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第98話:標的

※ストックが溜まり始めましたので、月・金更新に変更します。

 ヨルムがやったこと自体は簡単だが、そこに至るまではしっかりと流れを作っている。


 視線の誘導や、魔力による隠蔽。


 単純に速いのもあるが、試験官が視線を逸らした隙に折っている。


 一種の達人と呼べる様な技だろう。


 何せ、誰にも気づかれていないのだから。


 アルカナを使えば俺も出来るが、時間制限があるのであんなまどろっこしい事をすることはない。


 さくっと首を斬って…………しまっては駄目なので、蹴り飛ばして終わりだろう……いや、蹴り飛ばしたら殺してしまうな。


 あまりの出来事に試験官達が何やら話しているようだが、流石に距離があって聞こえない。


 まあ、俺が聞こえなくても知る方法はあるのだがな。


(どんね内容だ?)


『何が起きたのか。見えたものは居たか。再試験するか。点数をどうするかって感じだね。あっ』


 アクマの話を聞いている内に、試験官がヨルムに話しかける。


 数度やり取りをした後、ヨルムはクルルから奪った剣の刀身を片手で折った。


 その躊躇のない行動に試験官は驚きの声を上げ、ヨルムが何をしたのかを見ていた連中も、目を見開いたり声を上げてしまっている。


 安物とは言え鉄製の剣を素手で折るのは子供では無理だし、身体強化をしたとしても普通は出来ない。


 しかもヨルムはご丁重にずっと身体強化をしていない。


 あんな小さいなりだが、元はドラゴンなだけあり、素の能力が相応に高い。


 たまに失敗して大木を砕く程度の強さのある俺の鎖に巻かれても、「ぐぇ」と鳴くだけでケロリとしていられるくらいなので、どれだけ頑丈なのか分かるだろう。


「……あなた達って何なのよ」

「ただのメイドですよ。リディス様の」


 流石のアーシェリアも頬が引き攣っており、ヨルムの行動のおかしさに何も言えない。


 勝ち負けという意味ではどちらでもない結果だが、武器のあるなしは戦いにおいて重要だ。

 

 試験官……教師なのだから魔法だけでも戦えるだろうが、試験として考えればあまり良くない。


 ヨルムが魔法で武器を壊したならば魔法で戦いを続行しただろうが、魔法を使ってこない相手に魔法を使うのは、力量を見るという点では微妙だ。


 魔法試験も攻撃魔法だけを見る試験ではないので、実技もただ強さを見るのではない。


「無魔だの無能と言われていたあのリディスに、これ程の従者が二人も居るなんてね。でも、あまり粗相をしないようにしなさいよ。私でも庇いきれないものはあるのだから」

「私からは基本何もする気はありません。降りかかる火の粉を払うだけです」

「平民には本来、それすら許されない事なのよ」 

「安心して下さい。それなりの身分は準備してありますので」

「ふーん。ならそれを先に言いなさいよ。まあ、あれだけの金額を用意出来ている辺り、ただの馬鹿とは思っていないけどね」


 リディスとクルルを放置してアーシェリアと世間話をしている間に、ヨルムの試験結果が決まったのか、ヨルムがこちらに歩いてくる。


 流石に再試験とはならなかったか。


 実力というか、試験官の武器を本人に悟られないで壊せるのだから、学園に入れる資格はあると見られたのだろう。


 武器を魔法無しで壊せる力もある訳だし。


 ……ふと思ったが、実技試験なのに防具を付けなくても良いのだろうか?


 見学している中には服が汚れていたり、一部破けている人も居る。


 刃抜きされているとはいえ、当たり所が悪ければ骨程度簡単に折れる。


 治療できるとはいえ、良くやるものだと思う。


 まあ子爵家であるクルルにも普通に攻撃を当てていたし、仮に事故が起きたとしても何とかなるのだろう。


「さて、私の番ね。あんな事された後だけど、戦うのって苦手なのよね」


 ため息を吐いてからクルルに上着を渡し、アーシェリアは軽くストレッチをしながら歩き出す。


 苦手なだけで、出来ないわけではないのだろうが、やはり線が細いな。


 団体戦……戦争や誰かを戦わせたりするのは得意なのだろう。


 貴族らしい軍師タイプか、或いは魔法で一掃するタイプなのか……。


「お疲れ様です。中々に面白かったですよ」

「それは良かったのだ。小手先の技術も学んでおいて損はないと、メイド長が言っていたからな」


 小手先の技術と言うよりはただの力技なのだが、本人が満足しているならば別に良いか。


 アーシェリアは武器置き場からレイピアを手に取り、一度振ってから優雅に歩いて行く。


「あの……」

「何でしょうか?」


 いよいよアーシェリアの試験が始まる所で、クルルが話しかけてくる。


 何やら思いつめたような表情だが、一体なんだ?


