第97話:唯我独尊ヨルム
『なんか周りからの視線が変なんだけど?』
(リディスが魔法を使えたことに驚いているのでしょう。それよりも、問題は次ですからね)
外見では特に変わりはないが、これ幸いとばかりに念話が多いな。
これまでやれるだけの事はやってきたが、遂に観衆の前で魔法が使えて嬉しいのは分かる。
だが、さっきからと言うか、魔法を撃つ前から煩い。
これ程まで外と中で分けられるのは、才能かもしれないな。
アーシェリアの反応も悪くなく、始まりから終わりまでとても面白いもの見ることが出来た。
見下すような視線が驚きに変わり、それから畏怖へと変貌する。
中には紛れだとでも言いたげにしている奴らも居たが、ああ言う奴らが居ないと学園生活はつまらなくなるので、少しは残っていた方が良い。
「今更だけど、貴方の事をハルナと同じく、リディスと呼んでもいいかしら?」
「畏れ多いですが、それがアーシェリア様の為になるのでしたら構いません」
「硬いわね。もっと砕けても良いのよ? それと、私の事はアーシェで良いわ。ハルナもね」
何やらアーシェリアは上機嫌みたいだが、後ろで悲しんでいるクルルを気にしてやった方が良いと思うのだが?
「……承知しましたアーシェ様」
「まだ学園に入る前だから許すけど、入ってからはもっと普通にしなさい。学園内では一応身分はあってないようなものなのだから。クルルも、授業中位は従者としてではなく、一生徒として接するように」
名前の呼び方については触れないが、一応クルルに気を使った発言をする。
主人が従者に気を遣うってのはあまり良い事ではないが、まだ子供なのだし、厳しくし過ぎるのも考え物だ。
クルルは一言返事をして、アーシェリアの後ろを付いて行く。
俺達が最後という事も有り、先程俺達を見ていた奴らは付いてこない。
……いや、数名はあんなことがあった後だと言うのに、付いて来ているな。
実技試験の方もそれなりに残っている可能性はあるが、魔法試験の時よりは少ないだろう。
既に王子と公爵子息の分は終わっているし、魔法の腕はともかく、戦いに強いかどうかまで見る必要は無い。
仮に戦争が起きたとしても、公爵……というよりは貴族が前線で戦う事はまずありえない。
後方から魔法を使うならともかく、前線で戦えるだけの強さなんていらないのだ。
一応学園内では戦いの授業もあるが、あるからこそ今の内から知らなくても構わない。
それは魔法の方にも言えるかもしれないが、これから先の政治的な判断をするに当たり、知っていた方が上手に動く事が出来る。
とは言っても、女性の貴族に一番求められるのは、魔法の才能だけだ。
いくらそれ以外の才能が有ったとしても、男尊女卑が根強いこの世界ではあまり関係がない。
頭だけは良かったリディスが、バッヘルンから疎まれていた理由がそこにある。
俺の世界は魔法少女の台頭で、どちらかと言えば女尊男卑なので反対の価値観だったな。
「アーシェリア様は、実技試験は大丈夫なのですか?」
「……問題ないわ。それなりに考えてあるわ」
呼び方をそのままにしたら思いの外睨まれたが、アーシェリアは普通に答えてくれた。
貴族社会では呼び方一つでマウントの取り合いがある。
平民の俺がアーシェリアを愛称で呼んでいるのを聞かれれば、いらぬ騒動を呼ぶことになるかもしれない。
呼んで良いからと素直に従うのは、愚か者のする事だ。
さて、俺がアーシェリアの心配をした理由だが、この中でアーシェリアが一番戦いに向いて無さそうだからだ。
見た目や身体の細さで言えば俺が一番悪いのだが、クルル以外は俺が戦えるのを知っている。
そのクルルは従者なだけあり、手足にしっかりと筋肉が付いており、日常的な動きもブレがないので聞かなくても問題ない。
アーシェリアは少女としてはそれなりだが、あまり戦えるようには見えない。
魔力の関係でそれなりの身体能力を手に入れる事は出来ても、訓練しなければ無いのと一緒だ。
因みに義姉であるタラゴンさんは基本的に遠距離から中距離の戦いを得意としているのだが、爆発を使った近接戦も得意としていたので、アーシェリアとは違っていた。
まあアーシェリアの場合、最初から最低限の運動能力さえあれば良いと思っているのだろう。
貴族的にはそれが正解だし、あくまでも戦えるだけで戦う必要なんてない。
俺達とは違い、この世界では最低限選べるだけの余裕がある。
「さて、着いたわね。多少残っていたり、後ろにも人が居るけど、さっさと終わらせてしまいましょう」
これまでとは違い、若干投げやり感がある物の、最後の試験場に着いた。
