第84話:腹の上のヨルム
夕飯だからと最近は肉ばかりだったので、サッパリとしたものを適当に作って配膳する。
とは言ったものの、海鮮類の食材は無いので、結局は肉を少な目にして野菜中心にしただけだが。
まああったとしても、魚の解体はやった事がないので、料理できないのだがな。
三枚おろしとか少し練習すれば出来るようになると思うが、直ぐの直ぐは流石に無理だ。
いや、多分出来るかな? アクマから知識さえ教えてもらえれば。
因みに作ったのはポトフと豚しゃぶサラダである。
そして恙なく夕食を終えて、シャワーを浴びて寝る。
恙なくとは言っているが、リディスが煤けていたり、メイド長を見た瞬間にヨルムの動きが品のあるものになったりと、面白い物を見る事が出来た。
あくまでも、俺に対して被害が無かっただけである。
「ハルナは明日どうするのですか? 明後日は入試ですが?」
寝る前に紅茶を飲んでいると、髪をとかしながらメイド長が話しかけてきた。
因みにメイド長がとかしているのは、自分のではなく俺のである。
地味に俺の髪は長いので、アクマが出られない時は自分でとかさなければならない。
なので、他人がやってくれると言うのならば、任せてしまいたいのだ。
俺としてはバッサリと切ってしまいたいのだが、アクマ達三人がそれだけは止めろと言うので、切るに切れないのだ。
「午前中はヨルム達がどの様な事をしているのが見学しようかと。午後は王都で知り合いが出来ましたので、少し会いに行く予定です」
「知り合いですか……。その方は信用できるのですか?」
…………あっ、そう言えばコックも探していたんだったな。
メイド長と話していて思い出した。
正直見つかる気がまったくしていなかったのだが、ニーアさんの伝手を使えばワンちゃんあるかもしれない。
あの人ならば、変な人を選出する事はないだろう。
こちらにはシルヴィーが居るのだからな。
「人としては最低限信用出来るかと。エルフなので」
メイド長の腕が一瞬止まり、何事もなかったかのように動き出す。
エルフ関係で何かあったのだろうか?
「排他的であるエルフと、よく知り合うことが出来ましたね」
やはり何かあるのだろうが、こんなことならば普通に誤魔化せば良かったな。
そもそもこの流れは読めていたが、どうやら眠いせいで頭が働いていないようだ。
「たまたま困っていたところを助けたのですが、お礼をさせろと脅されまして。仕方なく明日会いに行くことになりました」
「何ともエルフらしい態度ですが、彼らは気難しいので、注意してくださいね」
当たり障りのない程度の嘘だが、信じてくれたようだ。
俺の髪がとかし終わり、ヨルムの髪をメイド長がとかしている間に布団の中に入る。
さっさと寝て、明日に備えよう。
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ふと目が覚めて目を開けると、腹の上にヨルムが乗っていた。
時間を確認すると朝の四時半であり、起きる時間にしては少し早い。
ヨルムは勿論、メイド長もまだ目を覚ましていない。
二度寝する気分でもないので、鎖でヨルムをメイド長の上にそっと置いてから起き上がる。
決して嫌がらせではない。
さくっと寝巻きからメイド服に着替え、厨房へと向かう。
朝起きたら一杯のコーヒーを飲む。これをするかしないかにより、一日の過ごし方が変わると言っても過言ではない。
「いつもより早いね~。あっ、私にもお願いね~」
お湯を沸かして豆を挽いていると、いつの間にか背後にシルヴィーが浮いていた。
昨日は一滴すらコーヒーを渡さなかったので、おそらく俺が起きるのを待っていたのだろう。
コーヒー好き位なら良いが、コーヒー中毒にならないことを祈るばかりだ。
「仕方ないですね。座って待っていてください。茶菓子は必要てすか?」
「お願い~」
コーヒーを淹れるついでに、アイテムボックスの中で余っていたクッキーをシルヴィーへと渡す。
因みに今回は、サイフォンでコーヒーを淹れている。
手間はかかるが安定した味になり、透明感のあるコーヒーを淹れる事が出来る。
手間さえ惜しまなければ、素人には一番おすすめの淹れ方だろう。
テーブルに着いてコーヒーを飲みながら、鎖でクッキーを焼く準備を進めるが、小麦粉の量が思っていたよりも心許ない。
リリアを迎えにいくついでに、お菓子用に買っておくかな。
「本当にハルちゃんは器用だよね~」
「練習しましたからね。剣と違い、魔法はいつでも練習出来ますから」
