第88話:アーシェリアの暗躍
「この位ですかね」
「……いつも通りだね~」
疲れからか、受け身を取れず木に激突し、動かなくなったリリアを放置して、コーヒーを飲む。
勿論お菓子も付けてある。
目を焼いた詫びと言うわけではないが、ちゃんとシルヴィーの分も用意してやった。
「初日に比べて、どれくらい強くなりましたか?」
「エルフ換算だと、五十年分位かな~? 魔力もかなりの回数回復させてたし、歳からしたら本当に目まぐるしい成長ってやつだね~」
エルフ換算と言われても比較が無いので分からないが、言動的にかなり強くなったようだな。
折角だし、後でリベンジマッチさせてみるのも悪くないだろう。
アンリがどれくらい強いか忘れてしまったが、多分勝てるだろう。
この数日で死線を越えた回数はかなり多いし、火事場の糞力も発揮している。
精霊魔法なんて大技もあるし、火力で負けなければ魔法戦はどうにかなる。
リリアには小手先の技術を教えたが、所詮戦いなんて強い方が勝つのだ。
『世間ではそれを脳筋って言うんだよ?』
(ブレードさんや桃童子さんだってそうだろう? 確かに技術的にも優れた面があるが、知よりも力の方が優れている証拠だろう)
十人居た日本のランカーの中で、脳筋ではないのはアロンガンテさんとゼアー位だろう。
いや、ゼアーだけだな。
アロンガンテさんも知的なキャラだが、荷電粒子砲みたいなのをぶっぱなしていたし。
1位の楓さんなんて魔法が魔法のため、やろうとすれば一人で世界を滅ぼせる。
つか、魔女が並行世界の楓さんなので、実質的に世界を滅ぼしている。
脳筋と聞くとあまり良いイメージを持てないが、要は力こそ正義って事だ。
魔力を1込めた魔法を100個用意するより、100の魔力を込めた魔法を1個用意した方が強い。
『…………否定できないね』
(魔女だって時間を止めたり、アルカナを強制解除していたし、これも力技だろう?)
『いや……うん……そうだね』
(何なら俺だって地上から魔法を撃って、衛星を破壊しているからな)
『分かった! 分かったから! 私が悪かったね!』
ネチネチとアクマに文句を言ったところ、負けを認めてくれたようだ。
脳筋なんて悪口を言うから、謝ることになるのだ。
「あれってちゃんと生きてるの~?」
「大丈夫です。首も背骨も折れてはいませんからね」
「なら大丈夫か~」
気を失ってから二十分程経つが、リリアはピクリとも動かず気を失ったままた。
後一時間もしない内に日も沈むだろうし、そろそろ起こすとするか。
丁度コーヒーも飲み終わったし。
「起きなさい。そろそろ帰る時間ですよ」
「うぅ……はい。師匠」
いつものごとく鎖で魔力回復と疲労回復をし、叩き起こす。
ダルそうしながら立ち上がるリリアは、しっかりとした足取りで空いている席へと座る。
本当に回復魔法は便利だな。
「先ずは三日間お疲れ様でした。三日間どうでしたか?」
「はい。かなり辛かったですが、強くなれたと思います」
「それは何よりです。何か用が出来ましたら此方から連絡をいれますので、基本的にはいつも通り過ごしてください」
「分かりました」
「それと、後で御褒美を上げましょう。期待しておいてください」
「あ……ありがとうございます」
何やら顔がひきつっているが、気にしなくても良いか。
結局他の都市へ行くことは出来なかったが、これはこれで楽しむことが出来た。
明日はいよいよ入試だし、さっさと帰って寝るとするか。
1
ハルナがリリアを叩きのめしていた頃、とある屋敷で赤髪の少女――アーシェリア・ペルガモン・シリウスが椅子に座ってそわそわしていた。
いや、一見すれば紅茶を優雅に飲んでいるだけだが、見る人が見れば分かる程度の仕草があった。
そんな彼女のそわそわが怒りに変わり始めた事、部屋の扉が叩かれる。
「入りなさい」
「失礼いたします。頼まれていました調査の結果をお持ちしました」
入って来たのは、ペポの街でアーシェリアのお目付け役をしていたライコフだった。
