第83話:師匠
「エアロボム!」
両手に木の棒を持ち、水と氷を纏わせた状態での魔法の発動。
昨日は全然だったが、今日は午後一発目で成功した。
やはり実技で技量を上げるのが正解であったな。
因みに昼飯は、ベヒモスの肉を使ったハンバーガーを作ってきた。
リリアが色々と驚いていたが、戦いには関係の無いことなので、忘れてしまおう。
「良い感じですね。木の棒は捨てて、次は何でも良いので三種類の魔法を使いましょう」
「はい!」
木の棒の補助があるとは言え、一度発動できれば後は時間が解決してくれる。
平行して魔法を使うコツだが、個人的に料理をするのが一番良い練習であった。
時間の管理や手順の確認。常に考えながら手を動かさなければならない。
食材も一気に炒めたり茹でれば良いと言うものではないので、母親の偉大さが良く分かった。
リリアへと魔力を供給すること以外がやることもないし、復習でもしておくか。
計算系の問題は良いが、暗記系の問題は覚えるしかない。
歴代の国王の名前とか、正直覚えたく無いが、ゼアーのくれた過去問にあったので、覚えておかなければならない。
後は薬草とか魔物の名前とかも一癖あるが、ここはアクマ翻訳がどうにかしてくれるので、互換性のある物は問題ない。
入試で使う魔法は、この前のリリアとの戦いで大体調整できたので、問題はない。
なるべく威力を下げて、雨のように降らす予定だ。
魔法の名前も、天気雨だしな。
子供の中に紛れるのはやはり気が滅入るが…………はぁ。
「つら……ぬけぇ!」
リリアの方は頑張っているみたいだが、まだ無理そうだな。
剣の様に型があるわけでないし、自分でコツを掴んでもらうしかない。
「それってあの学園の問題集?」
「はい。色々とあって入学しないといけないことになりまして」
紙の代わりに地面に。ペンの代わりに鎖を代用していると、シルヴィーがちょっかいをかけてくる。
「う~ん。行く意味ってあるの?」
「無いですね。身体を休めると言う点ではありかもしれませんが、私の年齢を知っているでしょう?」
「ハルちゃんも大変だね~」
こんな神に同情されるのは遺憾だが、この世界で初めて貰った同情なのが悲しいところだ。
アクマやエルメスの対応も、結局のところ俺が悪いのだ。
まあフユネの驚異度が、昔より上がってしまっていることに気付けなかったのも悪いが…………やれやれ。
「私はほとんど居られなくなりますが、シルヴィーはどうするのですか?」
「適当に付いていったり、ブラブラしたりするよ。私の権能は便利だからね~」
どう考えてもこの場にいるシルヴィーに対して、リリアがあまり反応していないからおかしいと思っていたが、何やら対策をしているのだな。
クシナヘナスが権能を使う前に倒したのは、もしかしたら早急だったかもしれないな。
いや、あれは向こうが俺を嘗めていたのが原因だし、次に会った時は少し煽ってやるとしよう。
「私に迷惑をかけないのでしたら、好きにしてください」
「商談も出来たし、悪くない結果だったから許してよ~。だから、一杯駄目?」
「駄目です」
迷惑をかけた罰として、シルヴィーは今日一日コーヒーを禁止している。
今も俺はコーヒーを飲んでいるが、シルヴィーはただの水である。
風の神って事は自然の神みたいなものだし、水だって好きなはずだろう。
我ながら良い選択だと思う。
話しながら魔力の供給を続け、更に勉強する。
昔ならできなかったのだろうが、人は成長する物だ。
「師匠。三つはどうにか使えるようになりました」
まったりと勉強をして言う内に、リリアの方も良い感じに成長している。
エルフだからなのか、魔法の伸びが良いな。
正直無理な気がしていたが、この様子ならば大丈夫かもしれない。
「それではそのまま四つ同時を目指しましょう」
「はい……あの、今更なのですが、四つ同時と言うのは何か意味があるのですか?」
……ああ、そう言えば何故四つかを説明していなかったか。
四つと言うのは俺が適当に決めた数ではあるのだが、一応意味のある数でもある。
「そうですね。今から四つの魔法を使うので、上手く防いで下さい。ちゃんと手加減はしておくので、安心して下さい」
「……分かりました」
先ずはフレイムランスとファイアバレットの魔法を分かりやすく展開する。
リリアは直ぐに槍を拾って構え、じりじりと距離を取る。
跳んで逃げない辺り、しっかりと学習しているようだ。
まあ、そうするのは分かっていたのだがな。
リリアの上空でフレイムボムを音が出るように爆発させ、一瞬気を取られた隙に足元を爆発させる。
