第92話:学科試験
「今から筆記試験を行います。先ず最初に注意事項について話します」
風の魔法を使っているのか、会場で話す大人の声が遠くまで良く聞こえる。
そして思い出したが、試験中は魔法の使用が禁止だったな。
服の下に巻いている鎖を解除すると、一瞬だけ服がブカブカになるが、直ぐに程よいサイズに調整される。
流石一着数百万する魔法少女用の服だ。
さて、試験の注意事項だが、魔法以外は現代と変わらない。
カンニングをするなとか、開始の合図まで始めてはならないとかだ。
それと、学科試験は三科目各一時間で、休憩は無しだ。
ついでに昼休憩も無いが、学科の後にある魔法試験と実技試験は待ち時間があるので、待ち時間に食えと言うことらしい。
また受験生は学園にある食堂で、無料で飯が食えるらしい。
混雑しそうだが、一気に全員が行くわけではないので、大丈夫なのだろう。
そして試験の流れ的に、早ければ午後一で帰れるが、遅ければ夕方を過ぎるくらいの差が生まれてしまう。
正直学科で篩に落とし、後日実技試験などをやれと思うが、文句を言っても仕方ない。
そんなわけで軽く説明があった後に紙を配られ、学科試験の始まりとなる。
『ふむふむ。過去問と同じだね』
(メイド長とゼアーに感謝だな)
先ず歴史の問題を解いていくが、基本は過去問と同じであり、捻った問題はほとんど無い。
覚えれば良いだけの問題に躓く事はなく、三十分程で答えを書き終え、見直しまで終わった。
次の国語は、異世界人である俺にとって少し厄介なのだが、俺にはアクマ翻訳がある。
つまり、文法は日本と同じ捉え方ができ、この世界にはこの世界のあれこれがあるが、俺には関係ない。
それと、日本で言う古文が無いだけでかなり楽だ。
此方も同じく見直しを含めて三十分程で終わった。
歴史も国語も満点を取らせないための難関問題があったが、所詮は中学生レベルだ。
これならばリディスとヨルムも満点を取れるだろう。
続いて最後の数学……算数だが、基本的な問題は四則計算だ。
ルートもなければ方程式の問題もない。
一応男だった頃は設計で生計を立てていたため、計算は得意な方である。
つまり……いや、分かっていたことだが、三科目の中で一番簡単だった。
この身体は男だった頃に比べて頭の性能が良く、ただの計算問題ならば平行処理が出来る。
解答を書いている間に次の式を暗算……なんて芸当が出来るので、瞬く間に終わった。
文章問題だけ面倒だったが、文章問題は最後に回し、他のを解きながら文章を読んで暗算したので、手を止めることなく書き終えた。
人でこの芸当を出来るのは少ないと思うが、ヨルムは俺と同じことが出来る。
手先の器用さは微妙だが、正体が正体なので頭の回転が早い。
ヨルムの事はまあ良いとして、これで学科は全て終わった。
いつもより大分ゆっくりとやったが、それでも半分以上時間が余ったな。
カンニングにならないように、注意して辺りを見回すが、どうやらこの会場は貴族の子息で固められているようだな。
中には少しみすぼらしい奴も居るが、男爵や騎士爵とかだろう。
いや、騎士爵は厳密には貴族とは違うか。
そう言えば、アーシェリアが居るって事は他の公爵と王族も居ると思うのだが、それらしい奴がいないな。
そもそも、もしもいるとすれば試験が始まる前に、それなりに騒ぎが起きていた筈だ。
何故アーシェリアだけ居るのか分からないが、おそらくわがままを言ったのだろう。
本当ならば三人共別室で受ける予定だったが、俺やリディスと会うために態々こっちを選んだ。
そう考えるのが妥当だ。
大量に居る貴族とは違い公爵は数が少なく、王家は一つだけだ。
学園に入学した後ならばともかく、始まる前は有象無象が集まっている。
隔離しておくのは決して悪い事ではない。
アーシェリアがおかしいだけだ。
さて、窓の外のシルヴィーはいつの間にか居なくなっているし……暇だな。
(何か面白い話はあるか?)
『無茶振り過ぎない? ……面白かどうかはおいといて、学園の教師の話でもする?』
ふむ。そう言えば教師についてはほとんど知らないな。
ゼアーにも調べさせていないし、学園長がシルヴィーの知り合いという事くらいしか知らない。
(とりあえず学園長の事を教えてくれ)
『了解。学園長の名前はガブリエル・ボワイエ。六十五歳で、四属性が使えるね。元宮廷魔術師だけど、貴族に嫌気が差して学園長になったみたい』
(四属性ね……それで?)
