第82話:正式な訓練(虐め)
何事もなく次の日の朝となり、今日もまた適当に朝食を作り、お昼の下準備までをしておく。
ふと朝食を作っていて思いついたのだが、今度ティラミスを作ろうと思う。
ココアパウダーがありコーヒーもあるので、丁度良いだろう。
デザートで思い出したが、水の魔法が使えたらと何度か思うことがある。
温めるのは良いが、冷やすことが出来ないので、たまに面倒に感じる。
一応冷蔵庫はあるので冷やすのに問題はないが、単純に手間が掛かるのが嫌なのだ。
ヨルムが居るので、水や氷の魔法を使わせれば良いのだが、その場合ヨルムの分を作らなければならない。
別にヨルムの分を作るのは構わないのだが……まあいい。
朝のルーチンを終えた後は、例のエルフの店の近くに転移する。
勿論シルヴィーを伴って。
「あっ、もう居るね~」
店の前では、荷物を持ったリリアが立っていた。
槍も持っており、中々様になっている。
「お待たせしました。準備は宜しいですか?」
「はい。お願いします」
まるで新入社員の様なハキハキとした返事だが、やる気があることは良いことだ。
一度店の裏手に回り、人目がない時に転移する。
リリアの持っている槍だが、それなりに業物の様に見える。が、テレサが持っていた棒より頑丈と言うことはないだろう。
俺がレイティブアークを使えば、再び輪切りが出来上がることとなるだろう。
……いや、刃の無い所で受け止めたりすれば大丈夫か。
鎖だけで受けても良いが、あれも使える時には使ってやらないと、出した時の圧力が凄いのだ。
「先ずは昨日と同じく、限界まで戦うとしましょう。その槍も使って、殺す気で来てください」
「分かりました。師匠は武器を使わないのですか?」
何故か自然に師匠呼びだが、無視することにしよう。
「使いますよ」
テレサの時と同じく、空中に鎖を突きだしてレイティブアークを引っこ抜く。
第二形態の時に使っている剣に比べると、自己主張が激しいが、大きさ以外の使い勝手はとても良い。
「うわ、またえげつないのを持ってるね~」
珍しくシルヴィーは嫌そうな顔をしてレイティブアークを見る。
シルヴィーからしたら、別世界の神の力が宿っている武器となるので、そんか反応をするのも理解できる。
神剣と言うより魔剣の方が良く似合うが、一応神剣となる。
「そ、それは……もしかして神剣ですか?」
「ただの自作の剣です。それより、さっさと始めるとしましょう。気を抜くようなら、手が滑るかも知れませんよ?」
大剣を二本に分割し、両方に鎖を巻き付ける。
更に迎撃用に二本の鎖を出現させ、いつでも戦えるようにする。
剣を手で持たない場合、この状態が最も戦闘に適した状態と言える。
移動用に二本と身体の強化用に更に二本用意してあり、更に普通に魔法を使える程度のリソースを残している。
この域に来るまで結構苦労したが、これからは魔法用のリソースを確保する方向で強化していくのが最適なのだが、魂と身体の最適化が進まない事にはあまり効果が見込めない。
身体強化もアクマの見立てでは、一年から二年あれば使えるようになるかもしれない。
それまではこの鎖に頼るしかないのだ。
「――お願いします」
「昨日の練習の成果を見せて下さい」
シルヴィーはいつの間にか遠くの木の上に移動し、リリアは一度大きくバックステップして距離を取る。
距離を取って牽制をするのは戦いの基本なので、悪くない選択だ。
相手が魔物であるならばな。
バックステップで地面に足が付く前に、足元を爆破させる。
空中に舞って隙を晒したリリアに剣を叩きつけて、地面へと叩きつける。
剣が当たる時に硬い感触がしたので、槍でガードは出来たみたいだな。
地面へと叩きつけられたリリアだが、直ぐに立ちあがり、昨日よりも多くの魔法を放ってくる。
一度で多くの魔法が使えない分、連続して魔法を使っているのだろう。
適当に鎖で薙ぎ払ってから数本の炎槍を飛ばすと、槍で薙ぎ払いながら接近してくる。
更に氷の魔法を主体にして俺の魔法を防ぎ、俺の剣を槍で何とか弾く。
昨日に比べればかなり手を抜いているが、悪くない動きだ。
このまま攻めさせても良いが、魔法の量が増えても密度がまだまだだ。
少しずつ難易度を上げていくとしよう。
先ずは鎖に込める魔力を増やし、リリアは槍で弾くことが出来なくなり、防いで凌ぐのがやっととなる。
隙を見せたところで鎖で身体を縛り、放り投げるついでに治療と魔力の供給を済ませる。
次に放つ魔法の量を増やし、込める魔力も増やしていく。
色々と手を尽くしているみたいだが、結果的に昨日と同じ様な流れとなる。
