何を言おうとしても先手を打たれてしまう。この人に逆らう私が悪い感覚に襲われる。
「ほら、早く。こんな痛ましい状態の君を見ていられない。」
「わかりました、帰ります。」
「どこに?ちゃんと教えてくれないとどこに連れて行けばいいかわからないな。」
「あなたと……」
「私と?」
「私の家に帰ります。帰らせてください。」
「そう。私と君の家に帰ってくれるんだね。安心したよ。」
どれだけ私を精神的に追い詰めているのかわからないのか、私の言葉に無邪気に喜ぶ麗人が今まで以上に恐ろしく見えた。
抱き抱えられたまま森を進んで行く。必死で走った道は思ったよりもずっと短かったらしい。もう二度と戻ることはないと思っていた家に着いてしまった。
「とりあえず足をどうにかしないといけないね。」
すぐに治してあげるから。伊織さんはそっと私を布団に降ろした。
「一つ一つの傷は浅いのは幸いだね。これくらいならすぐに治せるはず。」
ぶつぶつと呟きながら足に触れた。むず痒いような感覚が走る。
「ああよかった。人間なんて傷つけることはあっても治すことはなかったから。」
足にあった無数の傷は消え、痛みもなくなっていた。
「あなたは何者なの。もう何もわからないの。」
「私もよくわからないんだ。人間ではないのは確かだよ。」
「気づいたら存在していた。あの頃はまだこの森に入ってくる人間も多くてね。ひ弱な私を助けてくれる人間もいたが襲おうとする男もいた。どいつもこいつも醜く汚らしいい顔をしていて、こいつらに襲われるくらいなら殺してやろうと思った。」
傷が消えた足を撫でながら伊織さんは続けた。
「だから、殺すことにしたんだ。森に入ってきた男は皆。勿論こちらに危害を加えて来ないなら見逃してやろうと思っていたよ。だが結局無害のような顔をしてつけ入ろうとしてみたり、他の娘にやった行いを言ってきたりと他のと変わらなかった。」
現実味のない話に頭が追いつかない。不意に伊織さんの手がこちらに伸びてきた。反射的に目を瞑る。どさり、と背中が布団に倒れる。押し倒された上に両手も布団に縫い留められてしまった。
「聞きたい?あいつらが村の娘たちに何をしていたか。君のような女性がどんな目に遭ってきたのか。」
恐怖と驚きで満足に動けない。なんとか頭を横に振るとそれまで私の手を抑えていた手で子供を宥めるように頭を撫でられた。
「そう、そういう聞きたくもないようなことをしていた奴らをね、殺したんだ。そうしたら村の人間たちは私を信仰し始めた。自分たちも殺されては堪らないからなのか、厄介な男たちを殺してあげたかは知らない。信仰心は凄まじいものだね。自分の力が強大になっていくのがわかったよ。それからは私だけで好きなように生活できるようになってね。それから何百年もここにいたんだ。孤独でもかまわなかった。ただ、森に入ってくる男への嫌悪はどうにもならなくてね。」
まるで食べ物の好き嫌いの話でもするように男性を殺し続けている話をする彼女は恐怖の対象でしかなくなってしまった。
「これから私をどうするんですか」
震える声で人外に問う。
「怖がらないで。私はね、君のことがとても好ましく思っているんだ。あの君が迷い込んだ日、うるさい人間は黙らせて動物にでも食べさせようと思っていた。だが、君を見て気分が変わった。涙でぐちゃぐちゃの顔もぼろぼろの姿もとてもかわいいと思った。今まで人間の男は醜く、女は皆同じような顔をしていると思っていたのに、君だけは違く見えた。人間はこういうのを恋と呼ぶのでしょう。私に優しかった人間が教えてくれたよ。」
頭を撫でていた手が顔に触れる。
「どうせあのまま帰らせるのは不可能だった。見殺しにするはずもない、だからこの家に招き入れたんだ。」
「じゃあ、私のことは」
「殺さないよ、でも家にも返してはあげない。君に出会った後に一人で生きていくなんて耐えられないから。」
慈しむような声と現状の差に頭がおかしくなる。
「でも、人間は私よりもずっと短命で、私は君がいなくなった後の孤独にずっと耐えないといけない。そんな未来、想像しただけで胸が張り裂けそうになる。」
それまでの笑顔が消え失せ、見たことがない表情を浮かべる。
「だから、君が私と同じ存在にしてあげることにした。そうすれば君はずっと私といてくれる。私も君がいない苦しみを味わう必要がなくなる。」
「え……あ……」
もうどうすればいいかわからない。目からは涙が溢れ、視界がぼやけていく。人外はその涙を掬い取り涙に濡れた指を自身の口元に運んだ。
「私の作った食事は美味しかった?いつも嬉しそうに食べてくれる君はとてもかわいらしかった。どの料理も私が心を込めて作ったんだ。それから私の血液も。」
ずっと私の体を抑えていた手を離すと、彼女は薄桃色に染まった頬に両手を添えた。
「少しずつ、少しずつ君が私と同じになっていくのを見ているのは幸せとしか言いようがなかった。私たちの幸せが確実なものになる。思い出すだけで、あぁ、おかしくなりそう。」
こわい、こわい、こわい、あまりに人間と思考がかけ離れている。こんな存在とずっと一緒にいるのが幸せだなんて、ありえない。
「い」
「ん?」
「嫌です……返して……嫌なの。私は人間のままでいたいの。こんなところでずっと暮らすなんて絶対に嫌。あなたの恋なんて知らない。早くそこをどいて、私を返して。」
恍惚に染まった表情に驚きが広がり、傷ついた表情を浮かべる。きっとそう
「やだなぁ。返さないよ。そんな身体じゃあもう帰っても迎え入れてなんてもらえないんじゃない。」
彼女は私wl嘲笑うかのように笑みを浮かべた。
自分にだけ優しい殺人鬼が好きです。冗長な文章を読んでいただいてありがとうございます。もう少しだけ続きます。




