第90話:入学試験の始まり始ま……り?
※お知らせ
ストックが無くなり始めてしまったので、5月から当面の間週1更新になります。
ストックを作る余裕が出来ましましたら隔日更新に戻します。
詳しくは活動報告をお読み下さい。
「着きましたね。ご武運をお祈りします」
脱輪したり、馬車が爆発する事もなく、学園へと着いてしまった。
着いたと言ってもターミナルの様な場所なので、学園までは少し歩かなければならない。
だが馬車の外からはがやがやと賑やかな声が聞こえ、気が滅入りそうになる。
一応メイドなのでリディスより先に降りて、エスコートしてやる。
馬車の中では緊張した面持ちだったが、馬車から出ると貴族モードへと入り、キリっとした表情に変わる。
それから眠たげなヨルムが降りて来て、メイド長と従者の乗った馬車が離れていく。
これでもう後戻りはできない。
だが……。
「さっさと歩いて下さい。置いて行きましょうか?」
「少し位心配しなさいよ!」
動こうとしないリディスに発破をかけると、小声で怒鳴ってきた。
リディスからしたら本来此処に居るのは有り得ない事だ。
俺に会わなければ、魔法を使えるようになる事は無かっただろう。
その事を思い出していると思うのだが、回想とかどうでも良いのでさっさと学園に向かって欲しい。
さて、これはメイド長から軽く聞いた話だが、今回の入学試験を受ける人数は全部で三百人程だ。
内訳としては約二百人が貴族で、五十人が一般。もう三十人が他国や何かしらの推薦を受けた者達。
そして残りの二十人は特別な才能を認められた奴ら……らしい。
この中で受かるのは大体二百人前後なので、一般枠が受かる確率はかなり低くなる。
だが男爵や準男爵位ならば、点数次第では落として一般枠を採用する事がある。
まあそこら辺の汚職や仕来りとかは勝手にやってくれていれば良いので、リディスや俺には関係ない。
因みに受かったとしても、赤点を取り過ぎたり、素行次第では退学をさせられる。
「あれってメイド?」
「あの髪の色は……ブロッサム家の落ちこぼれ?」
「どうせ落ちるのに、目立ちたがり屋の馬鹿なのか?」
学園へ向かっていると、悪意のある視線を向けられる。
軽く周りを見ると、ひそひそと話しているのは全員身なりが整っている。
つまり、貴族って事だ。
素朴な服を着ている奴らは不思議そうにするのもいれば、リディスの噂を聞いて喜色を帯びているのも居る。
現金な奴だが、一般人にとって王都の学園に通えるのは大きなステータスとなるのだろう。
一人でも邪魔な奴が居なくなるなら、喜ばずにはいられないのだろう。
アウェーな空気。俺も味わった事があるが、耐えられるかどうかは本人次第だろう。
俺なんて中身が大人なので問題ないが……ふむ。
(色々と言われているみたいですが、どうですか?)
『この程度子供の悪戯と変わらないわ。それに、この程度のプレッシャーは慣れたわ』
何とも勇ましい発言だが、メイド長やヨルムにボコボコにされていれば、嫌でも胆力がつくか。
ついでに何回か死にかけているし、下手な威圧など屁でもないってことだろう。
その態度がいつまでもつやら……。
リディスの世代では公爵家から二人と、王家から一人入学予定となっている。
侯爵家からもリディスを含めて十人位いるが、公爵家より下は有象無象と言っても過言ではない。
王家であるオルトレアム家から来るのが、第四王子であるマフティー・オルトレアム。
少々性格に難があるようだが、王家の人間としてはそれなりに期待されているようだ。
学園に居る第三王子の方がクズだからってのもあるが、それなりの結果を出しているのも関係している。
基本的に関わる気は無いのだが、そうも言っていられない事情がある。
正確には俺ではなくリディスがだがな。
バッヘルンが手っ取り早く公爵に陞爵するには、王族を取り込むしかない。
戦争が起きて武勲を上げる方法もなくはないが、ブロッサム家は物凄く弱い。
たかがアースドレイク一匹に手間取る位だからな。
スティーリアが公爵家とクーデターを企てようとしているので、リディスとマフティーには仲良くなってもらって、一緒にクーデターを阻止させる。
上手くいけばそのままゴールイン……なんて事もありあえるだろう。
細かいプロフィールもゼアーに調べさせてあるが、気にしておくのはこれ位だろう。
後は髪の色が金髪で、目が赤って位か。
公爵家からは火の系統が強いシリウス家と、風の系統が強いペテルギウス家。
ペテルギウス家は他国と繋がっており、色々と汚い事をやっている。
