第94話:王子と公爵子息
「王子の方は、あくまでも私との仲が悪くないとアピールが出来ればそれで良かったのよ。最後に会ったのは一年以上も前だったし、向こうも私の立ち位置を見ておきたかったんでしょう」
馬鹿だとアーシェリアは言うが、ちゃんと考え有っての行動なのだから、仕方ないと溜飲を下げた。
が……王子が去ってから昼食を食べ始めたところで、アーシェリアに近づく影があった。
王子の時は純粋に尊敬のある驚きだったが、その影が来たことにより、食堂内に暗雲が立ち込める。
その影とは……まあ既に分かっている事だが、公爵子息であるデメテル・ペテルギウス。
アーシェリアの所に来たデメテルは、声を掛ける前にアーシェリアの肩に手を置いた。
許可もなく異性の身体に触れるのは貴族間ではかなりの問題であり、相手次第ではその場で罪に問われてもおかしくない。
その時クルルは、直ぐにデメテルの手を払ったのだが……。
その行為は正当なものであり、後少し遅ければ丸焼きにしていたかも知れないとアーシェリアは語る。
だが、そんな事はデメテルには関係なかった。
そしてデメテルは……。
「あの屑は……私の従者に手を上げたのよ」
因みに手を上げるとは叩いたりした程度ではなく、腹を殴ったようだ。
それから少々衝動が起きたが、最終的に第四王子が合間に入り、デメテルを殺すわけにもいかないので、アーシェリアはさっさと食堂から出て行った。
俺達よりも早く図書室に居たのは、そのせいか。
クルルが落ち込んでいる理由は何となくわかるが、これは慰めようがないものだ。
悪いのは全てデメテルだが、騒動に巻き込まれる事となり、飯すらしっかりと食う事が出来なかった。
まあ大変だわけだが……。
「ご愁傷様です。クッキーならありますが、食べますか?」
「……貰うわ」
流石に茶化せるものではないので、同情位しても良いだろう。
アイテムボックス内にあるクッキーを、服の下から取り出す風にして出す。
沢山作っておいてよかった。
「クルルも食べなさい。今日はまだ長いから、お腹が空くわよ」
「……はい頂きます」
図書室で食べ物を食べて良いのだろうかと思うが、どうせ本は読まないので大丈夫だろう。
それに、食べカスを零すような事をアーシェリアがする筈も無い。
隣のヨルムが物欲しそうにしているが、さっき食べたのだから今は自重して欲しい。
「……とても美味しいですね」
「そうね。これは何所で買ったのかしら?」
「私か作った物になります。お口に合ったようで何よりです。それとクルル様は、殴られたお腹は大丈夫でしょうか?」
「……少し痛みますが、訓練で慣れているので大丈夫です」
戦うのが当たり前の世界だし、殴られた程度でどうにかなる身体をしている訳ないか。
俺の世界でならもしも殴った側が一般人で、殴られた側が魔法少女なら、一般人の方を心配する位、強さに差がある。
なんなら殴った側が腕を痛める事になるだろう。
大丈夫ならまあ良いか……と思っていると、アーシェリアがクルルの腹を触った。
するとクルルは顔を顰めて、持っていたクッキーを落としそうになる。
……ただの強がりだったわけか。
「あなた光の魔法が使えるのよね? クルルを治してもらえる?」
「構いませんが、リディス様から許可を取って下さい。私の一存では決められませんので」
「アインリディス。対価は後でどうにかするから、良いわよね?」
「構いません。怪我人を無視しておくほど非情ではありませんので。それと、対価も必要ありません」
先程ソファーでだらけていたとは思えない凛とした姿勢で、リディスは対価を拒否する。
普通ならば裏のある提案かと思われるかもしれないが、リディスはただ単に対価を貰うのが嫌なだけだろう。
こいつの性格からして、出来れば公爵になんて近づきたくないだろうし。
だが、アーシェリア側は貸し一つとして捉えるはずだ。
「そう……ならお願いするわ」
許可が出たので、袖からにょきっと鎖を出して、クルルの腹部に当てる。
クルルだけは鎖が突如現れた事に驚いたが、二度目であるアーシェリアは目を細めるだけである。
さて……ふむ、骨までダメージは入っていないが、内出血しているな。
服のせいで見えないが、間違いなく痣が出来ているだろう。
どんな感じに殴られたか分からないが、このレベルならその場で吐いてもおかしくないレベルだろう。
とりあえずハイヒール位の強さで治療しておく。
「……凄いのは凄いんだけど、なんで態々難しい方法で魔法を使ってるわけ?」
「触診が出来るので、案外便利なのです。しかし、結構強く殴られたみたいですね。骨に異常はありませんでしたが、結構な内出血がありました」