その手には大きな封筒があり、その封筒をアーシェリアに差し出す……が。
「……離しなさい」
「お嬢様。調査結果をお読みいただく前に、一つお願いしたい事がございます」
ライフコから差し出された封筒を奪い取ろうと、手に力を込めるが、ライコフの言葉を聞いて一度力を抜いてから、睨みつける。
「なに?」
「今回の調査ですが、結果的に王国の闇に手を伸ばすことになりました。旦那様は将来的にお嬢様が知るのは構わないとおっしゃいましたが、今はまだ早いと念を押していました」
「……それで?」
王国の闇と、まだ早いと言う言葉。
その二言だけで、どれだけ危ない代物なのか計る事が出来る。
なまじアーシェリアはシリウス家の中でもトップレベルの頭脳があり、実家の力が無くても一人で生きていける力すら既に持っている。
「現時点で読む場合、相応の覚悟が必要となります。私も読ませていただきましたが、出来れば知りたくなかった位ですね」
「そう……手を離しなさい」
一考もすることなく、アーシェリアはライコフから封筒を奪い取る。
いつもならば、思慮に思慮を重ねてから答えを出すが、今回はそんな事をする必要もない。
何せ調査対象が調査対象だからだ。
正確には対象ではなく、対象のとある部分に関連する事だが同じことだ。
この世界の髪の色は、使える属性によって決まっている。
多少の際はあるものの、これは理によって決まっている。
よって、無色……白色の髪はありえない。
これは人種だけに限った事だが、死ぬ事によって身体から魔力が抜け落ち、髪が白くなるのだ。
つまり、白髪とは死者にしか許されないものなのだ。
ライコフから奪い取った封筒から紙の束を取り出し、すみからすみまで目を通す。
ライコフはアーシェリアと自分の分の紅茶を淹れてからソファーへ座り、読み終わるのを待つ。
「なる程ね。またとんでもない事件があったのね。生き残りの線は薄いから、新たに造られた……と言った所かしら? まあ、何も分かっていないみたいだけど」
「はい。目撃情報もなければ、それらしい噂もありません。残党と思われる影もなく……」
紙の束をテーブルへと放り投げ、アーシェリアは紅茶は紅茶を飲む。
アーシェリアが調べさせたのは、白い髪の意味とハルナの身辺についてだ。
結果で言えばハルナの謎が深まり、危険性だけが浮き彫りとなった。
常識的に考えれば、今すぐにハルナを殺してしまった方が良い。
「話はどこまで上がっているの?」
「一部の騎士までとなっています。まあ、王国が今すぐ処理することはないでしょう。何せ……」
「ブロッサム家……ね」
忠臣として名高く、大粒のコランオブライトを献上したバッヘルン。
武力面では王国の中でも下の方だが、その手腕は目を見張るものがあり、娶った妻の事もあり、様々な噂が絶えない。
そんなブロッサム家が、ハルナを雇っている。
経緯が分かれば手の打ちようもあるが、ブロッサム家に雇われるまでハルナの目撃情報は一切ない。
かと言ってブロッサム家の周辺を調べても、埃らしい埃が見つからない。
子供についての問題はあるが、それくらいどこの貴族も持っている。
また、二名の騎士が秘密裏に派遣されているのだが、そのどちらもバッヘルンについては子煩悩な事以外は問題ないと報告している。
「アインリディスについては何か知っている?」
「現在は王都の別邸に居ますので、学園の試験を受ける予定かと。魔法が使えるように、等の噂は聞いていませんが……」
「レストランの会話からすると、使えるようになっている可能性が高いわね。そしてそれにはハルナが関わっているのでしょう。もしも魔法の才が無い者が、魔法を使えるようになる方法があるのなら、世界は引っくり返るでしょうね」
貴族ではほぼありえないが、魔法が使えない平民は沢山居る。
何故魔法が使えないのか研究するような人はこれまで現れず、謎とされている。
ハルナ個人の問題は一旦おいておくとして、もしも魔法が使えない人も魔法が使えるようになれば、雇用に繋がるのは勿論、国力も増すことになるだろう。
