第81話:ハルナ式ブートキャンプ。座学を添えて
腕から鎖を伸ばし、先端を少しだけ細くする。
水とは何ぞやとなるが、流石に原子記号から教える必要は無いので、アクマの知識を元にそれらしい事を話す。
ついでに氷の温度や氷とは何なのかもだ。
こっちは分子がどうのと話した方が話分かりやすいと思うのだが、これは現代人の考えなので、科学の進歩が遅れている……と言うか、進ませていないこの世界では悪手となる。
実際に見せるのもありかもしれないが、これから先リディスやその他と会わせることを考えれば、魔法少女の姿を見せるのはまだ早い。
流石に悪魔ですと名乗れば、リリアが何をしでかすか分からないからな。
そんなわけで小学生でも分かる程度に、水や氷が何なのかを説明する。
何故か隣で話を聞いているシルヴィーが感心しているが、やはりこいつの事はよく分からない。
例えになるが、水槍……アクアランスと言う魔法があるのだが、そのまま使えば同じ系統の魔法の中では弱い分類だ。
しかしアクアランスの魔法に回転を加える事が出来れば、話は変わってくる。
上手く使えれば、岩くらい貫く事が出来るようになるだろう。
同じ魔法でも使う人によって威力が異なるように、同じ魔法でもアレンジする事も出来る。
俺の蒼炎の円環も要はただのフレイムランスをアレンジしたものだ。
温度が通常と比べられない位上がり、本数が増え、着弾時に爆発するとしても、結局はフレイムランスなのだ…………一応。
俺が魔法少女の時の魔法の体系に当て嵌めれば全く異なる魔法となるが、この世界では派生と言える形となる。
因みに言葉でアクアランスと言いながら、無詠唱でライトランスを使うなんて芸当も出来るが、あまり意味は無いと個人的には思っている。
そうするならば、両方同時に放った方が、効果を得られるだろう。
いつの時代も、戦いとは数なのだ。
一発の威力を求めるのはもちろん大事だが、世の中には当たらなければどうということはないって格言がある。
当たらない一撃百のダメージの魔法より、当たる一撃二十のダメージの方が有用と言えよう。
まあ、俺には基本的に関係ない話だが。
「さて、話すことは大体話しましたが、理解出来ましたか?」
「はい。今の話だけでも、大分変わるような気がします」
「それは上々です。訓練方法ですが、先ずはこれを使いましょう」
テーブルと椅子を作る時、一緒に作っておいた木の棒を二本取り出す。
さっきはとことんいたぶったが、勉強は基礎からやった方が効率が良い。
「この棒を両手で持ち、片方には水を。もう片方には氷を纏わせた状態で風の魔法を発動させて、木を斬り倒してください」
メイド長の様に一からアイスソード作るのは大変なので、先ずは木の棒に魔法を纏わせている状態で、他の魔法を使えるようにする訓練をする。
「……分かりました」
木の棒を受け取ったリリアは立ち上がり、水と氷を纏わせる。
先程本人が少しだけ言っていたが、同時発動は出来ているので、これ位は出来るだろう。
少し厳しい顔をしているが、問題はここからだ。
「……くっ! エアロ……ボ」
そこまで言った所で、水を纏わせた木の棒から水が消えてしまう。
やる気があるからと言って直ぐに成功するわけではないので、これ位は想定内だ。
「とにかく繰り返してください。先ずは成功しなければ次にはいけませんからね」
「分かりました」
「魔力は気にしなくて良いので、身体に覚えさせるつもりでやって下さい」
一本の鎖をリリアの脚に巻き付け、魔力が無くならないように供給する。
出来れば今日中に最低限発動できるようになり、明日中に普通に三つの魔法を。
それ位出来れば、明後日に予定通り四つの魔法を使える等ようになるかもしれない。
まあ、ただ四つの魔法を使えるようになってもあまり意味は無いが、普通の状態で四つ使えれば、戦いながら三つ同時に発動位は出来るはずだ。
上手く戦えば、カイル達にも勝てるかもしれない。
誰に負けたかは知らないが、先程痛めつけている時に見せた動きから察するに、槍の腕もそれなりにあると思うからな。
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「……」
三時間程ぶっ通しで魔法を使い続けたリリアは、再び物言わぬ屍となった。
魔法を使い続けるのは結構体力を消費するので、三時間休まずやれたのは中々凄いだろう。
配分を考えてるならともかく、ランクの低い魔法とは言え全力で使えば直ぐガス欠になる。
俺も魔力の供給無しで、全力で魔法を使った場合二発から三発が限度だろう。
