第93話:不法占拠
「それで、お昼って本当にあるの?」
「はい。作ってあります」
不正の件をシルヴィーに丸投げしたところで、昼飯となる。
因みに不正させない方法だが、シルヴィーから学園長にお話をしてもらうだけだ。
入試の採点する奴らも、流石に学園長直々に注意されれば、何も出来ないだろう。
ボンミスで数問間違えるならともかく、もしもあからさまに点数が低かった場合シルヴィーには責任を取ってもらおう。
まあ終わった学科の事は忘れるとして、先ずは飯だ……が、 アーシェリアから逃げるための方便だったため勿論朝の内に弁当を作るなんて事はしていない。
だが、こんなこともあろうかと、小分けしたサンドイッチとコンポタをアイテムボックス内に、用意してあるのだ。
更に飲み水も大量にストックしてあるので、コーヒーも飲める。
「サンドイッチになります。具材は適当なので、見てから食べてください。それと、コーンポタージュです」
「ありがとう」
「うむ」
「いただきま~す」
うるさいメイド長もいないので、俺を除いた全員が一斉にサンドイッチに手を伸ばす。
この面子で普通にしていられるのだから、アーシェリアを相手に一々固まらなくても良いと思うのだが、小心者のリディスには無理な話しか。
自分の分のサンドイッチだけ別に出して食べ、コーヒーを淹れる。
折角なので今回はサイフォンで淹れる。
何が折角なのか自分でも分からないけど。
「……その黒いのは何なの?」
「コーヒーと呼ばれる飲み物です。覚醒効果があります」
そう言えばリディスの前でコーヒーを淹れるのは初めてだったな。
バッヘルンの屋敷に居た時は量が少なかったため、部屋でこっそりと飲むだけに留めていたし。
「そんなの飲んで大丈夫なの?」
「そこの神も、喜んで飲んでいるので大丈夫ですよ。何なら将来的にエルフを通して販売する予定です」
「私が大変な思いをしている間に、何をやっていたのよ……」
それは色々としか言いようがない。
Sランク冒険者にあったり、魔界を冒険したり、エルフをボコボコにしたりだ。
折角なので全員分のコーヒーを用意し、焼いたココアクッキーも取り出す。
ついでに食べ終わった食器類はアイテムボックスへ放り込み、後で洗う。
魔法少女になればこの場で洗うことも出来るが、流石にな……。
「紅茶の代わりにどうぞ。苦いので、一口飲んで無理でしたら、砂糖やミルクを入れてください」
コーヒーを置くと、あからさまにリディスは顔をしかめて他の二人を見る。
ヨルムは手慣れた感じで砂糖とミルクを入れて飲み、シルヴィーはブラックでニコニコとしながら飲む。
覚悟を決めたリディスはカップを持ち上げ、コーヒーを飲んだ。
「……紅茶の渋味とは違って、本当に苦いわね。飲めなくわないけど、甘味が欲しいわ」
「やはり子供舌でしたか。ヨルムと一緒ですね」
「……」
煽ってみたところ、リディスは何も言わずにブラックのまま飲み始めた。
無理せずに砂糖を入れれば良いのに。
今回のは苦味が薄く少し酸味が強いものだが、それでもコーヒー特有の苦味はあるのだ。
昼飯を食べ終えて、更にティータイムも済ませたので、いよいよ移動となる。
学園の地図はアクマから既にインストール済みであるため、迷う心配はない。
何なら四人中三人が転移出来るので、行こうとすれば一瞬で行くことも出来る。
使った食器類を全て片付け、シルヴィーに換気をしてもらってから部屋を出る。
因みにこの部屋だが、元の世界で言う部室となっている。
つまり、この学園には部活動があるのだ。
部活と言うよりはクラブ活動に近いのだが、部活を設立すれば部室を貰うことが出来る。
これが重要だ。
今みたいに何をやっても問題なく、一種のセーフティールームみたいに使うことが出来る。
部活を設立するには相応の信頼と、人数が必要らしいが、この事はまた後で考えるとしよう。
『真っ直ぐ行った先にあるのが図書室だよ。因みに二人はもう来ているみたいだね』
(了解)
学園は大雑把に表現すると、三つの建物に分かれている。
実習や実験。講習や行事の際に集まる建物と、教室や職員室のある建物。
それと寮だ。
全て大きな建物であり、簡略したが様々な部屋がある。
図書室は入試をした建物の四階にあり、流石に閑散としている。
アーシェリア達が既に居るのにこうなっているってことは、何かしら手を打っているのだろう。
此方もシルヴィーに、散歩に行けと手を打っているからな。
あいつが居ては、何が起こるか分からない。