「ブッロサム家のメイドは、あなた方みたいのが他にも居るのですか?」

「いいえ。メイド長以外は普通ですね。剣の腕だけでしたら、私とヨルムよりも上です」

「いや、本気ならば我の方が上だ」

「黙っていなさい」


 ヨルムが口を挟んできたが、魔力の総量が違い過ぎるので、魔力による身体強化をありで戦った場合、メイド長はヨルムに勝つことは出来ない。


 技術としてではなく、ただの身体能力でメイド長の剣を見切る事が出来るのだから、メイド長が疲れるまで待ってから斬れば、勝ててしまうのだ。


 まあ強化していない状態ではヨルムですらまだ勝てないので、メイド長はわりと化け物側の人間だと思う。


 何か俺と初めて戦った時から、いつの間にか強くなっていたし。


 一応Sランク冒険者は上澄みの上澄みなのだが、Sランク冒険者に対して二対一で互角の戦いをしていた。


 元々が王国の中でも上位とは言え、今となっては王国随一かもしれない。


 確認はしていないけど。


「……誰に教わったか、教えて頂く事は出来ますか?」

「私は全て独学ですね。ヨルムの方は剣だけはブロッサム家のメイド長から教わっています」

「――そうですか。教えて頂きありがとうございました」


 おそらく後でメイド長の事を調べるのだろうが、元騎士だとバレたとしても俺には関係ない。


 それに機密事項ではあるので、口外することは出来ないだろうし、最悪消されるかもしれない。


 まあシリウス公爵家がバックに居るのだし、流石に消されるなんて事はないだろう。


 そしてクルルと話している内に、アーシェリアの試験は終わっていた。


 アーシェリアは特に魔法を使うことなく、レイピア一本で戦い抜いていた。


 試験官の方もレイピアで戦っていたのだが、最後はアーシェリアがレイピアを弾かれ、喉元にレイピアを突き付けられて負けとなった。


 動きは悪くなく、相手の動きを読むようにして戦っていたが、地力の差が大きく出ていた。


 あれで魔法を交えて戦っていればもっと良い戦いになったかもしれないが、どうせ合格するからと手の内を教える様な事をしたくなかったのだろう。


 それに、下手に魔法を使えば教師側も使ってくるので、汚れるのは勿論怪我の恐れもある。


 実直な戦い方をした方が周りからも評判が良いだろうし、教師側もやりやすいだろう。

 

 さて、次は俺の番か。


 ヨルムが勝ってしまった事だし、俺は負けるとしよう。


 この姿ならば負けたとしても当たり前だし、不思議には思われないだろう。


 負けた事で他の奴らから何か思われたとしても、まったく関係のない事だからな。


 適当な剣を手に持ち、試験管の前で止まる。


 先程の魔法試験と同じく受験票の確認をしてから、審判の掛け声で戦いが始まった。


 試験官はアーシェリアの時とは代わり、取り繕ってはいるが、何やら雰囲気がおかしい。


 アクマに聞いてもいいが、向こうから何も言ってこないって事は、問題ないってことだろう。


 軽く踏み込んで剣を振り上げる。


 当たり前のように避けられたので、そこから型をイメージして剣を振るい続ける。


 防がれようと避けられようと剣を止めることなく、流れに任せるように動いていく。


 完全に練習と割りきって戦っているが、学園の教師なだけあり、良い動きをしている。


 俺の力は決して強くはないので、弾き返してしまえば、それだけで俺は隙を生んでしまう。


 まあそうなった場合剣なんて手放して、鎖を使えば良いのだがな。


 もうそろそろ負けて終わりにしようと考えていると、ふと試験官の動きが変わる。


 上手く剣を弾かれ、身体が少しだけ開く。


 そして試験官が、俺の身体に向けて剣を横から振るうが、当たる瞬間に殺意が籠り、剣からも魔力を僅かに感じた。


「……私の負けですね。それで、宜しいでしょうか?」


 試験官の剣が俺の身体を斬り裂こうとするが、残念ながら服の下には鎖を巻き付けてある。


 ついでに服も特別製なので、硬質な音が響くだけで、俺の身体にダメージはない。 


「ガレス! お前今!」


 音を聞いて固まっていた審判が大声を上げ、試験官を睨み付ける。


「手が滑っただけです。それよりも、次に移りましょう。六百二十一番の試験は終わりましたので」

「はい。ありがとうございました」


 軽く睨まれるものの、無視してリディス達の所に戻る。


 あの一瞬だが、試験官は俺を殺そうとしていた。


 刃を潰してあるとはいえ、魔力を刃の代わりにすることが出来るのは、少し盲点だったな。


 昔似たような事をしたことがあったが、忘れていた。


 頭を潰すのではなく、胴体を狙ったのは事故として片付けるためだろう。


 試験の関係上、人を殺したことによる罪を問われる可能性は低い。


 普通ならばやらない無謀な行為だろうが、やらなければならない、何かがあったのだろう。

 

 結果として無意味な行為だったが、端から見れば寸止めしたようにしか見えない。

  

 音が響いたが、そこまで大きなものではなかったし、あの審判以外は俺が殺されそうになったことは分からないはずだ。


 あの場で痛い目に遇わせても良かったが、奴を倒すのは記念として最後にしてやろう。


 スティーリア次第では変動すると思うけど。 


「負けたのね」

「勝つ必要がありませんから。それに、私が勝っては驚きを減らしてしまいますからね」

「ふーん。既にヨルムが勝っているけど、楽しみね」

 

 どや顔を浮かべるアーシェリアに淡々と返し、リディスが試験官に向かって歩き出す。


(一撃で決めるように。さもなければ……)


『心配しなくても大丈夫よ! やるから! ちゃんとやるから、それ以上は言わなくていいわ!』


 どうやらやる気は十分なようだな。


 一瞬で終わるだろうが、楽しませてもらおう。

 

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― 新着の感想 ―
まぁハルナ本体は相対的には白兵戦闘はまだ苦手な方(当社比)なので加減できたんですかね(すっとぼけ) 近接戦闘特化のフユネなんて出したらブラッディダンス待った無しですし しかし殺意を持った教官が今度ど…
一撃で決めないと… 一瞬で終わる… あっ 消え さった… てことが起こらないように、適度に手を抜くのがいいと思うんですよ でも、リディスさん、もちろんできるよね…? しかし衆人環視で殺そうとするとか…
フユネ「ガレスねぇ。後で生きていることを後悔させてあげるわ(暗笑)」
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