時間で言えば十五分かそこら。そんな感じだ。
因みに魔法の威力で言えば、日本列島程度ならば海の底に沈めることは出来るだろう。
基本的に魔法少女の能力は、地球上で使っていけないものが多い。
それは魔物にも言える事なのだから、だから結界なんてものが必要となり、その強度も地球に影響を与えないように様々な工夫が加えられていた。
おそらく結界の能力だけならば、下手な世界の技術よりも優れていただろう。
俺がメイド長とカイル達の戦いの際に使ったのだって、ランクで言えば中級と同程度位しかなかっただろうからな。
さて、メイド服姿で倒れ伏すリリアだが、そろそろ帰さなければならない。
何故ならば、夕飯を作らないといけないからだ。
一人暮らしの料理ならば十分かそこらの時間で済むが、十人分近くの量となればそうもいかない。
鎖を使っているとしても、焼く茹でる煮込む等に掛かる時間は変えられない。
どうしても時間が掛かってしまうのだ。
「今日の所はこの辺にしておきましょう。また明日の朝店まで迎えに行きますので、着替えの服等を用意しておいて下さい」
「分かり……ました」
倒れたまま返事をするリリアを一旦放置して、木の上で惰眠をむさぼっているシルヴィーを鎖で起こしてから運ぶ。
「うん? 終わったの?」
「今日の所はですね。私はあれを店まで送るので、先に帰っていて下さい。あなたが居てはニーアさんが胃を痛めかねませんので」
「あはは~」
シルヴィーは笑ってごまかすが、笑ってごまかせるのは相手がこの世界の人間ならばだ。
俺には通用しない。
シルヴィーを捨ててからリリアの所に戻り、無理矢理立ち上がらせてから店の近くの路地裏に転移する。
日が傾き始めているため路地裏は暗いが、足元はちゃんと見えているので大丈夫だ。
「大通りに出て右に進めば、店が見えてくるでしょう」
「……今日はありがとうございました。明日もお願いします」
「泣き言を言わないのは良いですね。ですが、別に逃げても構いませんよ?」
立っているのもやっとなリリアは俯き、手を一度握り締めてから開く。
葛藤とかそういうのは後で良いから、さっさと帰ってもらえないだろうか?
夕飯を作る時間が無くなってしまう。
「絶対にやり遂げます。それが、私の……いえ、ぜひ明日もよろしくお願いします。それでは」
ふらふらと大通りに歩いて行き、直ぐに姿が見えなくなる。
(そう言えばリリアって何歳なんだ? 見た目は中学生から高校生位にしか見えないけど?)
『三十五歳だね。エルフの中で言えばまだまだ幼いね』
三十五……か。
年数だけで言えば年上だが、成長速度は人間とは違うのだし、比較することは出来ない。
ヨルムだってあれでも百歳以上だしな。
しかし、リリアは良い実験対象になってくれた。
リディスにも回復魔法だったり魔力供給を行っているが、それは魔法少女の時での話だ。
この姿ではあまりそう言った事をやっていない。
やはり勝手が変わると計算式……術式も変わってくるので、データを得る事が出来た。
進んで殺しをするつもりはないが、いざと言う時にどこまで痛めつけて治せるのかがおおよそ見えて来た。
魔法少女九位であるジャンヌさんみたいなチートな回復魔法が使えれば良いのだが、俺の場合はちゃんと見極めないとな。
(そうか。厨房に転移してくれ。もうそろそろ始めないと怒られるからな)
『了解』
出来れば歩いて帰りたい所だが、時間が押しているのでショートカットして厨房に帰って来た。
昨日の夜はベヒモスのステーキだったので、今日は軽めという事でパスタにでもするか。
現代みたいに出来合いのパスタソースがあれば良いのだが、そんなものは無いので自分で作るしかない。
ブイヨンがまだまだ余っているので、トマトと混ぜてソースを作る。
具材は適当に鍋へと入れて、最低限パンと合うようにしておく。
「良い匂いがするな。今日の夕飯は何なのだ?」
「パスタです。それとサラダ等ですね」
料理をしていると、ヨルムが現れる。
いつもの様に皿だったり、パンを用意してもらう。
手慣れたものなので、動きに淀みはない。
ついでにいつの間にか、シルヴィーが背後霊となって浮いているが無視をして料理をする。
折角なので、ベヒモスの肉を使ったミニハンバーグも作り、完成となる。
「此方は使用人達の分になるので、お願いします」
「うむ」
運ぶところが二ヵ所あるのは地味に面倒だが、ヨルムに任せれば俺が手を煩わせる事はない。
さっさと食べる物を食べて、明日に備えるとしよう。
学園の入試まで、あまり日がないからな。