魔力も筋肉のように超回復があるので、使ったらしっかりと休んだ方が効率が良い。
しかし魔力が供給されて、実質的に無制限に魔力が使える俺は、休みは必要ない。
魔法を使いすぎると頭痛に襲われはするが、個人的には問題ない。
ただ練習のやりすぎはアクマからストップがかかるので、負荷はそれなりに押さえている。
そんなわけで、コーヒーを飲みながらシルヴィーと話し合っている内に、クッキーの生地が出来上がったので、冷蔵庫にいれて寝かせる。
朝食を食べるタイミングで焼けば、丁度良いだろう。
「このまったりと過ごせる時間は良いね~。これで森の中ならもっと最高だよ~」
「私はソファーに深々と座って、本を読みたいですね」
「本ね~。確か大きな図書館が天界にあった気がするよ~」
「そこはあると言って欲しいところですが……まあ良いでしょう」
図書館か。
興味はあるが、今すぐにと言う程ではない。
天界へ喧嘩を吹っ掛けるついでに、寄ってみるのはありだろう。
「天界で一番弱い勢力はどこですか?」
「う~ん。順位的に言えばクシーちゃんの所だけど、弱さで言えばマリンちゃんの所かな~?」
「…………」
「うん? どうしたの?」
いかん。まったく別人とは分かっていても、マリンと聞いて思考が固まってしまった。
あの魔法少女は人柄も問題なく、強さも新人という括りの中では最強格であり、俺も本気ではないとは言え一度負けているのだが…………。
何故か性的に俺を好きであり、色々と苦労させられた。
俺への執着以外は、日本を代表する新世代と言えるのだが、出来ればスターネイルがしっかりと手綱を握れていることを願う。
スターネイルは色々とあったが、常識のある少女だからな。
まあそんなことは良いとして……。
(マリンってのは?)
『正式名称はマリントルトニス。水を司る神だね。普通に普通の神様って感じかな』
普通に普通のと言われても、俺がこれまで会ったことのある神様の関係者でまともな奴がいない。
つまり、普通が分からない。
「何でもありません。教えていただきありがとうございます」
「そう~? 因みにマリンちゃんの所は、溢れた天使達の肥溜めって感じだよ~」
「中々に例えが酷いですね」
「まともなのもいるけど、ほとんどの天使がやる気ないからね~。多分マリンちゃんの依り代は、今も各地で頑張ってると思うよ」
シルヴィーにしては言葉に棘があるように感じるが、社会構造で言えば落第者等が居るのは当たり前だ。
全員が全員働き者なんて社会は、成立しない。
シルヴィーが何に対して不快感を感じてるか分からないが、深く関わるような無粋なことはしない。
それよりも、聞いておきたいことがある。
「そのマリンさんは強いのですか?」
「うーん。私の見解としては、本気を出せば強いね。ただ、性格が戦いに向いてないけどね~」
怒らせると強いタイプの神か。
煽る程度で怒ってくれれば良いが、何かを壊すとか殺すとかして怒らせる気はないので、多分戦ってはくれないだろう。
もしくは上手く恩を売れば可能性はあるかもしれないが、頭の隅に留めておくとしよう。
おそらく天界では、味方をすることになるだろうしな。
「そうですか。また今度暇な時に紹介してください」
「良いよ~、マリンちゃんなら急に訪ねても怒らないしね~」
スマホとかあれば連絡のやり取りも楽なのだろうが、今の文明レベルでは誕生することはないだろう。
連絡の手段としては、シルヴィーを使うのが一番だろう。
使える相手は限定されるが。
さて、コーヒーを飲んで目も覚めてきたので、朝食の準備をするとしよう。
「今から朝食を作りますが、食べたいものはありますか?」
「う~ん。風を感じられる様なのが良いな~」
肉や野菜。温かい冷たいなら分かるが、風を感じられる料理とは一体何なのだろうか?
まったく分からないので、なんかそれっぽいので良いだろう。
朝から食べるのは微妙かもしれないが、ジェノベーゼパスタでも作るか。
時間はまだまだあるし、ソース作りも間に合うはずだ。
ヨルムの子供舌には合わないかもしれないが、チーズを多めにしておけばいけるだろう。
ついでにコンポタもセットで出すか。
「分かりました」
「本当に~? 馬鹿にしてない~?」
ニンマリと笑って聞いてくるが、心のそこから馬鹿にしている。
もしも違う世界で風の神と名乗る相手が居たら、全力で逃げるくらいに馬鹿にしている。
とは言え、一度吐き出した言葉を飲むような事はしない。
「それは出来上がった料理を、食べてから判断してください」
それではクッキングタイムといきましょうか。