流石のアーシェリアも、試験官に勝とうとは考えていないのだろう。
おそらく勝つ方法自体はあるのだろうが、試験は試験官との一対一であり、距離もそう離れていない。
魔法だけとなると、流石に難しいのだろう。
詠唱をしなくてもいいと言っても、慣れてなければ魔法は発動しない。
十二歳程度の子供に求めるのは無理だろう。
まあ出来たとしても、威力が伴わないのはネフェリウスで知っている。
試験場は先程の魔法試験と似ており、三人の試験官が人形の代わりに立って待っている。
ただ、距離はそれなりに離れており、簡易結界も用意されている。
また、予備の試験官や治療用のスタッフも用意されている。
普通ならば散らばってさっさと試験を終わらせるのだが、アーシェリアが交渉して再び一人ずつ試験を行う流れとなる。
交渉は魔法試験の時よりもスムーズであり、最後であり試験官としても疲れて来たので丁度良いと答えていた。
一部不快な感情を出しているのも居るが、相手が悪すぎだな。
筆記試験を含めて、リディスの試験はもっと荒れると思ったが、アーシェリアのせいで少しばかりつまらないものとなってしまっている。
ある意味幸運だが、ある意味不幸でもあるな。
リディスの実力ならば何があっても対応できるので、それなりに問題が起きた方が、俺としては好ましかったが、こうなっては仕方ない。
「クルルは好きにやって良いわよ。練習と割り切ってもいいし、勝ちを目指してもね」
「畏まりました」
一番手であるクルルは、貸し出し用の武器から細身の剣を選び、試験官の前に立つ。
審判の教師が開始の合図をすると、クルルは試験官に向かって剣を振るう。
「筋は悪くないと思うけど、どう思う?」
戦いを観戦しながら、アーシェリアは俺ではなくてリディスに聞く。
「……あまり同世代の剣を見たことがないので、正直お答えあぐねています」
「ふーん」
もしも先に行われたのが実技試験だったならば、この答えをアーシェリアは意味のないものとして捨て置いただろう。
「つまり、自分よりも弱いと言いたいのね?」
「そ、その様なことはありません」
しかしリディスの魔法を先に目にしているので、その様な言葉が出てくる。
おかげさまで、リディスの仮面が少しだけ剥がれそうになった。
手助けしてやっても良いが、あっという間に実技試験がクルルの敗けで終わり、ヨルムの番になる。
ならば、言葉ではなくて戦いで教えてやれば良い。
「ヨルム。遊んできて良いですよ」
「ほぉ。良いのか?」
「どうせリディス様の結果は変わりませんからね。その代わり、やり過ぎないように」
「あい分かった」
リディスがアーシェリアに遊ばれている間に、ヨルムへ実技試験での動きを指示しておく。
クルルが戻ってきたタイミングで、クルルの持っていた剣をパクってヨルムは試験官の方へ歩きだした。
「……」
「……」
「私の部下がすみません。後できつく言っておきます」
クルルとリディスの間に微妙な空気が流れたので、一言謝っておく。
アーシェリアは面白がっているようだが、まさかクルルのを奪っていくとは…………遊んで良いと言ったのは間違いだっただろうか?
「謝罪ついでですが、ヨルムはリディスの剣の師匠です」
「……さっき同世代とは戦った事がないと、言ってた気がするのだけど?」
「少々訳ありでして、それなりに面白いものが見られると思いますよ」
スッと目を細めたアーシェリアは、ヨルムを見詰める。
定位置に着いた事で審判が始まりの号令を出し、ゆっくりと試験官に向かって歩き出した。
ぶらりと剣は下げたままで、試験官は一応身構えてはいるが、自分から襲うようなことはしない。
そしてヨルムが試験官の横を通りすぎると……。
「……」
「……」
ヨルムのやらかした結果を見て、アーシェリアとクルルは揃って無言となる。
それは周りで見学していた奴らもそうだが、一番困惑しているのは試験官の方だろう。
何せ、ヨルムが横を通りすぎただけで、持っていた剣が半ばから折れたのだからな。
ちゃんと種も仕掛けもあるが、試験官と審判が慌てていると言うことは、誰も理解できていないのだろう。
「リディス様。何が起きたか理解できましたか?」
俺の言葉に反応して、アーシェリアとクルルの視線がリディスへと向けられる。
「いえ、私には分かりません」
『分かるわけないでしょうが!』
外見は澄ましているが、中身は中々の荒れ具合である。
「ハルナは分かるのかしら?」
「はい。何ら特別な事な事をしたわけではありませんので」
通り過ぎる時に空いている方の手で、剣をへし折ったのだ。
ヨルムがやったのは、言葉にすればそれだけの事だ。