「着きました。お入りください」
扉を開けて、先にリディスを入らせる。
学園に入った後は自分で開けさせるが、今はまだ学生ではないので、メイドとして仕事をする。
図書室はかなり広く、本棚も中々高い。
人の数は少ないが、制服を着ている人がちらほらと見える。
おそらく勉強をしているのだろう。
在校生達の事は気にしないとして、お目当ての人物は……。
「来たわね。座りなさい」
朝会った時よりも不機嫌なアーシェリアが端の方にあるテーブルに居た。
リディスに敵意を向けていたクルルは、今はしょんぼりとしている。
リディスが座ってから俺達も座るが、まったく仮面を被ろうとせず、不機嫌なのを隠そうとしない。
「アーシェリア様。何かありましたか?」
「馬鹿と屑が言い寄ってきたのよ」
リディスは何か言いいたそうに俺を見るが、俺と会った時は最初から仮面を被っていなかったので、俺が言えることはなにもない。
が、もしもリディスが素の状態を出すならば、尻を鎖で叩く。
しかし、馬鹿と屑か……流石に思い当たる奴がいないな。
ここは俺が話に乗ってやろう。
「その御二人はどなたでしょうか?」
「王子と私と同じ公爵家の息子よ。名前くらいは知ってるでしょ?」
その二人ならば分かるが…………ふむ。
公爵の方がゴミなのはゼアーの情報で分かっているが、王子の方もアーシェリアが罵倒するほどなのか……。
いや、単純に馬が合わないだけかもしれないな。
公爵の方は屑だが、王子の方は馬鹿と言っているだけだし。
「はい。食堂で声を掛けられたのですか?」
「そうよ。これなら無理してそっちに付いていけば良かったわ」
「アーシェリア様……あまり王家や他家を悪く言うのは……」
「公衆の面前で、あの様なことをする連中を思いやる謂れはないわ」
完全にお疲れモードとなっているアーシェリアだが、勉強をしている在校生を思いやってか、しっかりと小声に抑えている。
「一体何があったのでしょうか?」
流石に不憫と思ったのか、リディスが聞いてしまった。
俺も気にはなるが、出来れば聞きたくはない。
アーシェリアが怒るような内容なのに、クルルが怒っていない時点で大体の事を察することが出来る。
「教えて上げるわ。この入試次第では、あなたも同じ目に遭うかもしれないしね」
待ってましたと言わんばかりに、アーシェリアは不適な笑みを浮かべる。
クルルにはさっさとやる気を取り戻して、主人を絶対守るマンになってほしいのだが…………無理そうだな。
「あれは、私が雑種達を引き連れて食堂についた時の話よ」
「アーシェリア様。もう少し慎みのある言葉を……」
クルルの苦言を無視して話し出したアーシェリアだが、中々の喜劇があったようだ。
食堂と言われれば、ブロッサム家の食堂を最初に思い浮かべるのだが、どうやら学園の食堂は、身分により座る場所が大体決められている。
貴族は貴族と。平民は平民と言った具合にだ。
身分を気にしない、一種のフリースペースもあるらしいが、そもそも食堂を使うことはほぼないだろうから関係ない。
態々不味い飯を食いに行く理由は…………そう言えばデザートや茶菓子も食べられるんだったな。
気が向いたら行ってみるとしよう。
まあそんな食堂についたアーシェリアは、貴族達と一緒に居たくないので、注文をクルルに任せてフリースペースの席に座った。
だが、この行為が間違えだったとアーシェリアは語る。
アーシェリアは俺に礼をしたり、普通に話しかけてくるが、それは貴族としてはかなり珍しい。
その理由はあるにはあるが、長くなるので今は無視して良いだろう。
さて、フリースペースに公爵令嬢が座ったせいで、食堂には少なくない衝撃が走った。
更に見計らったかのように、第四王子がお供を引き連れて食堂に現れたのだ。
そのまま貴族用の席に行けば問題なかったが、第四王子はアーシェリアの所に向かってきた。
そして――口説いた……いや、ナンパしたのだ。
呆気にとらわれたアーシェリアだが、何とか取り繕ってのらりくらりといなすが、第四王子も簡単には引かない。
そこに料理を持ってクルルが戻ってきたので、言葉を取り繕いながら、飯を食うからさっさと消え去れと言った。
流石の第四王子も食事の邪魔をすることはなく、フリースペースで食べるのはお供に見張られているために出来ず、離れていった。
確かに馬鹿な行いなので、アーシェリアが馬鹿と言うのは頷ける。
だがこれ位でならば、アーシェリアもここまで怒らないと思う。
ならば問題は、屑の方なのだろう。