第91話:シルヴィーをさがせ
学園に入った後、アーシェリアは無言で歩き続け、受付までやって来た。
道中も話し掛けてくる奴がいたが、邪魔と一言言って見向きもしない。
そして話しかけた奴がリディスに憎悪の視線を向けるのもセットである。
「アーシェリア様。お待ちしておりました」
受付の近くで止まったアーシェリアに、先程までとは違う声を掛けて来た少女がいた。
髪の色はアーシェリアと対を成す様な青色なので、水の魔法が使えるのだろう。
「席は問題なかったかしら?」
「はい。名前と番号を確認し、入れ替えて頂きました。ですが……」
少女は俺達の方を見ると、これまた鬼が逃げ出しそうな程強く睨みつけて来た。
はてさて、一体こいつは誰なのだろうか?
大体察することは出来るが、成り行きを見守るとしよう。
「止めなさい。さて、一応紹介しておくわね。この子は従者のクルル・ボルナレスよ」
「……短い間になるとは思いますが、よろしくお願いします」
表情は取り繕わないものの、最低限貴族としての体勢は守ったか。
ボルナレス家は確か子爵だったな。
王国内の貴族の名前を調べる時に、見たような記憶がある。
どんな産業や、領地がどこかまでは覚えていないが、悪い噂はなかったはずだ。
アーシェリアのメイドという事は、それなりに優秀なのだろう。
見た限り気性は荒そうだがな。
そして短い間と言うのは、この試験の間を指しているのだろう。
リディスは端から見たら、ただの落ちこぼれだからな。
魔法が使えないと言うのは、貴族として致命傷と言って良い。
「そうはならないわ。ねぇ、ハルナ。それと、そろそろ話さないと、ある事無い事ばら撒くわよ」
「今日の私は一介のメイドですので、リディス様の許しがない限り、話すことは出来ません」
「そう。アインリディス。その二人のメイドが私と話す事を許可してくれないかしら?」
ペポの街の時よりも周りに気を使った話し方をしているが、本質は変わらず暴君のようだな。
だが、アーシェリアがリディスと話せば話す程、周りからのリディスの評判が落ちていく。
恐らく、アーシェリア分かっていてやっているのだろう。
リディスの事はペポの街でそれとなく話しているし、俺の力からリディスの状態を計っていてもおかしくない。
間違いなく、アーシェリアはリディスが魔法を使えると考えているだろう。
「構いません。ですが、出来れば早めに会場の方に行っておきたいのですが?」
「そうね。立ち話も何だし、そうしましょう。クルル、案内しなさい」
「畏まりました」
言葉こそ取り繕っているが、リディスはさっきからずっと念話で罵倒して来ている。
後でお灸を据えるとして、こんな人の目がある場所に何時までも居たくはない。
俺やヨルムに向けられる視線こそ少ないが、実際に表に出してみて思ったが、どうやら俺はトラウマを乗り越えることは出来たが、だからと言って完全に無視することは出来ないらしい。
今のリディスの状況は、少しだけ俺の姉の状況と似ている。
妬みと嫌悪の差こそあるが、そこから発生する先は変わらない。
とりあえずこんな場所に居続けても意味はないので、試験会場へと向かう。
時間にすればまだ一時間程余裕があるので、いっそのこともっとギリギリを狙った方が良かったかもしれない。
……いや、その場合アーシェリアが切れていたかもしれない。
権力を使って、俺達と試験順番を弄くったようだし。
それに、アーシェリアを無視して受付けに行けたとしても、受験票はクルルに奪われていたので、結局会う必要がある。
「相変わらず無表情ね。勉強はちゃんとしてきたの?」
「ブロッサム家のメイドとして、恥じない程度の点数は取れると思います。私もヨルムも」
「そう。それで、此処に居るってことは、そう言うことなのよね?」
主語が無いが、視線を見れば何の事か簡単に察することが出来る。
見た感じリディスとクルルは何の事か分からないようだが、教えてやる必要はない。
「結果が答えになるかと思います。それとも、シリウス家の名前を使って聞き出しますか?」
「貴様……アーシェリア様を貶すつもりか?」
クルルが少女に似合わないドスの効いた声を出すが、その声に恐れるものは誰もいない。
ヨルムは平常運転として、リディスですら澄ました顔のままだ。