『シルヴィーとの関係だけど、どうやら宮廷魔術師の頃に世話役みたいなことをやっていて、それで知り合いみたいだね。それと、結構いい性格をしているみたいだね。案外ハルナと気が合うかもよ?』
アクマから薦めてくるとは面白い……。
リディスが首席になれば、学園長と会う機会もあるだろうし、楽しみにしておこう。
シルヴィーの伝手で会いに行く方法もあるが、最初は邪魔者がいない方が良い。
ニーアさんみたいにシルヴィーがいないと駄目ならばともかく、下手にシルヴィーを連れてくると荒れるからな。
何なら呼んでこなくても勝手に付いてくる可能性もあるし。
(それは楽しみだ。学園長以外では誰かいるか?)
『直接名前を言うとハルナの楽しみを奪うから言わないけど、どうやらクーデターに賛成してるのが居るみたいだよ』
流石スティーリアといったところか。
公爵家と共謀しているのだから、教師を手懐けていてもおかしくない。
(取り込まれている生徒はどれくらいだ?)
『うーん。半数より下とだけ言っておくよ。それと、教師も一人だけ……なんて事はないからね』
中々の有能ぶりだ。
俺と会った時の反応からしてただの馬鹿とは思っていないが、ちゃんと勝率を考えて動いているのだろう。
個人的にそこまで権力を求める理由がまったく分からないが、魔女のように正当性がないのは確かだろう。
学生については放置するとして、教師があまりにも邪魔になるようなら、メイド長をけしかければ良い。
「時間となります。全員部屋から出てください。また、表に張り出されている順番に沿って次の会場に向かってください」
アクマと話している内に時間となり、五人揃って会場から出る。
クルルだけ微妙な表情だが、思ったよりも問題を解けなかったのだろう。
「終わったわね。次の試験までは時間があるから、先ずは食堂に向かいましょう」
「確認しなくて宜しいですか?」
「ええ。一番最後に回すように話してありますので、問題ないわ」
出来れば一番最初が良かったが、一番最後にされたか……権力があるからって、そこまでやって良いのだろうか?
そんなわけで食堂に向かう……なんて事を俺がするわけがない。
「失礼ながらリディス様のお食事は此方で用意してありますので、食堂へは御一緒出来ません」
「ふーん。私の命令に従えないのかしら?」
「リディス様がアーシェリア様と食堂に行けば、要らぬ騒動を招くことになりますので。入学後ならば何も言いませんが、我が主の置かれている立場を知っているのでしたら理解していただけると幸いです」
アーシェリアは、ただじっと俺を見て動かない。
そしてリディスは固まって動かない。
前者は考えているだけだが、後者は公爵に逆らうような状況になったせいで頭が働いていないだけだ。
因みに、アーシェリアが俺達に付いてくる選択肢を取ることは出来ない。
現在居るのは会場から出て直ぐの廊下だが、かなりの数の視線が突き刺さっている。
こいつらはアーシェリアに付いて行く気なのだろう。
「……食べ終わったら図書室に来なさい。あそこなら人も来ないわ」
俺達にだけ聞こえる声で話した後、アーシェリアとクルルは歩いて行ってしまった。
そして立ち止まって俺達を見ていた連中は、アーシェリアの後を付いて行き、声を掛け始めた。
やれやれ。貴族とは大変そうだな。
此方もこのまま留まるわけにはいかないので、さっさと移動しよう。
(人のいない所まで誘導を頼む)
『了解』
「それでは私達も移動しましょう」
「……そうね」
アーシェリアとは反対方向に歩き出し、建物の外に出る。
それから五分ほど歩くと人気が無くなり、アクマがストップをかける。
位置は学園の北側になるが、そこには部室の様な小屋が点在して建っている。
その中で空室となっている場所に、勝手に入り占領する。
中は何かの魔法が使われているのか、埃一つない。
「……こんなことして良いの?」
「使われていない場所ですので大丈夫です。それより、試験の方はどうでしたか?」
貴族の仮面を外したリディスはソファーにドカッと座り、大きくため息を吐く。
「間違いなく満点よ。全部埋めたし、見直しもしてあるわ。でも、大丈夫かしら?」
「不正を働けないように手を打っておきます。此方にはあれが居ますからね」
「呼ばれて飛び出て……あれとは何さ~」
呼んでもいないのに、吹き抜ける風の様にあれが現れる。
もう急に現れるのは慣れたが、慣れていないリディスはソファーから飛び上がって驚いた。
流石に声を上げる事は無かったが、しっかりと姿勢を正して座り直す。
「何所に耳があるか分かりませんからね。天界に知られないためにも、なるべく名前呼びは避ける方が賢明です。それと、不正の可能性についてですが、芽を摘んでおいて下さい」
「良いよ~。その代わりコーヒーをよろしくね~」
やっすい対価だが、本当にこれで良いのだろうか?