また、子供も親の血を引いているせいか、同じくクズである。
物語風に言えばかませキャラだが、そのせいで迷惑をしている人は数知れずいる。
リディスが在学中に、おそらく取り潰される事になるだろう。
クーデターを企んでおいて、生き残りを残すとは思えない。
それはブロッサム家にも言える事だが、解決した側に回れば解決する。
因みに入学予定の名前はデメテル・ペテルギウスだ。
そしてシリウス家から来るのが、ペポの街であったアーシェリア。
正式名アーシェリア・ペルガモン・シリウス。
天才少女として名を馳せているだけではなく、どうやら既に独立しているようだ。
表向きに知られてはいないが、既に他国に独自のパイプすら持っている。
天才少女なだけあり才色兼備…………と言いたい所だが、身体能力がかなり低い。
研究者気質であり、あまり外には出ないようだ。
それもあり、ペポの街ではひったくりされている。
そして自尊心が強く、貴族の癖に一人で外を出歩いていた。
その内痛い目に遭いそうだが、ペポの街の一件で凝りている事を願う。
ついでに賄賂を渡してあるので、学園で面倒な事が起きたら、色々と便宜を謀らせる予定である。
此方もと言うか、出来る限り貴族とは関わりたくない。
ほとんどの生徒が貴族だが、二割から三割は一般生徒が居るので、そっちの方でこっそりとしていたいと思う。
「あれは……」
学園が近くまで来ると、リディスへと向けられる視線が減り、違う人物への視線が増える。
その視線はリディスへと向けられていたモノとは違い、尊敬や憧憬の色が窺える。
学園へ入るための大きな門の所に居る少女は、話しかけてくる人達を追い払い、威圧感をばら撒いている。
さっさと学園へ入れば良いのに……間違いなく誰かを待っているのだろう。
自分よりも高位の貴族に挨拶をするのは貴族としてのマナーの一つだが、あれに話し掛ける必要は無いだろうし、今日に限って言えばそんな事をしていてはあっという間に時間が過ぎてしまう。
(あれは無視して学園へ入りましょう)
『え? いや、公爵よ? ちょっと怒っているように見えるけど、ブロッサム家としてはあいさつしないと……』
(公爵家とは言っても子供ですし、あれに挨拶した所で反感を買うのは目に見えています)
『あれって……分かったわ』
リディスは門の所に居る少女から視線を外し、端っこからこそこそと入ろうとするが……。
改めてだが、リディスの黒髪は物凄く珍しい。更に黒と言うのは、他の色彩の中で良く目立つ。
「待ちなさい。私を無視するなんて、良い度胸ね」
「……」
少女から話し掛けられた結果、リディスは無表情で固まった。
ここで慌てないのは良い点だが、もう少し自然に取り繕わなければあまり意味は無い。
ついでに少女……ちっ、アーシェリアが話しかけたのはリディスだが、その言葉の先は俺に向けられている。
俺だけならば間違いなく無視するが、一応メイドである俺は、リディスが居るならば相応の対応をしなければならない。
それがメイドをしている俺の矜持であり、大人としての対応だ。
よって、今はリディスの後ろで何も聞こえないふりをして控えておく。
「失礼しました。アーシェリア様。私は……」
「名乗らなくて結構よアインリディス。それと、久々ね――ハルナ」
周りのどよめきを無視して、アーシェリアは俺とリディスに話し掛けて来た。
表情こそ動かしていないが、間違いなく今の状況を楽しんでいるな。
とりあえず俺は頭を下げてから少しだけ下がっておく。
基本的に、メイドが貴族と話すのはマナー違反だからな。
『あんた一体なにやったのよ! どうして公爵様が知っているのよ!』
リディスは平然を装っているが、珍しく自分から念話で話しかけきた。
それだけ今の状況に焦っているという事だろう。
(ちょっと縁があっただけです。それよりも、貴族として恥じない対応をして下さい。場合によってはメイド長に報告しますので)
『覚えておきなさいよ!』
「私に何か御用でしょうか? 誰かを待っているように見えたので、失礼ながら通り過ぎようと思っていたのですが?」
「ええそうよ。私に付いて来なさい。それと、邪魔だから去りなさい」
アーシェリアはリディスに笑みを浮かべた後、周りを威圧する。
子供とは思えない程の圧に、俺達を囲っていた子供たちは話すのを止めてアーシェリアに道を譲る。
そんな中アーシェリアは門を潜ろうとするので、リディスはその後を付いて行く。
これは後々噂が流れそうだが……面白そうだな。