第87話:試験からの戯れ
「それでは始めましょうか」
転移してからシルヴィーを鎖で遠くに放り投げ、リリアから距離を取り……。
いや、背中を向けて距離を取ろうとしたら、魔法を放って来た。
いやはや、リディスとは違い戦いというものを分かっているようだ。
昨日までならばよーいドンで始めていた戦いだが、俺の言葉を聞いた瞬間に攻撃を仕掛けて来た。
何も言う前に攻撃して来たらキレたが、俺はちゃんと開始の言葉を口にしている。
相殺する位のファイアボールを放ち、爆風に乗って距離を放つ。
だが着地地点の近くにエアロボムが現れ、三つ同時に爆発する。
直撃する距離ではないが、後少し爆発するのが遅ければ、爆発する前に壊せたのだが……良い戦術だ。
普通なら空中で回避なんて芸当は出来ないので、このままではそれなりにダメージを受ける…………なんて事は無い。
このメイド服は魔法少女専用装備であり、いつものローブ程ではないが、それなりに対魔性能が備わっている。
この程度ならば問題ないが、リリアから攻撃を貰うのは何となく嫌なので、鎖を地面に突き刺し、更に大きく距離を取りながらリリアの方を向く。
「ブルータルマーメイド!」
リリアの叫び声に呼応して、水の巨人が姿を表す。
牽制の一撃から、大技を放つための時間を稼ぐための一撃を放つ。
魔法の数は三つだが、エアロボムは複数あったので、難易度的には四つと同程度だろ。
しかも大技は精霊魔法ときたものだ。
たかが数日とは言え、中々の成長具合である。
――ならば、俺もそれなりに応えなければならないだろう。
(程々にね)
『分かっているさ。撃ち抜くのはあれだけにしておく』
ついつい口角が上がってしまいそうになるが、何とか抑え、魔力供給のバルブを自分の意思で解放する。
有り余る魔力を魔法へと変換し、瞬時に構築していく。
使うのは光の魔法だ。火の魔法では余波だけで吹き飛んでしまうからな。
水の巨人の腕が振りかぶられるのに合わせて、一つの魔法陣を形成する。
基本的にこの世界の魔法は魔法陣を必要としていない……と言うよりも一部を除いて魔法陣で魔法を発動できないのだが、例外がある。
それは先日使った神の箱庭だ。
あれは結界の魔法だが、より正確に言えば魔法陣で世界を隔離していたのだ。
理から外れた魔法を使う場合、どれだけ外れているかによって使う魔力量が増える。
要は、俺が魔法少女として使っている魔法も、使おうとすれば使えるのだ。
まあまくまでも擬似的なものなのだし、使い勝手は異様に悪くなる。
だが、強力な魔法を使う場合ならば、こっちの方が威力を調整しやすいのだ。
ついでにアホみたいに魔力が漏れ出るので、威圧効果もある。
「極光」
魔法陣から現れたレーザーが一瞬で水の巨人を蒸発させ、更にリリアの魔力を全て四散させる。
光の属性の上位には浄化というものがある。
普通ならば呪いを解いたり、汚れを綺麗に落とすと言う効果なのだが、浄化とは魔力や魔法を分解する効果もあるのだ。
何が言いたいかというと、ファンタジー風に言えばアンチマジックもこの中に含める事が出来る。
ただのこじ付けなので魔力を多めに使うが、魔力が込められたものを消滅させる魔法を作った。
難点は、出力次第では人に当たった場合、そのまま身体も消滅させてしまう点だろう。
それと……。
「目がー!」
物凄く眩しいので、直接見てしまうと今のシルヴィーみたいに目を焼かれる点だろう。
因みにリリアは魔力を一気に失ったため気を失ってしまい、声すら上げられていない。
しかし、折角槍を持っているのに全く使えてないな。
基本的に魔法での戦いをしているので仕方ないが、残りの時間は武器と軽い魔法だけでの戦いでもしてみるか。
これ位魔法をほいほい使えるならば、後は自分でどうにかできそうだしな。
さて、起こしてやるとするか。
鎖をリリアに伸ばし、魔力を回復させてから気付けをする。
「う……」
「起きましたね」
「ああ……。一体何をしたのですか? 光ったと思ったら、気を失ってしまい……それと身の毛もよだつ位の魔力を感じたのですが?」
「特殊な魔法でリリアの魔法を消し去り、魔力を根こそぎ奪っただけです」
「目がー!」
会話に割り込むように騒いでいるのが居るが、放置しておこう。
「さて、魔法については実戦でも問題なさそうですね。次は武器を主体に戦うとしましょう」
「分かりました……魔法はどれ位までですか?」
「ボール系とバレット系までにしておきましょう」