武器を使っている手前、魔法の量を少し減らしているが、結果は変わらない。
ただ、リリアの使っている槍は、魔法の補助の役割もしているように見える。
使える手は何でも使うに限るが、槍を手放した方が良い場面でも槍を手放さないので、俺に良いように翻弄されてしまっている。
確かに戦いの最中に武器を手放すのは愚行かも知れないが、魔法があるのだから、一概に愚行とは言えない。
魔法で一時的に武器を作り出したり、隙を作るためにわざと武器を手放すのは、普通にありだろう。
「もっと必死になりなさい。その程度ではまだまだですよ」
「フリーズバレット!」
返事とばかりに氷の礫が放たれ、それを剣で一薙ぎする。
そして最後の魔力を振り絞ったリリアが気を失ったので、魔力を供給するついでに治療し、鎖で叩いて起こす。
「起きたならば構えなさい。まだまだ戦えるでしょう?」
「はい!」
打てば響くとはよく言うが、思いの外芯があるな。
最初の印象はただの糞エルフだったが、素直な奴は嫌いではない。
なるべく身体に負荷を与えないように、二時間程続けてボコボコにして一度休憩を入れる。
がむしゃらに頑張る様は昔の俺を見ているようだが、昔は本当に苦労した。
これまで沢山の魔物と戦ってきたが、ほとんどの戦いがヨルムに挑むカイル達みたいな状況だった。
骨が折れるのは当たり前であり、薄皮一枚で繋がって居るなんて事も多々あった。
回復魔法が使えるからこそできる戦いであり、勝つためには手足を犠牲にするしかなかった。
俺の魔法少女の時の魔法、は詠唱をしなければ使えないと言うデメリットがあり、喉を潰された時点で負けとなる。
だからこその四肢だ。
回復魔法にもデメリットはあったが、それ以上にメリットがあった。
俺が魔法少女としての魔法で治療すれば、リリアは今も倒れずに戦い続けていられただろう。
倒れて呻いているリリアを放置して、鎖を巻き付けた剣で演舞をする。
身体を動かし、それにともない鎖がしなる。
剣の先からは炎が舞い、空間を彩る。
個人的な見解だが、魔法は見栄が大事だと思う。
見栄なんて気にしてられない戦いもあるが、魔法とはロマンなのだ。
元々男であり、魔法と言うものに憧れを抱いていたので、この想いは今もある。
昔と違い、今の身体はそれなりに動くので、こんな演舞も軽く出来る。
一応多数を想定しての動きをするが、俺がこの世界で戦う場合は魔法で一掃して終わりだろう。
近接戦の訓練は、未来に向けた布石でしかない。
「天界でもお目に掛かれないスパルタ具合だね~。大丈夫なの?」
「身体に異常が出ないように注意しているので、体調の面は大丈夫ですね。心は知りませんが」
休憩ついでにシルヴィーと話すが、アクマに確認を取りながら痛めつけているので、後遺症が出るなんてことはない。
心さえ折れなければ、人はどこまでも上がれる。
最悪後遺症が出た場合は魔法少女側の回復魔法を使えば治せるので、アフターケアもばっちりだ。
しかし、天使と言えば光の魔法であり、回復魔法が使えて当たり前だろう。
なのにこれよりもぬるい訓練か……。
いや、訓練よりも実戦を優先しているのかもしれない。
どこかの勢力に肩入れするつもりだが、全勢力相手取るのもありかもしれないな。
取り出したクッキーをシルヴィーへと渡し、俺も一枚齧ってから休憩を終わりにする。
出来れば午前中に、最低限形になるようにしておきたい。
一つの魔法を三つ同時に放つのは出来ているので、別の魔法を三つ同時に展開できるようになるのも時間の問題だろう。
明日は入試の準備に使いたいので、頑張ってもらいたい。
「それではいい具合に休憩したので、行ってきます。それにしても、見ていて飽きないですか?」
「物凄く面白いよ~? 中々このクラスの攻防を見られないからな~」
それなら良いのだが……まあ戦いの様子を見るのが娯楽になるのは、元の世界でも証明されている。
どんな技術なのだか分らないが、妖精の魔法により、魔法少女の戦いは録画できるのだ。
公開するしないは自分で選べるのだが、とある知り合いに聞いた所、結構な稼ぎになるとか。
魔法少女とは命懸けの職業であるが、一種のアイドル性も秘めていた。
また魔法少女の戦いの動画は、娯楽という面以外にも、教材としての面もある。
戦い方や魔物の特性を学ぶにはもってこいなのだ。
俺も色々と見て学ばせてもらった。
「起きなさい。そろそろ休憩は終わりですよ」
シルヴィーから離れ、リリアを鎖で叩き起こしながら魔力を供給する。
「は……い」
「良い返事です」
さてさて、次はどれ位もつかな?