「――クルル?」
アーシェリアは痛みが引いて少し呆然としているクルルに向かって、威圧感を出しながら声をかける。
相当腹に据えかねているのか、魔力も漏れている。
クルルは何か声を出そうと口を動かすが、何も言えずに視線を彷徨わせる。
「……あ」
「まあ良いわ。悪いのはあなたじゃないものね。先に礼を言いなさい」
「……治して頂きありがとうございました」
「気にしないで下さい。同じ学園の生徒になるのですから、これ位は助け合いの範疇です」
治したおかげか、流石に出会って直ぐの頃に合った角が取れたようだ。
とは言ってもリディスに対しての態度は、仮面を被っただけなようだがな。
或いは何かしら思う点があるのかもしれないが、聞かない方が面白そうだ。
しかし、食堂に行くのも面白そうだったな。
アーシェリアと知り合いでなければ、きっと楽しむ事が出来ただろうし、上手くいけばリディスの快進撃を拝めたかもしれない。
もしかしたら、俺が手を出していたかもしれないけど。
「そう……話は変わるけど、魔法試験ではどんな魔法を使う気なの? 軽くで良いから教えなさい」
後のお楽しみと言っておいたのだが、流石に我慢できないみたいだな。
リディスがどうするのかと訴えかけてくるが……俺が答えてやるか。
「そうですね。私とリディス様は、オリジナルの魔法を使う予定です。おそらくリディス様は満点を取れると思います」
「へー。自信があるみたいね。私でも無理なのに」
「……あまり虚言を吐かない方が宜しいかと思います」
二人揃って言いたい放題だが、二人がそう言えるだけの理由がある。
魔力試験だが、これまで満点評価を得られたのは王族しかいない。
理由なんてのは馬鹿でも分かると思うが、ただの誇示だ。
この学園は他国籍の者もおり、小さな政界みたいなものだ。
学生の間は身分など関係ないと学園側は謡ってはいるが、そんなものタダの戯言だ。
確かに学園内で平民が貴族に楯突いたとしても、罪に問われる事はないが、学園から一歩でも外に出れば何が起きるかなんて考えなくても分かる。
流石に直接犯罪行為に出る奴はいないだろうが、ごろつきを雇って手足を折る位はやってのけるだろう。
そして何が言いたいかだが、魔力人形はその特性上不正をすることが可能であり、その不正を用いて王族の点数を不正に水増ししている。
あからさまに五十点なのを百点にしたりはしないが、周りの点数次第では当たり前の様に誤魔化すとか。
因みにこれは王族だけの話ではないし、逆に点数を低くされる事もある。
色で判断するのではなく、しっかりと点数が出るように作られていれば不正なんて出来ないのだが、最初から不正ありきの物なのだろう。
つまり、普通に試験をした場合、リディスは満点を取れない…………が、一つだけ方法がある。
誰が見ても満点であると示せば良いのだ。
その方法とは、人形を壊すことだ。
一応ゼアーに調べてもらったところ、魔法試験で使われている人形は、最上級から戦略級位の火力があれば破壊には問題ないらしい。
因みにブロッサム家にあったのも同等だ。
俺がいつも使っている鎖だが、魔法としての難易度は初級となっている。
しかし魔力はいくらでも込められるので、戦いで使う場合は禁忌魔法クラスとなる。
基本的に魔法という名の物理であり、基本は防御や束縛で使っているので、威力的な脅威は低い。
ついでに、本数を増やせばその分耐久力も落ちる。
それでもこの鎖で、人形程度ならば容易く壊すことが出来る。
そして俺がリディスに授けた魔法は、この世界の魔法に当てはめれば最上級となる……一発がな。
氷の檻から放たれる氷の槍は全部で四十五発。
それだけぶちこめば、人形を壊すのは容易いはずだ。
杖があってこその魔法だが、元は東京ドーム程度の氷の塊を落とす魔法なので、これでもかなり弱い。
「私が教えていますので、問題ありません。もしも満点でなければ、相応の結末を迎えることになるだけです」
威力が足りないのならば、少しお手伝いしてやれば良い。
極小の魔法を、人形の近くで放てば良いのだ。
リディスに教えた魔法は派手だから、発覚することはないだろう。
「それ程の覚悟があるのね……なら、期待しておくことにするわ。無魔のアインリディスの魔法を……ね」
「……私は、自分の目で見てから決めようと思います。あなたの覚悟を」
……何だが誤解されている気がしなくもないが、リディスの事だから別に良いだろう。
「はい。是非とも御覧になってください」
冷笑を浮かべるリディスの声は、心なしか震えているように聞こえた。