自由度が高いこの世界の魔法だが、既存以外の魔法を使う者はほとんどいない。
ファイアーボールの玉を増やしたり、威力を調整する程度の事はするが、ファイアーボールの中にファイアーボールを入れたり、ファイアーボールを設置して使ったりなんて事は出来ない。
分かりやすく言えば、日本人らしい思考の持ち主が多い。
基礎に沿った魔法を学び、基礎に沿った発展魔法を使えるように頑張る。
全く新しい魔法を作ろうなんて奴は、多分いないだろう。
まあ流石に学園の教員の中には居るかもしれないが、新しい魔法を考える位ならば、既存の魔法の熟練度を高めた方が効率的だ。
しかも禁忌クラスの魔法を使えるのが全くいないのだから、先ずはそこを目指したくなるってのが人の性だろう。
もう一個上に終焉魔法もあるが、これは完全に例外だ。
まあ魔法の事は一旦おいといて、レイティブアークを引っこ抜いて二本に分けてから鎖で柄を持つ。
たまには普通に使って欲しいと念が送られてくるが、まだまだ剣の腕が未熟な俺が使えば、運悪く相手を真っ二つにするなんて事態が発生するかもしれない。
テレサの時みたいに鎖で身体強化モドキをすれば大丈夫だろうが、あれは身体への負担が大きい。
つまり、殺す時以外で使用する際は、基本的に鎖を巻き付けて運用するのが一番良いのだ。
「……師匠は剣を普通に持たないのですか?」
「死にたいなら持ちますよ」
そこら辺に生えている木に、鎖で持った剣で軽く斬ると、何の抵抗もなく通りすぎる。
ついでにそこら辺に転がっている大岩にも同じく斬るが、全く抵抗なく通りすぎる。
そして両方とも、少し間を置いてから地面へと倒れていった。
「運悪く刃の部分に当たれば、こうなってしまいますが……」
「行きます!」
リリアは何も言わずに、槍を構えて突っ込んできた。
勿論アクアボールや、エアーボールなどで牽制もしてくる。
その場で棒立ちして戦っても良いが、今回はなるべく動きながら戦う。
背中に八個のファイアーボールを展開しておき、リリアの魔法へとぶつけながら、良い感じに武器をぶつけ合う。
槍と言うのは個人的に、剣より難しいと思う。
矛先だけではなく石突き側を使った戦い方を覚える必要があり、剣以上に間合いを気を付けなければならない。
ついでに言えば、個人的に一番嫌いな武器でもある。
俺を実質的に殺した魔法少女が使っていた武器でもあり、俺が殺した魔法少女が使っていた武器だからだ。
戦いにおいては何ら問題ないし、リリアが使っているからと言って憎いわけでもない。
子供がピーマンを嫌いな程度の嫌いさだ。
そういえば、エルフと言えば弓だと思うのだが、弓を使う素振りをリリアは見せない。
戦いで使った魔法の中でもアロー系はなく、弓の要素は微塵もない。
まあ、アニメや小説の情報のせいで、そう思っているだけだがな。
エルフが酒好きだったりしたとしても、それはそれでありかもしれない。
そんなことを考えながら槍を捌き、魔法を魔法で撃ち落とす。
たまにワザと強い魔法で反撃したりしながら、そこら辺を跳んだり跳ねたりしながら、時たま回復魔法と一緒に魔力を流し込む。
勿論回復するついでに鎖で吹き飛ばすが、しっかりと受け身を取っている。
これがリディスならばそのまま地面を舐めるか、鎖の勢いを殺せずに、木などに衝突してしまっていただろう。
戦いに慣れている動きは、見ていて参考になる。
参考になるだけで、それ以上の価値は無いがな。
「ふっ! はっ! せい!」
突き。払い。振り下ろし。
体幹がしっかりしているのか、素人目で見ても乱れが見られない。
流石に全方位からの攻撃には対応できていないが…………やはり俺ももっと身体を鍛えた方が良さそうだな。
これでも一応鍛えてはいるのだが、まだまだだと実感させられる。
リリアの動きを観察しながら、少しずつ戦いの難易度を上げていく。
攻撃の頻度や重さ。
魔法の強度や速度。
たまに受けきれない事もあるが、ちゃんとを峰打ちしているため、数度骨が折れる以外のアクシデントは起きない。
そして戦っていて思ったが、思いの外長期戦も問題なく出来るみたいだな。
回復させてやっているとは言え、長い時間戦えば精神的に疲れてしまう。
集中力は散漫になり始めたが、訓練を始めて三時間程経過している。
俺が戦う場合、連戦以外では長期戦になることはなく、火力でゴリ押しするのが基本戦法だ。
こんな風に戯れるように戦うのも、たまには良いものだな。