「控えなさいクルル。……いえ、手を出しても良いけど、その時はシリウス家の庇護はないと思いなさい」
言葉が微妙だが、捉え方次第では俺に手を出したら絶縁すると言っているようにも聞こえるし、自分だけの力で俺に挑めと言っているようにも聞こえる。
間違いなく後者の意味で、アーシェリアは言っているのだが、クルルは捨てられた子犬のようにな目をアーシェリアに向ける。
いや、文字通りアーシェリアの子犬と言った感じなのだろう。
学園へ入学した後に揶揄うとしよう。
そんな一幕があったが、直ぐに会場に着いた。
学科試験に使われる部屋が三つ準備されており、番号が書かれている部屋へと入る。
まだ座っているのは少ないが、外とは違い少しだけ緊張した空気が流れている。
「そう言えばお父様から聞いたのだけれど、ブロッサム家はコランオブライトを献上したらしいわね。王族でも始めてみる大きさだったとか。何処で手に入れたか知ってる?」
席に座って直ぐに、世間話とは思えない爆弾をアーシェリアはリディスへと投げた。
そう言えばリディスには、あの件について一言も話していなかったな。
リディスは頑張って平然を保っているが…………。
『何の事? 私何も知らないんだけど? 本当に勘弁してよ。公爵様となんて、まともに話せるわけないでしょう!』
中身は物凄く暴れている。
「娘である私からは何も話すことは出来ません。当主である父に話を通していただけると幸いです」
「流石にそうよね。あれだけと大きさだもの。そうそう話せるわけないか……ごめんなさいね」
(今の話のコランオブライトですが、ヨルムの養育費として渡しました。当時は価値を知らなかったのですが、どうやら国を傾ける程度の価値があるそうです)
『もうおうち帰りたい……』
少しは壊れ始めているが、まあ大丈夫だろう。
しかし、クルルの反応を見る限り、あまりコランオブライトの件を知っているのは少ないようだな。
いや、一部で情報を止めていると考える方が妥当か。
ブロッサム家と仲を深める場合、敵は少ない方が良い。
貴族なのだから派閥等があるだろうし、情報を独占しているのだろう。
例外も居るのだろうがな。
だが、それならばリディスに言い寄ってくる奴が居てもおかしくないのだが、ご覧の有り様である。
まあ、リディスはバッヘルンから見限られていると噂が流れているらしいので、そのせいかも知れないな。
ブロッサム家にはリディス以外にも姉と弟がいるから、態々反感を買っている思われるリディスに近づく必要はない。
「それと、これはまた聞きになるのだけれど、まったく社交界に出ていないそうね」
「はい。他家からあまり良く思われていないのと、そもそもお誘いがありませんので。私は悪い意味で有名ですから」
「なのに、今日此処に来てるのはどういう心境かしら? あっ、答えなくて良いわ。楽しみは後にとっておくのが私の流儀なの」
俺と話した時とは違い、アーシェリアも仮面を被っているようだが、中々辛辣な言葉を選ぶ。
公爵令嬢にこれだけあれこれ言われれば、普通倒れてもおかしくない。
最後の仕上げをメイド長に任せたのは正解だったようだ。
それにしても、アーシェリアがいるおかげて視線は酷いものの、ちょっかいをかけてくる奴が現れない。
一人くらい居ても良いと思うのだが、公爵の名前はそれだけ強いのだろう。
「ハルナよ。あれは……」
リディスとアーシェリアの会話を聞いていると、ヨルムが服を引っ張ってから、視線をあらぬ方向に向ける。
視線を追って窓の外を見ると、建物の上でシルヴィーが寝そべっているのが見えた。
「見なかったことにしましょう」
「うむ」
気付いたヨルムに感心すると共に、馬鹿なことをやっているシルヴィーに呆れる。
一々気にしていても仕方ないと分かっているが、本当に自由な奴だ……。
「あら、もうすぐ時間になるわね。今日はお互いに頑張りましょう」
「ええ。入学出来るように、精一杯頑張らせて頂きます」
仮面を被っている令嬢同士の会話も終わり、遂に試験が始まる時間となる。
「クルル。受験票をアインリディス達に渡しておきなさい」
「……畏まりました」
始まる前にやっと受験票を返してもらい、テーブルの上を確認する。
筆記用具は学園側が用意したものが置かれおり、ついでに時間割も置いてある。
静まり始めた会議室に、三人の大人が入ってくる。
さて、適当に頑張るとしよう。