第95話:バイバイ人形
二時間程図書室で時間を潰し、そろそろと言うことで、試験会場の方へ移動する。
因みに魔法試験の会場と、実技試験の会場はかなり離れている。
どちらも事故の恐れがあるので、当たり前と言えば当たり前だろう。
なぜ急にこんな話になったかだが、会場が遠いため、魔法試験を終えた人達は、直ぐに移動しなければならない。
つまり、後ろの番になればなる程ギャラリーが少なくなるのだ。
そのためか、基本的に高位貴族は始めの方に回される。
リディスの成果を見せる意味で、なるべく早めの順番の方が良かったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
こんな我儘が普通まかり通ることはないのだが、早めるならともかく遅くするのなら、学園側としてもデメリットがない。
「ふぅん。案外人が残ってるわね」
「アーシェリア様のせいかと思います。公爵家の実力を見ておきたいと思うのは、王国の貴族として当たり前かと思います」
お前のせいで無駄に人が居るのだと、遠回しに罵倒するが、アーシェリアは澄まし顔を浮かべてどこ吹く風だ。
此方としてはありがたいが、振り回されていてはたまらない。
狙ったのかは分からないが、順番はクルル。ヨルム。アーシェリア。俺だ。
一人抜けているが、一番最後は言わなくても分かることだろう。
人形は人数を捌くために三つあるのだが、アーシェリアの意向により、一つを順番にやっていくことになった。
それで良いのかと思うが……。
「順番は最後ですし、他の方の迷惑にもなりませんので、許可します」
そんなことを試験官が言った。
柔軟性のある思考の持ち主と言えば良いのか、それとも権力に逆らえない哀れな大人と思えば良いのか……。
「それでは私から失礼させて頂きます」
クルルは服の中から、魔石が填められた指輪を取り出し、指に填めながら人形の前へと歩いていく。
使うのは水の魔法だとは思うが、この面子の中では一番期待を持てない。
治療の時に軽く探ったが、ネフェリウスよりも実力は下だろう。
「水よ、アクアボム!」
水の塊が人形の上に現れて、爆発をする。
リリアがよく使っていたエアロボムと同じ系統の魔法だが、かなり威力が低いな。
周りの様子を見るに、これでも凄いみたいだが…………まあ子供だしな。
『五十点から四十点位かな?』
(その点数は、全体で見ればどんな感じだ?)
(上位十パーセントには入ってるね。ギリギリ十本指に入らないくらい)
確かに上位だが、判断に困る順位だな。
「中々のものでしょう」
「はい。入学前としては上位に入ると思います」
アーシェリアが自慢気に聞いてくるので、アクマから聞いた情報を元に卒なく答える。
因みに言い換えれば、子供にしては上出来だろうである。
次はヨルムの番となるので、アーシェリアに聞こえないようにヨルムへと話しかける。
「ヨルム。大体七十でお願いします」
「うむ。練習の成果を見せよう」
クルルと入れ替りで、ヨルムが人形の前に立つ。
指輪も装備せず、杖すら持っていないので、試験官がヨルムに質問しているが、それをヨルムは適当にあしらう。
ヨルムに言った言葉の意味だが、文字通り七十点を狙えという指示である。
そして練習の成果とは、手加減の事だ。
殺す殺されるの世界に居たヨルムは、手加減があまり得意ではない。
物理の方はリディスとの訓練により問題なくなったが、魔法は中々上手くいかなかった。
これには訳があるのだが、一番は魔法の体系が少しだけ違うせいだろう。
ヨルムって一応魔物だからな。
そんな事もあり、ヨルムは頑張って手加減の練習をしたのだ。
まあ他にも問題があるのだが、威力的な手加減は問題なくなった。
ヨルムが軽く手を振るうと、拳大のファイアーボールが人形へと飛んでいく。
「無詠唱……ね」
ポツリとアーシェリアが真面目な顔で呟くが、この程度ヨルムには朝飯前である。
人形に当たったファイアーボールはその大きさに似合わない爆発をし、見学をしていた人達を驚かせる。
そしてクルルの時よりも色が濃くなった人形を見て、更に驚愕する。
「そんな! 何も無しで私よりも上だなんて……」