国にとっては大助かりだが、他の目線。他国からしたら悪夢以外の何ものでもない。
ハルナ固有の力ならば、暗殺したり勧誘するだろう。
もしくは誰にでも出来ることならば、大金を積んででも聞き出したい情報だ。
とにもかくにも、ハルナの存在が表に出れば、騒ぎが起こるのは目に見えている。
アーシェリアとしては、一人の人間としてハルナの事を気に入っている。
公爵令嬢である自分を助けておきながら見返りを求めず、折角なので引き立ててやろうとしても、悩む素振りすら見せずに断る。
見たこともない魔法を操り、メイドの癖に貴族顔負けの気品がある。
思い出せば色々と思い浮かぶが、やはり一言で言うならば、気に入ったのだ。
「はい。旦那様はお嬢様に一任するとおっしゃっていますが、いかがなさいますか?」
「全ての情報を破棄しなさい。それと、白髪について知っている者が現れたら口止めしなさい。相手次第では強攻手段を許可するわ」
「…………つまり?」
「あの子には借りがあるし、貰うものを貰っているでしょう? それに、あまり学園生活を邪魔されたくないのよ」
「かしこまりました」
ハルナの情報は出すところに出せば、国が荒れるものだ。
問題が起きたならばともかく、今のところそれらしい噂は聞こえてこない。
ならば庇っても問題なく、何よりも学園でハルナに会うことを、アーシェリアは楽しみにしている。
そして、今になってアーシェリアはとある事を思い出す。
「そう言えば、試験は明日だったわね。何か報告はあるかしら?」
「第四王子様から試験の前日と言うことで、ディナーのお誘いがありました。それと、ペテルギウス公爵家のデメテル様から明日の試験の際に、一緒に行かないかと提案されています。まあ、どちらも断ってありますが」
「屑に付き合う気は無いわ」
第四王子であるマフティー・オルトレアムは甘やかされて育てられたせいか、かなり自意識過剰であり、頭は良いものの近くに居ると疲れる。
アーシェリアは婚約者候補だが、マフティーと結婚するくらいならば、他国に亡命すると啖呵を切っている。
自意識過剰な点を除けば、兄である第三王子より優秀と言える。
また、デメテルはアーシェリアと同じ公爵令息だが、此方は正真正銘の屑だ。
幼いながら既に女に溺れ、平民は人ではないと言い切る馬鹿だ。
アーシェリアにもねっとりと視線を向けてくることがあり、学園生活において一番憂鬱な要素となっている。
またアーシェリアは当主である父親から既に能力を認められており、三女と言う事も相まって、好きに生きて良いと言われている。
最低限家のためを思っての行動もするが、いざとなれば家名を捨てる覚悟すら既に持っている。
だからこそ、幼い身で他国に商談へ行ったりしている。
なので、王家だろうが同じ公爵家だろうが、気に入らなければ無視をしても問題ないと言えば問題ないのだ。
「それよりも……いえ、楽しみは自分で探してこそね。それと、あの子は大丈夫なのかしら?」
「今は試験の復習をしています。少々真面目過ぎるのが難点ですが……」
「構わないわ。私は研究室に籠るから、明日の朝になったら起こすように言っておきなさい。夕飯も必要ないわ」
「承知しました」
ぬるくなった紅茶を一気に飲み干したアーシェリアは、紙と封筒を魔法で灰にしてから隣の部屋へと姿を消した。
ライコフはニコニコとしたままカップを片付け、明日からアーシェリアの従者となる少女の事を思い浮かべる。
少々気性難だが、決して悪い子ではない。
ただ、もしもハルナとアーシェリアが一緒に行動するのならば、間違いなく問題行動をすると思っている。
ハルナの事をそこまで知っている訳ではないが、ライコフはアーシェリアの目利きを信用している。
なので、問題が起きたとしても、最後はきっと丸く収まるだろう。
アーシェリアの部屋を後にしたライコフは、一仕事するために、屋敷から出掛けるのであった。