模擬戦の時とは違い上空に吹き飛ばす程の威力は無く、単純に足場を崩す程度の威力だ。
そうして足元を爆発させると同時にフレイムランスを放ち、その後ろからフレイムバレットを追尾させる。
今のリリアは、気が動転している事だろう。
舞った土煙で視界が悪くなり、それを風の魔法で振り払うが、姿勢を制御するには身体強化をするしかない。
そして迫りくるフレイムランスを魔力を込めた槍で振り払うが、後ろから追尾していたフレイムバレットまでは消す事が出来ず、リリアの額に直撃する。
「きゃあ!」
痛みはあまりないだろうが、驚かす程度の威力はあるので、リリアは目を瞑って悲鳴を上げた。
四つの魔法を同時に待機させているので、これも四つ同時に魔法を使ったと言えるだろう。
「こんな感じですね。牽制用奇襲用崩し用とどめ用。小細工ですが、通用するものでしょう?」
「流石です……師匠」
あまりこういった小細工は好きじゃないが、手段としては悪くない。
戦いとは手札の数がモノを言うので、相手が一枚しかない手札を使う間に、こちらは四枚のカードを自在に使う事が出来る。
そう考えれば、魔法を同時に使えると言うのは、かなりのアドバンテージとなる。
まあ魔法少女同士の戦いの場合、その一枚の手札がありえないほど強いので、手札を増やすより一枚を強化する方が効果的だったりする。
てか、基本的に一撃が重いので全力で返すしかない。
「隙を作り出し、一撃を加える。勿論一撃で倒せるのが理想ですが、同程度の相手でしたら、手札の多い方が有利となります」
「もしも相手が自分よりも格上なら、どうすれば良いですか?」
「ただの勝負ならば、全ての手札を攪乱に回し、槍での一撃を狙うのがベターでしょう。殺し合いならば、一で攪乱して、残りの三で全力の魔法を使うのが無難ですね」
勝負というのは駆け引きが大事だが、確実な一手を打てさえすればそれで終わりだ。
逆に命を懸けた殺し合いは、また変わった戦い方を要求される。
必要なのは圧倒的な火力だ。
確実に一撃で葬れる手があるなら、その一撃のために様々な手を尽くす必要がある。
たとえ手足を失うことになるとしてもな。
「なるほど……少し分かった気がします」
リリアは再び練習に戻るが、がむしゃらというよりは何か掴むように魔法を使い始めた。
さて、俺もコーヒーを飲みながら、もう少し勉強するとしよう。
どうせ無駄になる知識だが、年下にマウントを取られたくないからな。
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日が傾き始め、薄暗くなり始める。
今日はこの辺で良いだろう。
「今日はこの辺にしておきましょう。どうやら形になってきたみたいですからね」
「はい。師匠のおかげで、一段階上がれた気がします」
頭の使いすぎで鼻血を垂らしながら、リリアは笑う。
昨日とは違い、倒れずにいられるとは……これだけの根性がありながら、どうしてあれほど自暴自棄になったのか不思議だ。
「明日は午後に迎えに行きますので、それまでは自主練していてください。もし迎えに行くまでに成功していれば、ご褒美を上げましょう」
「……師匠は本当に人なのですか?」
「前にも話しましたが、ちゃんと人ですよ。因みにこれから学園に通う予定の年齢ですね」
何故褒美をやると言ったら、人外と言われたのか分からないが、この程度で怒る程子供ではない。
それに、怒ったとしてその矛先は全てアクマへとぶつけるので、俺の態度は変わらない。
大体の事は、アクマが悪いのだから。
『なんでさ!』
『当然です』
アクマのツッコミは当然無視して、リリアを送り届けてから屋敷へと帰る。
明日の午前中はリディス達の様子を見て、午後からはリリアの特訓の成果を見る。
そんな予定かな。
「帰ったのか。今日は何をしていたのだ?」
「良い実験台が見つかったので、少し訓練を。そちらはどうですか?」
帰ってきてそうそう厨房で夕飯を作っていると、怠そうにしているヨルムが入ってきた。
メイド長がどんな訓練をしてるのかは明日確認するとして、大分絞られているようだな。
「我はやはり野生が一番性にあっている。我にはまだ早かったのだ」
「とりあえずこれでも食べなさい」
弱気を吐くヨルムの口に、ココアクッキーを放り込む。
しっかりと咀嚼した後に飲み込み、一度頷く。
「マスターと共に我は居よう」
「一度野生に帰りますか?」
餌付けすれば言う事を聞くのは楽で良いが、手の平をくるくる回すのはいただけない。