余裕の態度を浮かべていたクルルは、ヨルムの結果を見て令嬢らしからぬ声を上げる。
「クルル様よりも上なのは確かですね。私としては予定通りですが」
軽く煽ってやるが、クルルは少しだけ目を見開いてから落ち着いてしまう。
怒鳴るかと思ったが、結構自制心が強いな。
「ハルナと一緒に居るから気にはしていたけど、あれでも本気ではないのよね?」
「見たまま……としかお答えできません」
「そう……私への当て付けかと思ったけど……ふーん」
……ああ、そう言えばアーシェリアは火の魔法を使うんだったな。
態々アーシェリアの前に火の魔法で目立つようなことをしたのだから、そう勘繰られても仕方ない。
ヨルムは表向き、俺と同じ火と光の属性が使えることになっている。
更に髪の色が色なので、光の魔法の方が得意と思われる。
なのに火の魔法を使い、かなりの高得点を出した。
不適な笑みを浮かべたアーシェリアと入れ違いになるように、ヨルムが帰ってくる。
「言われた通りにしたぞ」
「はい。流石ですね」
「うむ。我はハルナの……うむ、何だ、ともかく、後で褒美を頼む」
「良いでしょう」
ギリギリ失言もしなかったし、後でパンケーキでも焼いてやるとしよう。
しっかりと命令に従ったのだから、報酬を払うのが飼い主としての責務だ。
出会い頭に殺そうとしたが、あれは説明不足のアクマが悪い。
立ち止まったアーシェリアは、空間から一本の杖を取り出す。
「なんと!」
「ねえ今のって……」
「流石アーシェリア様だ……」
アーシェリアが杖を取り出したことで試験官が驚き、外野もざわざわと煩くなる。
自信満々にしているだけあり、やってくれたな。
これではリディスの時の驚きが半減してしまうが、やったもの勝ちなので文句も言えない。
「猛き焔よ。業火となり仇なすものを吹き飛ばしなさい。フレイムノヴァ!」
杖から放たれた一条の光線が、人形の足下に着弾し、爆発を起こす。
『ほー。流石天才ってところかね?』
詠唱や呪文こそ違うが、俺が使った魔法にとてもよく似ている。
流石に人形を壊すなんて芸当は無理だったが、点数で言えば九十五点以上。
立場を加味すれば、満点になってもおかしくない。
だが……。
(まともに成長することは出来るんかね?)
『さあ。そこは私達の知ったことじゃないからね』
アクマの言うと降り、この先アーシェリアがどうなろうとも、俺達には関係ない。
それに、何事もなく生きたいように生きられる可能性もある。
俺が危惧している事態になることはないだろうが、天才なんてのは妬みの対象でしかない。
少しでもスキャンダルがあれば、叩かれることになるだろう。
さて、少々アーシェリアがやらかしたせいで煩いが、次は俺の番か。
ドヤ顔を向けてくるアーシェリアの横を無視して通り過ぎ、人形の前で止まる。
「試験番号六百二十一番ですね? 受験票をお願いします」
「はい」
確認作業が終わり、後は魔法を撃てば終わりとなる…………が。
予定では天気雨を使う気だったが、俺は案外負けず嫌いである。
アーシェリアとは一切関係ないが、俺とタラゴンさんの戦績は一勝一敗である。
最初の戦いは俺が魔法少女になって直ぐにシミュレーションで戦い、本気を出させる事すら出来ず、コテンパンに負けた。
二回目の戦いはアルカナを使用し、その代わりタラゴンさんを含めたランカー三人と戦ったのだが、手札を知っている俺の方が有利であり、順当に勝つことが出来た。
ここで天気雨を使えば驚かす事は勿論、いくらでも調整は出来るので、同点以上を狙うことが出来る。
が、あんなドヤ顔をされたならば、悔しがる顔を見てみたくなるのが人の定め。
予定なんて変えてなんぼだ。
そんなわけで……。
「爆ぜろ」
赤い光線が人形の下に着弾した後、爆発を起こす。
アーシェリアの魔法で人形の固定が弱まっていたのか、空高く飛んでいく。
「……え?」
間の抜けた試験官の声が聞こえるが、周りはとても静かだ。
さて、吹き飛んだ人形が降ってこないのだが……。
「吹き飛んでしまいましたが、この場合どうなりますか?」
「……少し待っていてください」
ふむ……待つか。